開催中『奈良・町家の芸術祭 はならぁと 2015』の普段の姿に目を向ける

2011年から続く『奈良・町家の芸術祭 はならぁと』は今年で5年目を迎えます。「奈良・町家の」というひとことが示す通り、『はならぁと』の見どころは奈良県の様々な地域に残る町家を使った展示。今回はKABlogから、普段の「こあ」エリア:宇陀松山、今井町、八木札の辻についてご紹介します。

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2011年から続く『奈良・町家の芸術祭 はならぁと』は今年で5年目を迎えます。「奈良・町家の」というひとことが示す通り、『はならぁと』の見どころは奈良県の様々な地域に残る町家を使った展示。

今年2015年の『はならぁと』のテーマは、「歴史と未来、まちと芸術が、交差する」。3年前から『はならぁと』に関わり、去年からアートディレクターに就いた山中俊広さんのもと、公募で選ばれた4組のキュレーターによる企画展をメインに置き、80組以上のアーティストが作品展示などで参加します。




今回はそんな『はならぁと』の中でも、現代の芸術による企画展が行われる「キュレーター会場」が置かれるメインエリア「こあ」に当たる、「宇陀松山」、「今井町」、そして「八木札の辻」という3エリアの、より日常に近い風景をレポートしてみたいと思います。

山中さん自身、「奈良はどうしても鹿と大仏というイメージが強いですが、他にも魅力的なところはたくさんあるんです。」と語る通り、会期中は芸術祭のメインの舞台となるこの3つのエリアは、その町並み自体がまず魅力です。



◯宇陀松山
「歴史的町家と日常生活が混ざり合うエリア」




重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)に登録されている宇陀松山。その名の通り、古くからある重要な建造物が群として保存された地区を指しています。今回の『はならぁと』は、「こあ」エリアでは宇陀松山と今井町、そして「ぷらす」エリアでは五條新町がこの重伝建地区に指定されています。

そんな重伝建地区である宇陀松山は、土日には町歩きやハイカーなど、全国から様々な目的を持った方々が訪れているよう。山中さんも、「古いものが好きで、自然が多い環境でも暮らしたい、そういう意識のある方にはとても最適なエリアで、移住者も多いんです。」とのこと。





しかしながら、宇陀松山の重伝建地区選定は2006年と比較的最近。戦国時代は秋山城の城下町としてはじまり、明治期から昭和40年代程までは商家町として栄えたこの地。2000年代に入ってからの登録ということで「まちづくりの流行に遅れをとった」と町の人はとらえていると山中さんは聞かせてくれます。実際、元々の状態から変わってしまった建物も少なくありません。が、それゆえに町並みの多様性が生まれているのも事実。

古くから続く町家のそばに、昭和後期か平成初期の頃に建てられた鉄筋コンクリートの電気屋さんが並ぶ町。かと思えば町家をそのまま使った設備工事業者さんの事務所がある町。古さと新しさは必ずしもはっきりと割り切れるものではありませんが、町の人々が暮らす中で少しずつ手を入れていったその痕跡がありありと見えてきます。




この宇陀松山地域でのキュレーター会場のひとつは、もともとお茶屋さんだったマルカツ。「お茶屋」とは言え、お茶っ葉を仕入れて売る方のお茶屋さんです。奈良の典型的な町家スタイルであり、道路からは通り庭を抜けて中庭と離れに通じるという建物の形式。取材時は天井や床面などの工事を行っていました。




もうひとつのキュレーター会場は、いまから5年くらい前まで営業していたという花屋の四郷屋(会場名は旧四郷屋)。その対面にあるのは、かつて『はならぁと』の会場となっていたcafe equboです。この企画がきっかけとなり、地元出身の若い姉妹2人がUターンし、この場所をカフェにしています。ここでは、そんな新旧『はならぁと』物件が楽しめます。

今回の展示の先にも新たな居住者が出てくるのでしょうか。このエリアに関わるまちづくり担当の田川さんもご夫婦で移住され、現在ご自身で自宅の町家を改修しながら暮らしています。マルカツをともに見ながら、「改修費がかかりますし、お隣さんとの協議は大変だと思いますが、安く物件が手に入るし、自分の好きなようにしやすいと言う魅力もありますね。」と話してくれました。



