サウスイースト・ロンドンにちらばる「物語的瞬間」のコレクション。石原海が語るロンドン留学生活。

「このエリア、すごく好きなんです」。石原海さんと待ち合わせをしたのは、ロンドンの下町・サウスイーストのカフェでした。ジェントリフィケーションの波に乗りつつ、ユースカルチャーのメッカとしても知られるサウスイースト。この場所で暮らしながらUCA芸術大学映画学科に公益財団法人江副記念リクルート財団 アート部門奨学生として留学しているのが、今回お話を伺った石原海さんです。(Sponsored by 公益財団法人江副記念リクルート財団)

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偶然か必然か?ロンドンでのアート留学のきっかけ。

―石原さんは、10代の頃からアーティストとして国内外で活躍していますよね。すでに、複数の映画祭や美術賞などに入選経験がおありだと思います。そんな中で、「留学しよう!」と思ったきっかけって、何ですか?

ずっと昔から海外に行きたい、っていう気持ちはずっとあったんです。それこそ小学生の時から。だけど、お金の問題とかいろいろあって諦めかけていたときに、リクルート財団の奨学金制度を発見したんです。「これに受かれば留学できるかもしれない!」と思って、応募しました。奨学金がなければ、今ごろまだ日本にいたと思います。
あと、このまま日本にいながら作品を発表する生活を続けていたら、ずっと日本に根付いてしまって、もう一生外に出られないような気がして。当時シェアして暮らしていた家の契約だとかプライベートなこともあり、「タイミング的に今しかない」と留学を決意しました。

―留学先をイギリスに決めた理由はありますか?

留学前、アメリカには何度か行ったことがありました。子どもの頃に滞在していたり、インターンシップをしていたりしたので。そうした経験を通じて、自分の中でアメリカはちょっと合わないかな、と思う部分もあって。ヨーロッパの中で英語圏の場所を探していて、自然とイギリスにたどり着きました。仲のいい友達がロンドンにたくさん住んでいた、というのもいいなと思った理由です。

―なるほど。では、UCA芸術大学(University for the Creative Arts、以下UCA)を選んだ経緯を教えてください。

最初はロンドン大学ゴールドスミス校(Goldsmiths, University of London、以下ゴールドスミス)に応募しようと思っていました。だけど、奨学金が受給できるとわかった応募時には、すでに定員オーバーになってしまって諦めました。ほかの大学からもオファーをもらったのですが、他校に比べて学費の安いUCAがベストかなと。実は、今の大学のMA(Master of Arts)を卒業したら、9月からはもともと学びたいと強く思っていたゴールドスミスのファインアート学科に進学して、制作を続ける予定です。ゴールドスミスのリベラルな政治的姿勢が好きで、前からここで勉強したい!と思っていたから。

―すでに次の進路も決まっているんですね!筆者はゴールドスミス在学中なので、うれしいかぎりです(笑)。現在の大学では、どのようなことを勉強していますか?イギリスの大学では、どちらかというとクリティカルなことをたくさんやらせるイメージがありますが。

それが、そうでもなくて!私は現在、映画学科に所属しているのですが、わりと実践的な課題が中心です。エッセイは意外と少なくて、学期の中で1つだけでした。東京藝大の先端(東京藝術大学先端芸術表現科)ではクリティカルなことを学ぶカリキュラムが多かったので、環境はだいぶ変わりました。授業では、カメラや音響、照明の使い方など、技術的なことをたくさん勉強しています。学校のスタジオは予約したら誰でも使えて、一通りの機材が揃っています。作品制作には一定の期間を必要とするので、撮影期間として授業をしない週も設けられています。基本的にはひとりひとりが自らの監督作品を作っていくスタイルです。どのように良い作品やポートフォリオを作っていくのか、どのように映画産業の中で自分の場所を見つけていくか、そういうことをじっくり考えることのできる授業です。私は、いわゆる劇映画、ドラマみたいなものと実験的なファインアートの中間のような作品を主に制作しています。

―カリキュラムの中で印象的だった課題とかって、ありますか?

