見つけた1を1000にする!?ブームの仕掛人トランジット 中村貞裕

「世の中を生き抜く術・勝ち残る術」をテーマに、建築界の異端児の異名をとる建築家松葉邦彦が今話したい人物と対談、インタビューを行い、これからの世の中を生きて行く学生や若手に伝えたいメッセージを発信します。第14回は株式会社トランジットジェネラルオフィス代表取締役社長の中村貞裕さんにお話を伺いました。

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中村貞裕
株式会社トランジットジェネラルオフィス代表取締役社長。カフェブームの立役者としてアパレルブランドとのカフェや「bills」などを運営、「ICE MONSTER」や「DOMINIQUE ANSEL BAKERY」など海外ブランドを日本にオープンし、その他ホテルや鉄道までプロデュースを行うなど常に話題のスポットを生み出すヒットメーカーとして注目を浴びている。

松葉:「Outsider Architect」の14回目は、株式会社トランジットジェネラルオフィス代表取締役社長の中村貞裕さんにお話を伺っていこうと思っています。


自分がやったら成功するものを見つけたから成功した

松葉:僕は今から6~7年前にトランジットジェネラルオフィスの存在を知ったのですが、飲食やイベントプロデュースだけでなく、不動産など多岐にわたって事業をかっこ良く展開されているそのスタイルに大変興味を持ちました。というのも、僕は今八王子を拠点に活動をしているのですが、活動を始めた当初から単に建築設計が出来れば良いというだけでなく、どうやったら楽しくてセンスの良い街に変わっていくのかという事に関心があったんです。

当初はAKITENというNPOを立ち上げアートやクリエイティブな視点からのまちづくりを行ってきましたし、今はもう少し事業寄りの部分でその実現を目指しています。そして今後は自社の事業として建築設計以外の分野にも取り組んでいきたいと思っております。ですので、トランジットジェネラルオフィスの創業者である中村さんは僕のあこがれの方で、いつかはお会いしてみたいと思っておりました。今日も中村さんの著書「中村貞裕式 ミーハー仕事術」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を持参していますが、このインタビューのために買ったのではなくて発売当初に購入した初版です。何度も読み返して色々と参考にさせて頂いております。

中村:それはありがとうございます。来ていただければいつでも会えるのに(笑)。

松葉:それではまずトランジットジェネラルオフィスの創業について伺っていきたいのですが、元々伊勢丹にいらっしゃったとお聞きしていますが、なぜ起業されようと思われたのでしょうか?
 


  • 中村貞裕

中村:正直あまり深い意味はないですね。実家が商売していることもあり、学生時代からなんとなく起業したいなとは思っていました。「自分でやりたい」というのは小さい頃から思っていたみたいで、小学校の文集にも将来の夢が社長って書いてありました(笑)。元々伊勢丹には先輩も多いし転勤も少なそうだし、何よりも受かったから就職しました(笑)。女の子も多いしミーハーな感じですね。ただ、実際に入ると思っていた以上に仕事はきつかったです。でも「解放区」や「リ・スタイル」を手掛けた藤巻幸夫さんの下で働けるようになって、大変だけど仕事がとても楽しくなりました。ですので、藤巻さんがいる間は自分も伊勢丹にいようと思っていました。そして、藤巻さんが退職されたのでそろそろ自分も辞めようかなと。というのも、藤巻さんの下で働けたことで多くの人脈やノウハウを手にすることができましたし、以前から30歳で独立しようかなと思っていましたので。

松葉:どのような事業から始められたのですか?

中村:外苑前の交差点に立つ父の持っていたビルの一室でカフェをはじめました。ちょうどその頃、世の中がカフェブームの前夜みたいな状態で、誰かやればいいのにみたいな空気が流れていたから「じゃあ俺がやるよ」みたいな感じで(笑)。それで、「OFFICE」というカフェをはじめたのですが、そのカフェが瞬く間に人気になってしまって。また同じ頃「OFFICE」の下の階で父が経営していたトラットリアの売上げが下がってきていたので、思い切って父にリニューアルの提案をしました。何度も企画書を書いて父の納得のいく提案を考えました。それが「Sign」というカフェです。その流れで飲食を中心とした企画運営会社トランジットジェネラルオフィスを立ち上げました。

松葉:「OFFICE」はエレベーターが無くて5階まで階段で上がっていかないといけないにも関わらず人が集まっていますよね。それにしても、いきなり人気店を2つも立ち上げてしまうのは凄いですね。

中村:自分がやったら成功するものを見つけたられたからだと思います。建築家の人のように早くして自分の道を見つけた人はいいけど、僕みたいな熱しやすく冷めやすいミーハーな人間はやりたいことがなかなか見つからないし、やりたいことはあるのだけどそれができるようになる前に次のやりたいことが見つかってそっちに流れて結局何も出来るようにはならない(笑)。でも30歳くらいになるとさすがに自分にできることが何なのか考えるようになって、できる自信があったから「OFFICE」をつくったら、やっぱりできることだから成功したのかなと思っています。

 
スタッフができること=自分のできることになる

松葉:僕はカフェブームの頃はあまりカフェに行ってなかったからピンとこないですが、カフェブームの時に出来たお店って今はどうなってしまっているのですか?

