ドイツでの経験から考える 「作品を評価してもらうためにすべきこと」

「ドイツの美大で教えること、日本の美大で教えること」の記事を多くの人に読んでいただいてから、ドイツ留学を始め、海外留学を考えているという人からとても多くの連絡をいただくようになりました。すでにドイツの美大に在学中の方や、中には直接ドイツへ視察に来られ、直接会いに来てくださった方もいました。そうして出会った10人程の方から直接お話を聞き、作品集などを見せてもらう中で、一番話題に上ったのは「日本とドイツのアートシーンで、作品の評価はどう違うのか」でした。今回は、自らのドイツでの経験を踏まえ、「作品の評価を得るために考えるべきこと、準備するべきこと」についてまとめてみました!

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直接お話を聞いて、作品集などを見せていただいた方からの質問で多かったのは、「自分の作品はドイツでどう評価されると思うか?」というものでした。ドイツでの評価もさることながら、アーティストにとって「自分の作品はどう評価されるのか?」というテーマはとても重要です。今回はドイツでの経験を踏まえ、「自分の作品がドイツで評価されるのか?」ということについて考えてみたいと思います。



1. ドイツと日本の作品の評価についての違い


作品の評価はどう決まるのか


当たり前のことですが、作品の評価は、評価する場所や評価する人がいて生まれるもの。評価の場は、作品の売買というかたちで評価が目に見えてわかる「アートマーケット」のほか、審査員が評価を行う「コンテスト」や、教授が評価を行う美術大学などの「教育機関」などもあります。
その地域や評価者によって、それぞれ期待するものが異なります。そのため、例えば「ドイツのアートマーケットで評価される作品」が常に正しいというわけではありませんし、評価に明確な答えがあるものではないと思います。

しかしだからこそ、自分の作品の強みと、評価する場・人の特性をよく考えて活動をすることが、より良い評価に繋がるのではないかと思うのです。
 


  • ギャラリーで開催したグループ展。多くの鑑賞者が作品の評価をしてくださいます。

 

ドイツと日本のアートシーンの違い

例えば私が活動しているドイツの場合、日本とはっきりと違うのが「アートマーケットが身近にある」ということ。ドイツに限らず欧米では、アートフェアなどのアートシーンだけでなく、小学校から美術の授業の中でしっかりと美術史も習い、社会科見学中のグループを美術館で見かけることも多い。美術そのものが日本よりもとても身近な存在なのです。

そんな欧米人の作品の評価に寄与しているものがいくつかあります。


一つは、歴史的価値観。ことドイツに関して言えば、表現主義や抽象主義で栄えた名残りもあり、比較的抽象作品が目立つように思います。
とはいえ、時代とともに評価は移ろいゆくもの、もちろん例外も多くあります。例えば現在のドイツの有名な画家といえば、スキージーで色を伸ばした作品が有名な、ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)が一番に上がると思いますが、彼の初期の作品は具象的なものも多いですし、もう一人有名なドイツ人画家ネオ・ラオホ(Neo Rauch)も具象的な作風ですので、もちろん具象画が評価されないというわけでは全くありません。また、世界的なムーブメントのひとつとして、コンセプチュアルな作品や、ダイナミックな作品、または社会的メッセージ性があるようなものなどが好まれる傾向にあると思います。
こうしたドイツならではの歴史を踏まえた現在の傾向を知っておくことは、自身の作品の伝え方を考える上でも非常に重要です。

もう一つは、これも個人的な考え方ですが、「学問的価値があるかどうか」がヨーロッパで評価される美術作品にとって大切な部分だと思います。これは作品のコンセプトに繋がる部分ですが、美術史になにかを投げかけていれば「歴史学的価値」、哲学や心理学、社会学などについての作品は「〇〇学的価値」がそこに付随します。学問的である以上、広く知られていたり裏付けがあったりと、他人との「共通言語」が存在するため、他人からの理解を得やすいのかなと思います。

