アーティスト・イン・レジデンスを数多くの事例を交えて考える。AIT主催のイベントを潜入取材

これからのアートが生まれる場づくりと、それを人々に伝えていく仕組みづくりに取り組む「NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]」。2003年から、海外のアーティストやキュレーターを日本に招聘しながら、国内のアーティストやキュレーターを海外に派遣するレジデンスプログラムを推進してきたAITが、この秋、アーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)についてトークイベントを開催しました。イベントには都内近郊でAIRを行う関係者やアーティストなど4名が登壇し、海外/国内の事例を踏まえながら、AIRのメリットや活用方法などについて考えました。イベントの一部始終を紹介します!

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異国で作品を制作。アーティスト・イン・レジデンスのメリットを知る

社会の急激な変化とともに、アートの表現も大きく変化した20世紀。それまでのジャンルの壁は崩れ、美術館やギャラリーだけではとらえきれないほどに表現は多様になってきました。
「芸術は、情報テクノロジーや移動手段が発達した時代に対応していく新しいシステムを必要としている」。そんな思いから、軽やかにフレキシブルに、これからのアートが生まれる場づくりと、それを人々に伝えていく仕組み、アートに興味を持つすべての人が立ち寄ることのできる”プラットフォーム”づくりに取り組んできたのが、代官山を拠点とする「AIT/エイト」です。



2001年の設立から展覧会の企画・運営、現代アートの理論や実践について学ぶ教育プログラム「MAD」に加えて、2003年からは、海外のアーティストやキュレーターを日本に招聘しながら、国内のアーティストやキュレーターを海外に派遣するAIRを、東京を中心とした様々な場所で行ってきました。

 


  • 「MAD」の新プログラムはまもなく発表される。

 
そして今回、このAIRに着目した「MAD」の特別講義「ツールとしてのアーティスト・イン・レジデンスプログラム」が開催されました。AIRにおけるお金の仕組み、設備、受け入れ条件などは、各制度によって異なると言われていますが、実際はどうなのでしょうか? その実態について、AITの堀内奈穂子さん、レジデンス制度をもつトーキョーアーツアンドスペースの鈴木祐子さん、Art Center Ongoingの小川希さん、そして実際にレジデンスに参加したアーティストの井出賢嗣さん、東京にレジデンスで滞在しているスウェーデン出身のアーティスト、イルヴァ・カールグレンさんがプレゼンテーションを行いました。



ニューヨークから未開のジャングルまで。世界で人気のAIRを紹介。

AITのキュレーター、堀内奈穂子さんの発表テーマは「表現ツールとしてのAIRの有用性」。AITの一番のメリットは「専門的な支援を得られること」だと堀内さんは言います。たとえば、渡航費、日当、制作費、リサーチ費といった金銭面での支援。そして、展覧会ができるような施設と一番のメリットとして専門的な知識や、現地での豊富なネットワークをもつスタッフのサポートといった人的支援もそこには含まれ、それらによってアーティストは異国でスムーズに自らの創作やリサーチに専念することができます。
特徴あるプログラムゆえに、非常に高い競争率になる世界のAIRから、とくに際立った6つのプログラムが紹介されました。
 


  • AITの堀内奈穂子さん

 
堀内さんがまず紹介するのは、長い歴史を持つAIRプログラムである「Rijksadademie(オランダ国立芸術アカデミー/ライクス・アカデミー)」。版画や陶芸のための大規模な工房はもちろん、最新の映像設備まで備えるこのAIRは、毎年世界から1500〜2000人の応募が集まるのに対し、選ばれるのは25人という狭き門。過去には日本人アーティストの小泉明郎さんが滞在したこともあるこのAIRを、堀内さんは「リサーチ、ネットワークづくり、資金的サポートなど、あらゆる面でアーティストの制作と理念を支えてくれる」と言います。