中村:あの当時できたカフェは何百店舗もあって、その中で今も続いている店もありますが、そんなに多くはないと思います。しかも1店舗だけじゃなく会社として店舗数を増やしていったところは、現在ではそうほとんど残っていません。カフェオーナーとしてずっとやっている人がほとんどだと思います。

松葉:カフェのプロデュースと運営からはじまり、今は不動産やウェディングなどさまざまな業態に事業が拡がっていますね。事業の多角化にはどのような意図があるのでしょうか?

中村:そもそも一人でできることはすごく限られているのですが、人が集まって会社になるとできることが増えると思っています。僕はできなくても「会社のスタッフができること=僕のできること」と考えて、シェアオフィスの企画運営ができる人が増えてきたからシェアオフィスを始めたし、ケータリングができる人が増えてきたからケータリングを始めました。すごく自然な流れです。そして、ケータリングできるからウェディングできるじゃんという話になって。売上を伸ばすためにできることをやっている感じですね。やりたいからやるというよりも会社としてできるからやっている。
 


  • トランジットジェネラルオフィス

松葉:なるほど、そうすると今の会社規模になってくると逆に色々な事が出来過ぎてしまうと思いますが、その辺りはどのようにコントロールされているのですか?

中村:できることはたくさんあるのですが、そのジャッジは僕がやるようにしています。インプットとアウトプットの中で、できることから今イケてるものをチョイスしている感じです。元々カフェをやっていて、次はカフェをやっている人たちにホテルをやらせてみたら面白いじゃないか、今度はカフェやホテルをやっている人たちにマンションをやらせてみようとか。そして、カフェやホテルやマンションやっている人たちに商業施設をやらせてみようと仕事がどんどん繋がってきています。例えば、2008年のリーマンショックで経営破綻になってしまったクライアントの1つにSOHOのプロジェクトをやっている会社がありました。その会社の責任者が独立してSOHOプロジェクトの運営を引き継ぎたいのでトランジットに入れて欲しいと言ってきて、出来た会社がリアルゲイトです。そこからシェアオフィス事業を始めると、時代もついてきて古い社宅などを改装してシェアオフィスにしたいという人が増えてきました。今建築費が高騰してきているので、しばらくこのままどうでというオーナーが多い。そういう物件を10年間のマスターリース(オーナーから借り上げて転貸すること)し、2~3年かけて内装を替えてってやっていくとあっという間にフル稼働になります。3年間で20施設くらいシェアオフィスをやっていて、これからも10施設くらい手がける予定です。なんか時代にあっていて運がいいといえばそうなのですけどね(笑)。

 

トランジットのセオリーが成り立つなら何でもやる

松葉:中村さんは東京都心の人が集まるエリアでの事業展開が主だと思いますが、一方で最近の地方創生ブームではみんな地方に行ってさまざまな活動をしています。そのような状況をどのように思われますか?

中村:うちの事業はメディアを駆使してトレンドを作るからメディアのない地方はうまくいかないのであまりやってないのですが、愛媛県の宇和島にある木屋旅館という1911年創業の旅館の再生プロジェクトで、アートエンターテイメント空間というアプローチの旅館をやった際には、かなり話題になり、特に海外のメディアで取り上げられました。海外だと特に、いいものをやれば取り上げてもらえますからね。東京のメディアもいろいろな切り口で地方に目を向けてくれる。そういったことで自分たちのセオリーが地方でも成功しやすくなってきているように思います。

ゼロ・ウェイスト(ゴミを出さないという考え方)の理念を宿している徳島県上勝町では、ライズアンドウィン ブルーイングカンパニー バーベキューアンドジェネラルストア(RISE & WIN Brewing Co. BBQ & General Store)というクラフトビールのマイクロ・ブリュワリーのプロジェクトを建築家の中村拓志さんと一緒にやりました。それ以外にも観光列車「東北エモーション」など東京でやっている方程式にうまくハマる案件に関しては積極的にやっています。
 


  • ブルーイングカンパニー バーベキューアンドジェネラルストア

クライアントにもよりますが、ただ闇雲にやるんじゃなくてトランジットジェネラルオフィスのセオリーが成り立つものをやる。SNSの時代で、地方でも良いものや面白いものができるなら、都内のメディアやお客さまにもひっかかりますよね。

松葉:なるほど、確かにおっしゃる通りですね。僕も地方でお仕事をさせて頂いている関係で地元の方ともおつきあいがあるのですが、頑なによそ者は出て行けみたいな人だけではないと思いますし。それと、東京都心部と地方の話はよく話題にあがるのですが、その2つの間にある郊外エリア、まさしく八王子などもそうですがそういった場所はどう見えますか?

