卒展出品経験と教務課時代の卒展担当経験、あちこちの美大卒展を見る趣味から、教育研究効果・美術的評価ではない視点の
「卒展ではこういう部分を気を付けるといいよ」
「卒業制作で陥りやすい点」
等テクニカルなアドバイスを30ヶ条にしてまとめました。多分一番欲しているのは精神論ではなくこういう話なのかな、と。
ムサビ生向きな内容になってますが、他美大の方、また卒展以外でこれから展示を考えてる人にも参考になると思います。
これまでの話はこちら。
■【美大4年生必見】手羽の卒業制作30ヶ条 準備編1
■【美大4年生必見】手羽の卒業制作30ヶ条 準備編2
■【美大4年生必見】手羽の卒業制作30ヶ条 場所決め編
今日はいよいよ制作編。
より具体的な話に入っていきます。
13.大きさ・長さ・広さ・高さの「重さ」がある
小さいと気にならないけど、大きくなると気が付くもの。
それは大きさ・長さ・広さ・高さの「重さ」です。
例えば、
「布はでかくなると重くなる(大きさ・広さの重さ・空気の重さ)」
「鉄は長くなると予想以上にしなる(長さの重さ・鉄の柔らかさ)」
「紙を立方体にして積み上げたら潰れる(高さの重さ)」
など。
「あれ?鉄って長くなると結構曲がるのね」と気がついた時には講評前日。
「まあ・・しなってるのもアリってことにしよう。曲線を出したかったってことにしよう」とかなんとか理由をつけて終わり。
これらは大きなものを作る時の素材や設置方法の知識・経験がないから起きることで、見る人間が見れば、 「ああ。ほんとは直線にしたかったのに、直前にそっちゃうことがわかったんだろうなあ・・・」とすぐにわかっちゃいます。大きなものを作れば「重さ」、つまり重力の影響がどんどん出てくることを覚悟しときましょ。これが机上の計画ではわからないこと。
手羽の例をだしましょう。
これは4年の時に小平野外彫刻展に出した作品で、タイトルは「ぴよぴよてばちゃん」。
やはり手羽の顔がついてます(笑)
設営1週間前ぐらいに本体ができたんで、実験で厚み7mm・長さ12mの鉄パイプにのせてみたんです。厚さ7mmって作品で使うには肉厚の部類に入ります。
するとクネっと鉄パイプが曲がってね。
手伝ってくれた同級生の「ああ・・」という空気は今でも忘れません(笑)
「本体はFRPで中は空洞だし、厚み7㎜もある鉄パイプなんだから大丈夫だろ」が完全な机上の空論。「空っぽといっても本体は3m以上ある」「12mの長さ」、つまり大きさと長さの「重さ」に見事にはまった例です。
どうしたかというと、鉄パイプの直径は太くしたくなかったから、無垢の鉄棒を急きょ購入して解決しました。無垢の鉄棒12mってこれがまた高いのよ(しかも重い)。この突然の出費が当時はかなり痛くて(涙)
でも、「もし実験せずに現地で気が付いたら」と思うと・・ま、勉強代と思うしかない。
また、「B1プレゼンボードを壁に両面テープで貼り付けて、翌日出てきたら全部床に落ちてた」ってことも特にデザイン系の人は一度は経験してるはず。これも「重さ」の一種であり、「時間の重さ」でもあります。
安易な解決策として次に取る手は「両面テープをもっといっぱい使う」「超強力両面テープを使う」でしょうか。
でも、これって剥がすのが大変なんですよね。せっかく作ったプレゼンボードが撤収の時に剥がす勢いで折れ曲がったり、壁の塗装がベリっとはがれたり・・これまたよくあるシーン(笑)
何故わざわざ虫ピンや展示フックを使うのか。
それは作品の保護でもあるし、壁の保護でもあるし、撤収時の簡単さだったりするんです。あえてその手段を取ってる蓄積された理由があるんです。
あ、今だとコマンドタブっていう便利なものもありますな。
14.小屋モノは内側と外側をしっかり作れ。いや、そもそもその小屋はいるのか?
