師弟対談!佐藤直樹さん×尾原史和さんが語る「まねぶ」とは?

佐藤直樹さん、尾原史和さんの対談がPARTNER36号で実現しました。師弟関係にあるお二人に語っていただいた36号テーマ「まねぶ」、今回は36号誌面では載せきれなかったインタビュー内容を紹介します。

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———————————————————————————————————————————— 佐藤直樹さん
1961年東京生まれ。 北海道教育大学卒業後、信州大学研究生として教育社会学・言語社会学を学ぶ。1994年『WIRED(ワイアード)』日本版創刊にあたり米国ワイアード・ベンチャー社へデザイン・プレゼンテーションを行い、アートディレクターに就任。同誌クリエイティブディレクターを経て1996年に独立し、現在の活動に繋がる多様なデザイン活動に取り組み始める。デザイン会社「Asyl(アジール)」代表。多摩美術大学教授も務める。
http://asyl.co.jp

尾原史和さん
1975年高知生まれ。SOUP DESIGN代表。雑誌『TRANSIT』では2004年の創刊時からアートディレクターを務める。SOUP DESIGNでは雑誌や書籍、展覧会などのデザインなどを中心に活動。新たにマルチプル・レーベルとして「PLANCTON」を設立し、写真集の出版や靴などジャンルにとらわれず制作をしている。雑誌著書に『デザインの手がかり』(誠文堂新光社)、『逆行』(ミシマ社)がある。デザインイベント「SHOW CASE」のディレクターとしても活動している。
http://www.soupdesign.co.jp
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——尾原さんはアジールに入社し、佐藤さんと一緒にお仕事をされていたことと思いますが、アジールをお辞めになったとき、これからの生活について不安はありませんでしたか?

尾原 もちろん不安でしたが、当時はどうにかなるかなって軽い気持ちでした。佐藤さんから退職金を渡すからMacを買いなと。明らかに無謀なことだったと今は思います。今なら消えてしまうだけの状態だと思いますが、偶然周りに救ってもらっただけだと思います。

佐藤 僕、今だったら10ヶ月で辞める人には退職金あげないけどね(笑)。

尾原 (笑)辞めてからしばらくは毎日のようにMacをさわっていましたね。それが今になって効いています。学生のように自分でテーマを考えてポスターやロゴをつくることを自主的に延々とやっていました。当時は自分に何ができるか見えておらず、それを見つけようとしていたと思います。インターネットもほとんどなくて無駄に時間を取られなかったのもよかった。会社を辞めて楽したいと思ってたわけではなかったですしね。

佐藤 うん、そうだろうね。Macがあったから制作は出来たかもしれないけど、当時の生活費はどうしてたの?

尾原 お金をほとんど使ってなかったのでなんとかなっていました。知り合いから小さな仕事を頼まれたり、CDジャケットの仕事をしてまとまったギャラをもらったり。

佐藤 今なかなかそんな仕事ないよねー。あの時まだ、DTP(※)があまり普及してなかったから、それを当時の尾原くんみたいに高いレベルまでできる人がほとんどいなかった。
※書籍、新聞などの編集に際して行う割り付けなどの作業をPC上で行い、プリンターで出力を行うこと。デスクトップパブリッシングの略。

尾原 当時は仕事を発注する側も実験的に駆け出しの若いデザイナーに頼んで、面白いデザイナーを探そうとする風潮もありました。

佐藤 今は、フリーランスでは大きな仕事は発注されにくいよね。

尾原 そう思います。知り合いのコミュニティ内での小さな仕事がほとんどでしょうね。

佐藤 ようするに、つくる人が増えちゃったんでしょうね。広告代理店と制作会社、エディトリアルだったら出版社とデザイン会社の間に太い関係ができていたから、僕らのような新しい小さな勢力は最初からそこに入っていけない状況にあった。でも新しく立ち上がるプロジェクトへコミットの機会が増えてくるんですね。新しいプロジェクトを立ち上げる人たちも僕らを頼ってきますし、そういう人たちと仲良くなれる。

尾原 僕はそういう意味で、時代の切り替わる時期での独立だったのでタイミングがよかったんです。一足先にいろんなことができました。

——PARTNER36号では「まねぶ」をテーマにしているのですが、お二人は学生の頃に「まね」や「オマージュ」をされていましたか?

佐藤 はじめは自分の中には手持ちの「文法」がないから、まず間違いなく誰かのまねをしていたと思います。描き文字だったら平賀甲賀さんだったりとか。杉浦康平さんのところから出てきたような、もの凄くシャープで知的なデザインをする人が目立っていましたから、そういうのも一通り通過しなければ、と思っていました。デザインを始めた時、数年間はまねばかりしていたかもしれません。

尾原 僕はデザインに関わるいろいろな知識が入ってしまっていますが、一方でその知識のせいで頭が固くなってきてるなあとも感じています。

佐藤 知識に頼っちゃう時期ってありますね。

尾原 20代の頃は何も知らなかったので人の話にはほとんど疑問系で返していました。本当に何も知らなかったので。でも逆にそのおかげで周りも興味をもってもらえていたんだなと思います。

佐藤 何も知らない、その強みが確かにあったよね。

尾原 今は中途半端な知識が入ってしまって、人の話やつくったものに対して「その意味知らないの?」と感じてしまう時があります。人の話に面白みがなくなっていて、一緒に飲みに行かなくてもいいかなって思ってしまったりします。知識として知らない方が楽しいこともありますね。話を戻して「まねる」ですが、つくっているものの一番重要な部分、たとえば売れた理由の考え方をまねしてしまうと、それはまねっていうよりかは乗っかるための手法になっちゃうと思います。

