2015年、全国広報コンクールで内閣大臣賞を受賞し、日本一の広報誌に輝いた「広報みよし」。未経験から独学でデザインを学んだ現役公務員の佐久間智之さんがひとりで発行していることでも話題を呼んだ。現在、モリサワに民間出向中だという佐久間さんが、"Student Freepaper Forum 2018"にて、トークセッションに登壇。「なるほどデザイン」著者の筒井美希さんを聞き手にむかえ、日本一の広報誌のヒミツを明らかにしてくれた。
佐久間さん:はじめまして。埼玉県の三芳町で公務員をしている佐久間です。「広報みよし」という埼玉県三芳町の広報誌をつくっていて、2015年に全国広報コンクールで内閣総理大臣賞をいただきました。以来、日本一の広報誌をつくるスーパー公務員ということで書籍を出したり、講演に呼んでもらうようになりました。
筒井さん:これはデザインから写真まで全部佐久間さんが?
佐久間さん:そうです。企画から撮影、ライティング、デザインまで全部一人でやっています。あとは、若い人に興味持ってもらうために、ARで写真が動いているかのような仕組みを取り入れたり、ハロー!プロジェクトと一緒にとイベントをとコラボしたりもしています。
筒井さん:とても公務員らしからぬプロフィール写真ですね(笑)。
佐久間さん:公務員らしくないとはよく言われます(笑)。簡単に筒井さんの自己紹介もお願いできますか?
筒井さん:株式会社コンセントの筒井です。「なるほどデザイン」という本を出してからイベントに登壇させてもらう機会が増えてきましたが、普段はアートディレクターとして働いています。元々は武蔵野美術大学で編集デザインを専攻していて、キャリアのスタートもエディトリアルデザインでした。ただ、コンセントはコミュニケーション全体をデザインする会社なので、気づいたらデジタルの仕事も増えていますね。
広報誌はラブレター
佐久間さん:今日は僕が考える「良いデザインの考え方」を学生の皆さんにお伝えしたいと思っていますが、いま正に筒井さんが仰られたように、コミュニケーションをデザインするって大事ですよね。要は、つくって終わりではなくて相手にどうやって届けるかまで考えることだと思うのですが、例えばラブレターを一生懸命書いても読んでもらえなかったら意味ないじゃないですか。詰め込みすぎちゃって読まれないというのが自治体の広報誌がやりがちなことなんです。
筒井さん:確かに、ポストに届いても読まずに捨てちゃってます…..
佐久間さん:いわゆる広報誌ってこんな感じですよね。でも、文字だけじゃ読んでもらえないと思って、僕が変えたものがこちらです。18歳から選挙できるよってことを若い人に伝えたかったので、若い人に出てもらうことと、漫画テイストにしたら読んでもらえるかなと。
筒井さん:すごくメリハリがあります。真ん中だけはぱっと見で気になるから読んでみて、そのあと上と下を読み進めてみようかなという。
佐久間さん:あと、写真に写ってる彼らは三芳町の淑徳大学の学生さんなんです。
筒井さん:大学生の間でも、「広報誌に載ったよ!」って、そこから読者も広がりそうですね。
佐久間さん:自治体広報誌なので、淑徳大学という三芳にしかないオンリーワンを探して載せています。もう一つ事例を紹介しますね。実はこの人、モデルさんじゃなくて、三芳町の農家さんなんです。
佐久間さん:三芳町が好きすぎて、三芳の野菜に囲まれて結婚式をしたいと言って撮った写真なんですけど、よく見ると髪飾りとブーケが全部野菜でできてるんですよ。こういったオンリーワンのネタを取り上げていくことで、住民の方の行動変容につながると。だから、広報誌と同じようにフリーペーパーもラブレターだと思ってもらえれば、大学愛が増えたりするんじゃないかなと思います。
筒井さん:まさにその通りだと思います。最近デジタルの仕事も増えていると言いましたが、つくることが目的じゃなくて、伝えることが目的なので、ちゃんと読んでもらえたり、そこから考えてもらうことが大事だなと思います。
佐久間さん:つくることはあくまで手段ですよね。目的を明確化させないと自己満足のフリーペーパーになっちゃうのかなと。実は、ぼくも自己満足に陥っていた黒歴史時代があって。そこまでページ数がないのにインデックスをつくったり、カッコいい系のレイアウトにしたり。極めつけは、若い人に手に取ってもらいやすいかなと思って、タイトルを「みよし」から「MIYOSHI」に変えたんですけど、すごいクレームがきたので表はローマ字で裏は平仮名っていう両開きにしていたっていう(笑)。
筒井さん:変わった感は出ますけどね(笑)。
佐久間さん:右が今の誌面なんですけど、何が違うかというと、正面の写真をあえて使うようにしました。「読者と会話ができる広報誌」を目的にして、読者の方と目が合うことを意識したんですよ。
筒井さん:デザイン的にはどちらも悪いものではないですけど、目的が明確になるといいですね。出てる人もバリバリカッコつけたいわけじゃないかもしれないですし。
