「デザイン思考」を発信するスタンフォード大学d.schoolを訪問してみた

通称「d.school」、スタンフォード大学の機関Hasso Plattner Institute of Designを聞いたことがあるだろうか。名称にDesignというキーワードが入っていながらして、グラフィックデザイナーもプロダクトデザイナーもいない。デザイナーがいないのに世の中に貢献する多くのプロダクトを生まれているのはどうして!?

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どの学部・大学院に属していても受講できる
スタンフォード大学のd.schoolとは?


スタンフォード大学を知らぬ人はいないだろう。Appleファンなら、2005年の卒業式で学生に向けて行ったスティーブ・ジョブズのスピーチは見たことがあるはず。私にとってもあのスピーチで語られた”Stay hungry, stay foolish.”という名言は、10年以上経っても風化していない。このスピーチを見たとき、スタンフォード大学はデザインも教えている大学なのだと思っていた。

しかし、実はスタンフォード大学にはデザインやアートの専門家はいない。多くの学生が専攻しているのは、政治や経済であり、医学であり、教育だったりする。いわゆる総合大学・四年制大学だ。今回私が同大学でお会いした日本人も、公共政策と東アジアを研究をしている学生だった。
  

そんなキャンパスの中に、どの学部・大学院に属していても受講できるという授業がある。スタンフォード大学の機関Hasso Plattner Institute of Design、通称「d.school」だ。文系理系問わず多様なバックグラウンドの学生が集まって学ぶのは、「デザイン思考(Design Thinking)」。日本でも慶應義塾大学SFCや東京大学がモデルにしていることから、あちこちで話題になった。



他学科と真逆の思考プロセス”Design Thinking”、
人間を中心にしたデザイン思考で課題の本質を見出す

  


  • 受講生の顔写真がキャンパス内に貼られている

これらの授業の目的は、モノをつくることではない。問題解決のプロセスを「デザイン」することを学ぶ。そこで重要視されているのが「人間中心デザイン」だ。

課題に「仮説」を立てて頭で解決策を探るのではなく、現場に足を運びフィールドワークやインタビュー、観察を通じて課題の本質を見出し、様々なバックグラウンドの学生たちの知識や思考を集結して解決策を探る。解決策がプロダクトになることもあれば、形のないものになることもある。だからそこには、プロダクトだけを特化してデザインする人もいないし、グラフィックデザイナーを名乗る人もいないのだ。

しかし考えてみると、この「人間中心デザイン」はいわば、他の学部で教える思考プロセス(つまり、課題から逆算して最も効率の良いアプローチを探すロジカルシンキング)と真逆だ。これまでの問題発見・解決のためのプロセスを見直すような側面さえある。



インスピレーションと観察、インタビューが基本
Design Thinkingとは『人に合わせたデザイン』のことである

 


  • d.schoolの受講生、突然の取材に快く応じてくださった。

d.schoolの受講者で同大学の東アジア研究所で学んでいる学生さんにも、本人の視点から ”Design Thinking” について教えてもらった。

「私が思う ”Design Thinking” は、『人に合わせたデザイン』です。ここでいう『デザイン』はモノだけじゃなくビジネスモデルや問題解決に応用できるデザインも含むんです。『人に合わせたデザイン』である理由は、”Design Thinking” の基本が《インスピレーション・観察・インタビュー》であるということからも読み取れますよね。”Design Thinking” は固定観念や伝統的な思考プロセスではなく、むしろ反対に、”Think out of the box.(既存の考えに捉われずに考える)”を大切にブレインストーミングの範囲を広げ、ありえないような要素をくっつけて考えることなんです。

たとえば、ということで今日の講義を紹介しますね。
今日は授業のはじめに《ファンシーなファッションに身をまとっている人》を構内で見つけるというミッションが与えられました。すると対象人物を見つけ出した頃、その人に《最近寄付したもの》をインタビューするようメールで指示が与えられました。最後に与えられた課題は《献血の若者の率をどうあげるか》だったんです。一見点でバラバラのキーワードをつなぐことで、若者の価値観を違う切り口から理解し、彼らに問題意識をどうもってもらうかを考えアプローチするという授業でした。私たち受講生自身も授業が終わる5分前まで、今回取り扱う課題がなにかわからなかったんです。そうやって普通の思考プロセスでは結びつかない要素を現場から集めてきて、敢えてそれらを結びつけることで『課題』への新しいアプローチの仕方を模索するというのが、 "Design Thinking" の考え方です」
 


  • ロジカルシンキングで用いられるフレームワークなどは使われておらず、自由なブレストが行われていることが伺える


彼女はこうも話してくれた。
「人生も一緒だよね、大学卒業してどうなるかなんてほとんどわからなくて、人生には『逆算』が通用しないから」



d.schoolが取り上げるのは
企業や公共機関などから相談されるリアルな「課題」


日本の美術大学でも産学協同で行われる授業が増えているが、d.schoolはその割合がほぼ100%といっていい。世界中から数多くの課題難題、相談が届く。多くはひとつの企業や機関では解決できない複雑なものが多い。
 


