スウェーデンとフィンランドとおいしい話

今月は一ヶ月、フィンランドのヴァーサという街で制作しています。スウェーデンの隣国フィンランド。フィンランド人との会話に困ったら、スウェーデンについてどう思っているか訊いてみましょう。必ずといっていいほど話が盛り上がります(?!)。今回はスウェーデンとフィンランドの"複雑"な関係についてと、ヴァーサのオシャレカフェでの地元密着型フードプロジェクトについて紹介します。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フィンランドに来ています


  • 工場跡を活用した大学のキャンパス

フィンランドの北西部に位置する、水と森の豊かな自然に囲まれたヴァーサは人口約6万7000人の小さな街です。
ここのPlatformというアーティスト・イン・レジデンスプログラムのゲストアーティストとして、一ヶ月滞在、そして制作しています。
滞在場所はなんと!かつて石鹸工場だった建物。工業の街として発達したヴァーサには多くの工場が立ち並び、かつて紡績工場だった建物も、現在は大学のキャンパスとして活用されています。
私の他にも何人かアーティストがこの石鹸工場にスタジオを構えているのですが、"住んでいる"のは私だけなので、夜はひっそりとしていて少し怖くもありますが、静かな環境で制作に集中できるのは何ともありがたいことです。


スウェーデンとフィンランド

ところで、スウェーデンとフィンランド、日本の私たちにとってはどちらも「北欧」で特に違いがないのだろうと想像するかと思いますが、それをスウェーデン人とフィンランド人に言うと間違いなく、「全然違う!」と首を大きく横に振ります。彼らに詳細を聞くと、「フィンランドのサウナは暑くて本格的だ」とか、「スウェーデン人は表面的だ」とか、「フィンランド人はあまり笑わない」とか、実にキリがないほどに違いを挙げてくれます。

まず歴史をひも解くと、スウェーデンはゲルマン民族にルーツをもっていますが、フィンランドはアジア系の民族にルーツをもっています。また、スウェーデン語は他の北欧諸国(デンマーク、ノルウェー、アイスランド)と同じく古ノルド語が語源なのですが、フィンランド語はウラル系の言語を語源としているため、北欧のみならず他のヨーロッパの国々とは全く異なる文法や語彙を用いています。
例えば、面白いという意味の"interesting"は、スウェーデン語では"intressant"ですが、フィンランド語では"mielenkiintoinen"。フィンランド語の単語の意味を、英語の知識で予測することはまず不可能です。フィンランド語は最も難しい言語の一つとも言われていますが、発音に関しては日本語に近いと言われているので、日本人が習得しやすい言語と言われています。


  • 通りの名前:上がフィンランド語表記で、下がスウェーデン語表記。

ルーツの違いに加えて、スウェーデンとフィンランドの関係は歴史的にかなり複雑で、フィンランドは中世から19世紀までスウェーデンに支配されていました。そのため、現在でもスウェーデン語とフィンランド語の両方が公用語とされていて、街の標識や広告も二つの言語が併表記されています。特にここヴァーサは、スウェーデン語系フィンランド人が多く住み、日常的に二カ国語が話されています。

また、スウェーデンには長い王室の歴史がある一方、フィンランドは庶民で形成された国であるために、素朴で親しみがある国民性が特徴です。そういった背景から、「スウェーデン人はかっこつけだからね〜」などという言葉をフィンランド人から何度も聞かされてきました。(私は頷いてしまっていますが、もちろん個人差はあります。)

そして、スウェーデンとフィンランドの現在はというと、彼らの関係性は至って込み入っています。 (!)
両国は政治的には友好関係を結んでいますが、日常レベルではお互いに「素直になれない兄弟」のような感情を抱いています。
「お互い認め合ってはいるけれど、仲良くはしたくない」といった複雑な様子。しかし、世界中の多くの隣国同士の争いなどとは違い、「良きライバル」といったような関係です。

普段はその対抗意識こそ表面化しないものの、スポーツになると彼らの本性がむき出しになります。
以前、スウェーデンからフィンランドへフェリーで渡航したのですが、その日がまさにアイスホッケーの世界選手権の決勝戦、スウェーデン対フィンランドの試合で、どちらも負けられないと応援に火がつき、船中に声援、怒号、雄叫びが飛び交うという忘れられない夜となりました。結果はフィンランドの勝利で、スウェーデン人と一緒にいた私はたまらなく居心地が悪かったのを覚えています。次の日の朝、皆機嫌悪かったなぁ......(苦笑)


ヴァーサでの生活

スウェーデンとフィンランドの関係は奥が深すぎるのでここまでにして、ここからはちょっとおいしい話をします。

ここヴァーサでの私の楽しみの一つはカフェでのランチ!スタジオに籠って制作に集中できるのはいいのですが、外の世界とのコンタクトがなくなってしまうと心身に良くないので、ランチを理由に外出している毎日です。(まぁ、アーティストもそこそこ大変なのです。)
ヴァーサに到着したその日に見つけたカフェ"RAAWKA"のサラダをとても気に入ってしまい、早速リピーターとなってしまいました。


