メディアアート専攻の美大卒業生。天職は身体と向き合う「メッセンジャー」だった

美大卒業生の進路は、本当に多岐にわたっていて、かつ、どれもユニークだ。今回紹介するのは、武蔵美でメディアアートを勉強したというYUKIさん。武蔵野美術大学卒業後、デザイナーを経てメッセンジャーになり、今では自転車便メッセンジャーのなかで日本人女性最速と言われている。そんな彼女が彼女の美的感覚を通して今回紹介してくれるのは、服で着飾らなくとも己自身を輝やかせているメッセンジャーのありのままの姿だ。

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美大受験のきっかけは「デザイン」ではなく、
当時大好きだったテクノミュージックをつくる技術「人工知能」


— YUKIさん、初めまして。最初から唐突ですが、初めてYUKIさんにお会いした時は「武蔵美出身の女性が、メッセンジャー!?」と、正直つながりが見えなくて驚きました。そもそも、どんなきっかけで美大に進学したんですか?

YUKI:そうですよね。中学高校のころは、テクノミュージックを聴き漁っていました。当時テクノのPVはAI(人工知能)で造るのが主流で、その影響からはじめは理工学部のある大学へ進学を希望していたんです。ところが、そんなタイミングでNHKでAIを特集した番組の放送があって。武蔵野美術大学でもAIの授業をしていることを知り、高校3年生の夏に急遽進路を変更して美術大学を受験することにしました。


— デザイナーをされていた時期もあったということでしたが、美大受験のきっかけは「デザイン」ではなく「人工知能」だったんですね。美大ではAIの勉強を4年間続けられたんですか。

YUKI:はい、武蔵美ではコンピューターを扱うメディアアートを専攻していました。なかでも在学中に受けた大友良英さんの授業が印象的で、独自なやり方で音楽活動をしている世界の人達の存在を知りました。自分でも卒業制作では、直感の次元で演奏できる楽器を制作しました。



もうひとつの人生のテーマに、人生の舵を切った。
「地球上の生命体すべては何故この世に産まれ、生きていくのか」


YUKI:そういう意味では、確かに武蔵美でAIを学ぶことができたのですが、一方でもうひとつ、私の人生でテーマにしていることがあって。小さい頃から謎だったことなんですが、「地球上の生命体すべては何故この世に産まれ、生きていくのか」その理由が知りたくて。どうしたら知ることができるのか常に模索していました。


— 生命の不思議、ですね。

YUKI:追究していくことは好きだったので、大学を出たあとは大学院に進もうと思っていたんです。ところが、大学院の試験当日、何かが釈然とせず20分以上遅刻をしたんですよね。

— えぇ!

YUKI:驚きますよね(笑)。結果は、当然ながら次点で不合格でした。でも、釈然としなかった理由があったんです。このまま専門的なことを続けても、私の場合は世の中のこと、生命の理由はわからないような気がして。今振り返ると、いい直感だったと思っています。


— なるほど。ご自身の人生のテーマについては、別の方法で追求することにしたんですか?

YUKI:いえ、なにかいい方法を思いついていたわけではなかったので、卒業後、それまでやってこなかったことを意識的に取り組むようにしました。思い返せば学生時代は運動部にも入らず、テクノのDJをやったり室内の活動が多かったので、「1度でいいので身体を動かす仕事をしてみたい」と思うようになりました。かといって腕力に自信が無いので引っ越し業者は絶対にできないし、何をしたらいいのか当てはありませんでした。

そんな時に、先輩が働いているギャラリーに、週に3日はギャラリーで働き、それ以外の日にメッセンジャーをしている人がいるという話を聞いて。メッセンジャーという職業を初めて知ったのです。