中村:基本的にはクライアントによりますね。それこそ八王子だったらグランピング場をつくるだとか。トレンドですよね。いきなり30坪のカフェをつくって流行らせてくれと言われても無理なわけで(笑)。ただ、そこの土地なりの面白いことがあるはず。八王子の事は詳しくは知らないけれど、都内なのに都心より土地の値段が安いならば、例えばさっき言ったようにクラフトビールの巨大な工場をつくって拠点とするとか。場所にある利点を最大限に活かすことが重要です。メディアに出すことは内容が良ければ載るので。あとはスポーツ施設ですかね。今まで見たことのないゴルフの打ちっ放し場作るとか。だって千葉まで2時間かけて行くより八王子に1時間で行く方がいい。他にも釣りとかトレイルランの施設とかでも良いかも。

 

形は何でも良い。コミュニケーションのきっかけをつくることが重要

松葉:確かにそのエリアの特性を活かした事業である必要はありますよね。あと、お話を伺っている中で、メディアというワードがよく出てくるように思いましたが、自社でメディアを持とうと考えたことはありますか?
 

中村:昔「Sign」で「Sing Times」っていう全国のカフェに置くフリーペーパーをつくっていたことはあります。その時々の旬な情報とか載せていて、結構本気で作ってしまって広告とるのが大変だったりして結局やめてしまったけど。ただメディアを持つと、取材と称していろいろ会いたい人に会いに行けるのは良いですよね。

あと、僕らのお店もある種の箱メディアと言えると思います。どんな形であろうとアウトプットの場所を持つことは非常に大切で、人を呼べる場があるとすごく良い。例えば僕らは人気のお店を持っているとそこに誰かを招待することができる。メディアを持てばインタビューで会いに行ける。形は何でも良いと思うけど、コミュニケーションの機会やきっかけを持つことは絶対に必要だと思います。フリーマガジンなんかは興味があってまた作ってもいいかなと。

松葉:確かにそうですね。このインタビューをやっているメリットも、僕が会いたい方にお会いするためというのがほとんどだと思っていますし。ちなみにチョコレートの「MAX BRENNER」やかき氷の「ICE MONSTER」など 話題のお店を次々に仕掛けていらっしゃいますが、新規事業を始める時のスタンスや視点というか、やるかやらないかの判断、嗅覚のようなものについてお聞かせいただけますか。

中村:基本的には断らないというスタンスです。もちろんマーケットを考え精査はしますが。全部やることで新しいトレンドも見えてくるので。成功事例の積み重ねも出来ますし赤字にならないことはやります。ただ、最近増えている日本初上陸系の仕事は規模が大きいので慎重に考えています。
 


  • MAX BRENNER


  • MAX BRENNER


  • ICE MONSTER


  • ICE MONSTER

松葉:日本初上陸系というと代表的な案件として「bills」があげられると思いますがどういった経緯で関わることになったのでしょうか?

中村:最初はPR会社サニーサイドアップの次原悦子さんの紹介で、一度食べに行ったらパンケーキとスクランブルエッグがとても美味しかったんですよね。それで、当時、七里ガ浜にレストランつくるけど目玉がないという話あったから、じゃあ「bills」にしちゃいましょうとなったのです。それで、今度は関係者みんなでシドニーへ行って食べたら、美味しくてそのまま決定。その流れでサニーサイドアップとトランジットジェネラルオフィスで「bills」の運営会社(フライパン)をつくりました。そうしたら日本全国パンケーキブームで、思った以上に流行ってしまったという感じですね(笑)。その後は「bills」で培った日本初上陸のノウハウを活かして「MAX BRENNER」や「ICE MONSTER」を手掛けていきました。ただ、正直5年後にやっているかわからないですね。
 


  • bills ©Petrina Tinslay


  • bills ©Petrina Tinslay


  • bills ©Petrina Tinslay

 

ブームをつくるなら一番じゃなくてもいい。ただ先頭集団でなければならない。

松葉:ちなみに、5年後とか10年後に何をやっていたいといかいうビジョンはあるのですか?

中村:よく聞かれるのですが、正直10年後とかになるとよくわからないですね。5年後もわからないかも。というのも、今から5年前にシェアオフィスをなんてやると思ってなかったので。3年後ならなんとなく見えますが。というのも、今やっていることが大体3年かかるので。

松葉:どんな事に取り組まれているのですか?

