船で世界を一周。現地で入手したものを綴れ織りに織り込む作家の話。

世界一周の船に乗り、各寄港地で素材を調達。船の上では作品制作。今年の3月まで多摩美術大学で副手をしていた鬼原美希さんの船の旅の制作と、その作品展「たびするおりびと」について紹介したい。旅好きの私が気になった、彼女の旅と制作の話。

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私自身、旅が好きということもあって、周りにもやっぱり旅をしている友達が多い。
そんな友人を通して、今回タマビの私の一つ上の先輩にあたる女性を紹介してもらった。

ニックネームはキムさん。彼女自身が体験した「日常の物語」を、普段からタペストリーに織り込んでいた彼女は、今年の春、突然思い立ったかのように世界一周の旅に出た。
移動手段は、船。3ヶ月の間訪れる24カ国で、素材を調達し、残りの移動時間、船上で制作をする。そんな彼女の制作スタイルと、その世界一周で出会った刺激がビビッドに表現されたカラフルな綴れ織りがとても印象的で、今回旅のこと、作品のこと、予定されている展示のことを聞いた。

鬼原美希

1986年千葉県生まれ。
2012年多摩美術大学大学院テキスタイル領域修了後、環境デザイン学科副手を務める。
2015年3月に退職。
2015年4月、23カ国 (24寄港地)を巡る船旅に出た。
10月には初の個展「たびするおりびと」を開催予定。

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- 初めまして!きっとキャンパスで何度もすれ違っていたんでしょうね。私の一つ上の先輩です(笑)。今日はよろしくお願いいたします。早速ですが、きっと同じ八王子キャンパスにいたであろう学部・大学院時代はどんな勉強・制作をしていたんですか?

本当ですね!私は大学4年生から、「綴れ織り」という織りの手法をつかって、自分自身が体験したことをテーマにタペストリーを織っていました。大学院に進んでからは「綴れ織りで描く日常の物語」をテーマに、とくに絵を描くことと織ることの間にあるギャップを意識して制作してたんです。


- 勉強不足ですみません‥‥。綴れ織りはどんな織物なのでしょうか?

通常、織物は経糸(たていと)と緯糸(よこいと)によってパターンなどを表現するのですが、私のやっている綴れ織りは経糸の密度を荒くし、緯糸をぎゅっと織り込むことにより、緯糸だけが見えるようにして図案を描くものなんです。見てもらうとわかると思うんですが、見た目は横に走る糸が浮かび上がってくるんです。


  • 卒業制作「GO!GO!!OTENBA☆GIRL」より一部トリミング

- 本当ですね!

絨毯を織るときなどによく使われている絵画表現的な織技法です。


  • 卒業制作「GO!GO!!OTENBA☆GIRL」 サイズ:140x320(cm) 素材:ウール,綿

- この制作手法にしようと決めたのは、どんなタイミングで、どんな動機からなんですか?

大学4年間は授業でも幅広くいろいろな技法に触れる機会があり、自分に合う手法を探してたんですが、この綴れ織りを本格的に使うことになったのは、学部の卒業制作で「GO!GO!!OTENBA☆GIRL」という作品を作ったのがきっかけでした。シンプルに、作品を見た人に、キラキラとしたパワーを感じてもらいたくて、色々と試していたときに、綴れ織りの技法でぴたっとくるものがあったんです。
見つけた時は結構な感動でしたよ!糸の蓄積がもたらす迫力と、染色したウール糸の重なりが生み出す鮮やかな織り色が、すごく光を放って見えた衝撃は、今でも覚えています。


- 本当に!この卒業制作、とてもカラフルでポジティブな印象の作品ですね。

ありがとうございます!ぜひこの綴れ織りのプロセスを見てほしいんですが、綴れを織るとき、始めは単なる経糸で、それだけだど心もとない存在なんですが、緯糸が複雑に織り込まれて、そこに絵が描かれていきます。その様子が、人生の時間軸に、衝撃的な出会いや経験が織り重なって、カラフルに彩られていくことと似ているな、と思っています。