ところが、私が個人的に日本人の作品の傾向として感じるのは、この2点に反して、作品の内容が思想的、または個人的なものの場合が多いということ。個人的な感性、感情、記憶や過去、趣味趣向など自分本位な内容の作品は、他人からの「共通言語」を持ちにくい、いわば「”理解”されにくいスタイル」なのではないかなと思います。それは「共感を求めている」とも言うことができる、日本人らしさとも言える感覚、感情に訴えかけるような部分かもしれません。




日本人らしい作品を強みに変える

日本人の作品の特徴のもうひとつに、緻密で細かく、表面的なクオリティの高さがあります。一見で「すごい!」と声が上がりそうな作品。技法的な部分でとても優れており、制作時間をも作品に価値を与えているような力のある作品です。これは日本の伝統工芸的なスタイルで、技法とそのクオリティをしっかりと習う、とても日本人らしいものだと思います。
 


  • 制作中の様子。私の作品は、蠟でコーティングを画面の上にレイヤーを作るのが特徴です。

しかし、自分の作品がそうした日本人らしい作品だからと言って、今日本で活動しているあなたの作品が、ドイツで評価されないか、と言われればそうではないと思います。なぜなら、ドイツで日本人らしいあなたの作品の強みを見せればいいだけのことだと思うからです。
ドイツのギャラリーはそれぞれテーマやコンセプト持っていることが多くあります。これは契約アーティストを組み合わせてグループ展を行うことが多いため、それぞれの相性を見て統一感を持たせるためです。だからこそ、どんなギャラリーならその日本人らしさがポジティブに活かせるかを考えること、納得のいく返事がもらえなかった場合でも単に両者のすれ違いであると割り切ることが重要です。コンテストを除き、優劣をつけにくい美術の世界だからこそ、作品と場所に合わせた活動をすればきっとうまく行くように思います。


覚えておいて欲しいことは、もしあなたが例えばドイツで日本人としての強みを生かした活動する場合、周りのドイツ人が行なっている活動とは異なる道を選んで行くことになるということ。それはもしかしたらドイツに来て、もがく必要性がないということを示唆しているのかも知れないということ。やはり自分の作品の強みと、評価する場・人の特性をよく考えて活動をすることが、いい作品の評価を得る上で大事なことだと思います。
 

 

2.ドイツの美大が評価で重要視すること

ドイツの美大に入学したい人が知っておくべきこと


連絡を頂いた方の多くは、ドイツの美大入学を検討している方でした。受験についての質問や、ドイツでどのようなことを学べるのか、質問は多岐に渡っていました。
私は現在大学で他の学生の講評の手伝いをしたり、教授のアシスタントをして下級生にアドバイスをしているのですが、その経験からドイツの美大への受験・入学を検討する上で大切なことが日本とドイツとでは少し違っているように思うのです。

ドイツの美大入学に際して、大学院受験か学部受験かの差は当然ありますが、ドイツの美大の多くが、まだ5年一貫性のディプロム制度を採用しているところが多いため、日本の学部入学と同じような意識で大丈夫だと思います。
日本で学部を卒業している場合、もちろんすでに多くのことを学んでいるためアドバンテージがあるように思いがちですが、必ずしもそうではありません。ドイツの美大の場合は、作品のレベルだけで選ばれているのではなく、「学生として多くのことを学べる人材かどうか」を見られていると思ってください。
以前、私の通っている学科を志願していた日本人女性の通訳を兼ねて、教授との講評に立ち会ったことがありました。日本ですでに美大を卒業して作家活動している彼女の作品は「既に出来上がっている」と見なされ、あまりいい反応を貰えませんでした。これは美大で5年間勉強する際に、なにをどう勉強したいのかの展望が見にくくかったためでしょう。彼女の作品が悪かったわけではないように思います。もしすでに知識や作品のレベルがある程度に達している場合、この大学で「さらに何を勉強したいのか」を具体的に提示することを求められてるようです。「ドイツ特有の〇〇を学びたい」という回答ではまだ不十分で、「それを学ぶためにこれをどのように勉強したい」ということまで具体的に伝える必要があります。
これ以外にも、「実技だけでなく座学が多いドイツの美大で、理解力が落ちるであろうドイツ語でわざわざ学ぶ理由はあるのか?」「他の大学ではなくなぜこの大学なのか?」など、様々なことを聞かれます。ドイツの美大を受験する前に、ぜひこういった具体的な部分をもう少し考えてみてください。
 