レスポンスの測り方
佐久間さん:目的が決まってくると、実際どうだったのかっていうレスポンスが気になりますよね。ぼくも住民の方の反応は気になっていて。
筒井さん:でも、レスポンスを知るのって結構難しいですよね.…… 特に、雑誌だと業界の人同士での間接的な評判とかになっちゃうのがもどかしいなというところで。
佐久間さん:「広報みよし」だと二つポイントがあって。一つ目は町内のこどもの写真を募集して巻末に掲載しています。おばあちゃん、おじいちゃんがそれを楽しみに毎月もらいにきてくれるので、その時に感想を聞いたりします。二つ目はクイズをやってるんですよ。アンケートに答えてくれた人に抽選で地域の商品の引換券を配っています。地域活性化にも繋がっていて、商品をあえて送らずにそれを持ってお店まで行ってもらうというデザインです。
筒井さん:読者が絶対お店に行けるところに住んでいる自治体の広報誌だからこそですね。直接行けた方が読者もお店の人も嬉しいでしょうし。
佐久間さん:手紙で感想を書いて送ってくださる人もいます。あと、障がいを持った方が働いている喫茶店を取材したときに、掲載をみた保護者の方が「うちの子がこの輪の中に入ってる夢を見たからここで働かせたい」と言ってくださったことがあって。いま、本当にそのお子さんがお店で働いてるんですよ。実は、この写真は、最初表情の固いものしか撮れなかったので二週間通って心の距離を詰めた結果撮れたものだったんですね。
佐久間さん:住民の方の心を動かすレスポンスっていう意味では、写真って想いを持ってやらないと結果でないなあと思いましたね。他にも、以前取材させてもらった認知症の方が最近亡くなったのですが、遺影に使いたいと言ってもらえて。町の広報誌が目的通りコミュニケーションを取れる媒体になってるから、いい反応をもらえてるんじゃないかなと思います。要は、骨組みじゃなくて、しっかりとコンセプトのあるものを作らないと、レスポンスがこないのかなというところでこの話をさせていただきました。
フォントの重要さ
佐久間さん:続いて実際に紙面をつくる時の話をしようかなと。ぼくフォントって大事だと思ってるんですけど、筒井さんは気にされますか?
筒井さん:そうですね、書籍を元々やりたかったこともあって、大学時代は好きな本の書体と本組をその本のストーリーに合わせて違うものにしていくってことをやってました。でも、仕事を始めると自分が使いたいものを使うというよりは、その媒体によった書体を使うことになるので、限られたフォントをどううまく使えるかという観点で考えることが多いですね。
佐久間さん:うちは年配の方もみている媒体なので、特に級数に気を使うんですね。実際、初年度には読みにくというクレームが沢山来ちゃって、翌年モリサワのUD書体(ユニバーサルデザイン書体)に変更しました。筒井さん、この三つだとどれが読みやすいですか?
筒井さん:読みやすさでいうと一番左ですね。
佐久間さん:ですよね。左がUD書体なんですけど、他の2つと級数は同じなんですよ。内容も級数も同じなのに、フォント一つでこれだけ見やすくなるっていうのはレイアウトデザインにおいてかなり大事ですよね。デザインの幅も広がるので、あるページが以前12コンテンツだったところ、17コンテンツも入るようになりました。情報量も増えて、読みやすさもある。ここまでやって初めて苦情がなくなりました。
こちらは、文字にウェイトを置くことは重要だっていうことで、今日のためにつくってきたんですけど。初期のドラゴンクエストで復活の呪文入力したことある人っていますか?ファミコンにメモリーカードがなかった時代、少年少女たちはこの呪文を紙にメモして、プレーを再開するときに一個づつ打ってスタートしていたんです。
筒井さん:スマホで写メも撮れないですしね(笑)。
佐久間さん:これは有名なパスワードなんですけど、落とし穴があって、一個だけ「べ」があるんです。少年少女たちは、「ぺ」と「べ」を書き間違えて、数時間したプレーが無駄になってしまうと。ぼくはこれを失われた日本の時間くらいに思ってるんですけど、これをUDにすると……
佐久間さん:一目で「べ」がわかりますよね。だから、もし当時UD書体が日本にあったら、あのとき失われていた日本の時間が取り戻されていたかもしれない……っていうくらいに書体が重要ですよってことを言いたくて、無駄にがんばってつくっちゃいました。
筒井さん:こうやって見比べるとすごく差がわかりますね。
佐久間さん:あと、紙面の雰囲気にもフォントってすごく影響しますよね。これ見比べていただきたいんですけど、左がモリサワのA1ゴシックで、右がA1明朝といって、広告やオシャレ雑誌の見出しなどでもよく見かける書体です。
筒井さん:私、このフォント好きなんです。この後の講演のスライドはA1ゴシックで作りました。
佐久間さん:“墨だまり”があっていいですよね。
筒井さん:“墨だまり”ってみなさんわかりますか?
