2008年にプロジェクトとして立ち上がり、2015年にNPO法人となった「issue+design」。
私自身「デザインで社会問題にアプローチ」をテーマにデザイナーを始めた私にとって、「社会課題をデザインで解決する」ことをテーマに活動されているissue+designは、かつてよりとても気になる存在でした。
代表の筧裕介氏は2008年にissue+designを創設。
当初は2008年の「避難生活+design」*1をはじめ、毎年扱う社会課題を変え課題解決のためのアイデアを募集するワークショップ型コンペティションの形式で運営していたそうです。
その中で見えてきた、デザインの新たな可能性。現在は全国津々浦々の行政・企業から課題解決依頼の声を一挙に引き受けています。プロジェクトを維持する原動力や、彼らが見つめる日本の未来像とは一体どんなものなのでしょうか。
今回は美術大学の卒業生であり、2008年立ち上げ当初のプロジェクトから携わられている、白木彩智さん*2へインタビューを通して見えてきたissue+designのビジョンやミッションの数々をお届けしたいと思います。
*1「避難生活+design」:
「避難という非日常時には水不足、治安の悪化、住民同士の衝突等の様々な問題が生じます。 それは時として死という最悪の事態にもなりかねません。避難所の中で起こりうる課題を明らかにし、それらを解決するデザインを提案してください」という内容のコンペティション。2008年10月に実施。
*2 白木彩智さん:
岐阜県羽島市出身。東京造形大学デザイン学部グラフィックデザイン専攻課程修了。
リサーチから具体的なかたちに落とし込むところまで、幅広い“デザイン”を担当している。これまで、高知県佐川町の総合計画づくりをはじめ、岐阜県御嵩町、千葉県銚子市、福井県など様々な地域のプロジェクトに参画している。
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issue+designの創設の歴史
9.11を踏まえ感じた「デザインは社会のために力を発揮できるはず」
- issue+designは2008年に創設されたと伺いましたが、どのような経緯で立ち上げられたのでしょうか?
白木:代表の筧が博報堂で働いていた頃、2001年に起こったNY9.11のテロの際に、当時たまたま出張で世界貿易センタービルのすぐそばに行っていて、彼はその直撃をすぐ足元で見ていました。それまでは広告の仕事をしていましたが、テロ以降、そういったモノを売ることだけではなく本質的に社会のためになるようなことで、違う力の使い道があるのではないか?と、考え始めたそうです。
その頃、彼は東京大学の大学院に通い始め、同じタイミングで入学したstudio-Lの山崎亮氏*3と意気投合。
そして「issue+design」が生まれした。二人はお互い違うところで「これからデザインは社会のために力を発揮できるのではないか」と考えていたようです。それからissue+designではコンペティション形式で社会課題を解決させるアイデアを募集し始めました。
*3山崎亮氏:
山崎氏は都市計画を専攻し、建築物そのものの「ハード」ではなく、これからはその中で使っていく人たち・そこに住む人たちが“どのように暮らすか”という「ソフト」を作っていくことが大切なのではないか。と考え、studio-Lを設立している。
issue+designの初期事業、アイデアコンペ
コンペティションで生まれたデザイン
- 実際にコンペティションで事業化されたものはありますか?
白木:ありますよ。たとえば、「親子健康手帳」「できますゼッケン」などです。ふたつのプロジェクトについて紹介しますね。
親子健康手帳
2009年に開催された「放課後+design」プロジェクトの中から生まれました。
参加者の1人に看護学専攻の学生さんがいて、彼女が母子手帳は世界的にもとても評価の高い仕組みだけれど、今の時代のお母さん、お父さんにとっては少し古いものになっているのではないかということに疑問を持ちました。そのとき彼女達のチームが提案してくれたのは、生まれてから成人するまで、親子で使える新しい健康手帳の提案でした。
その後、実際に親子へのヒアリングを重ね、親子健康手帳のかたちで2010年に事業化しました。
育児環境は近年急速に変化し始めており、少子化、核家族化、共働き世帯の増加、不足する小児科、産後うつの問題など、問題が山積みです。日本が世界に誇る母子手帳を、問題解決のためにもっと活用すること、そして、次の母子手帳のカタチをみなさんと一緒に作っていくことが、このプロジェクトの目的です。
ソーシャルメディアを通して寄せられた利用者の声、アイデアを元に母子手帳を毎年改善しており、現在では全国の92自治体にて使用が開始されています。
できますゼッケン
2008年の「避難生活+design」のコンペティションの際に発案され、2011年に事業化しました。1995年に起こった阪神·淡路大震災の際に、行政·ボランティア·専門家·被災者で運営された避難所で得られた教訓から、避難所運営を円滑にするために必要な以下の3つの機能を果たすことを目的に制作されています。
機能①ボランティアの自己スキルの確認と宣言
ボランティア自身が「被災地で自分に何ができるか?」を真剣に考え、ゼッケンに記し、宣言することで、参加する目的を明確にし、現地での責任ある行動を後押しする。