◯今井町
「歴史ある町並みが大規模に残るエリア」



  会場周辺の環境を細かく見て分析しながら、キュレーターは展示を考えるんです。
  ですから、訪れるみなさんには町の魅力と展示のつながりを考えながら見てもらえると
  いいかなと思います。その中で新しい奈良のイメージを見つけてもらえると嬉しいですね。




舞台となる町を歩きながら山中さんはそう語ります。地域の人が自分たちの町に愛情を持っているエリアがこうして会場になっているのは、5年間という『はならぁと』の継続の中で築き上げられた信頼関係がなせること。



次に訪れたのは今井町。宇陀松山と同じく重伝建地区に選ばれているこの地もまた『はならぁと』が継続する中、町の人との間で着実に信頼関係を育んできた場所です。「これまでは綺麗に保存・改修された町家が会場の大半を占めていたのですが、『はならぁと』の主旨をさらに理解していただき、今年の会場は改修前の町家が多く使われます。」と山中さんは言います。その成果が、まさにありのままの外観ながら、素晴らしい内装を見せてくれる「中野町家」の公開。

「重要文化財九軒を含む全七百戸の大半が古民家形式を残し、中世の気配が今に息づく町並み」と今年の『はならぁと』公式ガイドブックに書いてある通り、中世から続く町並みが大規模に残っているのが今井町の特徴。全国的に見てもこれほどの規模で当時の町並みが残っているところはありません。あたかも迷路のように、路地の網目へと迷い込んでしまいますが、その度ごとに新たな風景が発見できる町です。




この地のまちづくり担当で、かつて近鉄に勤められ現在では今井町町並み保存会会長を務める若林稔さんは、今井町を「高度経済成長期にNOを言った町」と評します。当時日本全国で古い家屋が壊され、新建材を使った住宅やマンションの建設ブームが訪れます。歴史的な町並みを残す他の地域にも等しく訪れたこの波を、今井町は拒否したのです。

今回公開される中野町家の内部を見ながら、若林さんはこうも言います。



  この町家も以前は内装をベニヤ板で覆ってしまっていたんです。
  町の人は『古いままじゃダメ、改修しないと借りてもらえない』と思ってしまうんでしょうね。
  それが逆に家を痛めてしまうんです。ただ、そんなベニア板を剥がしてみたら、
  こんな立派な柱梁が出てきたんです。




部屋を新たにつくるために通り庭をなくしてしまう町家もある中、玄関から中庭につながる通り庭という、通路でもあり余白の場の利便性を実感する人も増えています。



  少子高齢化で通り庭の価値も見直されてくるでしょうね。
  こうした町家や通り庭をいいと言ってくれるのは、みんな外の人なんです。
  町の人にとってはありふれているから率直にいいと思えなくなっている。
  外から学生さんなどが来て、『いいなあ』と言ってくれるのですが、
  そういうときに改めて価値に気づけるんです。




この日も筑波大学で建築を学ぶ学生さんが見学に来られていた中野町家。「『はならぁと』では作品もいいけど、ぜひこの立派な町家を見て欲しいですね。」と熱を持って語る若林さんの姿が印象的です。



かつての町並みが色濃く残るとはいえ、全てが同じ時間で止まっているわけではありません。建物によって様々な「残し方」があります。「その違いを楽しんでもらえたら」と山中さん。『はならぁと』がこれまでに築き上げた町の人たちとの関係性、継続して行っていることの成果にも、ぜひ目を向けてみてはいかがでしょうか。



◯八木札の辻
「線路を跨いで表情が変わるエリア」



今井町から東へ、近鉄八木西口駅からさらに東へ歩いたところにあるのが、八木札の辻エリア。今井町のところで「継続」というキーワードが出ましたが、ここ八木札の辻エリアこそ、5年連続で『はならぁと』の会場となっているエリアでもあります。

