デザイナーなら誰しもが、「かっこいいデザイン」を作りたいと思うもの。特に若いうちは、あれもやりたい、これもやりたい、という衝動を抑えきれずに、闇雲に新しい技術に手をつけて、頭でっかちなものを作ってしまいがち。
NOSIGNER代表の太刀川英輔さんは、そんな衝動を「全く問題ない!」と力強く肯定してくれます。なぜなら、自分自身がそうだったから。
かっこいいデザインを作る欲を諦めない
建築学科に入学し、コンペに勝つためにはプレゼンテーションボードの精度を高めることだと気づいた太刀川さんは、覚え立てのアプリケーションを駆使してグラフィックを作りこみました。Illustrator(★1)、Photoshop(★2)、CINEMA 4D。あらゆるソフトをフルに使った卒業制作は、3D感たっぷりな仕上がりに。
太刀川さんは、新宿の中心に作られた電力プラントのCG画像を見せながら、「すごいでしょ!」と笑います。学生時代のスキルは今の自分には及ばない。でも、「とにかくかっこいいものを作りたい!」という熱意は、おそらく今の自分に勝るとも劣りません。
そして今も太刀川さんの本質的な根っこの部分は、その当時と変わっていないと言います。
広告やプロダクト、そして『東京防災』のような行政の刊行物まで幅広く手掛ける太刀川さんの、デザインとの向き合い方について話を聞きました。
新しいデジタルツールはまず試してみるのが日常だった
——太刀川さんが初めてデジタルに触れたのはいつだったんでしょうか。
初めてパソコンを買ってもらったのが小学校6年生の時でした。PC-9821というマシンで、入っていた「ペイント」というソフトでドット絵を描いたのを覚えています。中学でwindows95が登場して、高校生の頃には手元にPhotoshopとIllustratorがあった。いわゆるデジタル・ネイティブの最初の世代ですね。
——デジタルが普及していく過程とともに成長していった感じですね。
そうですね。そして大学で建築学科に入ったとき、面白い現実に直面するんです。出会う建築家の誰もがパソコンを使えないんですよ。僕たちには建築の知識は全くないけれど、3Dソフトが使える。先生たちはソフトを使うことはできないけれど、建築に関する知識はものすごい。そういう不思議な現象が起こっていたんです。
——面白いですね。
つまり当時は、ツールにイノベーションが起こったことで、建築業界にドラスティックな変化が起こった時期だったんです。あの頃、ザハ・ハディッドさんとかニール・ディナーリさんのような建築家がデジタルの力を借りて登場したけれど、「アンビルド=実際には建築物を作れない」と揶揄されてもいたんです。
——つまり、デジタル上では作れるかもしれないけど、というような論調があったということですよね。
皮肉にも、それから数年を経た今の時代をリードしているのが彼らだというのが面白いですよね。
——太刀川さんはそんな状況にあって、どんなことに力を入れたんでしょうか。
そんな頃、僕が注目したのがプレゼンテーションでした。建築家の多くが、建物を作る前にコンペという過程を経ることになります。そのためにはプレゼンテーションで勝たなければいけない。それなら、まずはプレゼンボードをかっこよくしようと(笑)。それで学生時代にPhotoshop やIllustratorをガンガンに覚えました。ArialとHelveticaを間違えて使ったりしながら……(苦笑)。
——確かに最初はちょっとわかりづらいかもしれないですね(笑)。どんなものを作ったんですか?
例を出すと、僕の卒業制作は新宿にある高層ビルのメタンガスを処理してエネルギーを再利用する電力プラントを備えた公園なんです。これを表現するために覚えたてのCINEMA 4DとPhotoshopを駆使しまして(笑)。図面なのにIllustratorのパスと真俯瞰のCGを合成したりして。かっこつけてましたね。
——実際に拝見すると、すごいですね。表現したい、という欲がほとばしっている感じが……。
そうでしょう。「かっこいいものを作りたい!」っていう気持ちが、いい感じで先走ってますよね(笑)。でも、学生時代の僕らにとっては新しいデジタルツールが出てきたらまず試してみることが日常だったんです。後に、その時の経験がすごく効いてくるんですよ。
誰をライバルに設定するか
——そのほかに、太刀川さんが建築を学ぶ上で気をつけていたことってありますか?
