フランス・ボルドーで生活し、作家活動をする理由

学生だった頃から海外への渡航を考えていました。その後28歳からフランスの南西部にある地方都市ボルドーというところを拠点に活動を行い2年と半年が過ぎました。今回は、アーティストにとって海外での生活と活動を行うことが、どういった効果を生むのかということを、自分が得た実感を元に書かせてもらおうと思います。

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自分自身の成長こそ、作品の成長。
海外での経験は自分の観念や倫理の質を高め、強いては作品の向上に繋がる。


初めまして、南健吾と申します。福岡県生まれの32歳、男性です。山形県にある東北芸術工科大学、美術科・洋画コースを卒業後、出身地である福岡を拠点として作品制作と発表などの作家活動を6年ほど続けてきました。高校や専門学校での講師を務めながら、アーティストレジデンスプログラムへの参加や福岡、東京のギャラリーでの発表などが主たる活動でした。

海外への渡航を決めたきっかけは、大学時代に県外へ出た時に得ることができた沢山の経験の実感から、今度は県単位ではなく国単位での環境の変化を考えたことです。海外での活動は学生の時から考えていたのですが、日本での活動も行ってからの渡航したいと思っていたことと、現在の妻との結婚との兼ね合いもみて、28歳からのスタート、2人での渡航となりました。3年間の期限を決めて来ており、2年と半年が過ぎたところです。

私が海外へ渡航した理由は、とにもかくにも「作品の向上」が目的です。作品というのは自分自身の投影だと考えています。自分自身の成長こそ作品の成長だと考えています。アトリエにこもって作品と向き合うことももちろん大切ですが、それ以上に多くの場所を訪れ、多くの人と交流をし、多くの作品に触れること。現地での作品の鑑賞や作家達との交流もとても大切だと思いますが、それ以上に日常的な生活から得る経験。それらが自分の観念や倫理の質を高め、強いてはそれが作品の向上に繋がると信じています。その理念から更に自分を成長させる為になにができるのかと考え、海外での生活や活動の経験を積むことを決めました。




海外の生活で一番よかったのは、
これまでの「当たり前」を疑える貴重な機会となったこと

皆さんはアーティストにとって海外での生活や活動を行うことがどういった効果を生んだり、影響を及ぼすものと考えているでしょうか。今回は自分が得た実感を元に、僕なりの考えを書かせてもらおうと思います。

まずは「長所」から記述します。皆さんも想像されるところでしょうが、やはり海外へ行く良さの一つには、現地の作品の傾向や現地作家の考えを知れるということ。そして美術を取り巻く市場や環境の違い、フランスの人達が美術をはじめとする文化に対してどういった認識と関わり方をしているのかなどを感じることができる点だと思います。例えば作品の傾向として、実際に手を動かして作る物質的なものよりも作品の内容にあたるコンセプトを重要視する傾向があり、「物」より「文章」の方へ重きを置いているような印象を受けます。フランスの人達は日常的に美術館や劇場を気軽に訪れており、文化に対しての理解と距離の近さも感じるところです。
他には言語の問題を筆頭に、意外と大変なのがビザや公共の手続きです。必要書類を揃えるなど、日本語でも大変なことを知らない言語でこなすのは、確かにハードルがありました。しかし振り返ってみると、そういった経験には自分の中の許容量や柔軟性を増やすことができるなど、鍛えられたなという実感があり、いいところの一つだったと感じています。
他にも、当初私は現地に一人も知り合いがいませんでした。語学学校と学校が提供してくれるホームステイ先だけを確保し飛び込む形になったのですが、なにもないところから始めて人脈や生活を築いていく手応えや喜びはより強く実感できたのではないかと思います。
そして私にとって一番良かったことは、今まで自分がいた環境から出ることができたこと。違う価値観に触れることで、自分が当たり前だと思っていたことを疑えるという貴重な機会となりました。これは成長する要素として不可欠なものではないでしょうか。同時に、今まで生きていた日本という環境の良さやまた足りなさを実感することもできました。




