ヨーロッパでも、彫刻ひとすじ!アート留学のリアルを語る—西永和輝さん

西永和輝さんとの待ち合わせは、異例の暑さが続く8月のロンドン、セントラルからほど近い大学構内でした。穏やかな雰囲気が印象的な西永さんは、公益財団法人 江副記念財団 アート部門奨学生として、イギリス・ロンドン大学スレード校修士課程に在学中。まさに今海外で奮闘中の現役美大生に、留学生活や作品制作についてお話していただきました。(Sponsored by 公益財団法人 江副記念財団)

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理論と実践を往復する、ヨーロッパでの学び。

―ロンドンに数ある美大の中から、スレード校に入学したのはどうしてですか?

留学前、僕は武蔵野美術大学(以下、ムサビ)の彫刻学科に在籍していました。スレード校を最初に知ったのは、2015年にムサビとヘンリー・ムーア・インスティチュートが行なった、日本近代彫刻のリサーチプロジェクトに関わったからです。このプロジェクトに、スレード校教授の故エドワード・アーリントン氏がかかわっていました。プロジェクトを通してエドワード氏に作品を見ていただく機会があり、お話をしていく中で、スレード校での学びに惹かれるようになりました。
 

―スレード校といえば、ロンドン大学グループの人気校ですね。入試の難易度も高いように思います。

僕がスレードを選んだもうひとつの理由は、スレードの母体であるロンドン大学が総合大学であるということです。もともと、美術と科学、歴史、医学など、さまざまな分野がコラボレートすることに可能性を感じていました。幅広い分野の研究が行なわれている大学だからこそ、得るものがあるんじゃないかと考えましたね。
留学を本格的に考えたのは、大学4年生の時です。しかし、僕はそれまでに長期留学の経験がなかったので、ムサビ卒業後に英語を勉強するための準備期間を設けてから、2017年9月スタートのプログラムにアプライしました。
 

 
―ヨーロッパでの学びの、どのようなところに興味を持たれたのでしょうか。

それまで僕は、「ヨーロッパでは絵画や彫刻といった既存の枠組みの曖昧化が著しい」というイメージを持っていましたが、エドワード氏と話し、別の動きもあることを知りました。特にスレード校では、自らの手によって作品を生み出すことと、理論的でコンセプチュアルな要素を統合したものづくりを目指している人を求めていると分かったのです。日本で活動しているときは、コンセプチュアルな部分だけで成り立つような作品を作ることには興味がなかったのですが、かといって彫刻のスキルだけを徹底的に磨くという学びにも違和感がありました。「作ることのリアルさ」を大切にしながら、理論的なアプローチも両立できるというスタイルは、僕にとってすごく魅力的だったんです。
 

 
―「作ることのリアルさ」って、具体的にどんな感覚なんでしょう。

「マテリアルとの対話」なんていうとありふれた言い方になってしまうかもしれませんが、彫刻を作る時には、素材へのフェティシズムともいえるような感覚を大切にしています。その素材をどのように扱うのか常に考えながら作っていく。素材が変化する瞬間には、独特のおもしろさがあるんです。自らの手で彫刻を作ることを実感しながら、素材にアプローチすること。その中に、「作ることのリアルさ」の本質があるように思います。
 


  • 02: 空論あるいはウォルムス教授の懐疑, 2016, ミクストメディア, h1850*w1200*d660 (mm), 卒制作品, 撮影: 加藤健

 
―素材そのものに直接アプローチする、彫刻ならではの感覚かもしれませんね。では、西永さんがどのような作品を手がけているのか教えていただけますか。
 
僕の作品には、おおまかに3つの軸があります。ひとつめは、古典的な木彫作品への取り組み。煙や水など不定形のものを、木という素材を通して可視化することに関心があります。ふたつめは、機械。これは彫刻というより、機械の動作を通して存在を考察する「実験器具」といった呼び方がふさわしいかもしれません。最後は、紙を使った小さな作品です。素材が2次元から3次元へと立ち上がるおもしろさを感じています。
 

 
学部の卒業制作では、このうち木彫と機械を発表しました。軍艦とその砲煙を木彫で表現した作品と、顕微鏡を通して舞い上がる煙の粒子を観察する機械の2点です。これらはどちらも、「煙」という不定形のものへのアプローチという点で共通していますね。
スレード校での修了制作については、まだ具体的なビジョンは固まっていません。ただ、これらの3つの軸は今も大切にし続けています。また、今学期はリサーチベースのクリティカルスタディ(学生自身の関心を理論的に制作に結びつける方法を身につけるための研究活動)が中心で、現在もドラフトを執筆中です。
 


  • 01: Energeia, 2016, 桜, h900*w700*d350 (mm), 卒制作品, 撮影: 加藤健

  • 05: Erosion Machine, 2018, ミクストメディア, h800*w420*d360 (mm) , 撮影: 西永和輝

 
―制作と理論の双方を学ぶのは、イギリスの美術教育の大きな特徴かもしれません。スレード校では、実際にどのようなプログラムが組まれているのでしょうか?

基本的に、リサーチに基づいた論文と、実際の作品の両方が課題になります。ただ、プログラムの内容そのものは、個人でかなり柔軟に選べますよ。リサーチと制作の比率は、個人で自由に調整することができます。
必須とされているのは、週に1度開催されるディスカッションへの出席です。学生たちが週替わりで作品を持ち寄って発表し、お互いに講評し合います。だいたい、1タームに1回くらいのペースで作品発表の順番が回ってきますね。スレード校の雰囲気は国際的で、イギリス人もいれば、ヨーロッパ諸国やアジア、南米からの留学生も。国籍も年齢もバラバラという点は、日本の学校とは少し違っています。
 


  • スレード校建物内の一画。

  • スレード校正面。

 
―日本の美大の環境とは、違っているようですね。西永さんは、留学を通して自身の作品づくりにどのような変化がありましたか?

