「自然と共に生きている世界観が好きなんです」と、スクエアエニックスのアクションRPG「聖剣伝説」を評する清水。「基本的に人に興味がないのですが、実はひとりだけ学生時代の友達、サカタくんには興味があります。サカタくんは、とにかくいろんなことに疑問を抱く人でした。お茶を飲んで『なんでこのお茶、こんなおいしいんだろう』って突然言い出すような人。あと、お金がないのにネット通販で服をよく買っていた、オシャレな人で…そしてパソコンが好きな人でした(笑)」
何故にパソコンが好きだった、というくだりで清水が吹き出したのかがわからなくて、考えあぐねていると、よく似たシチュエーションがフラッシュバックした。それは、幼い子どもと話しているときの風景。「今日ね、お友達のさっちゃんがね、チュピプワヴァァーだったの(笑)」みたいなフリ。大抵の場合、チュピプワヴァァーは、説明を求めて理解できるものではないのだけれど、そのときの子どものテンションとピュアに面白がっている空気を、相手は察知して、一緒に笑ってしまうやつのそれが、さっきの「パソコンが好きな人でした(笑)」と同じだと感じた。もっというと、さっちゃんの話をしている子どもの、さっちゃんへの興味指数が実は高くないように、清水もまた、サカタくんへの本質的な興味指数は、本当は高くないのだろう。でも、さっちゃんのチュピプワヴァァーにあたる抽象的かつ魅力的な概念がサカタくんには存在し、その部分を清水は愛でているのだろう。
オトナになってからのコミュニケーションは、互いの知ったかぶりで成り立っている。あの人はきっとこのように考えている。あの人はじぶんのことをあまりよく思っていないに違いない。私は相手が思っている以上に相手のことが好きである、というようなお約束。そのフォーマットは、当たり前といえば当たり前なのだが、それらをスルーして、より本質的かつ抽象的な人の魅力部分だけにフォーカスして接してしまうのが清水なのである。
往々にしてそんな人間は、空気読めないダメなやつというイメージになりかねない。だが、清水にはそんなイメージはない。コミュニケーション感覚の一部の領域に手付かずの自然があるという表現がいいのかもしれない。自然は、マクロで捉えると優しく、生命の宝庫であるが、ミクロでみると残酷で、生物の生死が日々繰り返される世界である。清水は、空気を読むことなんて考えずに、時に残酷な自分の感性と対話することができる人なのである。それは、言い換えれば純な「子ども」であり「アーティスト」である。
そんな感性を持つ清水の仕事には、その色使いやテクスチャー、コラージュのセンスの良さから教育関係の仕事が多い。清水はどんな教育コンテンツの未来を見ているのだろうか。「うーん。わからないですね(笑)ある教育のテーマがあって、それをどう伝えるかという基本的なオーダーは、今も、今からも変わらないと思いますし、テーマ自体は僕が決めることではないので、いただいたオーダーに対して答えを出していきます。ただ、明確なオーダーがなく、表現をお任せいただいて自分が制作するものとしては、今はこれまでと同じアウトプットのアプローチではダメだと思っていて、新たな視点を入れなきゃダメだと思います」
「僕の表現のひとつであるコラージュは、例えば鉛筆で絵を描くといった他の表現手法より抽象性が高いんですね。課題解決じゃなくて『どうぞ好きに表現してください』というオーダーがあれば、今、自分が興味あることで構成します。今いいと思っている色とか形とかそういうものです。なぜこの色なのかとか、どうしてこの形を配置するのか、自分のどういう記憶や知識とむすびついているのか、なんてことまで考え始めるとものが作れなくなっちゃうんで(笑)ものを見た時に抽出される、いいなと思った要素を感覚的にピックアップして構成するようにしています。具体的には頭の中に真っ白なキャンパスがあって、そこにいろんなパーツが置かれていって仮構成した世界を基に、手を動かすというような感じです。おもしろいんですが、コラージュは自分の気持ちが入れば入るほど出来上がりが悪くなっていくんです。気合いを入れてつくったものほど自分では気に入らない(笑)できあがったものを客観視して、解釈の余地がないものは嫌いなんですね。別の言い方をすると、気合を入れてつくったものには余白がないので、あんまり好きじゃないんです。ただ、この気合が入ったものを、気に入っていただく方もいらっしゃいます。緊張感があっていい、とか言ってくれて。だから正解はないのですが、個人的にはちょっと抜けている世界が好き。難しいですね(笑)」
人にも自分にも「わからない余地」を残したい。全てにピントがあって、全てが具象になったら、そこへの清水の興味は消え失せる。清水はそのわからない余地のことを「おもしろい」ではなく「おもろい」と表現する。「おもろい表現」「おもろい人」「おもろい仕事」。それに出会うこと、そのような状況を作り出すことが、清水の仕事の理想なのだ。
「それはそうと、目標がありまして。僕、音楽フェスに出たいんです。50歳までに」と清水。
「それはバンドなどを結成してということですか?」と問うと、「いえ。形問わずに出たいです。例えば、自分のパートがない時に拍手している人とかで、ステージに出たいです」
元FUNKY MONKEY BABYSのDJケミカルさんみたいな?と返すとポカンとしていた。
そんな清水の直近のもうひとつの目標は「何かを人に伝えるとき、いつもより2.5倍わかりやすく伝えること」だと胸を張る。現状、従来比2.5倍は達成したかという質問に対しては、しばらく考えた後「0.9倍くらいです」とハキハキと答えた。かっこいい。またね!
Interview & Photo : 熊野 森人
清水 貴栄 Takaharu Shimizu
アートディレクター / 映像作家 / コラージュ作家
Art Director / Film Director / Collage Artist
1987年長野県松本市生まれ。武蔵野美術大学を卒業後、DRAWING AND MANUALを経て、独立。教育番組のパッケージデザインや、アーティストのミュージックビデオ・舞台演出、大手企業のTVCMからコンセプトムービーまで、デザイナー視点ならではの映像演出と、独特な色彩感覚を活かしたアートディレクションで作品を作り続けている。また、コラージュ作家としてオリジナル作品を発表し個展を開催、ワークショップを日本各地で開催している。
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