<<前編はこちら
<<中編はこちら
クリエイターと、「熱」のある学びをデザインしたい
——JIEMでは現在、新しい動画学習サービスの開発が進んでいるとお聞きしました。
北條さん:動画はいま、テクノロジーの進化でいろんな表現手法が可能になり、制作コストも下がっています。品質の高い表現が、一定のスキルでできるようになっている。だから早い循環でいろんなアプローチを試したい私たちとしては、「動画」は挑戦したいメディアなんです。ただ、こうして言葉で語るのは簡単ですが、本当にグッとくる動画に作るのって大変ですよね(笑)。
——そうですよね。いくら技術が進んでも、感性に訴えるものを作るのは難しい。
北條さん:近年、私たち以外にも、さまざまな企業が動画学習サービスを立ち上げています。成果を上げている良いプロダクトも多いですが、その大部分が、いわば予備校で講師が板書している様子をスマホで観られるというものなんです。ここに、もっとテクノロジーやクリエイティビティを活かせる領域があるのではないかと。そこでいま、たとえば小学校の足し算引き算などの勉強を、1分から1分半ほどのアニメーションによって、エンターテインメント的な要素を持たせつつ、楽しんで学べるサービスを進めています。
——一方向的な講義形式ではなく、感覚や体験を通しての学びということですね。
北條さん:僕は、教育にとっては「熱」の部分がすごく大事で、周囲の環境や一緒に学ぶ仲間とのインタラクション、切磋琢磨という要素が重要だと思っているんです。
長澤さん:同感ですね。知識としてではなく、体験のなかでしかできない学びがある。
北條さん:しかし日本の教育では、その環境がきちんとないために、どこかの段階で勉強が嫌いになり、苦手意識を持ったままずっと行ってしまう層が一定数います。本当は発揮できたかもしれないポテンシャルを、発揮できていない子どもがいるのではないか。大人になるとよりわかりますが、何か知らないことを学んで理解した瞬間というのは、どれだけ歳を重ねても楽しいものですよね。その「わかった」という感覚を感じてもらえるサービスを作りたい。
そのために、教育業界のどこに入り込める余地があるかは、ビジネスサイドで考えることができます。しかし、魅力的なコンテンツが作れるかは、別の話。だから、クリエイターの方とぜひ協働していきたいと思っています。動画サービスはすぐにユーザーから反応が返ってくるので、自分の表現の「売り」や見せ方を試せるという意味で、動画コンテンツを制作するクリエイターにとっても刺激的な場所だと思います。
スキルを「ただのスキル」で終わらせないために
——一方、長澤さんにお聞きしたいのですが、そのクリエイターが本当にプロの教育コンテンツの作り手になるには、一回かぎりの協働ではなく、継続的な試行錯誤が求められますよね。つまり、自分の持っている技術をある専門領域を結びつけていく思考が必要になる。しかし、実際には多くの美大生が、スキルを特定の現場で使う意識をあまり持っていないようにも感じるのですが。
長澤さん:美大生のスキルのあり方は、これまでバーサタイル(多目的)すぎたと思うんです。「何でも通用するスキル」というところで止まっちゃう。
——美大生は、フロンティアスピリットはあるはずだけど、いざ就職となると、いまも広告や紙の分野に多くの人が集まっていますよね。
長澤さん:いまの学生を見ていて思うのは、損得勘定がすごいということ。新しい分野に進む道があっても、「そんなことをやっても食えない」と思うのかもしれません。
——だからこそ、在学中からいろんな業界の現実に触れることが大事なんですね。
長澤さん:おっしゃる通りです。たとえば僕の友達で、川崎和男という人がいる。東芝のデザイナーだったんだけど、事故で車椅子になってしまった。彼がすごいのは、その事故をきっかけに人工心臓を作って、医学博士まで取ったんです。デザイナーだよ?
