作品には「作家の考え」を見出したくて。だからきっと私はドイツに辿りついた ーアーティスト 金原明音

海外に出ている美大卒の仲間が、その活動拠点に「ドイツ」を選ぶことが多い気がする。彼らをドイツに後押しした「刺激」って?「魅力」って? タマビ卒業後、ドイツ・ハンブルクの美大で学び、現在はベルリンで作家活動を続ける金原明音さんのストーリー。

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1. クリエイターはなぜベルリンに集結するのか
ベルリンの壁崩壊から28年、
世界中のクリエイターが集結し街をゼロからつくり直した


現役美大生が生まれる前の1989年「ベルリンの壁崩壊」で、東西に分裂されていた資本・共産、違う主義だった国が一緒になって、たかだか28年しか経っていないんですね。28年というと長いようですが、実は街をつくるという意味で言えば、未だその再開発過程の途中の部分もある。ベルリンがどうしてクリエイターに愛される街なのか、そのヒントは間違いなくこの歴史が影響しています。

ドイツの首都として返り咲いたベルリンは、ゼロからいろいろなものを作りなおしはじめます。「ゼロから」なので、ハード・ソフト両面において大都市の街中に開発の余地があって、実験的な試みができる。しかも、経済力や年齢・地位など全て関係なく、みんなスタート地点が一緒でした。

だから当時のベルリンは、何かを試みたい人にはもってこいの街だったんですね。ベルリンは特に貧しい街で、他のドイツの都市と比べても家賃が安く、経済的にもハードルが低かったんです。そうと分かれば、後は雪だるま式に人が人を呼び、世界中のクリエイティブ系の人が集まってきて、すっかりクリエイターに魅力ある場所という地位が確立されました。
 


 

ベルリンの街は、今再び変化のとき

でも、そんなドイツ・ベルリンがクリエイターに魅力的と言われたのも、そろそろ過去の話になりつつあります。何年か前までは、「この値段でこんな広いアトリエスペース?!」なんて言われたベルリン神話、今は高くなったので出て行くしかないという人の話も多く聞きます。まさにジェントリフィケーション*です。

今もおもしろい人たちに出会える街には変わりはないけど、大抵のアーティストは収入が少ないので納める税金が少ない(これ、笑いごとじゃないんです)、似たような職種の人で飽和状態になってしまい仕事がない、活気はあるけど街自体が貧しいのは変わらず‥‥などなど、クリエイティブ系の人が集中しすぎてこその課題が多くあるのも確かです。

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*ジェントリフィケーション:都市において比較的貧困な層が多く住む中下層地域(インナーシティなど都心付近の住宅地区)に、再開発や新産業の発展などの理由で比較的豊かな人々が流入し、地域の経済・社会・住民の構成が変化する都市再編現象のこと。




2. 留学を決めた理由、ドイツに惹きつけられた訳
学生時代、大学では技術的にうまく作ることに重きを置き
家で好きなようにドローイングを描き溜めた


タマビを卒業してからすぐドイツにやってきて、私もすっかりドイツ在住18年。はじめはドイツの北・ハンブルクの美大で勉強し、卒業後も作家としてドイツを拠点に活動しています。

日本では油絵科で勉強したのですが、そもそも「〇〇科」という垣根には少し疑問を感じていました。油絵以外で何かを見せようと思っていたわけではなかったのですが、それでも、優先順位が「描きたいものは?」というより、「上手く出来てるかな?」と一定の技術で仕上げることに置かれていて‥‥。描くこと自体は好きだったので、普通に学校で油絵を描いていましたが、同時に、家では技術も何も関係なく、好きなようにドローイングを描き溜めていたんです。でも学校では、そういうドローイング=下絵、スケッチとしてしか扱われないだろうな〜と思って、誰かに見せることは一切ありませんでした。

 


  • 学生時代、家で茶色の包装紙に描いていたドローイング。それをカラーコピーしたもの

  • こちらも学生時代に描いていたドローイング

 
自分の直感を辿っていくと、ドイツ人作家が多かった

もともとヨーロッパのカルチャーに興味はあったのですが、たまに海外雑誌を見ると、直感で”いいな”と思うものが made in germany のデザインだったり、ドイツ人作家だったり‥‥。さらに、私が自由に描いていたようなドローイングが、ちゃんと作品として取り上げられていることがドイツに多かったんです。これがヨーロッパの中でもドイツへフォーカスされていって、留学への一つのきっかけとなったのは間違いありません。
もちろん、経済面もドイツに決めた大きな理由でした。候補として悩んでいたイギリスと比べると、授業料も生活費も圧倒的に安かったんです。




3. ドイツ人と日本人にどんな違いを感じるか
ドイツ人と日本人は、真面目の種類が違う
ドイツ人は考えをとことん突き詰める


ドイツと日本人は似ているとよく言われますよね。どちらも真面目な性格と言われていますが、真面目の種類が違います。ドイツ人は考えをとことん突き詰める。一方日本人は、外側にどう見えるか表現に神経を使う。ドイツ人の複雑に考えすぎるのも面倒なんですが、日本人の表現には、綺麗だけど何か物足りなさを感じてしまうことがあります。

日本は、アートだけでなく文化そのものが、流行やスタイルを直感で取り入れ作品や文化の中に反映させるのが上手いですよね。見た目、技術、仕上がりが、綺麗で器用。そんな日本人の美的センスは世界でも一目置かれていると思います。
でも、芸術作品としてみたときに、パッと見は惹かれるんだけど、ずっと見ていてもイメージがそれ以上膨らまない、そのあと訴えてくるものが少ないという側面もあります。一方、ドイツの現代アートはパッと見て感じるものより、説明を読んで初めて「あ、なるほどね」とわかる小難しいアートが多いのも確かです。
 


