油絵専攻の美大卒業生が上場企業の取締役に。今ファイン系が求められる理由。

絵画や彫刻などのファインアートを学ぶ美大生にとって、将来企業に就職するということは、どこか現実感のない選択肢かもしれません。しかし今、ファインアート専攻の学生を求める企業が増え始めています。今回紹介する森先一哲さんは、美大の油絵学科出身でありながら、現在は位置ゲーやスマートフォンゲーム開発で知られる「株式会社コロプラ」の役員を務める異色のキャリアの持ち主。学生時代から現在まで一貫してクリエイティブに生き続ける森先さんのメッセージを、ぜひ今後の進路のヒントにしてみてください。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

—————————————————————————————————————————————
森先一哲
1976年、京都生まれ。1999年、京都造形芸術大学美術工芸科油画コース専攻卒業。2003年、コンシューマーゲームメーカーにキャラクターデザイナーとして入社。以降、PSPやXbox360などのさまざまなゲーム開発を手がけながら、アートディレクター、ディレクター、プロデューサーとステップアップを重ねる。2012年、コロプラに転職し、Kuma the Bear開発本部長に就任。スマホゲーム『クイズRPG 魔法使いと黒猫のウィズ』『白猫プロジェクト』などの開発に関わる。2014年、同社取締役に就任。現在にいたる。
—————————————————————————————————————————————

コンシューマーゲームとスマートフォンゲームの現場を体験。
スマートフォンゲームのユーザーと一緒に作り上げる感覚が性に合っていた。

リリース1年で4000万ダウンロード達成の『白猫プロジェクト』。リリース2年3ヶ月で3500万ダウンロード達成の『クイズRPG 魔法使いと黒猫のウィズ』。現在もヒット街道を突き進む、これら人気スマホゲームアプリの開発をリードしてきたのが、「株式会社コロプラ」のKuma the Bear開発本部長であり、取締役でもある森先一哲さん。

「今、スマホゲームはどんどんリッチ化しています。その中でお客様の目に止まるためには、より表現力豊かな作品を作り続けなければなりません。作る側には、基礎画力、空間把握能力、理解力など、これまで以上に高いスキルが求められます。一昔前のコンシューマーゲームを作れるようなスキルですね」


  • "クイズRPG 魔法使いと黒猫のウィズ" より、ウィズ

森先さん自身、コロプラへ転職する前は、コンシューマーゲーム業界に約10年。PSPやXbox360向けに、圧倒的なグラフィックが特徴のゲーム作品を数多く手がけてきました。特にゲームの世界観に対するこだわりは並大抵ではなく、一人のキャラクターデザインをするのにも、その生い立ちや人生をストーリーに落としこんでから取り掛かったといいます。
そんな前職での経験は、リッチ化するスマホゲーム開発にそのまま活かすことができました。一方で、明らかに違うのは開発スピード。提案した内容がその場で即決するなんてことは、日常的にあるそうです。

「コンシューマーゲームは、いわば“映画”。有名な監督が膨大なお金と時間をかけて、自分たちが『これぞ!』と思うものを作り上げていきます。一方、スマホゲームは“テレビ”。作品をリリースした後のお客様の反応を見ながら、次の一手を考えていく。お客様と一緒になってサービスを作っている感覚が、スマホゲームにはありますね」

「ゲームの世界観へのこだわりはどちらも変わりないけれど、お客様の反応が早いスマホゲーム開発は自分の性に合っている」と森先さんは語ります。そんな森先さんのものづくりに対する価値観のルーツは、19年前の美大時代にありました。


学生時代の試行錯誤で気づいたのは、
「絵を描きたい」のではなく、「絵を描いて稼ぎたい」という想い。

小さい頃から、いわゆる「クラスで一番絵がうまい人」だった森先さん。美大を目指すのは自然の成り行きだったそうです。「絵といえば油絵だろう」というシンプルな理由で、京都造形芸術大学美術工芸科油画コースに入学したものの、当初は周りのレベルの高さに意欲を失っていた時期もありました。

「2年生の前半までは不真面目でした。デッサンなどの基礎をやるのも嫌いでした。でも、2年の夏休みに自画像の課題が出されたとき、細かいことは気にせず、ただ自分がかっこいいと思うように自由に描いたんです。それが周りからも高い評価を受け、難しく考えなくていいんだと思うようになりました」

そこからは、静物画ひとつとっても、ただ普通に描くのではなく、モチーフを好きなように組み立てて描くようになったとのこと。トルソーをチェーンで縛ってみるなど、自分なりのストーリーを設定してから描くことで、細かい基礎を学ぶのも苦にならないほど、絵を描くのが楽しくなったといいます。

また同時に、自分はただ「絵を描きたい」のではなく、「絵を描いて稼ぎたい」と感じていることにも気付きました。表現して満足ではなく、周りの反応が欲しい。みんなにお金を払ってもらえるような絵を描きたい。3年生になってからは、「将来は商業作家になる」と友人や教授にはっきり伝えるようになったそうです。


  • "スリングショットブレイブズ" より、レジェンド装備


自分一人ではできないような壮大な想像の世界を作りたい。
美大卒業後に飛び込んだのは、コンシューマーゲームの開発現場だった。

森先さんはもともと宗教や神話について調べることが好きで、美大時代に手がけた作品もファンタジーの世界を描いたものが多かったそうです。当時冒険RPGなどのコンシューマーゲームが流行していたこともあり、「ゲーム業界なら自分の好きな世界観で絵を描けるのでは」と思うようになりました。

