テーマは「アート」+「損失」?!シンガポールのアートフェスレポート

こんにちは!シンガポール在住4年目、キュレーターの得本真子(写真家)です。 今年1月14日~24日にシンガポールで『M1 Singapore Fringe Festival』が行われました!社会的な作品に取り組むことで知られている劇団「The Necessary Stage」が、シンガポールの通信会社「M1」とタッグを組み2005年から始めたこのフェスは、今年で11回目。毎年ユニークなテーマを掲げており、今年は「ART+LOSS」でした。 今年のフェスでは、シンガポール人はもちろん世界8ヶ国から集まったアーティストたちが、18のイベントを作り上げました。[LOSS(損失)]という言葉から、世界のアーティストたちはいったい何を生み出すのか?シンガポール国立博物館で行われていたプログラム「フリンジ・ギャラリー」に行ってきました!

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1.アートの中でリラックス『WHERE THE HEART IS』

アシャ・ビー・アブラハムさんはオーストラリアのメルボルンで活動をしているシンガポール人。アーティストであり、人間生態学者でもあるアシャさんは、「人と人との繋がり」にフォーカスを当て、研究をする中で作品を生み出しています。彼女は、今回の作品を制作するにあたって、故郷であるシンガポールに赴きヒントをつかんだそうです。

この作品のおもしろい点は、鑑賞者が彼女の作品の中で”過ごすことができる”ということ。落ち着いた照明のゆったりしたリビングには、大きなソファーがおかれ、ラジオからジャズが流れています。筆者は、まるで彼女の家に忍び込んでしまったような錯覚を覚えました。

引き出しの中やテーブルの下など、あちこちに工夫が凝らされており、ビジターの好奇心をくすぐります。そして、ソファの横にはティーセットが用意されており、ゆっくり腰をおろしてティータイムをすることもできます!

テーブルの上には、紙の家を作る簡単なワークシートが置かれておりました。ランプシェードのあたたかい明かりの中、紅茶を飲みながらワークシートを進めていると、「作品を見る目」でいた筆者も、いつしか自分の心の中にある家について思いを馳せていました。小さい頃に育った丘のに建っていた家......、上京して人暮らしを始めた家.....、.懐かしく、切ない気持ちになります。

私たちは生きる中で様々な思い出を「LOSS」してきたように思います。しかし、「それは損失ではなくただ忘れているだけなんだよ、また思い出そうよ......」といった言葉をアシャさんが伝えようとしているのでは?と感じました。

できるのであればあと1時間ほど、この作品の中でお茶を飲んでいたい気分でしたが、次のビジターさんが現れたため、そそくさとアシャさんの家をあとにしました。



2. 空中に漂う写真たち『FADE…』

天井から吊るされ、ゆらゆらゆれる無数の写真たち。これを制作したタン・ネグラップ・ヘンさんは、工学博士であり写真家として活動をしているシンガポール人です。彼は1999年から写真を志し、Nternational Photography Award 2007やPDN Photo Annual 2008といった様々な賞を受賞している人気の写真家です。

今回、タンさんが出展した作品はなんとすべて「iPhone」で撮影したものだそう。そして、なんと気に入った写真は持ち帰ってもよいというのだから驚きです!

おそるおそる、作品を傷つけないように彼が切り取った日常の思い出たちの中を進んでいくと、マットな紙に淡い色で印刷された彼の日常がじわっと心に染みこんできます。日々の中で気になったであろう面白い被写体や、家族を写した「記録写真」が、「アート」に変換されて空中に漂っていました。

作品の横には、「What would you want to remember forever?」と掲げられたボードがあり、ビジターが意見を自由に貼り付けることができます。実は、彼の父親は2010年に脳卒中で倒れてから物忘れがひどくなってしまったそう。歳月を重ねるにつれていつかは色あせるであろう日々を記録する事は、彼にとってとても大切なライフワークかもしれません。

また、タンさんはシンガポールでの写真教育にも力を入れているグループ「Photovoice SG」の創立メンバーでもあり、ワークショップや撮影会などを企画しています。彼のポートフォリオはこちら(www.thepond.com.sg)で楽しめますよ。




「ART+LOSS」というテーマだったため暗い印象を持っていましたが、見事に良い方向に覆されました!ワークシートやポストイットなどビジターも参加できるツールを使い、より作品について理解を深めてもらい、効果的に訴えかけようとする工夫が印象に残りました。

ただ、このギャラリーで行われていた3つ目の作品もとてもユニークなものでしたが、残念なことに設営があまりよろしくなかったため、今回紹介するには至りませんでした。シンガポールで行われるアート系の展示会では、雰囲気づくりをあまり重視しておらず、「鑑賞に集中できないなあ」と感じてしまうときがあります(工事中のコーンで作品を仕切ってあったり、粘着テープがはみ出ていたり等)。どんなに濃い作品でも、展示方法によって作品の印象が大きく変わってしまうという事を実感しました。

開催期間が終わり、2016年1月13日~24日に行われる来年のテーマが発表されました!次回は『ART & THE ANIMAL』。一体どんなアートが飛び出してくるのか、今から楽しみです。このフェスティバルは毎年世界中からの参加者を募っており、複数の日本人アーティストも出展した過去があります。



参考
『M1 Singapore Fringe Festival 2014』お申込みページ
http://www.singaporefringe.com/fringe2015/selection-proecss.html

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OTONA WRITER

得本真子 / TOKUMOTO NAOKO

日本工学院八王子専門学校および東京工科大学メディア学部卒。シンガポール5年目の写真家&ウェブデザイナー。DTPデザインもやってます。ポジティブなアートが大好きな奄美出身の変わり者。過去にクラウドファンディングサイトCAMPFIREにて資金を集め、個展を開催したことも。 なんでもやりたい、なんでも好き!な自他共に認める(オタク)です。