ヨーロッパの美大教育には、必ずしも完璧を求める風潮はないように思います。いい意味で、作ることへのプレッシャーがなくなりました。もちろん、今も緊張感を持って制作していますが、以前より変化を楽しめるようになったと思います。毎週のディスカッションも、必ずしも完成した作品を持ってくる必要はありません。実験的な作品にも挑戦できるようになり、身軽になった感覚がありますね。
ただ、スレード校の工房には、ちょっと物足りなさを感じる時もあります。ムサビの工房は、設備の質が抜群に良かった! 僕はスレード校でもやりようはあるのですが、今でもムサビの工房だったら‥‥、と思うことはあります(笑)

―日本の美大の施設は、世界と比べても充実しているんですね。西永さんは、普段の生活の中でも日本との違いを実感することが多いですか?

文化の違いは色々ありますね。ただ、僕自身は海外生活にはあまり違和感がないかもしれません。
日本ではずっと実家暮らしだったので、1人暮らしをすること自体が初めての経験なんです。だけど、自分の生活を自分で成すことは、僕にとってはかなり楽しいですね。スタジオに22時ぎりぎりまで残って、そのあと帰宅してから凝った料理を作ってみたり、洗濯を手洗いでやってみたり‥‥。自分の手で生活を組み立てるのは、なかなかおもしろい経験です。

―なるほど。彫刻を自らの手で作ることと、生活を自ら組み立てること、ちょっと共通点があるような気もします(笑)


海外の情報をキャッチすることは、アーティストのモチベーションになる。
 

―今後の活動についてお聞きします。これからもヨーロッパを拠点にする予定ですか?
ビザの問題があるので今断言することはできませんが、ヨーロッパで活動を続けられるとうれしいですね。こっちに来てからのほうが自分の作品が受け入れられている、見てほしいところを見てもらえているという実感があり、そのことが作品づくりのモチベーションにもなっているので。

―現在参加しているプロジェクトがあれば教えてください。

スレード校のプログラムで、Interim showという中間発表を控えています。あとは、クリティカルスタディの論文を執筆中です。
また、学生どうしでの展覧会を企画中です。日本には貸しギャラリーがたくさんあるので、学生たちが企画展を行なうことも多いですが、イギリスではそういうケースは稀です。展示をやりたい時は、自分たちでギャラリーにアプライし、相手に認めてもらわなければいけません。そういった意味では、学生どうしが企画展を行なうハードルは、日本よりも高いかもしれませんね。

―環境の違いは、大学外での活動にもいろいろ影響するのですね。今後も彫刻作品をメインに活動していくのでしょうか。

そうですね。僕は、日本にいたときから彫刻一筋でした。もちろん、記録用に映像を撮影したり、ドローイングに取り組むこともありますが、すべては彫刻のためです。これからも、彫刻一本でやっていくんじゃないかと思います。
彫刻に関連した関心でいうと、今は立体物におけるデコレーションに注目しています。「ものを飾りたい」という初期衝動、装飾への欲望がどういったものなのかに興味があります。こういった関心は、装飾芸術が有名なイギリスに留学したからこそ得られたものですね。

―彫刻一筋の留学生活ですね! 最後に、これから留学を考えている美大生の方々に、伝えたいことはありますか?

海外に一度出てみるのはとても魅力的な体験だと思います。江副記念財団のように、支援してくれる団体があることも、貴重なことですね。
個人的には、留学するかどうかに関係なく、海外で活躍する同世代のアーティストに目を向けることはとても重要だと思います。海外のアートシーンをリサーチすることは、自身の創作活動やモチベーションにもつながるのではないでしょうか。

また、日本では、暗黙の了解で「学生である期間」が決められているような気がします。留年や浪人など、さまざまな理由でその期間をオーバーすると、特異な目で見られることもあるのではないでしょうか。ただ、ヨーロッパに来て、人生のリサーチタイムとしての大学院のあり方を肌で感じています。留学したい、学びたいという気持ちがあるのであれば、どのタイミングでも留学できる。興味があるのであれば、時間や年齢にとらわれずにチャレンジしてみてほしいです。
 


  • 伝統あるUCLの校舎前で。

 
西永さんはひとつひとつの質問に、丁寧に言葉を選びながら答えてくれました。その真摯な態度は作品づくりにも反映されており、徹底的に「彫刻」に向き合う姿はさながら哲学者のようでもありました。留学先でも作品の軸を変えることなく、ヨーロッパの考え方を取り入れながら自身の学びを深めている西永さん。インタビュー中の冷静な口調の中にも、作品に対する熱い思いが感じられ、聞いているこちらの身が引き締まる思いでした。留学をきっかけに、彼の作品はさらなる進化を遂げることでしょう。
西永さんが留学に際して応募した江副記念財団のリクルートスカラシップでは、現在新たなアート部門の奨学生を募集中です。留学に関心を持っている美大生の皆さんは、この機会に挑戦してみてはいかがでしょうか。

>> 江副記念財団 リクルートスカラシップ アート部門 募集要項ページ



プロフィール
西永和輝
2012年 武蔵野美術大学造形学部彫刻学科入学
2016年:同卒業
2017年9月:UCL.Slade School of Fine Art入学

>> 江副記念リクルート財団 HP


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(写真:Andreea Teleaga 文:齋木優城)

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