フランスでの美術を取り巻く環境や現地作家の生活

前回の記事では海外での生活と活動を行う「長所」と「短所」をそれぞれ挙げてみましたが、今回は「長所」の部分に挙げた「美術を含む文化を取り巻く市場や環境の違い、現地作家の生活」について焦点を絞って詳しく書かせてもらおうと思います。

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「フランスでの美術とは:衝撃を受けた、フランス人の絵を買う習慣」

 僕がフランスでの滞在を始めた時に最初に住んだのは、語学学校から紹介されたホームステイ先のお婆さんが一人で住んでいるお宅でした。お婆さんの子供達は成人して家を出ており、前年にご主人を亡くしたことをきっかけに留学生の受け入れを始めたそうです。
お宅は閑静な住宅街のアパートで、中流階級のどこにでもあるような一般的なお家でしたが、どこの部屋にも沢山の絵画が飾られていたことにまず衝撃を受けました。サイズや技法の違う様々な絵画が、リビングをはじめ、寝室や廊下にも飾ってありました。他にもフランス人のお宅にお邪魔した時には同じように沢山の絵画を目にしたのを覚えています。日本で絵画を買うということはとても特別なことで、一部の愛好家か上流階級者の嗜好に留まっているのが現状であるように思います。しかし、こちらでは一般の方達が絵を買う習慣を持っています。
それに伴う美術市場も圧倒的な違いがあると思うし、行政が行う公共の美術展の企画の数や規模の違いも感じました。美術館へ行った時には必ずといっていいほど、小学生など子供達の課外授業や一般の方達へのレクチャーが行われており、早期美術教育やその後の関心への継続を充実させ、人々と美術との距離の近さを実現しているのを実感しました。

日本に居た時には公立高校で教員として働いていたのですが、美術の授業数の減少が日頃から問題視されています。このような普段の授業数の確保さえ難しい状況なのに、日本の学校で半日を使って学外の美術館への研修へ赴くことなどは到底できるものではありませんでした。
また、美術だけではなく、音楽や舞台芸術といったところでも同じことがいえると思います。以前にオペラを観に行った時に最後列だと当日券8ユーロ(約1120円)で鑑賞することができました。ドレスコードはあるのですが、中にはジーンズを穿いている来場者もおり、日常的に来ることができるような雰囲気があります。日本でオペラを観に行くとなったらどうでしょうか。最後列でも1万円前後で、ドレスコードの基準もより高いのではないでしょうか。これらからもより文化が日常的に親しまれていることが伺えるのではないでしょうか。

「現地作家の現状:公的な職業として成立しているフランスでも、食べていけない作家がほとんど」

そんな日本とは少し違った環境で活動している現地の作家達ですが、今までどれくらいの作品が売れたかと聞くと平均しても日本よりは確実に数が多いと思います。年齢は僕と同じくらい(30代前半)で、ギャラリーに所属している作家の中には今まで作った作品の半分は売れていると言っている人もいました。やはり美術市場の大きさを感じます。

しかし、それでもほとんどが作家の仕事だけでは食べていけていないのが現状です。日本の作家達と同じように副業でアルバイトをしているし、大きなプロジェクトを行う際には市やアソシエーションに補助金を申請するのが通常のようです。市が企画する展覧会も多く、その招待作家になると材料費、準備金が支給される機会も多いようです。日本でも公共の機関が企画する展覧会やプロジェクトは多数存在しているとは思うのですが、同じようにお金が出ることは稀なのではないでしょうか。他にもフランスにはFRAC(フラック)という各地方に1つの現代美術専門の研究と収集を行う機関があり、毎年国から予算が組まれ、各FRACのディレクターが決めた企画の展覧会や地元作家作品の収集なども行われており、美術界を活性化する一つの潤滑油になっていると思いました。

  
中でも日本と一番違うと思ったのはMaison d’artiste(メゾンドアーティスト)という行政機関があることです。これに登録して毎年の売上を申請することで、社会保障やその他特典などが受けられるというものです。美術作家という仕事が公的な職業として成立していることがなにより素晴らしいことだと思いました。日本での美術作家の職業区分は「自由業」に当たります。あくまで個人事業なので、社会保険が受けられませんし、身分として通常のアルバイトとどう違うのかなど、親族や友人にもなかなか理解がしてもらえにくい現状があるのではないでしょうか。

「日本の美術環境のこれから:芸術や文化が日本社会の充実に貢献できる部分は大きい」

このように日本の美術環境はフランスと比べて様々な場面で遅れている部分があるのではないではないかと思います。これらは日本の70、80年代の高度経済成長期から続く、物質への充実思考の代償によっておろそかにされてきた、文化や交流といった価値が目に見えにくいものへの充実の低さに繋ったものだと推測します。しかし、これは当然の流れだと思います。まずは実用的な身の回りにあるものを充実させようというのは自然な欲求だと思います。

しかし、もはや70年代当時の白黒テレビを買った時の感動と今の大型液晶テレビを買った時の感動の大きさは違ったものだと思うのです。100円均一の驚きも終わり、これからは良いものにその価値に見合ったお金を払うことへの習慣が、以前より盛んになっているのではないかと思います。この物に充実しきった今が転換期になり、美術の市場も活性化してくるのではないかと希望も含めた観測を僕は持っています。
そして、この転換期に芸術や文化という分野が日本社会の充実に貢献できる部分は大きいと思います。それらを行っていく上で、フランスで実現されているシステムや習慣を参考になるのではないでしょうか。

次回はフランスの作品傾向やギャラリー、美術館などの展示空間について書いてみようと思います。


前回の記事はこちら:フランス・ボルドーで生活し、作家活動をする理由

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OTONA WRITER

南健吾 / MINAMI kengo

東北芸術工科大学・美術科・洋画コースを卒業後、地元福岡を拠点に福岡や東京での展覧会やアーティストレジデンスプログラムへの参加などの活動を6年間行いました。3年前に渡仏、現在はフランスの南西部にある地方都市ボルドーを拠点に作品制作と発表を行っています。専門は絵画、彫刻、インスタレーションです。 海外で活動することの長所や短所などを記事に出来ればと思います。