続いて、アーティストのみならずキュレーターも対象となるのが、ニューヨークの「International Studio & Curatorial Program(ISCP)」です。ISCPの特徴は、なんといっても、ニューヨークという場所ゆえに、名だたる美術館やキュレーター、関係者を通して世界のアートシーンに接続できること。キュレーターによるスタジオ訪問や著名なアーティストによるトーク、滞在者同士の議論の場と展覧会の機会まで、あらゆる可能性が提供されます。ここも毎年多くの応募がありますが、ISCPをはじめとするこれらのAIRは、アーティストやキュレーターが出身国の助成金を得て滞在することを求められるため、資金的なバックアップも必要になります。

そのほかにも、充分な陶芸創作の設備を持ち、コミュニティとの関わりも深く、豊かな視座をもった展覧会プログラムを行うロンドンの「Camden Arts Centre」、アーティスト、文学者、チェスの専門家、ビジネスなど多領域との交流を促し、堀内さんが常に参照しているというドイツの「Akademie Schloss Solitude」。ユニークなところでは、アーティストのリクリット・ティラバーニャが中心となり、建築、自然、食など「生活」に根ざした実験的な環境を考察するタイの「The Land Foundation」。そして、AIRの選考方法に、参加の動機をスマートフォンで撮影した動画と健康状態の提出が求められるというコスタリカの「Despacio」は、未開のジャングルで10日間過ごすことで、文化人類学、社会学に関心が高いアーティストにサバイバル能力も推奨し、AIRの概念をより拡張するプログラムです。

AITのAIRは、これまでにアーティスト、キュレーター、ライター、デザイナーなど幅広い専門家を受け入れています。その特徴は、教育プログラムとの連携、アジア、南米、アフリカ、中東など多様な地域性、さらには、一度レジデンスを行なったアーティストやキュレーターをふたたび受け入れることもあるという点。また、今年度はスコットランドのアートセンター「Cove Park」、佐賀県有田町で有田焼の職人や関係者の協力を得ながらアーティストが制作やリサーチに専念できる「Creative Residency in Arita(CRIA)」と協力し、複数都市と繋がり、あらゆるセクターが横断しながらリソースを共有したハブづくりも行っています。



未来のコラボレーターとの出会いも。協働と知の交流の拠点としてのTOKAS

次に、トーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)でレジデンス係長を務める鈴木祐子さんが登壇。「アーティスト・イン・レジデンスがもたらすチャンス」として、東京都の施設としてのTOKASがレジデンスを行う意味が語られました。
 


  • TOKASの鈴木祐子さん

 
まず、鈴木さんが説明するのはTOKASが掲げる3つのミッションでした。1つ目は、若手作家を対象とした公募展や現代美術の賞などを通した、新進・中堅アーティストの継続的支援。2つ目は、レジデンス・プログラムやその成果展などを通した、創造的な国際文化交流の促進。3つ目は、ジャンルを問わない企画公募「オープンサイト」のような、実験的な創造活動の支援です。

2つ目の「創造的な国際文化交流の促進」のために、TOKASがレジデンス・プログラムをスタートしたのは2006年。TOKASの前進である、トーキョーワンダーサイト(青山)での受け入れが始まりで、これまでずっと試行錯誤を続けてきたといいます。

TOKASが行うレジデンス・プログラムは、「海外クリエイター招聘プログラム」「リサーチ・レジデンス・プログラム」「国内クリエイター制作交流プログラム」「二国間交流事業プログラム」の4種類と受け皿の大きさが特徴。2018年の5〜7月にそれぞれのプログラムを利用したアーティストは国内外の14名で、カナダ、イギリス、アメリカ、ドイツなど、その国籍もさまざまです。プレゼンテーションやゲストを招待したランチ交流会などもあり、この滞在をきっかけにタイのアーティストとフランスの映像作家がコラボレーションを行うなど、「偶然が起こりやすい人数」だと話します。
 

 
TOKASのAIRで大切にしていることは、アーティストたちに作品の発表機会を与えること、そして制作するうえでのネットワークづくり。レジデンス成果展での発表をきっかけに、美術館での展示が決まるなど、実際に実績に直結する例も見られます。鈴木さんは「国外のアーティストがまとまった時間を使って東京に滞在することは、なかなかできないことだと思います。また、AIRに選ばれるということは将来のコラボレーターに会うことでもあり、他所での展示につながることもある。アーティストにはそういうチャンスをつかんでもらいたい」として、TOKASのAIRがひとつのチャンスとなるとともに、協働と知の交流がもたらされる拠点であってほしいと語りました。