  • 綴れ織りの制作過程


- 素敵ですね。命が吹き込まれていく感じが伝わってきます。

そうなんです。だから私の作品の内容というのも、私が日々を送るなかで私に衝撃を与えてくれた人や事象を、自分自身を媒体として、自分自身の目線を通して描いているんです。もちろん日常の出会いがもたらすその衝撃というのは、必ずしもハッピーなものばかりではないじゃないですか。 不随意に流れた涙や、怒りなんかも含めて、人生を彩る大切な衝撃だと考えて作品に織り込んでいます。


  • 「Cry max!!」サイズ:260x420(cm) 素材:ウール,綿,レーヨン,ナイロン,麻 ネガティブにとらえられがちな「泣く」行為をテーマに制作。


  • 「Cry max!!」原画  4メートルを超える大きさの上に、絵の具などで彩色。綴れ織りでは表現不可能なレベルの細かい原画を書くことで、綴る際のアドリブを引き出す試みをした。

  • 「Cry max!!」詳細

- 副手として3年働いた後、今年は3ヶ月間船で世界一周をしたそうですね。
どうして世界一周に出ようと思ったのでしょうか?


「日常の物語」というテーマを自分なりに掲げて、機織機で作品をつくることを繰り返してきたわけですが、日常というのはだんだん心地よく安定していきますし、場所という意味でも一ヶ所に留まって制作を続けていたので、一度離れてみる必要性を感じていました。
昔から機織りは女性の家庭でのお仕事じゃないですか。だから適した場所に織機をかまえ、たんたんと制作するスタイルというのが自然な光景かと思うんですね。その姿はとてもとても美しいし、私も織機に座って、じっと制作するのが大好きなんですが、綴れ織りを、機織りというよりも「絵を描く行為」と捉えてみたときに、もっと自由に、外側に向かって織るスタイルがあっても楽しいかも、と感じました。それで、「船で旅をしながら様々な場所で機織りしてみよう!」となったわけなんです。フレーム織道具を一式持って、世界一周の旅へ出かけることにしました。


  • フレームは、様々な国で持ち運びました。

- たしかに、絵画や写真であれば身軽に世界一周をしながら制作を続けることができそうですが、なかなか機織りをするというのは簡単にはできませんね。船の旅だからこそできた世界一周制作の旅だったかもしれませんね。

そうかもしれませんね。織機といってもフレーム織なのでそこまで重厚なものではないですが、それでもカメラや筆と紙よりは大所帯かもしれません(笑)


- 訪れた各地で、材料を手に入れてまた制作をする、どんな「衝撃」がありましたか?

素材を入手するのが、ほんっとうに難しかったです!(笑)
船の旅というのはあんまり滞在時間がなくて、ほとんどの寄港地で過ごせる時間は一日に満たないんですよ。だから、まずは自分が見たいもの、経験したいことを優先します。その合間に素材を探していったのですが、船の上ではインターネットは使えないし、糸はおろか、商店を見つけるのが大変な国もあって大難航‥‥(笑)。改めて、日本の便利さを痛感しましたね。

制作に関しても、船内で織っていると必ず興味を持って話しかけてきてくださる方がいらっしゃるので、その出会い自体も面白いしありがたい一方、制作面では日本にいるときのようにすいすいとは進まなかったりしました。

でも、逆によかったこともあるんですよ。素材に関しては、糸が手に入らなかったおかげで糸以外に織り込めるものを探す習性がついて、材料の可能性が広がりました。制作に関しても、船で通りすがった方が、「織っている姿を初めて見た!」とビックリしてくださったり、集めた素材からその国でのエピソードに花が咲いて気づいたら喋りこんだりして…。出来上がった作品だけでなく、織っている過程が、見る方にとっては新鮮だったみたいですね。これまであまり人のいるところで制作した機会がなかったので、制作過程がコミュニケーションのツールになるということに気がついたのは大きな収穫でした。


- 一人旅なのに一人旅じゃない、船旅ならではで面白い出会いですね。

そうなんです。船内で知り合ったご夫婦の旦那様からオーダーを受けて、奥様へ旅の記念のプレゼントとして、マチュピチュ登頂の際履いていたトレッキングシューズの靴ひもを織り込んだ綴織を制作させて頂いたりもしました。

- 印象に残っている国とそこから持ち帰った素材があれば紹介してください!

