海外でアートの仕事をしたくって、ただいまパリで勉強・模索中。—アートコーディネーター 中川千恵子

このゴールデンウィーク、フランス・パリの美術館「パレ・ド・トーキョー」とギャラリーGeorge Philippe & Nathalie Valloisでは、日本人現代美術家・泉太郎さんの個展が開催された。「海外でアートの仕事をしたい!」と、この展覧会を支える現役の学生がいる。中川千恵子さん。パリの大学でアートマネジメントを勉強し、「アートに関するなんでも屋さん」としてパリのアートシーンに身を置きながら、アートの仕事をするべく試行錯誤している。

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パリの大舞台で開催!泉太郎の個展を支える「アートのなんでも屋さん」

1937年パリ万国博覧会に合わせて設立された近代美術館の半分を、1999年にコンテンポラリーアートに特化した美術館に再編成。そうしてフランスのコンテンポラリーアートを代表する美術館となった「パレ・ド・トーキョー」で、日本人の現代美術家・泉太郎さんが個展「Pan」を開催された。
 


  • パレ・ド・トーキョーにて開催・泉太郎個展「Pan」の展示風景 / ©Mari Uruta


  • 現地で職人たちが製作したTIckled in a dream… maybe? (夢から覚めた夢)シリーズ

 
彼の展覧会にこんな展評が寄せられている。

泉太郎の作品は、私たちに自身の意図を押し付けるように主張することはあまりしない。
道端に捨てられていたら見向きもしないようなものに、恐ろしいほどの時間と手間暇をかけて、私たちのトリガーにひっかかる小さな工夫をほどこす。それに気付くか、通りすぎてしまうかは鑑賞者次第。

泉の作品は、ひとつひとつを難しい顔をして鑑賞するには不向きだ。見えるもの、聞こえる音をただ受け止めてみる。私たちをひっかける違和感が見つかるだろう。ただそれを滑稽だとおもしろがれば良い。あなたが感じた違和感は-対象物それ自体ではなく、その周りにあなた自身が巻き付けている認識、概念、常識なのだ。

引用元:中川千恵子ブログ「パリアート留学」


泉さんの作品へそうやって導いてくれるのは、この展覧会を影で支える一人の留学生・中川千恵子さん。パリ第 8 大学の修士課程でアートマネジメントを学びながら、「海外でアートの仕事をしたい」とパリのアートシーンでチャレンジを続けるアートコーディネーター27歳。今回はそんな彼女に話を聞かせてもらった。


インドのアートボランティアが楽しくて、アートの現場を目指しはじめた

私の周りには美大や芸大に行く人がいなかったので、受験当時は「美大」に視野が広がっていなくて、漠然と総合大学に入学、当時は哲学を専攻していました。

そんな私がアートに興味を持ったのは、大学時代に参加した「Wall Art Festival」というインドでのアートフェスティバルのボランティアがきっかけでした。今考えれば若者特有のただの自意識過剰なのですが、「何か自分にしかできないおもしろいことがしたい」と、いきなりインドに飛び込んだんです。
 


  • 学生の頃、インドでボランティアとして参加 / 淺井裕介「祝福のダンス」©Wall Art Project

 
インドのアウトカーストの地域や経済や環境問題にさらされている地域の小学校を舞台に、インドと日本のアーティストがレジデンスしながら作品をつくる。そのとき、言葉がなくてもアートでコミュニケーションが生まれる場面を体験して、アートという領域に何か特別な可能性を信じるようになったんです。何よりも、アーティストというクリエイティブな人々に囲まれて一緒に何かをつくる行為に私自身がわくわくして。そこからアートの現場に関わりたいと思うようになりました。


フランスで求められるのは、アイデアをきちんと"言葉にすること"

パリに縁ができたのは、大学3回生の秋から1年間、大学の交換派遣留学生としてパリに滞在する機会に恵まれたときのこと。その1年間でパリのアートを囲む自由な環境がすっかり気に入ってしまいました。その後、関西アートビートやKYOTOGRAPHIEでアルバイト・インターンを経験し、2015年秋にフランスの大学に編入、今に至ります。
 