  • 所狭しと置かれているブレストボード

たとえば、今年前期に開講されたd.schoolの教育に関するクラスでは、スタンフォード大学の施設に隣接されたPalo Alto High School(パロ・アルト高校)からの相談を取り扱った。校長直々にd.schoolへ持ち込まれた相談は、「偏差値を下げずに同校の高い自殺率をどうしたら改善できるか、カリキュラムを一緒に考えてほしい」というもの。d.schoolの授業はまず、高校生へのインタビューやフィールドワークからはじまる。成績のいい人、伸び悩んでいる人などたくさんの高校生にインタビューを重ねていく。しかし高校生と言えど、彼らはプライドがとても高く、表には頑張っている様子や苦悩は見せない。インタビューをしても語らない。だから彼らと一緒に授業を受け、距離を縮め、彼らの悩みの本質を探る。
するとわかってきたのは、進学高であるこの高校の生徒たちが「当然隣接しているStanford Universityに進学するだろう」という無言のプレッシャーのなかにいるということ。そのなかで自分を演じ続け、ストレスばかりがたまっているということ。通学中に毎日スタンフォードの学生に出会う彼らの生活の中では、プレッシャーが止むことはないのだろう。

期待が寄せられた未来ある高校生たちが、そのプレッシャーに若くして命を絶っているというショッキングな現実。そんな彼ら「人間」に寄り添い、彼らの悩みを「中心」に考えてカリキュラムをデザインしていく。d.schoolが世界のみならず、地域からも信頼され、頼られていることが伺える事例だった。
  


  • キャンパスの中にはパソコンは並んでいない。あるのは、4人で囲める作業台とすぐに形を作るための工具

d.schoolでは授業の最後には、必ずプロダクトアウトする。形のない課題解決の場合にはモノをつくるのではなく現場でコトを実施する。「Palo Alto High Schoolで長期的にカリキュラムが導入されていると思うと嬉しい」、吉永さんはd.schoolの授業でのやりがいを語ってくれた。



各分野から手をあげてやってくる教授たちと、
毎学期次々に新しい授業が生まれる環境


もうひとつ魅力的に感じたのは、次々にユニークな授業が生まれていくこと。新しい授業のアイデアが浮かぶと、講師陣はまず土日だけで開催されるワークショッププログラムとして開催する。授業としてうまくいくか、いわばショートプログラムで実験するのだ。「失敗したらごめんね」と、学生もそのつもりで気軽に参加し、一緒に新しいチャレンジをする。成功したら次学期の授業になるし、失敗してもOK。失敗を恐れず、ただ作れ、のd.school精神だ。

学生にとってもこのショートプログラムを受講することは、フィールドワークが多くとても楽な単位とは言えない(まして、自分の専攻に直結するテーマを学ぶわけではないとあって)d.schoolの授業を受講するかどうかの判断基準になるらしい。

さらに、その講師(インストラクター)というのもいろいろな企業やバックグランドの人がやってくる。大学側から募集をかけてなくとも、映画監督などさまざまな応募があるというから驚きだ。そして講師らは一様に考え方が柔軟で、学生の思考を思いも寄らぬ方向へ引き出していくのだという。



“Design Thinking” を身につけている美大生は強い
同時に ”Design Thinking” を身につけたノンデザイナーが増えていく脅威も

  

訪問時、授業以外の時間にも共有スペースであるグループがディスカッションを続けていた。授業以外の時間も一生懸命取り組む、真剣に取り組めば取り組むほど「学び」があるだけでなく、現実の問題を解決する「やりがい」がある。社会を、世界を牽引していくリーダーたちがここで育っていく理由が、少しわかったような気がした。

理系文系の学生たちがこの ”Design Thinking” を身につけてプロダクトアウトまでしている現状については、逆にデザイナーがますます下請け的な存在になるのではないかという不安も感じてしまった。
しかし一方で、この「人間中心デザイン」は多くの日本のデザイン学科でも教えているアプローチではないか。つくりたいものから発想するのではなく、問題・課題に目を向けて改善のアプローチを探る。だからこそ、”Design Thinking” を日頃から実践している美大生が世の中に提供できる価値が大きいということを感じる。


トップ画像:d.school棟の吹き抜けに掲げられているフラッグには、「間違いなんてない。勝利も失敗もない。あるのはただ作ることだけ」という言葉


編集協力:ebichileco
撮影:natsumiueno


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OTONA WRITER

natsumiueno / natsumiueno

編集者/メディエイター。美大での4年間は「アートと世の中を繋ぐ人になる」ことを目標に、フリーペーパーPARTNERを編集してみたり、展覧会THE SIXの運営をしてみたり、就活アート展『美ナビ展』の企画書をつくったりしてすごしました。現在チリ・サンチャゴ在住。ウェブメディアPARTNERの編集、記事執筆など。