私がスウェーデンに住む「ほっこり」じゃない理由

スウェーデンといって思い浮かべるものとはなんでしょう?IKEA、H&M、Volvoといった世界的大企業、社会保障が充実した福祉国家、ノーベル賞、ABBA、テニスのボルグ、サッカーのイブラヒモビッチ。そして美大生ならおしゃれな北欧デザインが頭に浮かんだ人も多いはず。温かみがあり清潔感のあるインテリアと可愛らしいアンティークや工芸品からイメージされるスウェーデンは、さぞかし「ほっこり」したものかと想像します。また、医療や介護、教育制度が整っていて、環境先進国でもあるスウェーデンに住む人々は、それはそれは「ハッピー」なのかと更に想像します。しかしながら、スウェーデンも同じ地球上の国、住む人々も同じ人間なわけであって、ただのんびりと可愛いものに囲まれながら「ハッピー」に生きているのではないのです。今回は、私がスウェーデンに留学した経緯と住み続けている理由を「ほっこり」ではない視点からお伝えします。

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なぜスウェーデン?留学先を選んだ経緯

この夏でストックホルムに移住して7年になります。
留学がきっかけで渡瑞し、最近やっとアーティストとして地に足がつき始めていると実感し始めている、といったところです。


  • 水の都ストックホルム

今でもよくスウェーデン人に聞かれる質問があります。
「何故スウェーデンで勉強しようと思ったの?」
その度に私はその解答に悩みます。
私が留学を意識し始めた2000年代半ばの日本ではまさに北欧ブームの幕があがるといった時節だったのですが、北欧のほっこりライフなどすっかり頭になくスウェーデンに来た私。
「英語で学べて、学費が無料で、工房の設備が整っていたから。」と正直に答えると、決まって相手はポカーンとした顔をするので、
「あ、でも最初はそういう実用的な理由だったけれど、スウェーデンでの生活が肌に合っているから住み続けているんだよ」と補足して場をなごませるようにしています。(注:2012年よりEU圏以外からの留学生には学費が課されることになりました……)

失礼極まりないのを承知で言うと、私はスウェーデンに憧れて留学を決めたわけではありませんでした。
特にスウェーデンのアートやデザインに惹かれたわけでも、「長くつ下のピッピ」の熱狂的読者だったわけでも、ABBAの音楽に聞き惚れたわけでも、イブラヒモビッチのファンだったわけでも、IT先進国の恩恵を授かりたかったわけでも、北欧アンティークと共に洒落た生活を送りたいと意識が高かったわけでも、なかったのです。

当時は英語を習得するだけでも右往左往していたのに、今更第三言語などもっての他だと、英語で勉強できる美大の大学院を探し、そんな中で学費がリーズナブルな学校を選び、(母国語が英語であるイギリスとアメリカの学費がはなはだしく高いので、ここでかなり数が絞られます)当時テキスタイルを学んでいた私は、制作を続けるには設備が肝心だと思い、実際に学校を訪問して、どういった技術での制作が可能かを確認し、最終的に受験する大学を決めました。


  • 私が幸いにも(補欠)合格した学校、コンストファック。元はエリクソンの工場だった校舎。

卒業後も住み続けている理由

さてここから本題。
コストパフォーマンスが最適だった留学を終えてからも、私がスウェーデンに住み続けている理由。
この7年間、幾度も「日本に帰りたい」と思ったり叫んだりしてきたけれど、何が私をスウェーデンに引き止めるのか?

それは
「ほっこり」していない女たち
なのです。
もちろん理由は一つだけではありません。こちらで結婚もしましたし、仕事もしています。ただ、「住む」ということに限っていうとなると、やっぱり彼女たちの存在が一番の理由になるかと思います。

何故私はここに来てからスウェーデンの女性たちに感化され続けているのか?
彼女たちは、強いけれど優しくて、自立しているけれど可愛くて、物腰は柔らかいけれど決して「ほっこり」はしていません。
仕事もプライベートも充実している彼女たちは、私に生きる活力を与えてくれます。
そのスウェーデンの女性たちが「ステキ」な理由は、自分磨きの習い事やお肌の手入れに力を注いでいるからではないのです。
彼女たちが自発的に努力をして、社会に自分の声を届けようとしているからなのです。
自分の頭で考えて、自分の言葉で表現しようと勤しんでいるからなのです。

