楽しむよりも、苦しみながら絵を描いていきたい ーアーティスト Masaki Hagino

ドイツでアーティストとして活動、PARTNERでも『ドイツの美大で教えること、日本の美大で教えないこと』などの人気記事のライターを務めているMasaki Haginoさん。今回、遠いドイツとメールのやり取りをしながら、改めてこれまでの経歴や制作についてなどを伺いました。日本を出て、ドイツの美大に籍を置きながら、作家として活動しているMasakiさんの日頃大切にしている「考えること」とは?

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アーティスト
Masaki Hagino

ドイツ、Burg Giebichenstein University of Art 絵画テキスタイルアート科在籍。「人間はどのように世界を認識しているのか」ということをテーマに、絵画、インスタレーション作品を発表している。ドイツ国内外に契約ギャラリーを持ち、ヨーロッパ国内の世界的アートフェアでも展示を行う。PARTNERでもライターとして多数記事を執筆。
http://masakihagino.com

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現在、ドイツの美大、Burg Giebichenstein University of Art (ブルグギービヒェンシュタイン美術大学)の、絵画テキスタイルアート科のディプロム過程に在籍しているアーティストのMasaki Haginoさん。またドイツ国内を始め、ヨーロッパに契約ギャラリーをいくつか抱え、アートフェアやグループ展で展示をしています。ドイツでの生活、ドイツに至るまでの生き方などを伺いました。
 


  • 毎日通うようになったアトリエでの作業風景。

ー ドイツで活動をするようになってから、毎日アトリエに通っているとのことですね。毎日アトリエに通うというのも、簡単ではないと思うんですが。

そうですね。昔はここまで徹してアトリエに文字通り毎日通うことができませんでしたが、ようやく自分の中にそのルーティンができ、生活の一部になりました。もちろん描けない日もあるのですが、アトリエで作品に繋がるような学問書を読んだり、美術書を漁りに大学の図書館に行ったり。制作に行き詰っても、そこから迂回するのではなく、さらに悩んだり、本を読むことで新しい知識や考え方を身につけて、作品と向かい合う別の方法を模索するようにしています。


 
アメリカ留学を契機に、グラフィックデザインからアートの世界へ

ー ドイツではギャラリー契約があったりと、学生をしながら作家として活動しているそうですね。ドイツへ移られる前、日本ではどのような学生生活を過ごしていましたか?


  • アメリカ留学時代。インターン先の美術館でのシルクスクリーン作業風景。

今はドイツの美大で絵画を専攻していますが、日本で学生の頃はグラフィックデザイン専攻だったんです。いろんなことに興味があったので、積極的に院生のプロジェクトを手伝わさせてもらったり、課題を必死にやっていたり。バイトもたくさんしてましたが、自分の興味のある、経験につながるようなバイトをしていました。デザイン事務所のバイトだったり、インテリア系だったりと、その時手に入れたかった知識や経験はバイトから手に入れていました。
写真に興味を持つようになってからは、暗室にこもるようになったり、カメラマンのアシスタントのバイトをしたりと、写真を使ったデザインの勉強を始めました。徐々に広告写真から芸術写真へ興味が移り始め、大学を休学してアメリカへ留学することをを決めたんです。留学中はアートフォトを美大で学ぶ傍ら、シルクスクリーンを使うテキスタイル系の美術館でのインターンを経験。この留学がデザインの世界からアートの世界へ移るきっかけになったんですよね。


ー 私もアメリカに短期留学をした経験がありますが、学校で学ぶだけでもハードルが高かった。その環境下で美術館でのインターンなど活動のフィールドを広げられたというのは、留学中のMasakiさんの強い意志が感じられますね。

いえ、実際には、アメリカ・フィラデルフィアへの留学は、教授のツテで実現し、いろんな人に助けてもらって始まりました。右も左もわからないまま、英語もままならないまま始まった生活は、「なにかを成し遂げなけれならない」という自分自身に与えていたプレッシャーと、様々な挫折によっていきなり崖っぷちだったんです。自分が情けなくて、悔しくって。机に突っ伏して、涙を流しながらいつの間にか眠りに落ちているような毎日でした。
 