  • 日替わりサラダ:キヌア、黒豆、黒米、人参、カリフラワー、枝豆、ひよこ豆のサラダ

実はワタクシ「美味しいサラダを作るのが一番難しい」という持論がありまして、普段なかなか「もう一度食べたい」と思えるサラダに出会えないほど、サラダへの評価は厳しいのですが、RAAWKAのサラダは、一口目で唸るほどの美味しさ!しかも、色々な野菜や穀物が惜しみなく使われていて、最後まで飽きずに食べられるのです。

サラダの他にも日替わりのスープや、ケールや海苔のラップサンド、ロースイーツ、チアシードとこけもものプリンなど、豊富なメニューも魅力の一つです。因みに先日食べたビーツとチョコレートのケーキも美味でした〜。

ここで働くマリア・ルンドストロームは、RAAWKAのオーナーで、アーティストでもあります。元々ヴァーサの街中に気に入ったカフェがなかったことから、「それなら自分が始めよう!」ということでオープンしたのだそう。
「ヴァーサは小さい街だから、大体皆考えていることが一緒なの。私が欲しいと思っているなら、きっと地元の人たちもそう思っているに違いないと思ったのよ。」
と話すマリア。その彼女の期待は外れず、毎日ランチの時間は、多くの人で賑わっています。アーティストならではの創造性にあふれたメニューは、地元の人々を虜にし、彼らの日常に至福の時間を与えてくれます。

そのRAAWKAで現在行われているフードプロジェクト"VIILD"は、ヴァーサ出身のオッシ・パロネバによるポップアップレストラン。9月と10月の毎週末、ヘルシンキの有名レストランで修行を積んだオッシが、ヴァーサで収穫された素材を使ってコース料理を振る舞う地元密着プロジェクトです。今年の夏にRAAWKAを訪れたオッシが、オーナーのマリアに提案して実現したのだそう。
オッシ (以下 O) にこのプロジェクトを始めたきっかけを訊きました。

O: 「EUの規定で貿易が自由化されてから、どんな野菜や果物も季節に拘らず手に入るようになって、フィンランドのスーパーの食品棚から『季節感』が消えてしまったんだ。今じゃブドウもスイカも一年中売られているでしょ?それと同時にフィンランドの人々は、身近にある素晴らしい食べ物の存在も忘れてしまったんだよ。ヴァーサのいいところは、すぐそこに豊かな自然があること。地元の人に自分たちがどれだけ恵まれた場所に住んでいるのかということも伝えたくて、このプロジェクトを始めたんだ。」


  • メニュー:パーチ、ブラックベリー、セイヨウネズ、キクイモ、ヒマワリ、イラクサ、アンズタケ、ローチ、カリフラワー、トマト、クランベリー、プラム

  • 食材は全て地元で収穫されたもの。

オッシ自身が自ら森に入り素材を探し、海で魚を釣って、それらをクリエイティブにアレンジします。
本格的なコース料理にも拘らず、なんと35ユーロ(日本円で約4700円)で4つの料理を楽しめてしまうから驚き。

O: 「ヴァーサに住んでいる皆に開かれたプロジェクトにしたくてね。多くの人に経験してもらえる価格設定にしたんだよ。」

そのコストパフォーマンスに加え、地元の素材から生まれた未知の味を経験したい人が後を絶たず、毎週末完全フルブッキング!
私も先週末にその素晴らしい食の体験をさせていただきましたが、美しい盛りつけ、斬新な素材の融合、繊細な味付けに、まさに目も舌も心も奪われました。単に「食べる」のではなく、「味わう」とはこういうことなんだ!と実感しました。

VIILDのコンセプトビデオはこちら。ヴァーサの素晴らしい自然の恵みが伝わってきます。




  • シェフのオッシとオーナーのマリア

私がここヴァーサで感心させられていることは、地元のクリエイティブな人々が自分たちで街を盛り上げていこうという意気込み。都会から発信されるものだけを受け入れるのではなく、自分の住んでいる街から発信し、そして自分たちで街を活気づけていこうという情熱を感じます。
小さな街ならではの人間同士のつながりも注目すべき点で、都会では考えられない早さでプロジェクトを実現することも可能です。(実際にVIILDも発案から一ヶ月ほどで実現したのですから驚きです。)
私にとっても、ストックホルムとは異なったスケールで街を見渡すことで、アーティストの社会的役割ということについても考えさせられる良い機会になっています。
残り2週間の滞在で、このヴァーサの街からたっぷりとエネルギーをもらい、制作の糧にしたいと思います!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

OTONA WRITER

HIROKO TSUCHIMOTO / Hiroko Tsuchimoto

1984年北海道生まれ。ストックホルム在住。武蔵野美術大学卒業後、2008年にスウェーデンに移住。コンストファック(国立美術工芸デザイン大学)、スウェーデン王立美術大学で勉強した後、主にパフォーマンスを媒体に活動している。過去3年間に、13カ国52ヶ所での展覧会、イベントに参加。昨今では、パフォーマンスイベントのキュレーション、ストックホルムの芸術協会フィルキンゲンで役員も務めている。