男女平等の先進国であるスウェーデンでも、残念ながら完璧な男女平等は実現されていません。それでも、女性の社会進出や政治参加の度合いは、日本のそれよりはるかに高いのです。
具体的には、
女性が子育てをしながら仕事でキャリアを積める。
企業に女性の幹部がいる。
女性議員の割合が半分以上。
「女だから」と言って見下されたり、「女だから」こうしなきゃいけないと言われることもありません。
女性だからといって我慢しなくちゃいけないこともありません。

実は私は6人の女性が経営する会社で働いているのですが、女性ならではの気配りが行き届いた職場でとても働きやすいと感じています。そして何より、仕事と家庭を両立させている彼女たちに毎日刺激を受けて働けることは何とも幸せなことです。


スウェーデンの女性が生き生きしている理由

ただこの女性としての「カッコイイ」生き方は、スウェーデンの女性が自動的に手に入れたものではありません。それは神から授けられたものでも、経済成長によって得られたものでもありません。それは紛れもなく、「フェミニスト」たちが自ら進んで声を上げて勝ち得たものなのです。

フェミニスト、というと日本では敬遠されるかもしれません。私も日本にいた頃はフェミニズムに関する知識はきわめて浅薄で、フェミニストには何となく攻撃的で怖いイメージがありました。男性を敵視して、女性らしくいることを受け入れない、そんなステレオタイプをもっていました。
しかし、こちらの美大の授業ではしきりにフェミニズムが話題に上がり、更にスウェーデンのフェミニストたちが、男性に対抗するのではなく知的に穏やかに自分たちの権利を主張しているのを見て、フェミニズムの重要性を身にしみて感じるようになってきました。
女性が先入観から解放され、人間としての当然の権利を享受する。その為に行動を起こすこと。
それがフェミニズムの定義であって、男性に反旗を翻すことが目的ではないのです。

スウェーデンでは、70年代のフェミニズム運動があってこそ、今多くの女性が高等教育をうけ、男性と同じ条件で働くことができ、出産後も保育園に子供を預けて職場復帰し、家庭と仕事を両立できるようになりました。また女性が性の対象物扱われることに対しても、批判的な目が向けられるようになったのです。

因みにですが、私自身もフェミニズムの思想に影響を受けてパフォーマンスをしています。
世界男女平等ランキングを読み上げながら縄跳びを跳んだり、男性オーディエンスに“カワイイ”ポーズをしてもらって集合写真を撮ったり、キティーちゃんを大人にさせようと試みたり......


  • 撮影:Sonia Firej

  • 撮影:Julia Kurek



ある女性との出会い

そんな中、自分も三十路を越えて女性としての生き方をより現実的に考えるようになったのと、昨今の日本の女性の状況について疑念を感じていたのもあって、スウェーデンのフェミニズムについてもっと知りたいと思っていた矢先のこと。
たまたま仕事先で出会った女性が生粋のフェミニストで、しかも78歳。聞いてみると、70年代にスウェーデンで一斉を風靡したフェミニスト集団「Group 8」の活動にも関わっていたのだとか。
これはスウェーデンが今の環境を手に入れたリアルな経緯が聞ける絶好の機会!だと思い、後日改めてご自宅を伺うことに。というわけで、次回はアグネータさんとのインタビュー模様をお届けします。
余談ですが、このアグネータさん、初対面の時点では随分と辛口発言をするので少し戸惑っていたのだけれど、話していくうちに面白くて会話が止まらなくなり、結局3時間ノンストップでお喋り。後から、「最初に過激なこと言ったのは、貴方を試すためだったのよ〜」と可愛い笑顔。


彼女にはほっこりのほの字もないけれど、話をしていて凄まじいエネルギーと共に寛大で温かな人柄が垣間見られて、これまた私は心をぎゅっーと掴まれるのでした。
(続)

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OTONA WRITER

HIROKO TSUCHIMOTO / Hiroko Tsuchimoto

1984年北海道生まれ。ストックホルム在住。武蔵野美術大学卒業後、2008年にスウェーデンに移住。コンストファック(国立美術工芸デザイン大学)、スウェーデン王立美術大学で勉強した後、主にパフォーマンスを媒体に活動している。過去3年間に、13カ国52ヶ所での展覧会、イベントに参加。昨今では、パフォーマンスイベントのキュレーション、ストックホルムの芸術協会フィルキンゲンで役員も務めている。