佐久間さん:あ、意外とみんな知らないですかね。
筒井さん:昔、金属活字で印刷してた時代の文字って自然と交点の部分が丸くなるんです。そのインクが溜まってる部分を再現したがA1書体で、デザイナーから人気なんです。A1明朝は、私も新人の時から何かしらの媒体で使ってました。そのゴシック体が最近出たんですよね。
佐久間さん:ぼくもA1書体は重宝してて、特集のクレジットはほとんどA1ゴシックですね。同じ写真、文字の時でも書体を変えるだけでこんなに変わる。やっぱり書体の住み分けというか、料理と同じでどのスパイスをしたら一番美味しいかというふうに、書体によって味を変えるってことかが大事かなと。
筒井さん:「広報みよし」が、全部MSゴシックと明朝で作られてたいら絶対こうはならないと思うんですよ。一般に書体の名前を言える人ってそんなにいないと思うんですけど、印象の違いはおじいちゃん、おばあちゃんでも明確にわかるので、なんとなく出てしまう感じられるプロっぽさは書体が醸しているものはすごく多いんじゃないかなと思います。
佐久間さん:そこがフリーフォントと有料フォントの違いですよね。こういうのを使うことがプロへの第一歩なんじゃないかと思います。
筒井さん:何よりフォントをいろいろ使ってみると楽しいですしね。
佐久間さん:ということで駆け足でしたが日本一の自治体広報誌の裏側がちょっとでもお分かりいただけたでしょうか。
筒井さん:すごく、自治体広報誌の目的に合わせて作られているなっていうのがよくわかりました。同じところに住んでいる人だからこそできるコミュニケーションや次の展開っていうのがちゃんと入ってるんですね。「日本一」って羨ましい。
佐久間さん:これからフリーペーパーをつくる時の参考にしてもらえると嬉しいです。ありがとうございました。
会場からの万雷の拍手で締めくくられた公開トークショー。佐久間さんと筒井さんの軽快な掛け合いのなかテンポよく進んだトークの最中では、頷いたり熱心にメモを取る学生の姿も見られ、参加者は多くのヒントを得たようだった。
制作者と読者の交流
"Student Freepaper Forum"は、全国の学生フリーペーパーの制作者と読者が一堂に会し、交流をはかることを目的としたイベント。佐久間さんトークショー以外にも、博報堂ケトル代表・嶋浩一郎さんと学生の座談会や、筒井さんのワークショップ付き講座、過去最多となる108の団体によるブース出展など豊富なコンテンツが揃い、フリーペーパーや雑誌制作に興味をもつ1,000名超の来場者が足を運んだ。
当日は、フォント好きの現役学生から構成された「モリパス部」のメンバーが共同で企画運営を行う「FONT SWITCH PROJECT」もブースを設置。独自に発行している、フォントの感性を”ON”にするフリーペーパー「FONT SWITH MAGAZINE」の第三弾を出展した。
ブースで対応をしていたモリパス部の学生メンバーに話を聞くと、「はじめて手にとるという方が多かったのですが、面白いフリーペーパーだねと褒めてもらうことが多くて。普段は周りの友達からしか感想を聞けないので、来場者の人から直接そういった声をいただけたのがとても嬉しかったです。」という感想が。
フリーペーパーを作る学生、プロとして編集に携わる編集者、表現物を愛する読者などが一体となり、シンパシーを共有できるコミュニティ感に包まれつつ、"Student Freepaper Forum"は幕を閉じた。2019年度も開催を予定しているそうなので、今回参加できなかったという方も次回は足を運んでみては。
[Student Freepaper Forum 2018]
・開催日:2018年12月2日(日) 11〜17時
・開催場所:テラススクエア/神保町三井ビルディング
・出展団体数:108団体
・来場者数:約1,100名
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