  • 画:NIDAN




自転車に乗って遠くへ行けばお金がもらえる
メッセンジャーという仕事は天職だった


YUKI:実は私は、自転車に乗って遠くへ行くことがとても好きでした。なんで自転車かというと、高校生のころからドイツのテクノミュージシャンであるクラフトワークが好きだったんです。彼らの評伝に沢山の付箋を付けていました。自伝などを通して、彼らがロードバイクというスポーツ自転車でスタジオに通っていること、スタジオの壁には電飾をぐるぐる巻いたロードを飾っていること、ツールドフランスというタイトルで自転車がジャケットになっているアルバムがあることなど、彼らの生活に身近だった「自転車」が、私にも影響していたんですよね。とはいっても、当時はロードバイクがどこに売っているのかすら知らなかったので、大学時代に京都から東京まで走ったことがありますがママチャリでした(笑)。


メッセンジャーの原点は、ロードバイクに憧れたママチャリですか!でもすっかり、ママチャリツーリングがきっかけになって自転車が好きになっていったんですね。

YUKI:そう、その経験があったから、ギャラリーでメッセンジャーの話をきいたときに、「自転車の仕事だったらできるかもしれない」と思いたったんです。偶然、メッセンジャー会社のオープニングスタッフ募集の求人情報を雑誌で見つけ、メッセンジャーという仕事に辿りついたのです。もともと方向感覚は良かったので、自転車に乗って遠くへ行けばお金がもらえるメッセンジャーという仕事は天職でした
好きなことを見つけて仕事とし、がむしゃらに続けているうちに、世の中のことを知るようになって、テーマだった「何故この世に産まれて生きていくのか」という問いも、自分なりに分かってきたんです。




メッセンジャーは持ち物がどんどん少なくなり、
生活までもがシンプルになっていく


— すごい、人生のテーマの答えにも繋がったんですか!聞いた感じではつながりがわからないのですが、メッセンジャーを通じて「何故この世に産まれて生きていくのか」の答えが見えてきたんでしょうか。


  • YUKIさん

YUKI:メッセンジャーを初めて今8年が経つのですが、周りのメッセンジャーたちを見ていて、メッセンジャーをやっていると持ち物がどんどん少なくなって、生活がシンプルになっていく人が多く見受けられるような気がするんです。私のメッセンジャーの好きな部分でもあるんですけどね。
私が2011年にスペインのマドリッドで行われたメッセンジャーの大会に出た時に、ベルリンからマドリッドまで自転車で走ってきた2人のメッセンジャーに出会ったんです。彼らは走っている途中で、背中に背負っているメッセンジャーバッグから荷物をどんどん捨てて、最終的にはパンツ1枚だけがバッグに残ったと話していました。それは少し誇張した話かもしれませんが、こうした感覚は、私の周りだけじゃなく世界のメッセンジャーに共通で生まれるのだな、と思ったんです。
常に身体と向き合って仕事をするメッセンジャーという仕事は、持ち物も考え方もシンプルになる。だから、私なりにその生命の謎にも答えが見え始めてきているのかなと思います。


メッセンジャー、何故この世に産まれ生きていくのかという問い、
そして美大卒というキーワードが、集大成となったカレンダー制作


— メッセンジャーを続けてこられて、今回カレンダーをつくったと伺いました。メッセンジャーというものを敢えて世の中に発信していくことにしたのも、そうした仕事を通じた気づきや変化が影響しているのでしょうか。

YUKI:そうですね、不思議なものでつながっているように思います。今回メッセンジャーのヌード写真をカレンダーにするというプロジェクトで、私はディレクションを務めました。カメラマンの中山正羅くんとは、共通の友人を通して”愛に生きて”という彼のヌード写真集の展示で出会ったんですが、私はそれまでヌードを題材にした作品にはとても抵抗があったんです。ただ、何のギミックもなく真っ直ぐに対象人物と向き合っている彼の写真を見ていて、人間も裸でいることが本来の姿であるし、服で隠すのではなく裸にも責任を持てるようにならないといけないと思うようになって。そして8月に、私が所属するメッセンジャーの会社、HÜBNER代表の中島翔太と正羅くんが出会ったことからこのプロジェクトが始まりました。
世の中に真剣に向き合っている中山正羅くんとの出会いからカレンダーを作ることになったのは、すごく自然の流れだったなと思います。