同級生の作品をお手伝いすることが多いのですが、こっちにきて初めて助監督になったんです。やっていることはプロジェクトマネージャーに近くて、香盤表を作ったりタイムキーピングをしたり。そういった制作サイドのことに初めて携わったので、とても新鮮な経験でした。人の作品にかかわることで、作品を遠くから客観的にまるっと見ることができて、かなり考えが変わったと思います。私は基本的に長回しが好きで、タイムキーパーの人に「巻いて!」なんて言われても、「ここで止めたくなんてない!」と思って撮影を続けちゃったりしていました。それが正義だと思っていたから。でも、自分がタイムキーパーをやってみたら、「こんなにだらだら長く回してるから、いい画が撮れないんだよ!」なんて思ったりして(笑)。こういうことって、学校という組織的なものを通さなければ経験できなかったんじゃないかと思います。

―同級生とのかかわりの中で、自分の作品制作にも新たな視点がもたらされたんですね。イギリスに来る前と後、作品に変化はありましたか?

やはり、人との出会いは貴重でした。こっちに来てから一番の大きな転機は、英テレビBBCで短編映画を監督したことです。その時のクルーとの出会いは本当にありがたくて。卒業制作でも同じステディカムオペレーターに協力してもらったり、色々なプロジェクトに引き続き関わってもらっています。
 

 
「物語的瞬間」を集めたい。ミレニアル世代の映像作家が語る、作品づくりのキーポイント。

―作品制作の過程について、もう少しお伺いさせてください。作品の着想は、どのようなところから得ていますか?


「何にもしないところから」。個人的には、暇であることってすごく大事だと思っています。1日15時間寝ちゃうような日。でも暇な生活の中だからこそ、「奇跡みたいだな」って思えるようなことが起きたり、びっくりするような変化が生まれたりする。そういう、自分にとっての「物語的瞬間」を大事にしていて。身ひとつでそういう瞬間を探しながら生きています。

―「物語的瞬間」って、面白い言葉ですね。

「物語的瞬間」って、たとえば、近所のスーパーに行ったら、カゴの中に誰かの買い物メモが入ってたことがあって。そのメモと全く同じように買い物してみて、誰か知らない人の生活を想像してみたり‥‥。忙しかったら、きっとそんなことできる余裕がないと思うんです。欲しいもの急いで買って帰って、ってなっちゃう。でも、暮らしの中で自分が物語になる瞬間や奇跡が起こる瞬間っていうのは必ずある。私はそういった瞬間を「物語的瞬間」と呼んでいて、それらに出会ったときは、必ずメモをとってテキストにするようにしています。

―普段の生活の中で、見落としてしまいそうな瞬間をコレクションしていく。興味深いプロセスです。

ポストモダニズム以降、物語って排除されている傾向にあると思います。物語なんて簡単でわかりやすすぎる、ミニマルやアブストラクトこそが最強だ、みたいな。でもこれからは現代美術の流れとして、また物語が来ると思うんですよ。
今の社会は、政治的にも困難な時期を迎えているように感じます。そんな時代だからこそ、「色々な人にわかる」ことこそが大事だと思っています。美術のバックグラウンドがない人はもちろん、文字が読めない人にもわかる、とかそういうレベルで伝えたい。「色々な人にわかる」中で、どれだけ傷つきやすい人や弱い人に寄り添っていけるかを大切にしています。一対一で言葉にしなければ伝えられないようなことを、私は美術で表現していきたいと思っています。

―個人的な感想として、石原さんの作品は「語り」のパートが印象的で。たとえば、≪ホテルシェイクスピア≫(2016)なんかはまさにそうで、ストーリーテリングの妙が光る作品ですね。作品の中で「語り」が効果的に作用するのは、石原さんが「物語性」を大切にしているからなのかな、と思いました。

そうだと思います。自分が詩人になる、っていうか。ドゥルーズは「哲学者じゃなくて詩人が必要だ」って言っています。何か大切なものを思い起こさせる、自分を喚起させる存在が必要だ、という意味で。自分が普段考えている大切なことを話せる相手、自分でも気づかなかった自分を引き出してくれるような存在を、私は「詩人」と呼んでいるんです。そして、自分自身がそういう存在になるために詩人的な生き方がしたいと思っていて。そして同時に、自分の作品が誰かの大切な部分、私的な部分をバンバン引き出せるようなものにしたいと思いながら作っています。