「また、当時は一人で絵を描くことに限界を感じていました。自分一人ではできないような壮大な表現にチャレンジしたかったんです。チームで一つの想像の世界を作り込み、それを何百万人もの人に見てもらう。それで自分の生活も成り立ったら理想的ですよね」

こうして、美大卒業後に飛び込んだコンシューマーゲームの開発現場は、まさに森先さんの志向にピタリと合う職場でした。「ずっと絵を描いていられるし、それをみんなで共有して、議論しながらものを作り上げていく感じが本当に楽しかった」と森先さんは振り返ります。

一方で、業界が成熟するにつれ、課題も出てきました。組織が大規模になったことで決裁のスピードが遅くなり、提案が通りにくく、作れるものも限られるようになったといいます。そんな中、驚くべきスピードで台頭してきたのがモバイルゲーム。ユーザーの声をリアルタイムに取り入れながら進化を続けるモバイルゲームに、森先さんは大きな可能性を感じました。

「周りには、『モバイルゲームなんてゲームじゃない』なんて言う人もいました。けれど、昔ゲーム業界で2Dから3Dへの大きなシフトがあったとき、3Dの可能性を信じた人が次の時代を作ったんです。私もまた『次はモバイルの時代が来る』という思いがあったので、友人の紹介を通じてコロプラに転職することにしました」


クリエイティブな世界で力を発揮できる理由。
インプットを欠かさず、常に期待以上のものを提供し続けること。

森先さんの見通しどおり、スマートフォンの急速な普及に合わせて、モバイルゲームはいまやコンシューマーゲームを上回る市場規模へと成長しました。さらに、時代がブラウザゲームから表現力豊かなネイティブアプリへとシフト(※)したことで、森先さんの経験が活きるフィールドはますます広がりを見せています。

2014年、森先さんはコロプラの取締役に就任しました。ファインアート専攻の元美大生が、東証一部上場企業の役員を務めるというケースは非常にめずらしいと言えます。美大時代から現在まで、一貫してクリエイティブな世界で力を発揮できる理由はどこにあるのでしょうか。

「常に求められる以上のものを提供し続けるしかないと思います。期待通りのものを出しても、当たり前の評価しかされません。相手が求めていることを理解した上で、それを上回る付加価値を提供する。大変なことですが、『思っている以上にデキるやつだ』という評価を目指し続けることが大切です」

そのためには、「インプットが重要」だと、森先さんは語ります。仕事ですべてをアウトプットし尽くすからこそ、休みの日にはできるだけ日常生活と離れた場所で遊び、自分の引き出しの中身を増やすようにしているそうです。外国人が集う六本木のバー、ヨーロッパや東南アジアへの海外旅行、映画や小説などのエンターテインメント――そのすべてが作品のヒントになりえますが、森先さんは「ただやみくもにネタを探していても意味がない」と言います。

「ネタは集めるのではなく、集まるもの。
先に作りたいものがあってこそ、使える素材は見つかります。だからこそ、クリエイターは常に何かに悩んでいた方がいいんです。『ここがうまくいかないんだよなぁ』とか、『この表現をもっと良くできないかな』とか、ずっと頭を悩ませながら生きていると、ヒントに出会ったときに見逃すことがないんですよね」

最後に、森先さんから美大生へのメッセージをいただきました。

「社会に出てみると、周りにいるのは専門分野も生き方もまったく異なる人たち。お互いにそれぞれの考え方があり、相容れない部分もたくさんあるけれど、ものづくりという一点においては全員で集中することができる。その面白さをぜひ味わってほしいと思います」

※インストール不要だが、その都度通信が発生するブラウザゲームに対し、モバイル端末に直接インストールするネイティブアプリは、動作が速く、コンシューマーゲームのようなリッチな表現を可能にする。

美大時代、森先さんが「商業作家になります」と口に出したとき、どこか周りからは下に見られたといいます。しかし森先さんの中では、「ファインアートを学ぶこと」と「企業で働いてお金を稼ぐこと」は、何の違和感もなくリンクしていました。就職へのネガティブなイメージなど、一切なかったそうです。

実際、美大時代に「絵を描いていて楽しい」と感じた気持ちと、今「仕事をしていて楽しい」という気持ちにまったく変わりはないといいます。むしろ、お客様の反応や自身の知名度、収入、人脈など、得るものがとても増えた分、やりがいのスケールは比べものにならないそうです。

今、スマートフォンゲーム業界を筆頭に、ファイン系美大生の持つスキルが企業に求められ始めています。このタイミングに、上場企業取締役としてクリエイティブに生きる森先さんの人生を、ぜひ一度自分の将来と重ね合わせてみてください。


現役美大生が、森先さんに質問をぶつけてみました!

――就職に向けてファイン系学生が意識しておくことはありますか?
美大は思っている以上に閉じた世界。社会に出たら、美大出身者なんてほとんどいません。特にファイン系学生に足りないのは社会性だと思いますので、在学中にチームでなにかをしたり、一般大学生と交流したりしておきましょう。

――ゲーム業界を目指すためにやっておくべきことありますか?
デジタルツールが必要になりますが、それも画材の一つに過ぎません。どんな画材を使っても同じクオリティの絵が描ける基礎画力を身につけることが大切です。


  • このエントリーをはてなブックマークに追加

STUDENT WRITER

partner news / partner news

PARTNER編集部より、美大生や卒業生にオススメのニュースを配信しています。展示情報やイベント情報、学校や学生にまつわる情報を提供します。