アーティストを志すなら4年間は短い。だから考えたい美大生の4年間の使い方

アーティストになりたい!そう志して美大に入ったものの、美大では制作についての技法を学べても卒業後どうやってアーティストとしてご飯を食べていくのか、ということまで面倒を見てくれる美大はあまり多くないように思います。そこで今回は前半は「学生の在り方」を、後半は私が今まで見てきた、海外を中心とした様々なアーティストの話を元に、「作家活動について」話をしたいと思います。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

美大を卒業した後、みなさんはどうしていますか?またはどうしようと思っていますか?もちろん個々人の作品の種類によっては職に繋がるものもありますが、絵画や彫刻、インスタレーション専攻の方は、作家として生きていくことを意識している人が多いと思います。作家として生きていく上で、日本人に限らず海外で活躍しているアーティストと、日本で活動しているアーティストの絶対値が大きく違うのは、日本のアートマーケットやギャラリーの在り方や、日本の社会保障制度など大きな問題の差があるためとも言えますが、今回はその話ではなく、まずその裏にある「学生としての在り方」について触れたいと思います。

学生の在り方について

簡潔にこの問題を指摘すると、日本の学生の多くは「課題を頑張りすぎ」と言えます。
課題をサボれということが言いたいのではありませんが、残念ながらすべての教授が自分にとって正しいというわけではないので、課題によっては「この課題に時間を割いてはいられない...」ということもあるように思います。実際ドイツの美大に在学中の私ですが、教授に「この授業が自分のやりたいことや、今後必要だと思っていることとは違うので、授業に来なくてもいいですか?」と聞いたことがあります。でも必修科目で単位は必要なので「その代わりセメスター最後に自分の作品をプレゼンしますので、その作品の出来で単位を互換してください。」と交渉し、結果A判定をもらったことがあります。 
これは日本で成り立つかどうかはわかりませんが、4年間しかない短い時間なので不必要な部分は削る必要があると思います。学校のカリキュラムのみに従っていても、全ての学生にとってそれが正しいかどうかは疑問です。学生はもっと、自分が必要のないものは切り捨てて、必要な部分だけを選び、そして求め、大学の施設と教授達をいい意味で利用すべきだと思います。もっともっと学生が自分主体であっていいと思います。


ドイツで私が今在籍している美大は、Diplomと呼ばれる5年一貫制ですが、一学年でひと学科につき約5人しか人数を取りません。各学科に中心となる教授が基本的に一人なので、入学した時点で日本でいうゼミのような形態が始まります。そのためカリキュラムは、2週間は必修と選択授業(授業週間)、そして次の1週間はゼミの週(アトリエ週間)という3週間のサイクルで進んでいきます。授業の科目も日本に比べて少なく、3年生からは取らなければならない講義はほとんどなく、座学が多くなります。これは前回の記事でも書いたように「美術史」や「哲学」、「美学」や「心理学」など、作品が表面的なものにならないよう、様々な分野の科目が勉強できるようになっています。また授業以外にも単位とは関係なく、様々なワークショップや講演が常日頃組まれており、課題のみだけなく自分が求めているものを取り組んだり、探したりできるようになっています。アトリエ週間が挟まることで、授業がみっちりと詰まることないため、自分の制作や学外活動などにも積極的に取り組むことができます。だからドイツの美大生は、課題、自分の作品制作、応募書類の作成、学問研究、学外活動など、やらなければならないことが盛り沢山。一方、ドイツの美大生はあまりアルバイトをしていません。ルームシェアをして家賃を抑え、自炊で食費を抑え、ファッションや余暇などにもお金を使わない人が多いです。出費を抑えてバイトを減らし、そうして生まれた時間を自分の活動に充てる。その結果在学中からアーティストとして活動したり、他の国でインターンを行ったりとアクティブな人たちが多いのです。

アーティスト活動について


  • art Karlsruheにて、作品購入者と / Photo by Masaki Hagino

私は今学生として籍を置きながら、作家としての活動を少しずつできるようになってきました。なぜこれが日本で学生をしている間にできなかったのかと考えましたが、一番簡単な理由は「アーティスト活動」をしていなかったからです。上にも書きましたが、課題を集中してこなして「優秀な学生」として頑張っているだけではなにも起こりません。卒業すれば学生でなくなるのですから、「優秀な学生」という肩書きを抱えて卒業してもあまり意味がないように思います。なぜかと言えば「優秀な学生」を求め拾ってくれるのは企業や組織であって、個人活動をしていくアーティストには無縁の肩書きだと思うからです。作品の横に成績表を貼るわけでもないので、個人的には「優秀な学生」である必要性を感じません。たとえ「優秀な学生」でなくとも、ちゃんと自分の作品と制作過程に真摯に向き合って、教授に教えを請いているのであれば、学生としての使命を全うしていることになり、教授に怒られることもないと思います。

では美大生が成績以外のなにを頑張る必要があるのかと言うと、在学中から卒業後の準備をすることだと思います。言い方を変えると、在学中から「アーティスト活動」をはじめること。アーティストは制作以外にもやらなければならないことがあります。日本で活動する中では当てはまらない部分もあるかも知れませんが、そのなかから5つをまとめてみました。