  • アトリエの様子。「たくさん悩んで考えること」を大切にしています。

 

ドイツの美大入試について
 
ドイツの美大では入学後すぐに学科の活動が始まるため、受験では教授が面倒を見れる人数しか取りません。例えば私が所属している絵画学科では、年に5人ほどしか入学を許されません。そんな厳しい倍率の中ドイツ人と肩を並べて入学試験を受けることになります。では大学は何を見て学生を選んでいるのでしょうか。

●前提条件
受験の際に様々な応募条件があります。
1.ドイツ語の中級〜上級レベル(B2〜C1)の試験結果。(TestDaF, DSHといった大学入試用のドイツ語テスト、またはGoete,Telcなどの公式ドイツ語テスト)
2.大学によっては多国籍の教授が講義をするため、英語が必要なこともあります。IELTSやTOEFLなどの試験結果が必要なことも。
3. 作品集(作品のオリジナルであることが多い)
4. 募集要項+CV、コンセプト文、応募動機書などの追加書類。

●事前に教授との相性を知ろう
まず、ドイツの美大を受験する数ヶ月前に、教授と直接予定を取り付けて面接を受けるのがベターです。自分を覚えておいてもらうことにもなりますし、日本でいうゼミのような教授に付いて学科の授業が進むため、教授と自分の相性を知ることが双方に必要です。

●一次審査:作品原本の審査
ドイツの入学試験では、日本と同じような数日に渡る実技試験の前に、一次審査で作品集審査があります。ほとんどの美大ではその作品集審査は、サイズ指定の上「作品の原本」の提出を求められます。締め切りは実技試験の3ヶ月前、作品集が返ってくるのは3ヶ月後。いろんな大学を受験したくても、原本提出と応募期間の長さのせいで、なかなかできないのがネックなところです。

●実技試験:デッサンや造形、インスタレーションの制作やデザイン系の課題まで
一次審査が通ると実技試験に進めます。実技試験は数日に渡り、デッサンや造形、インスタレーションの制作やデザイン系の課題など様々です。周りのドイツ人の、課題の内容を無視したような自由でぶっ飛んだ作風に驚きながら、課題を黙々とこなしていきます。
また大学によっては、二次試験はなく次項の作品集のプレゼンのみで合否が決まる大学もあります。
 


  • 美術学部全体の学期末試験プレゼンでは、作品を展示し順にプレゼンをしていきます。

●作品集のプレゼン
全学科の教授を前に、作品集をプレゼンするセッションがあります。ここでは、もちろんドイツ語で、作品について10分ほどプレゼンする必要があります。


さて、ここで再び「学生として多くのことを学べる人材かどうか」というポイントが重要になります。作品集を見せている中で、あなたは自分の作品のどの部分をセールスポイントとして10分のプレゼンを行いますか?ここでは技法の解説はあまり求められません。自分が学びたいこと、どうしてここで学びたいのか、それを自分の作品集を通じてプレゼンできるように考えておくこと、準備しておくことが重要です。

日本ではあまり慣れないプレゼンスタイルで、質問の内容が聞かれたことのないようなことかもしれませんが、授業や学科の中でのプレゼンは質疑応答が飛び交い1時間以上になることもよくあることです。そのくらいドイツでは自分の作品について、自分が何を考えているかを話すことが普通です。これが、ドイツと日本で評価されるポイントが少し違っていると感じるところです。
 