手羽は「小屋モノ」と呼んでるんですが、「囲った壁や小屋(ようなもの)の中で作品を展示したり、その中で映像を見せたり、または穴から外界を見る」タイプの作品です。
このタイプで一番陥りやすいのは、中のことばかり考えて外装、つまり「箱」の処理を手を抜いちゃうパターン。
自分が見る側の立場だと、見た目の悪い作品の中に入ろうと思いませんよね? 中に入って見てもらいたい作品なら、中身を作る以上に「箱」制作に力とお金をかけるべきなんです。
んで。
「教室の中に自分が占有できる空間が必要=壁で作品を囲む」という展示が最近は多いけど、囲まれた空間がポツンと立ってる部屋って、それが浮いちゃってあまり見栄えがいいものではありません。
「そもそも小屋状態にする必要があるのか?」ということですね。
その壁に必然性があったり、外側から見て壁も作品の一つになってるならいいんだけど、「ダンボールパネルを立てただけですー。1人の空間が欲しかったんで囲みましたー」みたいな作者が、いい作品を作る気遣いがあるとは思えず。
なんとなく、同じ立体を作るにしても彫刻や建築の学生さんは空間の外側からモノを考える意識、空デは内側から空間を考える意識が強いように感じてます。作ってるものがそうなんですが、言い方変えると、空デは舞台美術的な発想なので「内側がよければ外側はどうでもいい」的な作品がちょいちょいあって。
外側が見えなければ問題ないんだけど、その意識のまま小屋モノを作られると、周りの作品に影響が出ちゃう。
場合によっては、自分の作品に対し「妥協」することになるやもしれませんが、不思議なことに会場全体の空間に調和が取れると、自然とその中の作品も良く見えるものです。「空間のために基本コンセプトを妥協しろ」という意味ではなく、 「空間を良くするためには、違うアプローチもあるんじゃないの?」ということ。
場所編で「屋外作品は全体に影響する」と書きましたが、「室内の小屋モノは周りの作品に影響する」も当てはまります。
15.パッチワーク系は要注意
布に限らず板だったりモノだったり、いろんな素材や色をくっつけたり貼りあわせる、いわゆる「パッチワーク系」「コラージュ系」があります。広い意味ではインスタレーション系もこれに入るかな?
で、 「困った時はコラージュに逃げろ」という諺があって(今作りました)、簡単に手間がかかってるっぽく見え、なおかつにぎやかに見える。
ただ、よほどセンスがよくないと作者がイメージしてる以上に
「ツギハギ?」
「粗大ゴミ置き場から拾ってきただけでしょ?」
「捨てようと思ってた雑誌から切り抜いただけ?」
「やるなら徹底的にやればいいのに、空間スカスカやん」
と思われてしまう傾向にあります。
普段は「色は2色しか使わない」と理性で抑制・コントロールできてても、パッチワーク系ってついその人の本当の色や空間のセンスが丸裸になっちゃうんですよね。
手羽はパッチワーク系・コラージュ系・インスタ系がすごく苦手で・・・はい、全然センスがありません(涙)
16.「質より量」作品は想定の2倍作れ
数や大きさなどボリュームで見せる作品があって、手羽は「ボリュームもの」と呼んでます。
手羽はボリュームものが大好きなんだけど、今までの経験からして、初めてボリュームものを作る人は「想定してる数・大きさの最低2倍は作らないとダメ。余ったら使わなければいい」ぐらいの気持ちで取り組んだ方がいいです。
50分の1の模型空間で「ま、これくらいあればいいっしょ」と思ったものを実空間に持ってくると、「ま、いいっしょ」の塊が50倍になるんで、密度がスッカスカになっちゃう。
ボリュームモノは「でも、この倍は数が欲しかったね・・」「コンセプト的に10倍は必要だったんじゃないの?」と言われたらおしまいなんですよね。
昨日紹介した「うじゃうじゃてば」も、当初は40個ぐらいしか置かない予定だったんです。でも卒展1か月前ぐらいに試しに12号館前広場に置いてみたら全然うじゃうじゃ感がなく、目標を100個を切り替えました。
買ってきたものを置くわけじゃなく、制作モノだと1個作る時間には限界がある。しかもそれ自体が卒制じゃないから余計な作業といえば余計な作業で、今思えばこれが頭をパニくらせてた原因かもしれないな、と。
ボリュームものは時間をうまく使うことが大事。計画的にやりましょ。
ただ。
去年、卒展の時にたまたま開いてた清掃さんの倉庫を覗いたら、
モップの先が保管されてたんだけど、数といい、整列の具合といい、適当に置かれた黄色と白、スコップの緑とタンクの赤とのバランスといい、モップのビラビラ具合といい、空間といい、すごくアートしてて。冨井大裕的なものを感じましたね。
意識したらこんなにうまくできない(笑)
使ってない倉庫とかお店、学校で学生さんが展示をやったりしてますが、そこにさりげなく積まれたコンテナや鍋とかの方が作品として面白かったりします。
コラージュもの・ボリュームもの・インスタものは「時間がたつうちに知らずに生まれたもの」や「場」に負けがちだから、これが意外と楽そうに見えて「センス・時間・経験」が問われます。
その覚悟を。
続く。
以上、これは学期末に清掃さんが張り出す張り紙だけど、
美大で一番「これは作品と言えるのか?」「アートはゴミかどうか?」を一番真剣に考えているのは先生や学生さんではなく清掃さんかもしれないなー、と思ってる手羽がお送りいたしました。
【美大愛好家】 福岡県出身。武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒。 2003年より学生ブログサイト「ムサビコム」、2009年より「美大日記」を運営。2007年「ムサビ日記 -リアルな美大の日常を」を出版。三谷幸喜と浦沢直樹とみうらじゅんと羽海野チカとハイキュー!と合体変形ロボットとパシリムとムサビと美大が好きで、シャンプーはマシェリを20年愛用。理想の美大「手羽美術大学★」設立を目指し奮闘中。