タマグラ卒有志「謎のグラフィック展」の正体はポスターに込めた先生への愛だった。

多摩美術大学グラフィックデザイン学科の卒業生有志による「謎のグラフィック展」がCALM & PUNK GALLERYで開催された。展示された作品、「謎」に込められた心がちょっと熱くなるストーリー。行った方も行けなかった方も必見の展示レポート。 (出展作家: 一ノ瀬雄太、ゑ藤隆弘、大場久恵、榊原美土里、城下沙緒里、BIEN、平野正子、村井智、村松丈彦、谷島正寿、安田昂弘)

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「謎のグラフィック展」最終日の夕方。主催の安田昂弘さんとタクシーで乗り付けてギャラリーの扉をあけるとちょっとビニールっぽいインクの匂いがした。小雨が降り出した外から入ってきた自分の体についている水滴が気になり小さくなる。ギャラリーに展示されているほとんどの作品が、私の背丈ほどある紙のポスターだったからだ。

「今回の謎のグラフィック展の正体はね、あんまり大声で言いたくないから、読んでみて。」入り口のステートメントの前を目で合図される。



そう、この展示は多摩美術大学のグラフィックデザイン学科で教鞭をとっていた佐藤晃一先生が他界されたことを受けて、学生の有志が開いたものだったのだ。「先生はやっぱり、偲ぶ会とかじゃなくて僕らのグラフィックを見たいかなって思って。」と主催の安田さんは語る。



展示にはタマグラの卒業生の作品がずらり。「ポスターと制限したわけではないんだけど、やっぱりみんなグラフィックの元学生だからね。」



目いっぱい見上げないと全貌がとらえられないほどの大きなポスターたち。



「ポスターの展示の仕方にもこだわっていて、この金具をみんなつけてるの。僕が去年の個展の時に考案したものなんだけど..」金具を見せてもらう。



「こうするとポスターを壁から浮かせて展示できる。ポスターが壁に作る影、歩くとなびく動き、そんな空間も含めてポスターだから。グラフィックを物理として感じてもらいたくて。」



これは安田さんの作品。「モチーフは特に意味を持たない”文字らしい何か”。先生ともう話せない、コミュニケーションができないことをこのモチーフに落とし込んだ。」



「ポスターは平面じゃなくて立体だからね。立体の組んだ木の中に吊って展示しているだけでなく、裏側にも印刷面があるんだよ。」

その言葉を受けて会場をぐるりと見渡してみると、すべての作品に有機的な動きや立体感があることに気づく。歩く人が起こす風に合わせて揺れる昇華プリント、スポットライトを反射するインクジェット、組まれた木に吊り下げられたポスター。

会場の奥からは熱心な話し声が聞こえてくる。twitterを見てやってきたという現役のタマグラ生の質問に答えているのはデザイナーの村井智さん。

「この作品は、絵の具?とか聞かれるけど実はインクジェットなんですよ。ピクセルも絵の具も印刷も、差なんてないんじゃないかと思って、自分で書いた絵をスキャンして、それをフォトショップなどで加工し印刷したんです。原画は手のひらくらいの大きさなの。」



上が作品で、スマートフォンの画面で見せているのは元にした絵の具で描いた絵。作品には印刷面に本物の絵の具で一部着彩をしていて、絵の具で描かれたものと見まがってしまう。「学生時代に先生に、自分らしさなんてかっこ悪いからやめなさいと言われたのが心に残っていて。この作品は絵の具で描いた絵を加工して自分らしさを破壊していったもの。ペンタブには定規をあててひたすら個性を消したんだ。」熱心な学生とのやりとりは時々笑い声もまざりながら続いていく。



“たいていのことは一年もすればまるでなかったのと同じようにかき消えてしまう。しかし、それはヘンだ、どうかんがえてもおかしいと思うのだ。
見たこと、触れたこと、感じたことは、たとえどんなに役に立たないことでも、すべて平等に体は記憶しているはずだと、ぼくはそう考えたいのである。
きれいさっぱり忘れてしまったからではなくて、ただその記憶が落っこちた場所に、もう手が届かなくなっているだけなのだ。
そしていくら手をのばしても届かない、その深い海のような世界のことを「無意識」と呼ぶのだと思う"
(引用:『佐藤晃一のYES EYE SEE』/冒頭のステートメントより※一部中略あり)

佐藤晃一先生に教えてもらったたくさんのことが、色とりどりのポスターになってから浮かび上がり、それは作品をバトンにして脈々と受け継がれていく。

「ありがとうございましたー」
ガラス扉を開けるといつの間にか雨は止んでいた。階段を下りながらガラス越しにギャラリーを振り返る。明るい照明にてらされて、ポスターが少し揺れたように見えた。

(写真・執筆/出川 光)

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OTONA WRITER

出川 光 / Degawa Koh

現PARTNER編集長。2010年武蔵美卒。専攻は写真。新卒でリクルートに入社、営業・ディレクターを経て、クラウドファンディングCAMPFIREを立ち上げるため転職。5年間CAMPFIREでチーフキュレーターを務め2015年に独立。カメラマン、クラウドファンディングコンサルタントにを経て現職。