大学3年の頃、伊東豊雄さんの仙台メディアテークの建築を見て「僕の模型よりかっこいいじゃないか!」と愕然としたんですよ。「模型の段階で実在する建築を超えてないのに、俺は本当に建築家になれるのだろうか」。そう思ったら、課題の設計が作れなくなってしまって。そこで、自分でトレーニングする課題を考えるようにしたんです。
——トレーニングというと?
「今回は構造設計のデザインを完璧に覚える」とか「今回はIllustrator でタイポグラフィを完璧につくる」というように、学校の課題に加えて自分独自の課題を作ったんです。クラスの誰かがライバルではなくて、本当の建築家になるためには伊東さんのような建築家がライバルじゃないといけないと気づいたんですよね。そのためには学校の課題に答えているだけでは足りないと。
——確かに、クラスメートを相手にしているようでは広い社会で戦えませんよね。でも、自分ひとりで課題を課すのって難しくありませんか?
もちろん、ツールの習得は面白くないと続かないので、楽しむのがいちばんです。要はいかに趣味にするか。白目を剥いた友だちの顔写真をいかにかっこよく加工できるか挑戦とか、自分の名刺を作ってみるとか。まずは自分が楽しむこと。それを繰り返していくと、他の人のためにもなる表現ができるようになるんです。
打ち合わせは、その場でレイアウトを変える
——それなら、タスクだと思わずに楽しんでスキルが身につきそうですね。
「趣味にしよう」「楽しもう」という姿勢は直近の仕事にも生きています。例えば『東京防災』(東京都)は、みんなが“防災を趣味化する”にはどうしたらいいだろう、と考えて電通と一緒に作りました。防災に興味を持ってもらうための仕掛けをたくさん入れてあるんです。まず目を引くのが、かわぐちかいじさんのマンガ。パッと目を引くマンガは瞬間的に消費されるコンテンツなんですが、それによって冊子がすごく身近なものになって、重要な防災情報に至るまでのリーチを短くしてくれるんです。防サイくんというキャラクターも同様ですね。第1段階として「あらかわいい」、第2に「今やろうマーク」やイラストを見て内容を少し理解する、そして第3ではうっかり全部読んじゃう。そういうステップを意識して作りました。
——防災という少し難しいテーマに、どう楽しみながらアプローチしてもらうか、ということを考えてつくられたんですね。直近のお仕事ではJR 東日本で限定発売される『おやつTIMES』も手がけられていて。
これはもともと各地域で販売されている同じ内容のお菓子を、小分けのパッケージに変えて売り出すことで地域を応援しよう、という企画なんです。デザインのコンセプトは「雑誌」で、お菓子の由来を記事のようにプリントしてあります。これはJR 東日本の担当の方と話しながら、その場で指示を出してレイアウトを作りました。
——えっ、その場で作ったんですか!
もちろん仮組みですが、打ち合わせをしながらレイアウトを変えることはよくあります。だってそのほうが変更したあとのイメージが湧くし、相手も嬉しいじゃないですか。
——太刀川さんがご自身でレイアウトされるんですか?
自分が手を動かすこともあるし、デザイナーに指示を出すこともありますよ。いずれにしても僕は自分でソフトを触れるので、実際にどれくらいの速さで修正できるかわかるんですよ。そうすると「あ、これぐらいならすぐ見せられるな」とわかるし、相手にも理解してもらいやすい。いいことがたくさんあるんです。クライアントへの信頼感も上がるし、打ち合わせもすごく生産的になる。
——持ち帰って修正してメールで送って……という工程を踏むより、スピーディで生産的ですね。
そうなんです。僕はこうしたスキルは、デザイナーに限らず必要だと思っています。友人の兵庫県西宮市の今村市長は、ちょっとした広報物だったらIllustratorで作っちゃうんですよ。ちょっとレイアウトがズレることもあるけど、ヘタなデザイナーよりもよっぽど言いたいことが伝わる。ノンデザイナーであっても、教養としてデザインツールが使えることはすごい大事だなと思いますね。
ものを作る、ということはすごく楽しい
——これからデジタルに触れる人たちに向けて、太刀川さんからのアドバイスがあればぜひ聞かせてください。
そうですね、“ものを作る”というのはすごく楽しいことなんです。何かが作れるようになっていく自分が嬉しいし、生み出せそうになかったものを自分の手で作った時の快感はなんともいえないものがあります。僕の初期衝動はやっぱり「かっこいいものを作りたい」という気持ちなんです。だからついつい、かっこいいものを作ろうとしてしまう(笑)。ですから「NOSIGNER」は逆説なんです。
——逆説?