歴史をぐっと遡ると、藤原京の西京極から平城京の朱雀大路に至る下ツ道と、伊勢神宮への参詣順路になった横大路、それぞれ江戸時代には中街道と伊勢街道などと呼ばれた街道の交差点が八木札の辻です。その交差点には現在八木札の辻交流館が設けられており、旅籠や商店で賑わう往時の風景を写真で見ることができます。




ここ八木札の辻エリアは、下ツ道沿いが見所。かつての町家が点在する北部エリアと、JR線路を跨いだ南側、通称南八木昭和スクエアエリアで表情がガラッと変わるところが特徴的です。キュレーター会場となる好川別邸に至る一本道の風情に酔ったかと思えば、線路南の昭和感とでも言うべき感覚に陥る、そんな町並みです。




八木札の辻を担当するキュレーターは、電子音楽家の魚住勇太さん。ある場所を展示空間にする、というよりも、町中の場所場所を使い、町中に音や光をインストールしていくような見せ方が計画されています。



最寄り駅の畝傍駅は、橿原神宮や神武天皇陵への最寄り駅だったことから、参拝される皇族の方のために駅舎内に貴賓室が設けられている珍しい駅舎。1940年の橿原神宮紀元2600年祭に建てられたものとされています。

このエリアが作品によってどう変わっていくのか、町全体がいかに新しい表情を纏うかが、ここ八木札の辻エリアの一番の見所と言えるでしょう。



◯町の魅力やそこに息づく町家の良さも伝えていく芸術祭



宇陀松山、今井町、八木札の辻、こうやってじっくり見てまわると、「奈良・町家の」とは言え、舞台となる町家が位置する各エリアの町並みがそれぞれ異なっている、ということが実感できます。

「一エリア半日かければ言うことないと思いますね。」と山中さん。1日で回ろうと思うと、キュレーター会場や目当ての場所をピンポイントで渡り歩くことになると思いますが、もし時間に余裕があるならば、ぜひ町中の散策もしてみてはいかがでしょう。

遠方から来る方は奈良での宿泊もオススメですし、さらに言えば、移住希望者にも開かれたエリアである、ということはさらに大きな特徴でしょう。芸術祭でありながら、町の魅力やそこに息づく町家の良さを伝えていく取り組みが『はならぁと』です。お邪魔する場所としてだけではなく、自分が暮らす拠点にするかもしれない場所、として、ぜひこの芸術祭に訪れてみてはいかがでしょうか。



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奈良・町家の芸術祭 はならぁと 2015

http://hanarart.jp/2015/

会期
はならぁと こあ(宇陀松山/八木札の辻/今井町)
2015年10月24日(土) – 11月3日(火・祝)
はならぁと ぷらす(生駒宝山寺参道/五條新町)
2015年10月10日(土) – 10月18日(日)

開催時間

10:00 – 17:00 会期中無休

ナイトビューイング

こあキュレーター会場
・宇陀松山・今井町

10月24日(土)・30日(金)・31日(土) 17:00 – 19:00


八木札の辻:魚住勇太ADSR展

10月24日(土) – 11月3日(火・祝) 17:15 – 19:45

入場料
今年の『はならぁと』は、こあエリアのキュレーターが担当する4会場のみ有料です。
※高校生以下は無料です。
※有料のワークショップやイベントは別途料金がかかります。



転載元:
KABlog 「『奈良・町家の芸術祭 はならぁと 2015』
ー普段の「こあ」エリア:宇陀松山、今井町、八木札の辻」


執筆:Mitsuhiro Sakakibara
建築や都市のリソースを利用して暮らし働く人の声を集め、彼らへのサポートを行う。個人として取材執筆、翻訳、改修協力、ネットカフェレポート等を実施。また、多くの人が日常的に都市や建築へ関わる経路を増やすことをねらいとし、建築リサーチ組織「RAD(http://radlab.info/)」を2008年に共同で開始。建築展覧会、町家改修その他ワークショップの管運営、地域移動型短期滞在リサーチプロジェクト、地域の知を蓄積するためのデータベースづくりなど、「建てること」を超えた建築的知識の活用を行う。

本記事は「KABlog」から提供を受けております。
著作権はKansai Art Beatに帰属します。

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