モノクロの版画アートは、個人が発行するZINEスタイルの新聞だった
Lira Popular(リラ・ポプラル)
19世紀終わりから20世紀(1860〜1920年頃)にチリの街頭で配布されていた大衆向け新聞のこと。
しかし、今日のような新聞の形態ではなく…
・ 企業や団体ではなく、個人単位で発行される
・ 売店などの特定の場所ではなく、道端の至る所で販売される
・ 時事ニュース(日常で起こったご近所ニュースも含む)などを受けて発行者が考えた詩などを
「8音節10行詩」の形態で表現
・ 写真や絵ではなく「版画」を挿絵として使用
と…現代でいうZINE(1960年代にアメリカで誕生)のような存在が19世紀からチリでは広まっていたようです。
記事が掲載されるのではなく、韻を踏ませた詩になぞられて各作品が表現されているのがとても特徴的で興味深い点。
(現在ではそのような光景は街中で見られておりません。残念。。)
左の記事のタイトルは「悲報」。
確かによく見ると、右上の版画の男性の手には、凶器なるものが描かれています…!
一見、見た目はとても可愛いですが、詩には悲しいニュースが語られているのです。
実はもっと歴史を遡るとこのリラ・ポプラル、起源は16世紀スペイン・ポルトガルにあるのでした。
その歴史は、時間と大陸を超えた16世紀のスペイン・ポルトガルにあった
遡って行き着いたのは、16世紀のスペイン・ポルトガルで広まった
「Literatura De Cordel(リテラトゥラ・デ・コルデル)」。
Cordelはスペイン語で“紐”。直訳すると「紐の文学」となりますが、印刷された冊子は街に張られた紐に吊るされて販売されていたようです。ビオラを弾きながら、著者は冊子に載せた詩を暗唱していたといいます。
冊子にはきちんと作成者の「名前・住所」が記載されており、購入希望者はその住所まで行けば購入できる仕組みまであったというのだから驚きです。
これらは16世紀頃にスペインとポルトガルで大衆に広まり、のちの植民地活動によりチリ・ブラジル・メキシコの文化にも影響を及ぼし、各国で彼ら独自の文化として浸透していったようです。
根付いた土地で、当時何があったのか“紐の文学”を読み解くとわかる…歴史的文献として残ったアートとも言えそうです。
チリのリラ・ポピュラルの誕生
スペインの侵略者たちがもたらしたこの文化はチリの地に浸透し、
やがては「La Lira Chilena(ラ・リラ・チレーナ)」と呼ばれるようになりました。
そう、いきなりリラ・ポプラルと名付けられたわけではないのです。
アートを添えて日々の時事ニュースを発信することは、学識のある市民層だけが行う“アカデミックな活動”とされ、学者や高所得者内で楽しまれる風潮があったそうです。
(左記で紹介している2つの冊子を見ても、イラストが繊細に描かれており、完成度の高さがうかがえます)
これに対し、労働者や低所得者の中で「私たちにも表現の自由を!」と彼ら独自の活動が巻き起こったのが“リラ・ポプラル”でした。
当時、道端で販売されているリラ・ポプラルに惹かれ、熱心に作品をコレクションした人がいました。チリの大衆文化を研究していたドイツ人のRodolfo Lenz氏(以下、ロドルフォ氏)。
印刷会社が取りまとめて発行していたわけではなかったので、道で発行されていたものを日々集めた彼の努力の結晶が、今日まで資料が残っている由縁となったとのことです。
おそるべし、ロドルフォ氏の愛情…!
チリの国立図書館が運営するサイト「MEMORIA CHILENA」でもリラ・ポプラルの資料が掲載されています。
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人々の生活に溶け込み 親しまれる歴史ある版画アート
現在ではリラ・ポプラル独特の版画アートが切り取られ、様々な商品にプリントされている光景が多く見られます。
学識者たちが残したラ・リラ・チレーナではなく、労働者たちが社会の波に抗って発行し続けたリラ・ポピュラルが現在も愛され、そして人々の生活の中で生き続けているという歴史展開が興味深く、とても印象的。
現在でもチリではギターの音色に合わせた詩が歌われており、詩を即興で作成し、ギターに合わせて弾き語りするコンペティションもあるほど!
チリ大学が取りまとめたリラ・ポピュラル。8音節で歌われています。
その土地に暮らすことで気づくことができたアート
言語、そして文化を学んだからこそ触れることができるストーリー
ゆっくりと流れるチリ生活の時間の中で、人々を魅了し続け、更新され続ける版画アート。
今、私たちが手にできるモノに、そっと彼らが彩りを与えてくれることを発見できました。
私たちの何気ない生活の中をよくよく見回してみるみると、そういった長い歴史に支えられたアートを発見できるかもしれません。
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ebichileco(えびちりこ) 一般社団法人TEKITO DESIGN Lab 代表理事/クリエイティブデザイナー 立教大学社会学部を卒業後、商社系IT企業勤務。2015年チリに移住し、デザイナー活動を開始。「社会課題をデザインの力で創造的に解決させる」を軸に、 行政・企業・個人など様々なパートナーと組みながら、事業を展開している。