「誰かに見せたくて絵を描く」—画家・池田学 インタビュー

途方もないほど緻密かつ圧倒的なスケールの絵画を数多く生み出し、国内外で高い評価を得ている池田学さんの個展「池田学展 The Pen ―凝縮の宇宙―」がスタートした。舞台は池田さんの故郷である佐賀の県立美術館。過去作品に加え、3年の歳月をかけ完成された新作も展示される大規模な個展として話題になっている。池田さんに、制作に対する意識の変化などを聞いた。 [PR]

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池田学さんの作品を鑑賞すると、まるでSF映画に没頭しているような感覚に陥る。非現実的な一方でリアリティがある世界。あり得るような、あり得ないような生物や物体が、その世界を躍動する。克明だが創造的。



  • 池田学《興亡史》2006 紙にペン、インク 200×200cm 高橋コレクション 撮影:宮島径 ©IKEDA Manabu, Courtesy Mizuma Art Gallery



池田さんは先が1mmにも満たない丸ペンを主に使い、画家としてのキャリアのスタート時から現在まで、大小のパネルに色々な世界を描き続けてきた。作品数は、幼少期や学生時代のものを含めると、およそ120点と言われている。多くは国内外のコレクター、美術館に渡っているのだが、今回の「池田学展 The Pen ―凝縮の宇宙―」を機にほぼすべてが集結した。

評価を決定づけた名作、現在の手法の発端となった東京藝術大学での卒業制作作品、作家・池田学になる以前の習作などが飾られている展示空間は、“宇宙”と例えられている通り、まさにパラレルワールドだ。




  • 池田学《巌ノ王》1998 紙にペン、インク 195×100cm おぶせミュージアム・中島千波館蔵 ©IKEDA Manabu, Courtesy Mizuma Art Gallery



中を歩いていくと、ひとりの人間の手によって生まれたとは到底思えないほど、多彩な時空間が広がる。その中でも、とりわけ目玉と言われているのが、アメリカ・ウィスコンシン州のチェゼン美術館の滞在制作プログラムで3年をかけて制作した《誕生》という巨大な新作。まず、その完成時の気持ちについて聞いた。


池田学《誕生》2013-2016 紙にペン、インク、透明水彩 300×400cm photography by Eric Tadsen for Chazen Museum of Art© IKEDA Manabu, Courtesy Mizuma Art Gallery


「正直、あまり覚えていないんですよね。終わったという達成感、やりきった満足感、プレッシャーからの解放感など、色々な気持ちが複雑に交錯していて、それが今も続いているんです。3年間描き続けてきたので、終わっても身体が順応しないんでしょうね。こんなに(制作が)辛かったことはないんですよ。締め切り(本来は昨年の9月だったのだが、肩の怪我によって2カ月延びた)も今回の展覧会の開催も決まっていましたし、その上、毎日1時間だけ制作現場を一般の方に公開していたんです。あの時の期待値の高さは、これまで全く感じたことがないくらいでした」




池田さんは佐賀県の多久市出身。上京する前の18年間の多くを池田さん曰く「自然しかないところ」で過ごした。絵を描き始めた時期について、はっきりとは覚えていないそうだが、幼少期から何かを観察し、細かな描写をすることが好きだったと話す。学校の先生に宛てた年賀状や、藝大受験をしていた頃のデッサンなど、その証左となるような資料の数々も今回の展覧会で初公開展示されているので、是非、その目で確認して欲しい。




「何もないところから描き始めて、ひとつ作業が終わってまた次に描き足す時、「こういうのはどうかな」と、色々なものを参考にしながら試行錯誤する。部分的に仕上げていくプロセスや描き方、道具に関しては昔から一貫しています。ただ、学生の時はとにかく楽しさを求めていたのが、年齢を重ね、環境が変わったことで社会的なメッセージを加えたりと、作品に対するアプローチの仕方が段々と変わっていきました。今回のレジデンス(アメリカでの滞在制作)で特に、自分は社会と関わって作品をつくることが向いているなと思ったんです。絵を描くことを“仕事”と捉え、プレッシャーという刺激を受けながら制作をする。周りと共生しながら活動をする方が好きなんですよ」




  • 《誕生》制作風景 (2014年7月17日) Courtesy of Russell Panczenko/ Chazen Museum of Art




今回の作品では締め切りが近づくごとに休みを減らしていったそうだが、アメリカでの池田さんの制作時間はチェゼン美術館が開館している9時から17時までの間、休館日の月曜以外の平日に限られていた。まるでサラリーマンのように出勤し帰宅する、そのルーティーンが自分自身のリフレッシュにもなった。




  • 《誕生》制作風景 (2016年1月6日) Courtesy of Russell Panczenko/ Chazen Museum of Art



「日本にいた頃は、自分が暮らしているアパートの一室をアトリエにしていたんです。つまり、寝ても覚めても常に絵がある生活を送っていました。アメリカでは自宅がチェゼン美術館から離れた場所にあり、毎日、新しい気持ちで制作に取り組めたおかげで、モチベーションが途切れることはなかったですね」




作品を創ることは、自身が抱く考えや想いのはけ口。これはおそらく誤りではないし、話には出なかったが、おそらく池田さんにもそういった意識はあるのだろう。ただ、それだけでは継続させることは難しいのかもしれない。描き続けるために必要なことは、池田さんの言葉を借りれば「誰かに見せるために絵を描く」「絵を通して人とコミュニケーションがしたい」という目的なのではないだろうか。今回の展覧会はそんな池田さんの意識の変遷を辿ることもできる、貴重な機会となるはずだ。

(執筆・Yusuke Osumi)

◆展覧会情報
「池田学展 The Pen—凝縮の宇宙—」
会期:2017年1月20日(金)—3月20日(月・祝)
会場:佐賀県立美術館
開館時間:9:30〜18:00(2/17,3/10は〜20:00)
※休館日/毎週月曜
※3月20日(月・祝)は開館
公式サイト:http://tokushu.saga-s.co.jp/ikedamanabu/

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