教育業界の転換期に、美大が輩出する「異星人」が活躍!?—教育測定研究所×武蔵野美術⼤学(2)

小学校に入学してから10年以上教育を受けてきた学生にとって、「学び」は切っても切り離せないテーマだ。とくに、数値で測ることがむずかしい美術・芸術を学んでいる美大生のなかには、学校での「評価」や入試のような「テスト」のあり方に疑問を感じたことがある人も多いのでは? 進化するテクノロジーは、そんな教育のかたちにきちんと生かされているのだろうか。今回は、「学び」のあり方に新たな一手を打とうとする教育測定研究所(JIEM)北條大介さんと、武蔵野美術大学(ムサビ)の学長長澤忠徳さんの対談をお届けする。立場の異なるふたりは、今の時代にふさわしい「学び」のあり方をどう考えているのか。全3回の対談記事。第2回となる本記事では、両者が現在取り組んでいる教育改革の具体的な内容について、裏側にある考え方とともに話してもらった。 Sponsored by JIEM

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美大で培う「造形言語リテラシー」のポテンシャル

——前回の記事の最後では、今後、テクノロジーが活かされることで、筆記試験に代わる新しい能力測定が可能になるかもしれないというお話を聞きました。こうした技術の開発や研究は実際に進められているのでしょうか?

北條さん:ええ。従来の学習やテストは、認知能力というものに焦点を当ててきたんです。つまり、知識や知覚したものを問題にしてきた。でも、それだけだと、その人が小さいころからリーダーシップがあるとか、何でも前向きに捉えられるとか、みんなと協力できるとか、そうした人間性に関わる能力を測ることができません。一方、グローバルな教育の世界では、そちらの測定の方が大事だと言われており、日本においてもその重要性が徐々に認識されるようになってきたんです。

——その変化には、どのような背景があるのですか?

北條さん:現代が、インターネットで調べればある程度のことはわかる時代である、ということは大きいと思います。その時代に問われるのは、知識の量ではなく、情報をいかに活用するのかという能力。とはいえ、アメリカでは試みが始まっていますが、日本の状況はまだまだ。私たちは、日本において先鞭をつけたいなと思っています。

——そうした能力の育成や評価は、ムサビの新設学科・大学院でも重要な鍵になりそうですね。

長澤さん:そうですね。そもそも、美大と一般大の何が違うかと考えると、美大では「造形言語リテラシー」を教えていることだと思う。一般大では、「読み書き能力」という普通の意味でのリテラシーを教えますが、僕らは「感じて、描く」リテラシーを育てている。美大生は、4年間のうちに環境からその能力を自然と学ぶので、卒業するころには、「これ、かたちとれていないよね」といったことが、感覚で共有できるようになるんです。

——逆に言えば、言葉にしなくても美大のなかでは分かり合えてしまうと。

長澤さん:「言葉にならないけどわかる」というのを、鍛えられてしまうんです。これ、卒業して社会に出たら「変なやつ」になってしまいますよ。

北條さん:たしかにそうですね(笑)。

長澤さん: 実際、造形言語リテラシーを持っている人というのは、企業のなかで異端児として活躍するけれど、社長にはならないことが多いんです。たとえば、シャープの坂下清さんやソニーの黒木靖夫さんのような有名デザイナーも、そうでした。上の人たちからすると、彼らは自分にはない能力を持っているわけで「異星人」なんだよね。稀有な存在だからこそ価値があると言い張ってきた僕らでもあるけど、やっぱりその溝は埋めていくべきなんだ。新設学部やコースでは、そこに突っ込んでいきたいんです。
 

 
学びの楽しさを提示するため、デザインの力を活かす

——美大生やクリエイターは、他分野との溝を埋めていかなければならない。一方、教育のような分野から見て、そもそも美大生の存在は認識されているのでしょうか?

北條さん:僕自身は以前、MTVで働いていたこともあり、デザイナーや映像制作の人の存在や考え方はある程度、知ってはいます。プロモーションビデオの現場にはマーケティング思考を持っている人が多い、とか。でも、そのあとに入った教育業界には、そこにデザインを持ち込もうという強いウィルを持った会社は、あまり多くはないんです。

——そこにはどんな要因が考えられますか?