「社会にいい関係性をもたらす」ということをひとつの枷にして、「成立させるからにはかっこいいものを作ったっていいでしょ?」と言いながらデザインを続けているわけです。
——なるほど。根底には、とにかくかっこいいものを作りたいんだという気持ちがあるわけですね。
もちろんです。かっこいいデザインを作る欲を諦めない。ただそれだけなんです。自分がいいと思うデザインは何なのかを深く考えて、構造化する。さらに世の中の新しい領域に対して「なんだろう?」と疑問を持って、デザインで世に問う。そういうアウトプットを続けていけば、必ず誰かしらの目に止まると思いますね。
Text by 飯田ネオ
★1 Illustrator
印刷、Web、インタラクティブ、ビデオ、およびモバイル向けにロゴからアイコン、スケッチ、タイポグラフィ、複雑なイラストレーションまで作成できる、業界標準のベクターグラフィックアプリケーション。
>> 公式サイト
★2 Photoshop
あらゆるクリエイティブワークの中核となる、世界最高峰の画像編集アプリケーション。写真、Webサイトやモバイルアプリなどのデザイン、3Dアートワーク、ビデオなどの制作と編集をデスクトップとモバイルデバイスで行える。
>> 公式サイト
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PROFILE
1981年生まれ。神奈川県出身。慶應義塾大学大学院理工学研究科在学中の2006年にデザインファームNOSIGNERを創業。社会に良い変化をもたらすためのデザイン“ソーシャルデザインイノベーション”を生み出し続けている。2016年3月29日から、総合プロデューサーを務めるJR 東日本「のものディレクションユニット」より、「おやつTIMES」シリーズが首都圏駅ナカ店舗にて販売予定。4月にはAGC 旭硝子のミラノサローネ出展にともない空間デザインを担当。インスタレーションを展開する。
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今回ご紹介した太刀川さんのインタビューのほかにも、気鋭のアーティストやデザイナーをはじめ、面白法人カヤック、ライゾマティクスなど話題のクリエイティブチームやイラストレーター、CMプランナーまで、さまざまなクリエイターたちが登場。つくるヒントを、縦横無尽に語り尽くしています。
全国の美術大学の教務課、研究室にて配布しておりますので、 見かけた際には、ぜひ手にとってみてください!
AdobeBook2016
CREATOR'S HINTS 26
悩める美大生におくるクリエイター26人のつくるヒント
(敬称略)
太刀川英輔/飛田正浩/高木こずえ/長谷川哲士/吉田憲司/たかくらかずき/梅沢和木/清水貴栄/金巻芳俊/下浜臨太郎/ 白本由佳/山本大貴/AKI INOMATA/畠山祐二/木住野彰悟/荒川香織/シミズダニヤスノブ/サイトウユウスケ/木村浩康/シシヤマザキ/白鳥友里恵/ 佐藤ねじ/佐古奈々花/手島桃/水尻自子/ カメントツ
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発行:株式会社モーフィング
企画・編集:小松健太郎 / 小林美菜(株式会社モーフィング)飯田ネオ
編集協力: 山田毅
アートディレクション:加藤賢策(LABORATORIES)
デザイン:中野由貴 / 伊藤博紀 / 北岡誠吾(LABORATORIES)
撮影:下屋敷和文
イラスト:小林美菜 / 神保賢志
印刷・製本:株式会社アトミ
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