北條さん:すごいですね。
長澤さん:彼は医療関係のデザインも手がけることになったけど、予算は普通の産業界の何倍にもなるそうです。命に関わることは、みんなお金をかけるから。それに対していまの美大卒のデザイナーが、広告など一部の世界に留まっているのは、とてももったいないことだと思う。医療や化学などにも目を向けてもらう回路が必要だと感じます。
でも現実には、美大で先生から「医療や科学のこの課題について、デザインを使って考えてみろ」と、他分野のリアルなテーマが与えられることはほとんどありませんよね。これは学校の限界なんです。その状況を解消し、スキルを特定の専門分野のなかで育ていくためには、修士過程くらいから、実際にさまざまな問題に取り組んでいるエンジニアや研究者とコラボレーションをするしかない。学学連携や産学連携などを通じて、そうした実感と広がりのある関心が生まれればと思います。
——大学として、他大学や企業との連携を強める必要がある、と。
長澤さん:これまでも北條さんのように「美大生と協働したい」と寄ってきてくれる人はいたけど、美大の側が背を向けていたと、つくづく感じますね。でも、今後もそんなことをしていたら相手にされなくなるだけ。そうした人とコラボするには、新キャンパスで都心の便利な場所に出る必要があるし、もっと胸襟を開く必要があるし、あえて多様な受け止め方ができる「クリエイティブ」という名前が付く学科や大学院を開かないといけない。
——分野を絞ってはいけないと。
長澤さん:そう。学科名に「〇〇デザイン」とか、分野名を付けたら終わりなんです。僕たち美大は、わけのわからない「混沌くん」でいいんですよ。じゃないと、これまでの構造を再編成していくような混沌の場も作れないし、コラボもできないですからね。
日本の美大からもイノベーターが生まれるべき
——最後に、今日の対話を通じて感じたことを聞かせてください。
長澤さん:さっきの新しい分野の開拓の話にもつながるけど、僕は日本の美大から、よりスケールの大きなチャレンジャーが現れて、大成功するような事例が生まれることが必要だと思うんです。たとえば僕の大学の先輩に、電気機器メーカー「ダイソン」の創業者であるジェームズ・ダイソンがいます。なぜ彼があれほど成功したかと言えば、自分でメーカーを作り、工場を持ち、デザイナーから組立工まで雇ったからです。もしも彼が一デザイナーのままだったら、計画を立て、ロイヤリティをもらって終わりでしょう。
——そうですね。
長澤さん:だから日本の美大生からも、総合的な視野で物事を見て、自分でお金をつけてプロジェクトを生み出すようなイノベーターが生まれてほしい。その手前で「医療や教育のことはわからない」と躊躇し、パッケージなどのデザインに終始していてはいけないと思います。本来ならば、そうした製造プロセスの改良や、ビジネスのシステムづくりにもデザインは活かせるし、解決すべき課題を投げてあげれば、必死に知恵を絞る子が揃っているのが美大です。いままではその投げ込みができていなかった。新設学科では、ぜひそれを進めたいですね。
北條さん:いまのお話もすごく面白いですね。会社というのは根本的に、つねに成長し続けないといけない宿命を負っているわけですが、現実には、さまざまな問題が起きる。その歪みをきちんと捉え、解決していくことこそがデザインの思考なんですね。つまり、デザインを考えられる人というのは、問題解決の鍵にもなり得る。今日は、そのイメージをたくさんいただいたように思います。
——美大生の存在が、すこし違う角度から見えてきたと。
北條さん:JIEMには美大以外の卒業生が多いですが、経済学部などで学ぶ知識は、すぐにネットで調べられる。そんな時代に、アイデアをきちんと像に紡げる人とコミュニケーションを取り、新しいことを考えたら面白いそうだと思いました。
長澤さん:新設学部でいろんなコラボが進み、イノベーターや成果が生まれたときには、ぜひJIEMで「どうしてうまくいったのか」を、測定して分析してほしいね(笑)。
北條さん:ははは。
長澤さん:でも、僕たちクリエイターのやっかいなところは、方程式が見えたらすぐにそれを捨てるところ。クリエイターは「同じものを作って」と言われた試しがないから。
——やっかいですね(笑)。
長澤さん:そうだね(笑)。でも、クリエイティブの原動力は、絶対にそこにある。
北條さん:ある程度の体系化をして、再現可能な地点まで持っていき、商売にするのはビジネスサイドでもできることですよね。でも、それだけならマーケットのなかで飽きられてしまうから、それに対してまた新しいインスピレーションやデザインが必要になる。その往復運動をつねに繰り返し、一方が落ちても片方は上がるような経験を階段のように積み重ねていければ、会社は成長していける。そんな関係性が求められているのかもしれません。
——新しい動画学習サービスや学部が、そうした交流の場になると良いですよね。今日はありがとうございました!
———————————
北條大介
株式会社教育測定研究所 代表取締役社長 兼 CEO
1999年、明治大学法学部卒。卒業後、株式会社VIBEに入社し、モバイル・インターネット黎明期にiモードなど携帯キャリア向けコンテンツ配信サービスを数多く立ち上げる。2006年、MTV Network Japan株式会社に入社。デジタル事業本部シニアマネージャーとして同社のデジタルコンテンツ配信サービス及びデジタルマーケティング事業を手掛ける。2010年、セレゴ・ジャパン株式会社取締役COOに就任。オンライン英語学習サービス「iKnow!」の成長を牽引した。2014年12月株式会社教育測定研究所取締役に就任。2015年10月同社代表取締役CEOに就任(現任)。2015年3月株式会社EduLab取締役に就任(現任)。
>> 株式会社教育測定研究所
>> スタディギア
長澤忠徳
武蔵野美術大学 学長
1953年生まれ、富山県出身。1978年、武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業後。1981年、Royal College of Art, London 修士課程修了 MA(RCA)取得。1986年、有限会社長澤忠徳事務所設立、代表取締役就任。1999年、武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科教授に就任。2015年、同学長に就任、現在に至る。2016年、Royal College of Art(英国)より、美術・デザイン教育の国際化を先駆的に推進した功績が認められ、日本人初のシニアフェローの称号を授与。
(写真・橋本美花 文・杉原環樹 編集・上野なつみ)
>> 関連記事:BAUS MAGAZINE 「異色の当事者二人が語る。『未来の教育における、テクノロジーと表現の活かし方』【後編】」より転載
PARTNER編集部です。 編集部アカウントでは、フリーマガジンやイベントなど、総合メディアPARTNERに関わる様々な情報を提供いたします。