Art Center Ongoingで起こる化学反応。AIRが新たな「コミュニティの起点」になる。

そして、「拡張するレジデンス」のテーマでプレゼンテーションを行うのは、吉祥寺のオルタナティブスペース「Art Center Ongoing」の代表・小川希さんと、アーティストの井出賢嗣さんです。2008年に民家を改装してオープンしたArt Center Ongoingは、若手アーティストが自由に実験的なことを行うことのできる、オルタナティブスペースの先駆け。オープンからこれまで公的な助成金などを受けず運営され、カフェの機能もあるこのスペースは、多くのアーティストの交流の場にもなってきました。
 


  • アーティストの井出賢嗣さん(左)とArt Center Ongoingの小川希さん(右)

 
Art Center Ongoingで2013年にスタートしたAIRは、アーティストが2ヶ月間近所にある住居に滞在し、最後に作品発表を行うというスタイル。選考には小川さんは一切関与せず、Art Center Ongoingにゆかりのあるアーティスト約10名が選考委員を務めるというユニークな方法をとっています。そして、レジデンスアーティストに提供するのは滞在先と最後の発表の機会だけ。「他のAIRと比べると提供できるものは少ないけれど、毎回100人を超える応募がある。それは、実際に東京周辺で作品制作を行い、第一線で活動するアーティストたちと日常の中で直接出会えるからだと思います」と小川さんはそのメリットを話します。週末はArt Center Ongoingで何かしらのイベントが行われ、カフェでもあるこのスペースは、いわばサロンのような役割をもち、友達のような関係性が成立しやすく、中にはAIRでの出会いを通して結婚をしたカップルも(!)いるのだそう。また、このAIRを通して、東京近郊を拠点とするアーティストの意識も海外に向き、「Art Center Ongoingが国際的な雰囲気になった」とその変化を説明します。
 

そのArt Center Ongoingが行うAIRの選考委員も務め、自身もこれまでマニラ、チェンマイ、インドネシアといったアジア諸国にAIRを通して滞在したアーティストの井出賢嗣さんは、現在の活動を紹介しながら、アーティストとしてAIRの新しい可能性を問いました。

井出さんは、自身がスタジオを構える相模原で「SUPER OPEN STUDIO」を2013年から毎年行っています。近隣に点在する24のスタジオと100名以上のアーティストが参加する大規模なオープンスタジオは、過去にAIRで滞在したインドネシア・ジョグジャカルタで影響を受けた「1人とつながれば100人とつながる」という現地のコミュニティのあり方から影響を受けています。また、歴史ある国際展「ミュンスター彫刻プロジェクト」から着想を得たという「Münster Sculpture Project in Sagamihara -さがみはら野外彫刻展2018」は、日本に滞在するオーストリア人アーティストも交え、アーティストが自費で行った野外展示です。そのネーミングや、公園の中に突如としてアーティストの小品が現れるという姿からも、一見するとユーモラスに感じられます。しかしその根底には、公的資金をもとに成り立つ近年のアートフェスティバルに対する批評的なまなざしや、創作活動の自立性なども見え隠れします。

これらの活動を紹介しながら、アーティストがAIRに参加する様々な動機のひとつに「キャリアを積んで成果を形成するための機会」を挙げ、それには国際的な展覧会やギャラリーを主体とした展示に繋げることに限らず、面白い既成事実をつくるという思考を示唆しました。「AIRは、特定の場所に滞在したことだけでもひとつのキャリアとして認められた時期もあり、その後の活動のステップアップを後押ししました。けれど、作品や活動を成果とした場合に、AIRの機能をもっと生かせるもう一つの経験やキャリアのあり方があるのではと思いました。ともすれば形骸化しつつあるその機能を、例えば現状に即して新しいアイディアをもとにした活動や展示を現地のアーティストとレジデンスアーティストがともに行うような方法も、AIRの新たな成果として意味を成し得るのではと考えています。アーティストである自分としては、成果のつくり方、機能のさせ方を含め、いまあらためてレジデンス機関とアーティストが一緒に課題などを共有しながら、プログラムの内容を再考することを強く望みます。」として、AIRを実際に経験してきた視点から、問題意識も投げかけました。
 