  • leoさん

  • FO SHOさん

YUKI:そうしてカレンダー制作は急ピッチで始まりました。もしかしたらこれを造り上げるために今までの人生を頑張っていたんじゃないかと錯覚するぐらい、メッセンジャー人生の集大成まで来たような気さえしています。美大とは一見なんの関わりも無いメッセンジャーという職業ですが、正羅くんのような物づくりをする人と一緒にカレンダーに向き合うことができて、何か1周も2周もしたような気もしますが最初の美術大学という選択は間違ってなかったのかもしれないと、自分が居た場所にまた戻ってきたような感覚があります。
正羅くんは当初、メッセンジャーの価値観とヌードカレンダーの系譜に寄り添った中でどんな撮り方が出来るかを模索してくれたのですが、私の考え方は全く逆で「既存の中に在るものは作りたくない」という考え方でした。正羅くんは、私のその考え方を直ぐに理解してくれて、毎回とても感動的な撮影経験をしたと語ってくれました。それは私も同じです。


— お話お伺いするまでは、メッセンジャーのヌード写真集と聞くと、女性ファンを増やすためかな?なんて軽い見方をしてしまっていましたが、話を聞いて、まっすぐに世の中、人間、生命に向き合っている様子が強く伝わってきました。
最後になりますが、今回のカレンダーを通して伝えたいことをお伺いさせてください。


YUKI:本来、身体が資本のメッセンジャーの人たちは“生き易さ”をコミュニティーレベルで形成していて、規制が主流のこの現代社会で規制されない感覚を地で備えている。今回のカレンダーには、彼らがもっているその気持ち良さが滲み出ているのではないでしょうか。
ヌードカレンダーということで偏った見方や毛嫌いする人も居るかもしれないけれど、そういう人にこそ手にして欲しいです。古来からの人間本来の美に、多くの人が気付けば良いなと思います。今回もたくさんお話しましたが、常に身体と向き合って仕事をし、服で着飾らなくとも己自身を輝やかせているメッセンジャーのありのままの姿を是非この機会に、メッセンジャーをまだ知らない人達に写真を通して見てもらえたらと思います。

— 今日は本当にお話ありがとうございました。




▼プロフィール

小川有紀/YUKI
Messenger/W-BASE サポートライダー/Fixed gear rider/執筆業 など。
東京都在住。メッセンジャーネーム=YUKI。
武蔵野美術大学卒業後、デザイナーを経て2005年にメッセンジャーになる。
主な成績=CMWC 2009 Main Race 2位。KYOTO LOCO 2010 Main Race 1位。BANG-KING 2010 Main Race 1位。CMWC 2011 Berlin Alleycat 1位。ECMC 2011 Main Race 3位など。

▼カレンダー情報

HÜBNER × BABY MSR 2016
Directed by YUKI

メッセンジャーは、都市の身体表現者である。その仕事は、明晰な頭脳と頑強な体力を必要とし、真夏の炎天下、または、真冬の大雪の日でさえも颯爽と世界中の街を駆け抜けます。必要最低限の荷物を身にまとい、縦横無尽に自転車を走らせる彼らの姿は、資本主義社会の新しいロールモデルとして定着しました。独自の美意識で写真観を切り拓いてきた中山正羅(BABY MSR)と、第一線でシーンを牽引する女性メッセンジャー YUKIとの共同制作により、現代を生きるメッセンジャーの健全なエロスが此処に舞い降りるのです。今宵、聖人たちのありあまる魅力に酔い痴れることでしょう。

写真:中山正羅(BABY MSR)
監修:小川有紀(YUKI)
デザイン:千原航
発刊:HÜBNER
発行人:中島翔太、竹田輝
価格:2,000円(税込)

下記サイトにて、予約販売を承っております。
HÜBNER Bike Messenger
www.hbm.tokyo/calendar2016

▼発売記念イベント

展覧会「HÜBNER × BABY MSR 2016 Directed by YUKI」

会期:2015年11月27日(金) - 12月20日(日)
定休日:水曜日
会場:W-BASE BICYCLE GARAGE(東京・神宮前)
※オープン時間及び会場の詳細情報はサイトにてご確認ください

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