  • フランスの大学では、課外授業としてのアーティストとのワークショップなどもたくさんある

 
パリで学んでいて大事だなと思うことの一つ、それはきちんと"言葉にすること"です。自分の頭にあるアイデアを、どれだけ言葉にし相手に伝えるか。これはアートに限らず、どんな学問・専門でも大切だなと感じます。
日本や東南アジアのアーティストを見ていて感じる傾向なのですが、私たちは相手の意図を察する習慣を持っているので、自分自身の意思や考えを強く表に出す機会があまりありません。しかしこちらでは、自分の意図をしっかり伝えないと理解してもらえないことがある。もちろん作品のマテリアルや作家のキャラクターにもよるのですが、少なくとも、こちらで認められるためには自身のクリエイションを語ることは必須です。しかも、ただ説明するというのではなく、作品のコンセプトを説得力のあるレファレンスを使って話す、ということが求められます。


海外でアートの仕事をしていくため、手当たり次第できることを

どうやったら海外でアートの仕事をして食べていけるのか、正直まだまだ思考錯誤の途中です。「アートコーディネーター」という肩書きを名乗っていますが、今はまだ「アートに関するなんでも屋さん」というのが実情。展覧会の準備のアシスタントや通訳・翻訳、プロモーションなど、手当たり次第できることをやっています。

例えば、今回の泉太郎さんの展示で私が担当させてもらったのは、主に展示会場のスタッフと泉さん間の翻訳や、フランス語関連の事務全般。当然、フランス人と日本人の仕事の仕方も違いますし、延いては美術館の運営状況も異なる。だからこそ、ただ相手の言っていることを訳すのではなく、アーティストの意思を通すための「交渉」がとても大事になります。
 


  • 泉太郎個展「Pan」の展示準備 準備は3ヶ月以上に及ぶ ©MariUruta


  • 泉太郎個展「Pan」の展示準備 準備は3ヶ月以上に及ぶ ©MariUruta

 
ほかに個人のプロジェクトとして、展覧会のキュレーションなども行っていますが、実際には事務的な仕事だけで海外で生活するのは難しいので、もっと自分の専門性を高めるのが今後の課題です。
 


  • パリ市の施設を借りて企画した美大生との展覧会 ©Gabriella Benkő


  • 出展アーティストのコンファレンス ©Nanao Kuroda

日本に関心のない人の方が、クリエイションを自由に受け入れてくれる

泉さんの展示に際して、日本人という部分がフォーカスされているとは特に感じません。でもそれは、必ずしもネガティブなことではないんです。むしろ日本に多少詳しい人と話している方が、マンガ・浮世絵など日本に対するステレオタイプが固まってしまっていたりする。日本に特に関心のない人の方が、知らない分ニュートラルかもしれないし、おもしろいクリエイションを自由に受け入れてくれる可能性があるんじゃないかと思います。

古代・中世・近代美術が充実しているフランスですが、コンテンポラリーアートにも行政の補助金や助成金が潤沢です。コンテンポラリーアートに特化した美術館やアートセンター、団体もたくさんあります。企画内容によっては無料で展覧会場を提供してくれたり、アトリエを格安でゲットできたり。若手アーティストの登竜門である大規模な公募展には、たまにアジア人や日本人がノミネートされています。
決して簡単ということはありませんが、フランスのアートシーンは経済が回っている分、可能性はたくさんあるのではないかと思います。



▼展覧会概要
この5月、パレ・ド・トーキョーのみならず、パリ 5 区のGeorge Philippe & Nathalie Valloisギャラリーでも泉太郎さんの個展「night lie」が開催中。パリを訪れる機会のある方は、ぜひ両方とも足を運んでみてほしい。

泉太郎 個展「パン」
キュレーター : ジャン・ド・ロワジー (パレ・ド・トーキョー プレジデント)
会場:パレ・ド・トーキョー(パリ)
会期:2017年2月3日〜5月8日
主催:パレ・ド・トーキョー、サム・アートプロジェクツ
詳細:パレ・ド・トーキョーウェブサイト
>>中川さんによる展評はこちら:中川千恵子ブログ「パリアート留学」

泉太郎 個展「night lie」
会場:George Philippe & Nathalie Vallois
会期:4月28日〜5月27日 Galerie Georges-Philippe et Nathalie Vallois
詳細:http://www.galerie-vallois.com/



▼関連URL
>> 中川千恵子ウェブサイト
>> 泉太郎ウェブサイト



(執筆:上野なつみ / 取材協力:中川千恵子)

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OTONA WRITER

natsumiueno / natsumiueno

編集者/メディエイター。美大での4年間は「アートと世の中を繋ぐ人になる」ことを目標に、フリーペーパーPARTNERを編集してみたり、展覧会THE SIXの運営をしてみたり、就活アート展『美ナビ展』の企画書をつくったりしてすごしました。現在チリ・サンチャゴ在住。ウェブメディアPARTNERの編集、記事執筆など。