テストの専門家集団JIEMが考える「より良いテスト」
——はじめに、おふたりの取り組みについて聞かせてください。北條さんが代表を務める教育測定研究所(JIEM)の中心的な取り組みのひとつに「テスティング(教育測定技術)事業」があります。これはどんな分野なんでしょうか?
北條さん:テスティングというのは、テストを受けた人の能力を正しく測定・評価するためのテストの開発・分析技術です。一般入試から学力調査まで、じつは多くのテストって、各回で難易度にバラつきがあるため、たとえ同じ点数だったとしても、受験者の実力が同じであるか正確には測れないという問題を抱えているんですね。それを測るのがテスティングですが、従来、日本にはこの分野に特化した専門組織が不在だったんです。そこで2001年、「項目応答理論(IRT)」というテスト理論ベースにした信頼性の高いテストを開発するために生まれたのがJIEMなんです。一言で言えば、テストの専門家集団が質の高いテストを作るためにできた会社なんですね。
——当然のように受けているテストにバラつきがあるというのは驚きです。
北條さん:この問題は、学習指導のあり方にも関わってくるんです。たとえば小学4年生から中学3年生を対象とした学力調査で、ある年と次の年の同じ学年の生徒の学力に違いがあったとします。それらを客観的に比較する指標がなければ、なぜ学力が上下したのかを測れない。さらに、その違いを現場にフィードバックして、今後の指導方針を決めることもできません。いま私たちがお手伝いさせていただいている埼玉県の学力調査はIRTを導入していて、学年比較だけでなく児童生徒一人ひとりの学力の推移を経年で比較することができるので、まさにこういった問題を解決することができます。こうした技術の普及が我々の事業のひとつの柱です。また、その技術を応用して、自社によるオンライン英語テスト「CASEC」やEラーニングサービスの提供なども行っています。
僕は教育にテクノロジーが適用されていないことへのもどかしさをすごく感じていて。たとえば音楽は、テープがCDになり、ダウンロードになり、いまはサブスクリプションが主流になりつつある。しかし教育に関しては、Eラーニングはだいぶ前からありますが、多少動画が入ってインタラクティブになったとはいえ、紙を画面に移し替えただけのものが多いんです。
——根本的なありようは変わっていない、と。
北條さん:もっとテクノロジーを生かして、子どもや学びたい人間の能力拡張をしていきたい。そのためのサービス開発をしたいと思っています。
「図りごと」の視点から美術大学を見直す
——一方で長澤さんは、2015年に武蔵野美術大学の学長に就任されました。ご自身の代になってから、美術大学にどのような方向性を打ち出したいと考えていますか?
長澤さん:短く話すのは難しいなあ。それだけで3時間は必要(笑)。だけどまず自分の話をさせてもらうと、僕はもともと美大に来たかったわけではないんです。最初は医者になりたかった。あと受験時に、文系と理系が分けられることにアレルギーがあった。それで「文理の折衷はないのか」と考えながら浪人したんだけど、あるとき人からムサビのシラバスを見せてもらって、基礎デザイン学科というのを発見したんです。これが、文理の折衷もいいところ。美大というと文系のイメージがあるけど、サイバネティクスやトポロジーの授業もあってめちゃくちゃ面白かった。それでムサビに来たんです。
——はじめから横断的な領域に関心があったんですね。
長澤さん:そう。それはのちの活動にもつながっていて、普通デザインというと、産業デザインをイメージしますよね。だから、「君はグラフィック? プロダクト?」となる。これは社会の構造の問題で、産業分類に依拠しているんですよ。でも僕は、そうした分類には関係なく、あらゆるデザイン行為を行うとき、人の頭でどんなことが起きているかということに興味を持ったの。そのとき、これを横断的に説明するツールとして見つけたのが「図」というもので。
——「図」ですか?