  • 古本屋にも足を運ぶ機会が増えた。

だけど孤独と悔しさの中で見つけたことはとてもたくさんありました。その中で今にも活きていることは、「思考の質と時間が足りないことと、美術史についてあまりにも無知すぎる」という事実でした。
アメリカでもドイツでも、美大では美術史の比重がとても重いように感じます。また高校時代などでも基礎をしっかりと行っているため、日本人と比べ物にならないほど、美術史の基本的な知識があること、それと同時に美術がとても身近だということを肌で直接感じました。アーティストとの会話でも美術史の話がよく出てきて、話にまったくついていけないということがとてもたくさんありました。そのことに気づいた次の日から、街や美大の図書館で美術史の本を読み漁る生活が始まりました。日本に帰国してからも2年間美術史をみっちり勉強して、卒論は美術史について100枚書きました。ドイツでは今でも美術史の授業を多く取っています。
 

 
ー それはすごい‥‥。日本の美大だと、作家志望の学生の多くは、卒論ではなく卒制を提出する。そういったところにも日本との差を感じますね。Masakiさんが必要に感じられたという「思考の質」と「美術史などの知識」の関係についても伺いたいのですが。

アメリカ滞在中、アーティスト兼教授の自宅にホームステイをしていたのですがよく彼に「なんでそう思う?」と聞かれたことを思い出します。アメリカ人の多くは自分の意見をはっきり持っている。それは裏を返せば、「自分でしっかりを物事を考えたからこそ、自分の意見を持っている」ということなのだろうとも感じました。
僕は「なんでそう思う」と聞かれる度に答えにつまるのですが、そこで初めて、自分がいいと思っている内容や自分が出した答えは、自分自身で生み出したものでないということに気づいたんです。自分が正解だと思っていたことの多くは、ステレオタイプのものや、誰かが導き出した答えに多くの人が賛同したものだということに気づいた時、自分の中でなにがオリジナルなのか、今までどうやって正解を導き出してきたのか、自分の中でいろんなものが崩れたような気がしました。自分が正しいと思っていることでも、場所と時代が違えば、タブーかもしれません。とある分野では正しくても、とある分野では間違いかもしれないですよね。当時の自分にはそれを判断するだけの知識や、経験、視野の広さや考え方のプロセスなど、なにもかも足りなかったんです。いろんなことに疑問を投げかけられるように、そして自分の中で正解をちゃんと見つけられるようにしなければいけない。ちゃんと「自分自身」で導き出した答えが必要なことに気づいたんです。


楽しんで絵を描くのではなく、できるだけ悩んで考えて、苦しんで絵を描いていければいいな

ー ご自身の作品制作に関して大切にしていることはありますか?

「考えること」の延長で、様々な本を読むようになりました。といっても偏っているようには思いますが、自分の作品コンセプトには美術哲学や美学的思考によるところも大きいので、哲学書を読むことも多いんです。そこから派生して、心理学や脳科学などの本に目を通すこともあります。ドイツ語を話せるようになったことで、ドイツ哲学を深く知るきっかけにもなりましたし、原文を読むことができることと、大学の講義を受けられることは大きな利点です。ドイツに来てから初めて哲学、美学を学ぶようになったので、自分にとってこれは必然的な流れだったのかもしれません。 今興味がある、美学、美術哲学という分野では、美術史の内容を哲学からのアプローチで読み解くもので、作品を深く考えるにあたり、自分の中でとても重要なものになりました。
 
ー 今も知識の積み重ね、思考の訓練を大切にしていらっしゃるんですね。制作技法についてはなにかありますか?
 


  • こちらがMasakiさんの作品。


  • Masakiさんの作品には、蠟が使われる。自宅で制作することもあるんだって。

私の作品の技術面で特徴的なのは、蠟(ろう)を使用することです。空間表現をテーマに制作をしていて、画面の上にいかにしてレイヤーを作っていくかをずっと模索して、半透明の素材をいろいろ探していたところ、最終的に蠟に落ち着いたんです。下地として描いたキャンバスを蠟でコーティングし、その上からまた絵を描いて、またコーティングをして… そうしてキャンバスの上にいくつものレイヤーを作って、独特な空間を作り出しています。作品のコンセプトは、先ほどお話ししたように哲学的な内容を含んでいて、「人はどのように世界を知覚しているのだろうか」ということに焦点を当てて、研究制作をしています。これは写真を使った制作を通して出てきた考え方で、写真や映像でも表現できない写実表現ってどういうことなんだろうか、という疑問からスタートしました。