海外へ出ることが必ずしも良いとは限らない。
必ずしも劇的に作品を変化させ、作家として向上できるわけではない。



  • タイトル『不一致』 / 制作年 2014年 / サイズ 各185×100cm / 材料 キャンバス、油彩、紙

次に海外での生活や活動を行うことの「短所」ですが、まず思ったことは日本でのキャリアが止まってしまうことです。日本の作家仲間達の活動を見ていると、以前にはなかった大きな仕事を任せられるようになっていたり、新しい人脈を広げることができていたりします。またこれまでとは違って、活動している作家人口も増え海外経験自体が珍しいことではなくなっている為、キャリアにおけるアピールポイントとしての価値は以前ほど強くないのではないでしょうか。

他には、日本での仕事、僕の場合は教員、妻は会社員だったのですが、2人とも退社をしてきました。僕らは最終的に日本へ戻る予定なので、帰った時の収入の確保を考えると、一度獲得した収入源を捨てたことは、現段階では「短所」いえるかもしれません。私的な問題として、両親や恋人、友人達と離れることもあると思います。僕の場合は両親共に健康で問題なかったのですが、一人っ子ということで困った時の手助けができないということや、当時お付き合いしていた現在の妻との結婚はどうするのかなど、考えなければいけない問題はありました。
一番大切なことですが、それは海外へ出たからといって良い作品が作れるとは限らないことです。僕を含めて海外へ出て活動をしている人が、必ずしも劇的に作品を変化させ、作家として向上できているとは限らないと思います。

これらから思う僕の意見は、「海外へ出ることが必ずしも良いとは限らない」ということです。外国人になるということは決して楽なことではないです。今まで見てきた僕の周辺にいる方達を見て考えると、当人の性格や相性によって良い経験にできることもあるだろうし、深い傷を残して帰ることもあると思います。




気付いたのは、日本の美術作家や作品は決して劣ってはいないということ。
どこであれ、自分が置かれた環境で自分にできることから一歩ずつ進むこと。

しかし同時に、日本に居たままだったら絶対に得られないものを得る機会であると確信しています。例えば私は日本にいた時に、海外にはすごい作家達が沢山いて、すごい大きな仕事が沢山あってという勝手な偏見から、卑屈になっていたところがありました。でも実際に来てみて実感したのは日本の美術作家や作品は決して劣ってはいないということです。海外へ行かないからといって卑屈になることはないなと思いました。これは反対に、どこにも理想郷はないのだという現実、そして自分が置かれた環境で自分に出来ることから一歩ずつ進んでいくしかないということ。2段飛ばしで進んで行けるような方法はどこにもないと確認できたことこそ海外に出た一番の収穫であり、これからの制作活動に自信を持たせてくれるものになりました。私は普段から「なにかしらの収穫を得ようと思ったらその分のリスクを負わなくてはならない」と考えています。その信条から海外での生活を選びましたし、実際に来て良かったと強く思っています。

僕なりに良いところも悪いところも素直に語ってみました。美大生はもちろんのこと、卒業してからも海外での勉強や活動を検討している方も沢山いらっしゃると思います。皆さんが海外での活動という選択を考える上で、この記事が参考として役に立てればと思います。今後の記事では今回紹介した長所や短所を感じるにいたったエピソードを、さらに踏み込んで紹介させてもらおうと思います。

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OTONA WRITER

南健吾 / MINAMI kengo

東北芸術工科大学・美術科・洋画コースを卒業後、地元福岡を拠点に福岡や東京での展覧会やアーティストレジデンスプログラムへの参加などの活動を6年間行いました。3年前に渡仏、現在はフランスの南西部にある地方都市ボルドーを拠点に作品制作と発表を行っています。専門は絵画、彫刻、インスタレーションです。 海外で活動することの長所や短所などを記事に出来ればと思います。