1.展示を行うこと
自分の作品を世に発信することは、私たちの本業の部分とも言える部分だと思います。展示歴を増やすことも実は必要な行為のひとつ。いろんな人に作品を見てもらうことは、今後の人生に繋がるきっかけになります。
作家人生としてひとつの目標でもある契約ギャラリーを持つこと。ギャラリーと契約すると、常にギャラリーで展示してもらったり、他の作家と企画展を組んでもらえたりと、作品を見せる場所と機会が与えられます。契約内容にもよりますが、作品が売れれば、ギャラリーに契約に沿ったロイヤリティーを支払い、残りを自分の利益として受け取ることができます。
さらに大きなギャラリーでは、助成金のような形で制作費等を貰いながら制作できるような環境もあります。積極的にアートフェアに出展するギャラリーも多く、様々な国で開かれるアートフェアに作品を持っていってもらうことができるでしょう。
契約ギャラリー以外にも、プロジェクトごとにアーティストを集めているギャラリーもあります。決まったアーティストを抱えるのではなく、グループ展ごとにアーティストを募集しているので、展示のチャンスを掴むことが出来ます。 また貸しギャラリーで個人で展示をする場合も、友人だけを招待するのではなく、告知をしっかりとして今後に繋がる展示ができれば、意味があると思います。
展示のチャンスを掴むためには、待っていてもなにも始まりません。作品集片手にギャラリーを駆けずり回ってください。自分のwebサイトやダウンロード式の作品集も作って、世界中のギャラリーにメールを送ることだって出来るはずです。


2.アートフェアに出展する
世界中どこでも開かれているアートフェア。大きなホールに各々ブースを構え、作品を展示します。期間中多くの人が訪れ作品の売買が行われます。このアートフェアに出展するには、多くはギャラリーが出展するので、世界中のアートフェアに積極的に参加するギャラリーと契約することもひとつです。しかし、アートフェアによっては個人出展枠もあります。インターネットを通して作品審査があり、審査に選ばれた場合は他のギャラリーと並んで展示することができるのです。私がいるドイツでは次々と新しいアートフェアが出来てきており、規模や知名度、そしてレベルもピンキリです。低価格で個人出展できるものもあるので、そこから新しい道が見えて来ることもあると思います。


3.美術財団から助成を受ける
助成金は奨学金とは少し違い、返済義務が基本的にはありません。海外での活動を視野に入れるなら、下記のような様々な助成金に応募できます。もちろん日本で活動する条件の助成金もあるので、調べてみることをお勧めします。たとえば現在私はドイツで研修(留学)をしていますが、「日本人で海外で活動している/活動予定である」という条件でも、応募できる助成金が多くあります。国によって様々な種類の助成金があり、条件も様々なので、自分の条件にあったものを選ぶことが必要です。日本の学生用の助成金や奨学金もいくつかあるはずですので、探してみてください。実は助成を受けることで知名度も上がることにもつながります。

▽「日本人で海外で活動している/活動予定である」人が応募できる助成金
文化庁 http://www.bunka.go.jp/seisaku/geijutsubunka/shinshin/kenshu/
吉田石膏美術財団 http://www.yg-artfoundation.or.jp/
公益財団法人ポーラ美術振興財団 http://www.pola-art-foundation.jp/index.html
公益財団法人野村財団 http://www.nomurafoundation.or.jp/


4.アーティストインレジデンスに応募する
助成金の場合、多くは師事する作家や教授など受け入れ先が決まっていることや、展示会などが決まっていることが前提とされています。つまりすでに海外で留学が決まっていることや、アートフェアなどの出展が決まっている必要があります。このハードルがすでに高いため、「そのハードルを越えるためにお金がいるのに...」と応募を断念する気持ち、わかります。ですがこのアーティストインレジデンスというシステムは、同じく助成システムですが、海外で制作をしたい作家そのものを募集しているものです。これも同じく世界中で募集応募があり、文字通り作家に住居とアトリエを提供しています。期間や内容はそれぞれですが、制作費や生活費を負担してくれるものや、期間最後に展示を組んでくれるものもあります。作家でお金はないけれど世界中のアートインレジデンスを飛び回り、海外で生活し続けている強者もいたりします。


5.コンテストに応募する
国内だけでも多くの公募展やコンテストがあります。受賞すれば受賞者展として受賞作品を展示してもらえるほか、副賞として賞金をもらえるものもあります。有名なコンテストでは教授や学芸員からの推薦状がないと応募できないものもあります。国内では、比較的新しいVOCA展やGEISAIなど近代アートも対象とし、海外からの注目度も高いものから、二科展や日展、国展などといった古くから開かれているものまで様々。そしてもちろん海外のコンテストにも目を向けることが必要だと思います。作品の原本で選考があるものもありますが、まずはオンラインで作品写真にて選考があるものもありますので、送料や輸送について心配しなくても応募することができます。





上記の選択肢は一貫して知名度をあげることに繋がります。順序は様々でしょうが、知名度があがれば受賞にも近づき、助成金やアートフェアなどへの選考にも繋がることになります。もちろんそれは相乗効果となり順序は前後することだと思います。

このような活動をしていると、アーティストとして生きていくために必要なものがなにかがさらに見えてきます。作品の質や、様々なコネクションも然ることながら、応募に必要な作品集、「集」になるくらいの作品数、作品の説明文やコンセプト文など。また海外にアプローチするための語学力など。アトリエで制作だけでなく、家に帰ってからもやれることはまだまだあると思います。

長くなってしまいましたが、今からでもなにも遅くないはず。この記事が「成りたい自分に成るためには、今なにが必要なのか」を少しでも考えるきっかけになれば幸いです。


Masaki Hagino : http://masakihagino.com

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

OTONA WRITER

Masaki Hagino / Masaki Hagino

ドイツ、Burg Giebichenstein University of Art 絵画テキスタイルアート科在籍。「人間はどのように世界を認識しているのか」ということをテーマに、制作を続ける。国内外のギャラリー、アートフェアで展示を行い、作家として活動する。