機能②ボランティアと被災者の意思疎通
「自分ができること」をゼッケンに記述することで、被災者はボランティアのスキルを理解し、会話するきっかけを得ることができます。
機能③被災者同士の助け合いを促す
辛い状況の中でも被災者同士が他人を思いやり、互いに助け合う「共助」を生むために、「自分ができることを」を静かに宣言することで、住民同士のコミュニケーションが生まれ、助け合いの芽が育まれる。
2008年の時にはアイデアだったものを、2011年3月11日に東日本大震災が発生した直後1週間くらいでつめて実用化まで持って行きました。避難所へ印刷したものを直接送るということはもちろん、ゼッケンのデータをオープンソースにし、コンビニなどで印刷できるようにすることで、誰でも使えるようにしました。新聞で取り上げられたということもあって、気仙沼や石巻など多くの場所で使ってもらえました。おなじように2016年4月に発生した熊本県での地震の際も、使用してもいいかという問い合わせをいただきました。
issue+designが考える「デザイン」と「人が発想する過程」
<issue+designが考えるデザイン>
デザインには問題の本質を捉え、
そこに調和と秩序をもたらす力がある。
美と共感で人の心に訴え、社会に幸せな
ムーブメントを起こす力がある。
デザインは、「いろんな問題が複雑に
絡み合い混沌とした課題」を解きほぐし、
整理する行為だという意味で
「調和と秩序」をあげています。
- 課題を解決するために、issue+designではどのようにアイデアを出されているのでしょうか?
白木:アイデアを考えることを仕事にしている人には既知のことですが、アイデアというのはぱっと降ってくるものではなく、何かの組み合わせで生まれるものだと言われています。issue+designのワークショップでは誰もが同じように発想するためのツールとして「声」「事例」「接点」の三つ発想ツールを用意しています。代表の筧が、自分の仕事やそれまで開催してきたワークショップを通じて、「人が発想する過程」というものに長年付き合って考えた時にたどり着いたのがその3つだったそうです。
<issue+designの発想ツール>
1)声:生活者のインタビュー
2)事例:世の中ですでに行なわれているデザイン事例
3)接点:生活者が触れている場所・モノ 例:ノート、家、運動会等
白木:私たちのワークショップでは発想ツールを使いますが、このときに使う事例カードや接点カードは何でもいいわけではありません。同様に、インタビューの「声」も、発想の元になる声とならない声があるので、我々でそれらを精査してからカード化し、ワークショップに参加されたどんな人でもアイデアを出しやすくなるように工夫しています。
白木さんのissue+designへの関わり
消費されるグラフィックの現状への違和感から
- 白木さんはどのような経緯でissue+designに関わられるようになったのでしょうか?
白木:私自身は立ち上げの2008年の時、issue+designが企画したコンペティションに参加者として携わっていました。当時、東京造形大学に入学したばかりの1年生だったのですが、夏ごろに東京ミッドタウンの奥にある日本デザイン振興会のロビー前をたまたま通った時、「避難生活+design」のポスターが貼ってあるのを見かけて応募してみようと思いました。
- たまたま見つけたんですね!すごいご縁。当時大学1年生の白木さんにとって、はじめどのような印象でしたか?
白木:美大に入学する前からかもしれませんが、もともとグラフィックに向いていないのではないか?と思っていた部分があって、入学以降も自分がゴミを作り続けているような気がする…と感じていたこともありました。美大の授業は形に見える何かをバンバン作り続けていく。それで授業が1ヶ月過ぎたころには大量のゴミになっている…というようなサイクルで。自分に大した技術もないし、自分の作るものが対してすごいものでもない。そうして毎月微妙なものがどんどん増えていくことを、さらに微妙だなと思っていて‥‥。それが私の大学生活の始まりだったんです(笑)
一方で、当時私はルミネのディスプレイの交換のバイトをしていて、月に2〜3回ディスプレイや天吊の広告を交換していました。誰かが頑張って作ったであろう素敵なグラフィックが、どんどん替えられて捨てられて、それが月に何回もあって、延々と続いていく…。そう考えると、少し寂しいというか悲しいなと思うことが度々ありました。
ものを買ってください!と伝える以外に、何か他に有意義な価値が生まれることを大切にしたいなと思ったりしていたんです。
- そういったマインドがあって、issue+designの「避難生活+design」のコンペに出会ったときに、これだったらデザインはもっと役に立つツールだなと思ったんですね。
白木:そうですね。いいプログラムだし、内容自体もとても面白いものだなと思いました。それから私は大学4年間、issue+designのコンペに毎年応募し続けどっぷりはまっていました。
その後もそのご縁で、現在に至るまでこちらで働いています。
白木さんの就職後の変化
もっといい仕事をしたい、だけどまだ力が足りていない
- 実際に仕事を始められて、学生時代に比べて変化等はありますか?
