写真と農業。2つの好きを組み合わせたら唯一無二の強みとなった|農業カメラマン・網野文絵

「農業カメラマン」。そんな職業があるらしい。それはどんな職種なのか、何をやっているのか?と、同じ疑問を抱いた方も多いかもしれない。「農業」と「写真」に魅せられた彼女が、なぜ今の仕事にたどり着いたのか。野菜の成長の面白さも交えながら、現在に至るまでを朗らかに語ってくれた。

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農業カメラマンという仕事

 「農業カメラマン」という仕事を知っていますか?私は現在群馬県のとある農業関係の企業で、「農業カメラマン」として仕事をしています。農業・園芸のパンフレットやウェブサイトなどで使うため、野菜や野菜の種、農家の風景など、商材に関する写真を撮っています。学生時代から写真を撮ってきた私にとって、カメラマンはカメラマンの仕事でも、「農業カメラマン」という仕事に出会えたことで、私ならではの強みを活かして仕事をすることができています。
 

プロフィール:農業カメラマン・網野文絵
山梨県出身。玉川大学農学部生命化学科卒業。大学時代は写真部に所属。
卒業後は「農業カメラマン」として活動中。国内に問わず、海外の農作物事情を知るため自ら出向き、一身に農業の今に迫る。

 

「農学」を意識し始めたのは 身近な姉の存在だった

 そもそも私は、高校卒業後、農学部生命化学科というところに進学しました。「食」について考え始めたのは、3つ上の姉が栄養学の道に進んだのがきっかけ。「食べる」ことを含め、環境問題や、身の回りの生活に関わること全般に関心があり、広範囲に学びたいと思うようになったのです。大学では「食べ物が体の中でどう代謝されるか」や「植物がどう成長するか」を学びました。
 はじめのうちは野菜や動物など「モノ」に興味があったのですが、深く学んでいくうちに、それら農業に関わって生計を立てて働く「ヒト」に興味が湧くようになっていきました。


  • 田植えの様子|photo by fumie amino

  • 長芋の収穫風景|photo by fumie amino

 

流れで入部した写真部 のめり込んだフィルター越しの世界

 高校も一緒だった1つ上の先輩が、私の入学と同時に写真部に誘ってくれたんです。高校時代どんなスポーツも長続きしなかった私が、親から譲ってもらったフィルムカメラを持って活動をし始めるとすぐに写真の世界に引き込まれ、4年間精力的に活動しました。当時は、農学部・農業に関係なく、日常の一部分を撮って、写真展も積極的に企画。写真を通して自分が見たことや感じたことを表現することに、強いやりがいと楽しさを感じるようになりました。


「写真」と「農業」に魅せられた だからこそぶれなかった自分の軸

 就職活動の時期には、大学時代に自分の中で確立した、「農業」と「写真」という2つの軸が実現できる仕事を探しましたが、なかなかうまく見つからず、周りの人が内定をもらっているさなか、とてもきつい思いもしました。けれど、自分の軸を曲げることはしたくないと、大学のキャリアセンターの方に悩みや自分の考えをぶちまけていたんです。そんなとき、センターの担当者が偶然行った地方求人説明会でカメラマンを募集しているという情報を教えてくださったのです。
 募集要項には「プロのカメラマンとしてではなく、農業の知識があった上で(野菜の品種や成長過程を理解して)農業シーンの写真が撮れる」という条件が。すぐに「これだ!!!」と思い、早速、作品やアルバムを持って会社に突撃。枠はとても狭かったのですが、ご縁をいただいて入社し、今は農業カメラマンとしてキャリアを積んでいます。

 

野菜の美味しさは 「種」で決まる?!

 学生時代にも植物について学びましたが、今の仕事ではさらに深い農業の知識が求められ、自分も日々学び続けています。例えば野菜一つをとっても、日本国内だけでも沖縄や北海道など、各地それぞれの土地に合った品種があり、品種改良がされています。そのため、野菜の写真を撮る時は「綺麗に美味しそうに撮る」というだけではなく、それぞれの「品種の特性を理解して」撮るように心がけています。トマト一つとっても、赤は赤でもどういう色味か、ツヤはあるか、丸み・尖りはどうか、割ったときゼリー部分は多いか、皮はやわらかいか…など、品種によって様々です。そういった知識があるからこそ撮れる写真があると考えています。
 


  • カブの種|photo by fumie amino

  • かぼちゃの種|photo by fumie amino

私が仕事でよく撮影する題材の一つが「種」です。野菜の美味しさって、水や土壌、天候や環境にもよりますが、「種」がとっても重要なのです。だから種の写真を撮る時は、この種からどんなものができるのだろうか?その野菜からどんな料理が作れるのだろうか?と、見る人の「想像をかき立てるもの」を撮るように心がけています。その成長過程もじっくり腰を据えて見守りながら、その植物だからこその美しさを写します。


例えば皆さんが日頃食べている大根の花、実はこんなに可愛かったりするんですよ!
 


  • 左:大根の花。白の他に薄紫色もある。 右:大根は収穫したあと、水に浸して洗われる|photo by fumie amino

 

農業界と消費者の仲介役を目指して

 美大生のみなさんにとっては、「写真」に馴染みがあっても、「植物」には馴染みが薄いかもしれませんが、植物の豆知識(?)もおもしろいんです!この機会に少しご紹介させてもらうと、、、
 例えば、トウモロコシの上のもじゃもじゃ部分。ヒゲというのですが、食べるときに何も考えずに捨てているこのヒゲの本数と食べる実の数=粒数と同じなんです。
また、シクラメンをお花屋さんで買った経験はありますか?シクラメンは葉と花の数が同じなんです。だから、葉が多い鉢を選んで買った方が、多くの花が楽しめていいんですよ。

 こんな風に植物の個々の性格や、その成長過程はとてもおもしろい。写真を通じて、植物の「食べる」「見る」以外のおもしろさに興味を持ってもらえると愛着の沸き方も違うかな、好意を持っていただくことで農業に少しでも関心が湧くかな、などと思うんです。そんな農業界と消費者の仲介役を目指し、これからも農業カメラマンとして作り手の思いを写し、伝えていきたいです。
 


  • photo by fumie amino

左:とうもろこしの雄しべ。この花粉が風で揺れて、身の先端についているひげ(雌しべ)部分にくっつけば、とうもろこしが出来上がる。
右:収穫間近のとうもろこし畑。太陽の光を浴びながら時間をかけて育つので甘みのある、大きな粒になる。


  • photo by fumie amino

左:とうもろこしは、皮をつけたまま焼くとふっくらと甘みが増す。
右:とうもろこしの種は、まさしく一粒の実。この一粒から再びとうもろこしができると思うと夢がある。



 大学時代に培った網野さんならではの好き(軸)。一見全く接点のない二つの要素がかけ合わさることで、他の人には取って代われない、ユニークな役割を担うことができる。専門分野に加えて、もう一つ自分がゆずれない大好きなことをキーワードにしてみると、自分しか生み出せない仕事の道が開けるのかもしれない。

執筆:ebichileco

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OTONA WRITER

ebichileco / ebichileco

ebichileco(えびちりこ) 一般社団法人TEKITO DESIGN Lab 代表理事/クリエイティブデザイナー 立教大学社会学部を卒業後、商社系IT企業勤務。2015年チリに移住し、デザイナー活動を開始。「社会課題をデザインの力で創造的に解決させる」を軸に、 行政・企業・個人など様々なパートナーと組みながら、事業を展開している。