佐藤 何もいいことないよね(笑)。何もいいことないから腹も立たないし、残念だと思うし、そんなことやってても本質的な展開にはなっていかないと思う。自分がまねされても痛いと思うのは、その変なまねかたをされた時に自分の選択のちょっとした甘かったところがすごく滲み出ること(笑)。自分のデザインの甘さが、こういう風に見えてしまうのかと、自分に対してすごく残念な気持ちがしてきます。まねている作品というのは、明らかに「何かを見てつくっている」ということがわかるんですね。たとえば、テーマに対しそのタイポグラフィを使う必然性がないとか。何かに対して無理に差をつけようと、クセをつけたりしていることが痛いな、とか。かつては自分もそういう目立ち方になってた時期があったんじゃないかと思いますけどね(笑)。そうはならないように気をつけよう、それが今の学びですね。

——その学びに至るまでに、どのような経緯がありましたか?

佐藤 この10年、デザインの世界で起こったのが「正し過ぎるルールからある程度外す」ということ、そして「その外しをちゃんと制御する」ことだったと僕は見ています。この「外す→制御する」に、デザイナーたちは「経緯や手癖みたいなものを残す」を組み合わせてしまうんですね。
たとえば、本の装丁でラフをつくっているときにそれが顔を出す。「こうしたら可愛くなるよな」とか「これ好きだな」とか言ってくれそうな人の顔が浮かぶんですよ。でもそれって一種の思考停止だなと思ったりもするんです。
そんなふうに送り出されたものというのは、それが初めて世の中に出る本にとっては手づくり風の既製服を着させられているようなものかもしれない。わざと窃盗・コピーをするのは論外としても、今の時代の流行に乗ろうとか合わせようとか、それで結果的に似てしまうとか、それでデザイナーたちは何ら悪いことをしている意識がない。そこに問題がある。要求する人がそこに見える、そこにある種の商品がある、そして既製品を着せてあげればそこそこ喜ばれる。あるいは売れる。「あぁ知ってるよこの感じ」ってなるんですよ。でもそれは本質的な話ではなくて、そのものにとって一番いい姿でなきゃいけない。かつ、それが世の中から見ていいものになっていなければならない。
そしてこれが一番大事なことですが、ちゃんと新しいことでなければならない。でもただ新しいだけってわけにはいかない。意味不明のままでは流通しないから。そのバランスはすごく難しいと思います。読みやすさとは何か、見やすさとは何かと考えたときに絶対に既存のものと重なるに決まっているんです。もちろんそれに適したものをつくっているんだから、誰も悪い気分になっているわけではないのでいいんだけども、実はそれって狭い狭いコミュニティーの中だけでの話になっている。それが今一番危機感を感じている部分ですね。
趣味の合う人たち同士が、いいねいいねと言っているだけの状況に陥ってしまいがちなんです。そこから抜きん出て他のものを出していくためには、ものすごくたくさんのものを見なければならないし、一見ダサイと思われているものとか、古くてだめなんじゃないかと思われているものとかまで見直すことで、自分の考えや意識を更新していかなければならないと思います。それを一番やらなけらばならないのは、今の美大生、みんなの世代です。
一番警戒しなきゃいけないのは、そこに溜まってしまって何となくそれっぽいものをつくり、そういった内輪ノリを打破しようとしなくなること。そこは意識して抵抗しないと抜け出せません。
僕の場合はあまりデザインを個人制作にしないでできるだけ共同制作にしたいんですが、責任逃れのための共同制作ではなく、チームとして新しく独自のものが生み出せるのが一番いいと思ってます。

尾原 目標値がずれてしまっているとどうしてもお互いの中間が着地点になるので、結局は中途半端になってしまいますよね。逆にお互いのディスカッションが出来て、向かう先を一緒に見据えられるチームが出来たときは幸せですね。

——最後に全国の美大生に向けてメッセージをお願いします。

尾原 先のことはあまり考えずに、目の前のことをやりきる。積み重ねるしかないのでは、と思います。想定しすぎちゃうと、きっと普通のことしかできなくなってくる。良いものもダメなものも両方出来た方がいい、それも重要だから。

佐藤 せっかく多様な価値観が許されるはずの美大にきてるわけだから、古い世代の人が用意した頂点目指してもしかたないんじゃないですかね。俺が俺がとか言いながら似たようなものをつくるより、戦慄走らせるくらいひどいものでもつくってみて(笑)、そこから自分をどう回復していくかと楽しめばいいと思うんですよ。本人にとってそれが重要で本質的なことなら、共感してくれる人だって一人や二人出てくる。そういう人たちと後に深くコミュニケーションできれば十分でしょう。満遍なく詳しくなるより、自分の気になることにしっかり取り組めればいい。それくらい自由でいい気がします。あとデザイン系をとファイン系はもっと交流した方がいいと思います。デザインの話とアートの話が分かれ過ぎてると思います。活躍するポジションのことばっかり気にしてるのって結局はただの保身ですから本質的にはつまらないです。自分も周囲も幸せにならない。のびのびやってください。


とてもためになるお話ばかりでした!佐藤直樹さん、尾原史和さん、ありがとうございました!以上、関東支部の黒澤・塚本がお送りしました。


執筆:黒澤麗(PARTNER36号ライター)塚本小雪(PARTNER36号デザイナー)

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