白木:自分の力が足りないなと思うことはあります。もっといい仕事ができればと思うことは沢山ありますね。
- デザイン・社会課題に対する技術や知識…という意味で、自分の力が足りないなと思うのでしょうか。何が足りないなと思いますか?
白木:知識系のものは逆に本を読めばいいし、調べればいい。けれど気づくこと・作ること・プロジェクトをまわすこと・人と交渉することと・伝えること…、そういうスキルがまだまだ足りないなと思うことがあります。でもそれって結局関わるプロジェクトの数や経験量なんじゃないかなと思うので、地道に頑張っていこうと思いますね。
- デザインという言葉を1つ取ったときに、広義の意味と、狭義の意味があると思っているのですが、白木さんはどう“デザイン”を考えられていますか?
白木:今の日本ではデザインというと、最後のかたちをつくるところだという見方が強いですよね。デコレーションと同義というか。ただ、少し前にデザイン思考みたいな言葉がはやりだしてから、デザインってそうじゃないよね、もっと大きいものだよねという流れができはじめていますよね。私もデザインはもっと大きなものだと捉えています。最後のかたちをつくるところだけではなく、誰のどんな課題に取り組んで、どう解決するのか。スタートからゴールまですべての過程に取り組む行為がデザインだと思います。
白木さんのissue+designでのやりがい
デザインが効果的に機能し解決に向かい依頼主が喜んでくれること
- issue+designへ依頼をする方には課題が明確にあって、仕事をお願いするのだと思いますが、一方で私たちが日々過ごす社会の中で「みんなが考えているであろう“モヤっ”とした課題」も沢山あると思うんです。解決したいけど、どうやったら解決できるのだろう…と、そのまま放置してしまったり、ただ愚痴を言ってしまうだけになったりなど、よくある光景なのかなと思います。
白木:モヤっとをそのままにするのではなく、考えていることを書き出して、図式化して(弊社書籍『ソーシャルデザイン実践ガイド』の地図を描くの章を参照)、課題マップを描いていくと考えやすくなりますよ。
図式化することで全員が課題を共有できるし、どこを解決したらよいかが見えてきます。
弊社で出版している書籍に『人口減少×デザイン』という本があるのですが、この本は「人口減少」というモヤっとしていることを整理し、その解決策を分かりやすく提案した本です。本書では人口減少に対しての3つの提案が書かれています。
- モヤっとしたものを細分化してわかりやすく整理する。そうすると解決策も自ずと見えてくるということですね。
issue+designでの仕事は、どのようなときにやりがい・価値を感じますか?
白木:届けたい人にきちんと届いて喜んでもらえたとき。作った仕事・もの・プロジェクトに対して、素敵なものができたねと言っていただいたときですね。
1個テーマをお願いされても、その中の課題はそれこそ沢山あって、全部を解決することはできないから、課題を絞って取り組みます。それが効果的に機能して解決に向かい、依頼してくださった方が喜んでくださる時に一番のやりがいを感じます。
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日頃モヤっと思っていたけれど、言語化しづらかったこと
表に出てこずに、心の奥底に引っ込んでしまっていた大切な思いが
発想ツールの存在によって引き出される
その気づきから生み出される社会課題に対する解決策は、見た目の美しさだけではなく、内面から溢れ出る心の美しさなのだろう。と、改めて彼らのビジョンやミッションからデザインの力を実感させられました。
出典:ロボット動物園
issue+designで現在取り組まれているプロジェクト。
人口13,000人、森林が62%を占める中山間の小さな町、高知県佐川町。
この町で、子どもたちの創造性を育む新しい教育が始まっています。
ebichileco(えびちりこ) 一般社団法人TEKITO DESIGN Lab 代表理事/クリエイティブデザイナー 立教大学社会学部を卒業後、商社系IT企業勤務。2015年チリに移住し、デザイナー活動を開始。「社会課題をデザインの力で創造的に解決させる」を軸に、 行政・企業・個人など様々なパートナーと組みながら、事業を展開している。