―「物語的瞬間」との出会いから、実際にそれらを作品にするまでのプロセスを教えてください。

まずは文章に起こすことから始まります。日本語で書くことがほとんどでしたが、最近は英語で書くことも増えてきました。今の卒制は全部英語でやっています。バラバラのテキストの断片を集めていって、コンセプトを固めてからストーリーを決めていきます。作品を作るためにだいたい毎回短編小説みたいなものも書いていて、作品の中に出てくる語りのパートは、ほとんどその小説からきています。

―出演者のキャスティングはどのように?

好きな人!友人や知人がほとんどです。あとは、モデルをやっている友人を撮ることも好きです。モデルは自分をどう見せるかをずっと考えているから、カメラの前に立ったときの表情が面白い。友人や知人に出演をお願いすることで、ゼロから役を憑依させるというよりも、「その子ありき」のキャラクターを撮ることができることはとても魅力的だなと思っています。
 

映画づくりは「人を信用する作業」。

―自分の身近なコミュニティが作品の基盤になっているのですね。せっかくなので、6月に公開された石原さん初の長編映画≪ガーデンアパート≫について、お話いただけたらと思います。


≪ガーデンアパート≫は、3年前に制作した映画です。その時、あんまり美術の力を信じられなくなっていた時期だったんです。モノよりもコンセプトが先に来ているところや、アートマーケットの中のカネの動きはどうなっているのか?そんなことばかりを自問していて、「美術ってなんだろう?」って真剣に悩んでいました。そんな中で、さっきお話したみたいな「物語」の力を使って、いわゆる純粋なドラマのような作品を作りたいと考えるようになって。それが、長編映画を撮ろうと決めたきっかけです。

―「これからは物語の時代が来る」と仰っていましたが、まさに「物語」への挑戦的な作品だったのですね。

美術や教育のバックグラウンドがない人にも刺さる作品を撮りたい、と思ったんです。そのメディアが、私の場合は映画でした。金銭的な余裕がなく育ったけど、運がよく国立大学に進学できたり奨学金のおかげで留学できたり。でも、そうでなかった自分の人生についてもよく考えます。もしかしたら、普通に高卒で親のバイト先でひたすら働いていたかもしれない。そんな中で長編映画という手法を選んだのは、美術の文脈がわからなくても、観れば物語がそこにあるという、できるだけ大きな分母に作品を伝えたいと思ったからでした。

―初の長編公開を経て、自分の中ではどんな感触でしょう。

まさか全国の色々な映画館で公開されるとは思っていなかったので、本当に驚いています。嬉しさと驚きが同時にある感じ。

―石原さんの映画に出てくる女の子たちって、独特な雰囲気を湛えて(たたえて)いますよね。等身大なようで等身大ではない、どこかぶっ飛んだようなところがある。彼女たちのキャラクターも、身近な人からアイデアを得ていますか?

はい。≪ガーデンアパート≫の登場人物やストーリーも、身近な友達といっしょにいるときに起きたできごとや、いままでの「物語的瞬間」をもとにしています。

―カメラワークなど、技術的な面での工夫はありますか?

基本的に長回しが好きです。出演者も役者じゃない人が多いから、その人が生きているそのまんまの様子を撮りたいなと思って。シーンを撮り終わっても回し続けて、その人の素の状態、ゼロになった瞬間が欲しくて。

―音楽はどうやって決めていますか?