長澤さん:僕たちは、絵でも写真でもない、さまざまな「図」を使うよね。たとえば「地図」や「図像」、「図譜」。そして「心」の「音」をかたちにすると書く「意図」も、僕は図のひとつだと考えている。記事の段落分けのような、一見無関係に見えるものにも図的構造がある。そう考えると、美大が扱う世界というのは、すべて「図りごと」なんだと気がついた。美大には、ファインアートもデザインも理論もあるけれど、僕に言わせればすべて図りごとです。そんな視点からもう一回美大を見直さないと、何も新しいことはできないと思っています。
なので、僕が学長になって最初にした仕事というのは、ムサビのいままでの11学科を、図りごとの視点から見直すことだったんです。今年の卒業制作展を見ながら、この考え方は大正解だと思いましたね。まさに、ジャンル崩壊。専門に縛られず、みんなすごく自由に、それぞれの図りごとをするようになっている。これをもっと進めたい。ムサビでは来年、学部に「クリエイティブイノベーション学科」を、大学院に「クリエイティブリーダーシップコース」を新設するのですが、その根本にもこうした考えがあるんです。
テストを無くせたら成功? 新しい時代の能力測定
——従来の美大は、「油絵」や「グラフィックデザイン」など、ある専門分野の体系を学ぶ場でしたが、長澤さんはむしろそれらの「分けられなさ」に注目しているわけですね。
長澤さん:そうですね。そうした横断性は、とくにデジタルネイティブの世代には自然なものだと思います。僕らの世代は、美大に入ったあとは、それぞれ専門の名前が付けられたゴールに向かってステップを踏まなくてはいけなかった。これはアナログ的で、分野を超えていくのは大変だったんです。でもテクノロジーの進んだ世界においては、最終的に目指すかたちが達成できるのであれば、そのプロセスや技術は柔軟に変えていくことができるわけで、分野の枠組みに固執しなくてもいい。実際に若い人と接すると、「方法論は何だっていいじゃん」というマインドを感じますよ。
北條さん:現在はあらゆるものがマッシュアップされて、境界がなくなっていますよね。教育コンテンツのあり方を見ても、どこまでが勉強で、どこまでがエンターテインメントかわからなくなっている。さらにテストでも、テクノロジーを活用することで、大学がいわゆる筆記試験によって人を評価すること自体、意味がなくなるかもしれません。
——どういうことでしょうか?
北條さん:たとえば、人の全活動がログのようなもので抽出されて、試験が無くてもある人の能力がわかってしまうとか。おそらく、そんな時代になっていくと思うんです。
——テストでは測れなかった能力が、テクノロジーによって測定可能になる。日々のあらゆる活動が判断材料になる、と。
北條さん:テストをなりわいにしている我々からすると逆説的ですし、社員には怒られてしまうかもしれないですが、テストを無くすことができたら成功かなと思います(笑)。というのも、現在では非常に固定的なライフイベントとして入試がありますよね。
——決まった時期に、みんなで一斉に受験をしますね。
北條さん:人生を犠牲にしているとは言わないですが、みんなそこに向けて一生懸命、とても大きな時間や労力をかけているわけです。そのように考えると、テストがなくなり、より自分の創造性と向き合って、どのように生きれば楽しいのかを小さいころから考えて活動する人が増えるのは、意味があることだなと。試験をゴールにするのではなく、いつの間にか仕上がっている。そうした測定が可能になると面白いと思っています。
長澤さん:非常に興味深いです。そもそも美大の試験は、良くも悪くも数値で測ることが難しいという課題を抱えている。もちろん技術的に評価をすることはできるし、実際の入試では点数を付けて順位を決めるけれど、客観的なメソドロジーに基づいたものではない。芸術教育では大事なその感覚的な部分も含めて、おっしゃるような指標が導入できるなら、それは美大の試験にも大きな可能性がありますね。
第二回に続きます。(2018年5月下旬公開予定)
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北條大介
株式会社教育測定研究所 代表取締役社長 兼 CEO
1999年、明治大学法学部卒。卒業後、株式会社VIBEに入社し、モバイル・インターネット黎明期にiモードなど携帯キャリア向けコンテンツ配信サービスを数多く立ち上げる。2006年、MTV Network Japan株式会社に入社。デジタル事業本部シニアマネージャーとして同社のデジタルコンテンツ配信サービス及びデジタルマーケティング事業を手掛ける。2010年、セレゴ・ジャパン株式会社取締役COOに就任。オンライン英語学習サービス「iKnow!」の成長を牽引した。2014年12月株式会社教育測定研究所取締役に就任。2015年10月同社代表取締役CEOに就任(現任)。2015年3月株式会社EduLab取締役に就任(現任)。
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長澤忠徳
武蔵野美術大学 学長
1953年生まれ、富山県出身。1978年、武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業後。1981年、Royal College of Art, London 修士課程修了 MA(RCA)取得。1986年、有限会社長澤忠徳事務所設立、代表取締役就任。1999年、武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科教授に就任。2015年、同学長に就任、現在に至る。2016年、Royal College of Art(英国)より、美術・デザイン教育の国際化を先駆的に推進した功績が認められ、日本人初のシニアフェローの称号を授与。
(写真・橋本美花 文・杉原環樹 編集・上野なつみ)
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