  • 絵画科の遠征でアーティストのアトリエを訪問。アーティストのプレゼンも勉強になります。

 
3.ドイツのアートマーケットでの評価

私はこれまでドイツを中心に20回ほどのアートフェアに出展してきました。アートマーケットでの作品の評価には、これまで説明してきた美大における評価とはまた異なります。
まず作品の売買の場で大きく違うことは、そこに「作品の買い手がいること」、そしてその買い手が「評価をする人」であることです。これがコンテストになると、評価をする人と買い手は必ずしも同一人物ではなくなるため、ターゲットを分けて考える必要が出て来ます。

そもそも、制作をしていく上で、アートマーケットを意識する=買い手のことを意識するかどうかで、なにが大きく変わるのでしょうか。もちろん買い手のレベルや買い手がどういう人なのかということに依存する形になりますが、買い手のことを意識することは作品そのものに大きな影響を与えます。作品の大きさやテーマ次第で、売れる売れないに直接的な影響が出てくるということです。
例えばあなたの作品のテーマが「死」であった場合、一般人の住居に置かれることを考えると、買ってもらうのは比較的難しくなるかと思いますし、サイズ面での制限も出てきます。一方、同じ作品でも、これがコンテストを想定した作品となれば関係がないように思いますし、強いメッセージ性があるものはむしろ好評価かもしれません。

また、売れる作品が必ずしもいい作品であるわけではありません。売れる作品のなかには、作家が家具の延長・工芸作品として考えて制作されたものも多いため、「アート」としての価値にフォーカスを当てると、売れる売れないだけではその価値を判断できません。またコンテストでは、応募回数や年功序列、作家の現在のポジションや、推薦状や審査員とのコネクションなど作品以外の目に見えない部分での判断基準が、どの応募にも少なからずあるため、同じく必ずしも受賞作品がいい作品であるとは限りません。
「作品を売ることが最大の目的である」アートフェアに、自分の作品が向いているのかどうかを考えることは大切なことだと思います。例えばインスタレーション作品を一般住宅に飾ることは考えにくいかもしれませんが、世界中の美術館キュレーターや、ギャラリストが集まるようなアートフェアへの出展となれば話は別です。

 


  • アートフェアでの展示中。「作品の買い手」が集まります。

 

ここまで、アートフェア、美大、コンテストと、それぞれの作品評価について考えてきました。それぞれの評価の場によって、評価は異なるということをお分かりいただけたのではないでしょうか。そんな中で、作家は自分のどの作品をどのタイプの「評価をする人」へ向けて発信していくのかを常に考えて行く必要があります。
難しいと思うところは、作品の売り上げで生計を立てて行く場合、作品を売ることにフォーカスを当てざるを得ません。どこまで自分の作品を安売りすることなく、マーケットへ発信していくのかを決めるのは常に自分です。アートフェア選びも、契約ギャラリー選びも失敗したという人の話をよく耳にします。

「評価を受ける」ということは受動的なように見えますが、作家自身も評価される場所と相手を選ぶことがとても重要であるように思います。
 


  • 作品の制作で終わらず、学科のプレゼンに向けて準備をしています。

 

今回は「評価」についていろいろとまとめてみましたが、いかがでしたでしょうか。作家活動をしていく上で必ず必要になる「評価」という存在。評価を上げるためにできることは数多くありますが、それと同時に評価を受ける相手や市場の調査も視野に入れて、活動もできると思います。あなたに合った、あなたの作品にあった評価を受けれることができる場所が必ずあるはず。それを知るためにはやはり様々なところに挑戦して行くことが、一番の近道なのかなと思います。



Masaki Hagino 
http://masakihagino.com 


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OTONA WRITER

Masaki Hagino / Masaki Hagino

ドイツ、Burg Giebichenstein University of Art 絵画テキスタイルアート科在籍。「人間はどのように世界を認識しているのか」ということをテーマに、制作を続ける。国内外のギャラリー、アートフェアで展示を行い、作家として活動する。