  • 今ベルリンで開催されている展覧会”Up And Down”に出品している映像作品とその展示風景

 
気持ちが伝わればいい
真面目で無骨、着飾らない、ドイツ人の作品


留学を決めた当時はドイツ人のことをよく知らなかったけど、真面目で無骨、着飾らない、気持ちが伝わればいいという作品スタイルは、ドイツ人の性格そのものだったんだなと、長く住んでいる今は言えます。日本の美大で窮屈に感じてた私には、海外への憧れや可能性とともに、そうしたドイツ人のスタイルが新鮮に映ったのもあるし、「考え」を重視していたからこそ、ここにたどり着いたのかなと思います。それでも、私が元々持っている感覚は日本人だし、ドイツ人の深すぎる考え方にうんざりする時はありますけどね(笑)



4.私の作品と、制作で大切にしていること
生まれ育ったところが違っても、人が持つ感情に差はない


長く海外に住んでみて気づいたことですが、生まれ育ったところが違っても、人が持っている感情に差はないですよね。例えば、飼い犬が死んだら悲しいし、ずっと欲しかったものをプレゼントされたら嬉しい、そういう感情は何万年前の人類も同じです。

私はドローイングや映像作品を制作していますが、作品を通して、そんな普遍的な誰もが持っている感情そのものを、表しているつもりですし、どんなメディアを使おうと「何が言いたいか」をいつも大切にしています。
 


  • Untitled, 2013, 29.8 x 42 cm, pencil and ink on paper


  • Menschenbeutel, 2009, 40 x 35 cm, pencil, color pencil and ink on paper

  • Ribbon, 2015, 42 x 29.8 cm, pencil and ink on paper

  • 展覧会 ”Made in Balmoral”での壁画, 2013 (床は作家Jennifer Danosのインスターレーション)

 

過去の映像作品集


作品の評価は気にせず、
自分に厳しく、同時に厚かましく、「自由」に表現する


私自身、他の作品を鑑賞するときも関心があるのが、作品の見た目よりも作品を通して見えてくる「作家の考え」です。特に素晴らしい作品は、いつの時代の作品でも何のメディアを使っていようとも、深く印象に残ります。さらに作品の背後に「自由さ」が見えれば見えるほど、「あ、私もアートという表現方法を持っていてよかったな」とエネルギーをもらうし、制作意欲も増します。この「自由さ」っていうのは、自分の作品がどう評価されているかは気にせず、自分に厳しく、同時に厚かましく、よく考えた上で足枷を外していく。決してそれは楽なことじゃないけど、全部ひっくるめてそんな自分を楽しんでいる、そういう自由さです。

アートって、人そのものを知るいい素材だし、アートを通してそういうことを追求したり観察したりするのは、とてもやりがいのあることですよね。
 


  • 展覧会 “Pipilotti Rist: Pixel Forest”, New Museum, NYC

1月にニューヨークで見たピピロッティー・リストの展覧会風景。彼女はまさに、作品の背後に「自由さ」が見える作家です。30年近く現代アートの一線で活躍しているアーティストですが、ますます強くなっていて、何を見せても、どこを切りとってもピピロッティー。圧巻でした。




5. 美大生のみんなへ
卒業後の人生の方が長い
学生のうちに好きなことをとことん追求してみては


私自身、学生時代から今にいたるまで、地道に制作を続けてきたし、これからも続いていきます。

その間、アートに対する考えはそう大きく変わってないけど、制作を繰り返していく中で、自分の知りたかったこと、やりたかったことが徐々に凝縮されていき、アートとの関わり方、制作方法・作風が、自然と”自分らしく”変化してきました。そしてこれからも変化していく自分自身を楽しみにしています。これはどんな職業においても言える「経験を積む」ってことなのかもしれません。
でも、そうやって経験で自分らしく変化していくものだから、学生のうちは、作品をまとめることに焦らなくていいと思うんです。何をやっていくにしても、卒業後の人生の方が長い

なんだかんだ言って学生は学生という枠に守られてます。だからこそ何でもトライするべきだし、好きなことをとことん追求するべきです。そして色んなジャンルの物をたくさん見て、好きな作品もしくは作家に出会った時は、なんで好きなんだろう?何に惹かれるんだろう?と、自身に問う癖をつけるといいかもしれません。芸術って自分を映し出す媒体なので、気に入ったものを振り返ると、自分の嗜好、大事にしていることが見えてきてそのあとの行動に繋がります。

まとめるのは後でいくらでもできるので、自分の興味を大切にして、楽しんで、それを培うことにぜひ集中してください!



▼プロフィール
金原明音 / Akane Kimbara
>> ウェブサイト
>> ブログ ”かよう散歩”

▼展覧会情報
「Up And Down」
美術館 KINDL - Berlinにて
8月6日まで開催
詳細:美術館WEBサイト



(聞き手:上野なつみ)

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OTONA WRITER

natsumiueno / natsumiueno

編集者/メディエイター。美大での4年間は「アートと世の中を繋ぐ人になる」ことを目標に、フリーペーパーPARTNERを編集してみたり、展覧会THE SIXの運営をしてみたり、就活アート展『美ナビ展』の企画書をつくったりしてすごしました。現在チリ・サンチャゴ在住。ウェブメディアPARTNERの編集、記事執筆など。