中村:海外初上陸案件とシェアオフィスの発展、あとは新しいホテルのプロデュースですかね。やれることでやりたいもの、トレンドの流れでホテルというものがキーワードになっているのでホテルは外せないです。日本初上陸のホテルとか。複合施設みたいなものを考えていて、1階がカフェ、2階からシェアオフィス、その上がレストランとホテル。全部この会社でできることを集めるとまた新しいものが作れる気がしています。

松葉:今のトランジットジェネラルオフィスの集大成のような施設で楽しみですね。ちなみに、中村さんは建築家の方と恊働されることも多々あると思われますが、建築家という存在はどのようにうつりますか?

中村:かつては建築プロジェクトが先に決まっていて後から入る仕事が多かったのですが、最近は建築家をアサインするところから関わっています。

松葉:中村さんが恊働されている方々は僕よりも上の世代で、既に業界では有名人ばかりですよね。ただ、その下には僕も含め売れるのか売れないかわからない当落線上をウロウロしている人が大勢います(笑)。
 

 

1を見つけてそれを100とか1000にするのが役目

中村:ブームをつくる場合って正直一番初めじゃなくていい。1のものをひたすら探してそれを100とか1000にしていくのが僕らの役目だと思っています。だって別に僕らもカフェのパイオニアではなくて、カフェが流行りそうだからやったわけですし。ただ、2~3年するとカフェブームの立役者と言われるようになった。その時に思ったのは、ブームをつくったとか話題を作ったとか、自分たちがいうことではなくて周りが決めることだなと。
 


  • 中村貞裕

こで大切なのはマラソンでいう先頭集団に入ることです。5位くらいになったら二番煎じと言われるから、いいなと思ったものには飛びついてガンガン言っていかないと駄目ですね。あと、その場所で初めてならいいとも思っています。建築家ってアーティスト気質の人が多いですよね。僕からすると建築家の人って0から1を生み出すことにこだわりすぎているように見えます。ただ、アーティストの村上隆さんや建築家の隈研吾さんとか第一線にいる人たちは実は0から1だけではない人もいますよね。村上さんは自分に影響を与えた物や人を公開しているし。1から始めてそれに自分を掛けるというやり方をして100とか1000とかにしている。アーティストや建築だとしても、それくらい割り切ったところはあっていいと思うし、そっちの方が面白いものが生まれてくると思います。

僕の周りの人たちはものすごくインプットして、そしてアウトプットしている。だからいい情報も入ってくる。いろんなものを吸収して発信することが重要。インプットするのは当たり前でそれを全力でアウトプットするのが大切なのです。そうすることでどんどんさらに良い情報が集まってくる。例えばSNSで美味しいものの情報ばかりあげている人って普通の人よりもそういった情報が集まってきます。アウトプット能力を高めると自ずといい情報も集まるしトレンドも見えてくる。そういったものが、なんとなくだけど建築家やアーティストって少ない気がすしますね。

松葉:すごく参考になります。

中村:自分の作品も含めてアウトプット力を高めることが必要ですね。インプットは誰でもできるから。

松葉:中村さんとお仕事をしたら新しい可能性が広がりそうですね。ちなみにどうしたらお仕事をご一緒できますか?

中村:一番手っ取り早いのは面白いプロジェクト持ってきてくれることですかね。さっきも言った通り、八王子のキャンプ場のオーナーから仕事を頼まれた時に、建築は僕だけどプロデュースはトランジットジェネラルオフィスでどうでしょうとオーナーに言ってもらって、仕事を持ってきてくれるのが一番早いです。逆に僕から仕事を頼む場合はもう少しアウトプット力をつけて欲しいかな。メディアとか話題になっている人たちの方がやっぱりやりやすいから。基本的に僕は知り合いの人としか仕事しないけど、でも松葉くんとはここでもう知り合いになっているから大丈夫(笑)。

松葉:なるほど、確かに仕事を中村さんに持って行くのが一番手っ取り早いすね。良い案件があったら是非お願いします。それとメディアで話題になるようにはまだ数年かかるかもしれないですが、もしその時は是非お声掛けください(笑)。
 


協力:藤沼拓巳

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OTONA WRITER

松葉邦彦 / KUNIHIKO MATSUBA

株式会社 TYRANT 代表取締役 / 一級建築士 ( 登録番号 第 327569 号 ) 1979年東京都生まれ。東京藝術大学大学院修了後、事務所勤務を経ることなく独立。人生で初めて設計した建物が公共の文化施設(旧廣盛酒造再生計画/群馬県中之条町)という異例な経歴を持つ。また、同プロジェクトで芦原義信賞優秀賞やJCD DESIGN AWARD新人賞などを受賞。