北條さん:こう言ったら身も蓋もないんですけど、要は教育業界って、受験がマーケットを作っているんですよね。「良い大学に入りましょう」というところに、すべてが集約されている。日本においては学習塾だけで、約1兆円のマーケットがあるんですよ。

一同:へええ!(驚)

北條さん:合格するために、徹底的にそこに向けたスキルやマインドを仕込んでいくという世界のなかでは、デザインが活かされる余地もない。でも、これからどんどん子どもの数が減り、大学の数も多すぎると言われるなか、そのやり方を見直さなくて良いのかという疑問があります。そもそもお金が集まる塾のマーケットにしても、高いお金を払って塾に通える受益者というのは、半分もいないわけです。だから、「良い大学に入ろう」ではなく、「こうすれば人生はもっと楽しい」というアプローチで、教育というものを広げて、幅広い人に学びの楽しさを提示しないといけないと思うんです。

——そこで、デザインやアートを積極的に生かしていくべきだ、と。

北條さん:日本の教育サービスにおいては、UX(ユーザーエクスペリエンス)と呼ばれる領域も含めて、デザインが非常に秀逸で、学びにプラスな作用を施しているプロダクトがほとんどないと思うんです。それは、べつに「見栄えがかっこいい」という話だけではありません。そもそも教育は、能力値や発達度に合わせて、それぞれの人に対してアダプティブに学びを提供しないといけない。そうでないと、学習でとても大事なモチベーションの維持も難しくなる。この「アダプティブ」を進めるのがテクノロジーであり、きちんと学習者のモチベーションに作用するために必要なのが、デザインの力だと思うんです。

——各人に合った学びのインターフェイスを作るうえで、デザインが必要になる。

北條さん:そのインターフェイスをどう作るか、というのは理屈だけで成立する話ではないんですよね。ですが、日本ではまだ過去の常識や大人の理屈で作られたプロダクトが多いと感じるんです。それを変えるのが、人にどのように物事を感じさせるかを考えるデザインやアートの思考ではないか。そうした思考をどんどん持ち込み、プロダクトをリファインしていくことが僕らの課題だと思います。
 

 
言語の異なる人をつなぐ、中間項の必要性

——ムサビは今回、市ヶ谷の都心キャンパスの設置も発表しています。新設学部ではここを拠点に、在学中から企業などと学生との接点を作っていくということですか?

長澤さん:やっていきたいですね。ムサビには、表現や造形を担うテクニシャンやエンジニアはたくさんいます。でも、彼らと造形言語リテラシーを持たない人の間をブリッジする人は多くなかった。在学中から両者の狭間で活動することで、橋渡しができる人をより社会に放出しなければいけない。そのために大学側は、誰かが学生や卒業生を見つけて使ってくれるのを待つのではなくて、「こういう風に使ってください」と積極的に押し出していくべき。人材的にも拠点的にも、中間項が必要ということなんです。

北條さん:どんな人が橋渡し役に向いているのか。それは、数を打ってみないとわからない部分もある。まず、現場をいっぱい作っていくことが大事ということですよね。

——新学部では、二年次までは従来どおり郊外の小平キャンパスで過ごし、三年次から都心キャンパスに移るそうですね。

長澤さん:そこはポイントで。造形言語リテラシーは、小平キャンパスの「造形言語ウィールスでいっぱいの空気」を吸わないと育ちません。以前、ある人から「デザイナーはマーケッターになれるけど、マーケッターはデザイナーになれない」と言われたことがあります。一般教養は社会に出てからも学べるけれど、造形言語リテラシーの獲得は難しいからです。新設学部の学生には、環境を通してまずそれを身につけてほしいんです。
 

 
第三回に続きます。(2018年6月上旬公開予定)

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北條大介
株式会社教育測定研究所 代表取締役社長 兼 CEO
1999年、明治大学法学部卒。卒業後、株式会社VIBEに入社し、モバイル・インターネット黎明期にiモードなど携帯キャリア向けコンテンツ配信サービスを数多く立ち上げる。2006年、MTV Network Japan株式会社に入社。デジタル事業本部シニアマネージャーとして同社のデジタルコンテンツ配信サービス及びデジタルマーケティング事業を手掛ける。2010年、セレゴ・ジャパン株式会社取締役COOに就任。オンライン英語学習サービス「iKnow!」の成長を牽引した。2014年12月株式会社教育測定研究所取締役に就任。2015年10月同社代表取締役CEOに就任(現任)。2015年3月株式会社EduLab取締役に就任(現任)。

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長澤忠徳
武蔵野美術大学 学長
1953年生まれ、富山県出身。1978年、武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業後。1981年、Royal College of Art, London 修士課程修了 MA(RCA)取得。1986年、有限会社長澤忠徳事務所設立、代表取締役就任。1999年、武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科教授に就任。2015年、同学長に就任、現在に至る。2016年、Royal College of Art(英国)より、美術・デザイン教育の国際化を先駆的に推進した功績が認められ、日本人初のシニアフェローの称号を授与。



(写真・橋本美花 文・杉原環樹 編集・上野なつみ)

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