音楽は何よりも好きで、映像を作る上での一番の楽しみなパートのひとつでもあります。ロンドンはおもしろい音楽シーン、パーティーシーンが多くて本当に楽しいです。あとは友達にミュージシャンが多いので、彼らの曲を使うことが多いです。≪ガーデンアパート≫も、Cemeteryという友人のミュージシャンの楽曲を使用させてもらいました。作品によっては、曲を書き下ろしてもらうこともあります。
いきなりなんですが、私は人を見る目がすごくあると思うんです。映画を作ることって、究極に人を信用していく作業だと思っていて。彼らを信用しているからこそ彼らに音楽や出演を頼む。私はガイドラインを作って、それをただ撮っているだけ。信頼できる人たちに、自分の世界に入ってもらう感覚です。だから、いつも一緒に遊んでいる人がカメラの前で違う表情を見せていたりすると、グッときたりして。もちろん、信頼している人たちと意見がぶつかることもあって、そのたびに命が削げるような思いをしたりもします。でも、結局自分の大好きな人といっしょに作品を作ることは、本当に楽しいですね。

―これからも、周囲の人たちと協同しながらドラマを撮っていく予定ですか?

もちろん、そういう部分を大切にして制作を続けていきたいです。でも、違うタイプの作品も撮りたいと思っています。最近は特にドキュメンタリー作品を作りたいと思っています、自分と全く関係ないコミュニティに入り込んで、そこをドキュメントするようなもの。ちょっと映像文化人類学っぽいものを。
ゴールドスミスに進学する今年から来年にかけては、とにかく長い作品を作りたいなと思っています。とてつもなく長大な、人々の記憶に残るような作品を作ってみたいです。私が進学する学科では、1年間で1つの作品を制作するカリキュラムが組まれています。それだけ時間をかけて撮ることができるのは貴重な機会だからじっくり取り組みたいです。数時間にわたる映像の中で、一瞬の奇跡的な瞬間を見つけられるような作品にしてみたいです。最近は映画のアプロ―チが多かったから、次はもっとファインアート的な作品を撮りたいな、と。

―ドラマとドキュメンタリー、2つの柱ができるイメージですね。今後の石原さんの活動も、面白い方向に進んでいきそうです。これからのキャリアについては、どのように考えていますか?

今秋からゴールドスミスに進学し、もう1年ロンドンに残ることは決めています。卒業後の理想は、ロンドンと東京を行き来することです。あと、ギリシャにもしばらく住んでみたいなという気持ちがあります。数年前に滞在したとき、本当に気に入って。食事もおいしいし物価も安いし、海のそばに住めるのもいい。人々もすごくフレンドリーで、すぐコミュニティに打ち解けられる感じが大好きです。ずっとじゃなくてもいいから、人生の中の数年間、ギリシャで過ごせたら最高だなと思います。ギリシャに滞在して、100万字の長編小説を書いてみたり。とにかく、時間をかけて作品を作ることに挑戦してみたいです。

―最後に、読者の皆さんに何かメッセージがあれば。

ロンドン、本当に楽しい場所です。ロンドンで一緒に遊びましょう。
 


現在の大学を卒業後も引き続きロンドンに滞在し、制作を続ける予定の石原さん。彼女を起点として様々な才能が繋がりあうことで、ワクワクするような「物語」が生まれ続けています。冒頭でも触れたとおり、サウスイースト・ロンドンは、若者文化の発信地として今最もアツい地域。ここでは、ストリートやクラブシーンを中心に、若いアーティストの個性的なコミュニティが形成されています。周囲の人との繋がりを基盤に作品を生み出す石原さんにとって、ここは最高の留学先なのかもしれません。


石原さんが受給したリクルートスカラシップは、現在次年度奨学生を募集中。海外でのアーティスト活動に関心がある方は、この機会に挑戦してみてはいかがでしょうか。
>> 江副記念リクルート財団 HP


プロフィール
石原海
1993年:東京都生まれ
2012年:東京藝術大学 先端芸術表現科
2018年:UCA芸術大学 MA Film making

[賞歴]
2014年:ポンピドゥーセンター公式映像フェスティバル オールピスト東京 入選
2016年:CAF(現代芸術振興財団)賞 岩渕貞哉賞 受賞
2016年:MEC Award 2016 (Media Explorer Challenge Award) 佳作
2018年:イメージフォーラムフェスティバル ヤングパースペクティブ入選
2019年:ロッテルダム国際映画祭 正式招待
http://www.ummmi.net/


過去の関連インタビュー

>> 冨樫 達彦
>> 西永 和輝
 

(写真:Jun Yokoyama 編集/文:齋木優城) 

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