一番印象に残っている国は、グアテマラです。中米の国ですね。この国では、アンティグアという地区に行きました。そこでは、現地の方が、家の軒先で柱に経糸を結びつけて機織りをしていました。極めて原始的な方法で、柄も織りながらアドリブで描いているのですが、出来上がった布は、本当に繊細で美しいのです。


  • グアテマラでは、軒先で織ってらした現地の方にお願いして、私も少し織らせて頂きました。

私は、ウィピルという民族衣装を購入したのですが、絵柄や色には、ひとつひとつ、マヤの考え方から来る意味が込められているのだそうです。
この国では、グアテマラで染められた糸と、原産の木からとれた繊維、市場で野菜を入れるのに多用されていた、カラフルなビニール紐を素材として持ち帰りました。

- 10月には個展もなさるそうですね。展示では、この世界一周で制作した作品が見れるのでしょうか?

はい。寄港した24ヵ国ひとつひとつをテーマにした綴れ織り作品「たびするおりびと」を展覧会のメインとして展示します。

ぜひ、作品に織り込まれた素材とエピソードを一緒に見ていただけると嬉しいです。


- 今後もやはり旅ですか?

そうですね!今後も、たくさん旅をして、その土地の素材を使った綴れを織りたいと思っています。国内にも、まだまだ私が知らない素材や技法がありますし、各地へ足を運んで、それぞれの土地の方とたくさんお話して、たくさん驚いて、自分なりに消化して、アウトプットしていけたらな、と思います。
たくさんの新しいものへの出会いから帰ったらきっと、また自らの日常生活に立ち返ったときに、新鮮な衝撃を受けられると思うんです。そんないい循環を繰り返していけたらいいなと思っています。

- さて、最後になりますが卒業して4年目、副手を経て、世界一周を経て、振り返ってみると学生時代の経験や学びの6年間は今にどうつながっていますか?

よく言われる話かと思うんですが、学部と院の6年間は本当に恵まれていた期間でした。たくさんの仲間と、ひたすら制作について語り合い、がむしゃらに作ることができるキラキラした日々。その中でできた仲間は、本当に一生ものです。そうして培われた絆を築く力のおかげで、船旅でも、尊敬できる素敵な仲間と出会うことができました。
制作においても、挑戦すること、日々の驚きを大事にすることは、学生のころに得た大きな学びだと思っています。



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キムさんお話を聞かせていただいてありがとうございました。

彼女の想いはまっすぐだった。織物の魅力に学部・大学院・助手の9年間まっすぐ惚れ込み、自分が作品に描くものもまっすぐで迷いがない。それに加えてポジティブな彼女のキャラクターが作品にあふれんばかりに詰まっている。世界各地の素材と、また各地でのいろんな「衝撃」を得て、ますます見るものにエネルギーを与える作品たちを、ぜひ多くの人に見てほしい。


▼展示概要
「たびするおりびと」


会期:2015年10月13日(火)〜18日(日)
時間:12:00-19:00 (最終日18:00まで)
会場:gallery MARONIE(京都市中京区河原町四条上ル塩屋町332)

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OTONA WRITER

natsumiueno / natsumiueno

編集者/メディエイター。美大での4年間は「アートと世の中を繋ぐ人になる」ことを目標に、フリーペーパーPARTNERを編集してみたり、展覧会THE SIXの運営をしてみたり、就活アート展『美ナビ展』の企画書をつくったりしてすごしました。現在チリ・サンチャゴ在住。ウェブメディアPARTNERの編集、記事執筆など。