日常を離れ、現在地を見つめる。イルヴァ・カールグレンさんが語るAIRの魅力。

発表の最後を飾ったのは、AITのレジデンスアーティストとして東京に滞在する(2018年9月〜12月)イルヴァ・カールグレンさんです。スウェーデンに生まれ、ストックホルムを拠点とするカールグレンさんは、写実的な絵画を経て、2014年から抽象的な水彩画を制作。幾何学的な形のバリエーションによって「光」を追求するカールグレンさんに、AITの堀内さんが質問を行う形式でプレゼンテーションは行われました。

まず、カールグレンさんがAIRで日本に来た理由としては、過去に2度、日本に来たことがあること。そして、漢字に興味があったことなどを挙げました。「抽象から具体へと移り変わる漢字のプロセスに関心があり、実際に書道の研究をしています」というカールグレンさんは、ときには京都を訪れ、日本の伝統的な美術に触れる日々を楽しんでいるそう。このように、「東京を拠点に日本の様々な場所をめぐるアーティストはとても多い」と堀内さんは言います。
 


  • スウェーデン出身のアーティスト、イルヴァ・カールグレンさん

 
そして、ストックホルムではスタジオにこもってずっと制作していたというカールグレンさんは、AIRに参加するのは今回が初。「スウェーデンのスタジオから距離を置き、いつも自分のいる場所をあらためて見てみる。そこからどんなインスピレーションを得ることができるかということを知りたかったんです。一度まっさらな気持ちで情報を浴びて、自分に残ったものを作品に取り入れていきたい」と、AIRに対する意気込みを語っていました。



アーティストにとってひとつの大きな転機。AIRに必要な態度を知る。

最後の質疑応答では、会場から「どのようにAIRの作家を選んでいますか?」という質問が。これに対し、AITの堀内さんは「将来性をいかに見出すことができるか、そして、レジデンスだけではなく他のプロジェクトとどのような化学反応を起こすことができるか、違うプログラムからの目線も意識します」と回答。TOKASの鈴木さんは、「なぜTOKASのAIRを選んだか」ということを、プランも含めて熟読。Art Center Ongoingで選考委員を務める井出さんは、作品が第一、そして次に「自分を含めて、いかにフィードバックを生み出せるか」を重視しているとコメントしていました。

4名のトークの内容や質疑応答からもわかるように、AIRの特性や多種多様なAIRを「ツールとして」生かすためには、まずそれぞれの違いと長所を調べてみることが重要であるように感じました。そして、アーティストの井出さん、カールグレンさんのふたりから語られるエピソードからわかるように、AIRで必要なのは、滞在先で自分の活動へのメリットになるような要素を発見していく能動的な態度。それはときに、他者との意思疎通もままならない異国でより発揮されるもので、まわりまわって自分の作品に突破口のひとつになるのかもしれない。そんなふうに、アーティストにとってひとつの大きな転機としてのAIRの可能性を実感するイベントでした。



(写真:田川優太郎 文:堀添千秋 編集:上野なつみ)

参考:文中で紹介させていただいた各レジデンス機関の情報について
Rijksadademie
https://www.rijksakademie.nl/home

International Studio & Curatorial Program
https://iscp-nyc.org/

Camden Arts Centre
https://www.camdenartscentre.org/

Akademie Schloss Solitude
http://www.akademie-solitude.de/de/

The Land Foundation
https://www.thelandfoundation.org/

Despacio
http://despacio.cr/

Cove Park
http://covepark.org/

Creative Residency in Arita
https://cri-arita.com/

Tokyo Arts and Space
http://www.tokyoartsandspace.jp/

Art Center Ongoing
http://www.ongoing.jp/ja/

Arts Initiative Tokyo
http://www.a-i-t.net/ja/

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