【美大生に行って欲しい美術館】長野県小諸と上田に行ってきた #懐古園 #上田城 #戦没画学生慰霊美術館 無言館

2023年9月27日(水)

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こもろ美塾さんでの説明会前にちょっとだけ観光をしてきたので、そのレポートをお送りします。
美大とは関係ない話なので読み飛ばしてもらって結構・・・と言いたいところなのですが、最後の訪問地レポートだけは読んで欲しいです。
 

高速を走らせて約3時間。

長野県の小諸に到着。
涼しくはあるけど長袖はいらないくらいの観光にはベストな気温。
 
小諸自体は、2015年に安藤百福センターでのワークショップを見学しに来てるので、実に8年ぶり。
詳しくはこちらをご覧ください。
【まるで秘密基地】小諸ツリーハウスに行ってきた!
【まるで秘密基地】小諸ツリーハウスに行ってきた! その2
日記って便利。

しかし・・微妙にみんな若い・・。

小諸駅に車を止めて、

大手門を見つつ、最初に向かったのが、

小諸城址 懐古園
名前のとおり、小諸城跡が公園になっています。
ちなみに小諸城は山本勘助がリノベーションして作ったお城。

中にはいい感じに「わびさび」がある動物園や遊園地があるそうなんですが、時間がないので今回は園内を回るだけに。来年時間があったら行くかな。

天守台の石垣。手羽好みの野面石積み。

こんな石垣の縁を歩けるお城って他にないんじゃないだろうか。

千曲川がえぐった河岸段丘が素敵。
(河岸段丘という言葉はブラタモリで学びました)
 
ちょっと早めのお昼を食べに、

創業1808年の老舗中の老舗の蕎麦屋「丁子庵」へ。

天ぷらくるみそばを食す。旨し!
ちなみに地元の方は「そば七」がオススメだそうで、次はそこへ行こう。
 
そして車を30分ぐらい走らせて、上田へ。
もちろん

上田城です。
真田幸村(信繁)の父・真田昌幸によって築城されたお城で、

ほんとは真田丸をやってる時に行きたかったんだけど、人が多そうだったし、タイミングをみてたら2023年になっちゃった。

上田城といえば、もうひとつあって、 

この東虎口櫓門が、映画「サマーウォーズ」のヒロインの実家・陣内家のお屋敷の門として登場するんですね。何度見てもいまだに「あ、暗算・・・」のところでゾーーとするくらいサマーウォーズ好きな手羽でして。お願いしまーーーーすっ。


ただ、今回上田にやってきた理由は上田城を見るためじゃなく、こちらの訪問が主目的でした。

戦没画学生慰霊美術館 無言館です。
ドキュメンタリーや2022年の24時間テレビでドラマになったりしてるので、ご存じの方も多いと思いますが、手羽は上田出身の甲田洋二 元学長から学長時代によく話を聞かされていたので、前から一度訪問したいと思ってた場所。
  
一言で説明すると、「窪島誠一郎さんが太平洋戦争で命を落とした画学生の生前の作品を展示するために作った美術館」になります。でも、一言で説明するのが申し訳ないくらいの美術館で。

窪島さんが画家の野見山暁治さん(6月にお亡くなりになりましたね)と共に、戦死した画学生の遺族を訪れ、作品提供の依頼をし、莫大な建設費も集めて作った私設美術館なんです。
ちなみに手羽と同世代、もしくは少し上の世代には「明大前の『キッド・アイラック・ホール』を作ったのも窪島さんです」と説明すると通じるかしら。
 
館内は撮影禁止なので、公式サイトから写真を借用します。

東京美術学校(現・東京藝術大学)、京都絵画専門学校 (現・京都市立芸術大学)、そして帝国美術学校(現・武蔵野美術大学、多摩美術大学)等の学生が戦地へ行く前に制作した作品が展示されていて、中には出征する前日に妻や恋人、兄弟を描いた絵や自刻像も。

率直な感想を書くと「美大生、少なくとも東京藝大生、京都芸大生、ムサビ生、タマビ生や関係者は一度行くべき場所」「先輩たち、訪問するのにこんなに時間がかかってすいませんでした」でした。
「生きて帰れない」と感じつつ、出征前に「自分が生きてきた証」として絵を描いた学生さんの心境は計り知れないですが、その作品を戦中・戦後とずっと大事に守ってきたご家族のことを思うと、ぐっとこみ上げるものがありました。
無言館の名前の由来の一つに「客が展示される絵画を見て『無言』になる」があります。
享年がほとんど20代前半だったり、「小学校の校長が『この子は絵が才能がすごいので、画家にさせてください』と親に嘆願してきたくらい優秀な子だった」というご遺族の言葉があったり、出征直前に描いた奥さんの裸婦があって、絵を描きながら夫と奥さんの間にどんな会話があったんだろう、と考えると、ほんとに言葉が出なくなります。


  • 建物前にある慰霊碑「記憶のパレット」には、戦没画学生約400名の名前と美術学校の様子が描かれています

集めた作品の修復を行う「時の庫」。


  • 寄付された方のお名前がレンガに刻まれてました

100メートル先ぐらいにある第2展示館へ。

2008年に無言館第二展示館として竣工した「傷ついた画布のドーム」

天井には画学生が描いたデッサンなどが前面に張られていて、ここでも完全に言葉を失いました。

傷ついた画布のドームの前に「絵筆の椅子(ベンチ)」という作品があり、現在画壇で活躍中の作家や芸大生が使ってる90本の絵筆が埋め込まれています。

ところで、右上に赤いペンキがついてるのがわかりますか。
2005年に先ほどの「記憶のパレット」に赤いペンキがかけられる事件があり、無言館が多様な意見・見方の中にある美術館である事を忘れないために「復元」したんだそう。

いろんな考え方があることは否定しませんが、繰り返しになるけど美大生は一度訪問してほしい場所だと思います。

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OTONA WRITER

手羽イチロウ / teba ichiro

【美大愛好家】 福岡県出身。武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒。 2003年より学生ブログサイト「ムサビコム」、2009年より「美大日記」を運営。2007年「ムサビ日記 -リアルな美大の日常を」を出版。三谷幸喜と浦沢直樹とみうらじゅんと羽海野チカとハイキュー!と合体変形ロボットとパシリムとムサビと美大が好きで、シャンプーはマシェリを20年愛用。理想の美大「手羽美術大学★」設立を目指し奮闘中。