でも、制作をする中でさらに大切にしていることは、やっぱり「たくさん悩んで考えること」です。物事を深く考えることは、直接的に自分のこれまでの生き方にも繋がってくるんですよね。だからこそ、世間にあふれている在り来たりな正解を真に受けるのではなく、自分で全て咀嚼して、そしてそれを材料にして自分の出した一時的な答えに、どれくらい疑問を投げかけられるかが大切だと思います。楽な制作プロセスではないかもしれませんが、これからも楽しんで絵を描くのではなく、できるだけ苦しんで絵を描いていければいいなと思っています



これからもドイツで活動していきたい

ー 現在ドイツに留学し、制作されていますが、活動を続けるのにドイツは環境としてどうですか?
 

 
ドイツの美大に籍を置きながらも、最近ようやく作品の売り上げだけで生活できるようになりました。これも以前の記事にも書きましたが、留学当初から意識していたのは留学をしてそれを持って帰って日本で活動することではなく、ドイツでこれからも活動していくために、その準備を学生の頃から始めるということでした。目標としていたことは、ドイツでやっていくこと。卒業してから「さてどうしよう」ではなくて、学生の間に、地盤を固めておこうと思ったんです。そのため、ドイツで評価される作品のスタイルを理解すること、展示の経験や実績を学生のうちに増やしておくことを意識していました。
 


  • 展示中のギャラリーにて。積極的に展示の機会も増やしている。


  • コレクターさんのご自宅にHaginoさんの作品が飾られている。

 
最近になってギャラリーと契約をしたり、展示やアートフェアの出展を行うようになる中で、「分かるようになったこと」が多くあります。ですがその反面、見たことのない景色が増えたことで、「分からないこと」もたくさん増えました。作家として活動するということだけとっても、いくつものタイプがあります。作家としての活動は、今の私のようにギャラリーと連携して展示をしていくことがメインになるとは思いますが、それが必ずしも成功ということではないように思います。ギャラリーとは無縁でも、美術館で展示ができる人もいるでしょう。作品が売れない人でも、コンテストなどで受賞して名誉と賞金を手にいれる人もいます。作品が売れるからいい作品であるとは限りません。受賞作品だからいい作品であるとも限りません。ここに来て、わからないことが増えたように感じます。
その分からないことを分かるようにするために、もっといろんなことを悩めるようになれればいいなと思っています。それがいつになるかは分かりませんが、最近ではドイツ国内だけでなく、ヨーロッパの他の国での展示も増えてきたので、もっと活動できる場所と機会を増やして、いろんな角度から悩んでいけるようにできればいいなと思っています。

 

 
おわりに

学生時代の強烈な原体験をエンジンに、「ものをつくる」という表層的な実作業に捉われず、「まだ足りない、まだ足りない」と勉強を続け走り続けるMasaki Haginoさん。ドイツでの活動がきっかけとなり、来年には、ロンドンやパリ、フィレンツェ、ローマなど、ドイツ国内から出ての展示が決まり始めています。
「そこで体感する新しいアートシーンや出会いを大切にして、その全ての経験を自分の作品に昇華できるように頑張りたい」

彼の挑戦は、広さも深さもますます拍車をかけて大きくなっていきそうです。PARTNERでもまた、そんな彼の変化を追っていけたらと思います。
 


  • ギャラリー視察中ロンドンにて。

 
さて、次回からは、ライターMasakiさんとして、気になる海外で活躍するアーティストやクリエイターに取材、彼らの生き方を紹介してもらいます。お楽しみに!



(執筆:上野なつみ/写真:Masaki Hagino)



▼過去のMasaki Haginoさんの記事
>> ドイツの美大が教えること、日本の美大で教えないこと
>> アーティストを志すなら4年間は短い。だから考えたい美大生の4年間の使い方
>> アートの中心が都市間で変動!? 国だけではなく街を選んで活動すること
>> 個人出展も可能?アートフェアの実態!
>> ドイツでの経験から考える 「作品を評価してもらうためにすべきこと」

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OTONA WRITER

natsumiueno / natsumiueno

編集者/メディエイター。美大での4年間は「アートと世の中を繋ぐ人になる」ことを目標に、フリーペーパーPARTNERを編集してみたり、展覧会THE SIXの運営をしてみたり、就活アート展『美ナビ展』の企画書をつくったりしてすごしました。現在チリ・サンチャゴ在住。ウェブメディアPARTNERの編集、記事執筆など。