【世界遺産にある厚生施設】五箇山の武蔵野美術大学無名舎に行ってきた

2017年8月22日(火)

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富山旅行レポートをお送りしています。
前回までの話はこちら。
【プレオープン中】今話題の富山県美術館に行ってきた


富山ICから東海北陸自動車道で南下して五箇山ICで降り、山道を登る。
富山から1時間半弱だったかな。

念願の武蔵野美術大学無名舎に到着。
昔から一度行きたいと思ってたけど、なかなか遠くて(笑)
ようやく叶いました。

「五箇山」の名前の由来は、「赤尾谷・上梨谷・下梨谷・小谷・利賀谷の5つの谷があるから」と言われてます。日本有数の豪雪地帯で昔は加賀藩の流刑地として利用されていて、川に橋をかけてなかったそう。それくらい陸の孤島の地。
あ、マメ知識の他に、初めて五箇山へ行く人向けに手羽が現地で困ったこと・気が付いたこともちょいちょい残しておきますね。
というのも、大学WEBの情報が行く人用に作られてないもんで・・。

でーーん!!
これが無名舎。立派な合掌造り!
ちなみに屋根が手を合わせて合掌する形に似てるところから「合掌造り」と呼ぶそうです。

さて、誰もが思う疑問、「なんでムサビがそんな場所に合掌造りの建物持ってるの?」にお答えしましょう。
・・・といっても、手羽もいろんな人から聞いた話なので間違ってたらどなたか修正してください・・。

昭和40年代にムサビ教職員・OB有志の民芸研究グループ「無名会」というのが生まれました。昭和40年代といえば民俗学の第1人者・宮本常一先生がムサビに就任された時でもあり、今でも民俗資料室があるし、ちょっとムサビは民俗・民藝にはうるさいんです。手羽は民俗学に疎いので適当なこと書いて諸先輩方から怒られないかビクビクしてますが・・。

で、取り壊されようとしていた相倉集落近くの合掌作りの建物をなんと無名会が買い取り、「民家保存」の実践的学習や研究会の場として活用してました。そして平成元年に大学に現物寄付された、と。
だから名称が「無名舎」なのです。
無名会のメインバーには助手をされてた吉田孝次郎さんもいて、はい、京都生活工藝館・無名舎とはそういう関係だったりします。

当時は「有名な建物以外は古くて不便なものはぶっ壊して、新しいものを作っちゃえ!」が社会的な現象だったはず。
白川郷・五箇山の合掌造り集落」が世界遺産に認定されたのは1995年。奥さんから「そんな前から合掌造りを残す重要性に気づき、有志で買い取るって、ムサビってすごいね」と久しぶりに褒められた(笑)
でも大学ってもともとそういうところじゃないかと。


さて建物の中に入ってみましょう。


  • 玄関(土間)には薪が大量にあります。

囲炉裏のある家に泊まるのは初めて。おばあちゃん家にもなかった。

「あ。これ、鉄腕ダッシュで見た!」と思っちゃうところが悲しいところ。
田舎の知識はほぼ鉄腕ダッシュから学びました。


  • 大きな水屋箪笥があり、

食器や土鍋、酒器がたっぷり。大皿小皿、各種そろってます。
訪問した方や、手作り品も多かったから窯工部が寄贈したものかな。さすが美大というか。
ちなみに囲炉裏がある居間以外に1階には八畳部屋が2つあり、最大収容人員は20名です。
訪問録見たら、基礎デ・宮島ゼミが1週間前に泊まってたのがわかりました。「宮島先生の奥歯が抜けた」と書かれてたけど大丈夫だったかな・・。


  • 台所


  • 黒板に書かれた注意書き

厚生施設だけあって、お風呂はきれいにリニューアルされてます。
ちなみにトイレは別小屋にあり、一度外に出ないといけないんだけどウォシュレットでした。ボットン便所を覚悟してただけにこれはちょっと嬉しかった。さすがムサビ(笑)
あ、調理器具(電子レンジや炊飯器も)・食器・布団類はあるけど、タオルとかシャンプー等洗面道具はないんで持ち込んでね。
また醤油など調味料やお米もあったりするけど、それは準備されたものではなく以前泊まった人の余りなのでいつ購入されたのか正直わかりません。怖ければ使わない方がいいかも。大人数or2泊ぐらいならお米を買った方がいいけど、1家族1泊ぐらいなら「玄関あけたら2分でごはん」的なものの方が安心です。


さ、いよいよ気になってた2階へ冒険スタート!


  • こういう梯子階段をのぼります。バリアフリーの概念がないから昔の人は大変というか健康じゃないと生きていけなかったんだろうなあ


  • 2階。広い。ここで寝てたのかもしれないけど、囲炉裏の煙でモクモクになる気がする・・


  • んで3階。五箇山は養蚕業が盛んでここで蚕を飼ってたそう。

20-30年に一度、茅葺屋根の葺き替えが必要で、人件費を現代の価値に計算すると片面の葺き替えだけで1千万円以上かかると言われてます。でも葺替や補修作業は地域住民の無報酬の共同作業で行われており、この仕組みを「結(ゆい)」と呼びます。「来年はごんべえさんの屋根だべな」みたいな感じでやってたんでしょうね。
この芳名録を見ると、もう少ししたら屋根の葺き替え時期なのかもしれませんよ>施設管財チーム

今はこんな感じです。梯子がかかってるところを見ると、小さな補修はされてるみたいだけど。


ところで小さなことですが、2つ感動したことがあって、ひとつは

電球が全部LED電球だったこと。手羽家にもまだ白熱球があるっていうのに。
まさか松下幸之助さんも二股ソケットにLED電球がささるとは思ってなかっただろうなあ。

それと

障子。これ、不思議な点がわかります?

すぐ外なんですよ。ガラス窓もなくそのまま外。つまり屋外に面した場所に和紙が使われてるんです。昔の民家だとこれが普通なのかな?
合掌造りは軒下が広いのでよほどの横風の豪雨でもなければここまで雨が届くことはないけど(そんときは雨戸を閉めるだけ)、伝統工芸である五箇山の和紙が水に強いことも影響してるのかも。


あ、そうだ。
車で無名舎へ行く人は、住所の「富山県南砺市中畑245」でカーナビ設定すると

下の道の方を案内しちゃうかもしれません(手羽が借りたレンタカーのカーナビがそうだった)。もうちょっと坂をグルっと登っていけば、この記事の最初の写真のような目立つ看板が立ってるので慌てる必要ありません。(手羽は一瞬焦った)
Googleマップだと「武蔵野美術大学無名舎」で検索できます。


以上、

熊よりも「オロロ」の方が怖かった手羽がお送りいたしました。
オロロとは現地に存在する妖怪で・・・ってこの話の続きはまた明日。

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OTONA WRITER

手羽イチロウ / teba ichiro

【美大愛好家】 福岡県出身。武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒。 2003年より学生ブログサイト「ムサビコム」、2009年より「美大日記」を運営。2007年「ムサビ日記 -リアルな美大の日常を」を出版。三谷幸喜と浦沢直樹とみうらじゅんと羽海野チカとハイキュー!と合体変形ロボットとパシリムとムサビと美大が好きで、シャンプーはマシェリを20年愛用。理想の美大「手羽美術大学★」設立を目指し奮闘中。