「スープのある1日」という物語からSoup Stock Tokyoは生まれた 起業家・遠山正道

世の中を生き抜く術・勝ち残る術」をテーマに、建築界の異端児の異名をとる建築家松葉邦彦が今話したい人物と対談、インタビューを行い、これからの世の中を生きて行く学生や若手に伝えたいメッセージを発信します。第16回は株式会社スマイルズ代表の遠山正道さんにお話を伺いました。

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遠山正道
株式会社スマイルズ 代表。1962年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年株式会社スマイルズを設立、代表取締役社長に就任。現在「Soup Stock Tokyo」のほか、「giraffe」、「PASS THE BATON」「100本のスプーン」を展開。「生活価値の拡充」を企業理念に掲げ、既成概念や業界の枠にとらわれず、現代の新しい生活の在り方を提案している。近著に『成功することを決めた』(新潮文庫)、『やりたいことをやるビジネスモデル-PASS THE BATONの軌跡』(弘文堂)がある。

 
「Soup Stock Tokyo」はスープを売っているがスープ屋ではない?

松葉:まずはスマイルズの創業についてお伺いできたらと思います。なぜ起業されようと思われたのでしょうか?

遠山:私は大学卒業後に三菱商事に入社したのですが、入社10年目を迎えた頃にこのままサラリーマンとして定年を迎えても満足しないだろうな?ということを漠然と感じ始め、何かにチャレンジしてみたいという想いがこみ上げてきました。そして、元々絵を描くことが好きだったので、絵の個展をやってみようと1年間かけて70点の絵を描きました。もちろん絵の個展をやったからといって仕事に役立つわけでもないですし、そこから新しいビジネスが創出されるわけでもないので、理由を聞かれても正直うまく説明できないのですが、結果としてその個展がきっかけとなり今日に至っています。

松葉:確かにビジネスと絵の創作活動や個展との結びつきは一見すると無さそうですが、遠山さんの根底ではそれらは密接に繋がっているということなのでしょうか?

遠山:そうなのかもしれません。絵の個展をやったことに対して合理的な説明はできないのですが、最近になってやはりそれが良かったなと感じています。昨年、スマイルズがアーティストとして「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ2015」に出展したり、今年の「瀬戸内国際芸術祭 2016」へも「檸檬ホテル」という作品を出品しているのですが、企業がアートをやるということもやはりなかなか上手く説明できないのですが、取り組んでよかったなと思っています。上手に説明できないところにロマンがあったりもしますし。

松葉:基本的にビジネスの場合ロジカルに説明できないことは排除される傾向にあるのかなと思っていましたが、遠山さんの場合そうではないのですね。建築設計においても設計者の内面から出てきたデザインに関しても極力ロジカルに説明することが求められます。僕の場合微妙に床を傾けたり、2階部分を微妙に振ってみたりとか感覚的な部分で重要なことが決まることが多いのですが、やはりそれはロジカルに説明できないことの方が多いです。その場合クライアントに対してはスルーもしくはさらりと流すということが多くなってしまいますが(笑)。ただ、理屈で説明できないけどこうやるべきだという感覚は何かわかる気がします。

遠山:そうですよね。その感覚が実は重要なのだと思います。その絵の個展を終えると今度は「何かやりたくなっちゃうじゃないか病」みたいな状態になり(笑)、何をしようかなと思った時に三菱商事が持っている資源・ネットワークと個展を通じて培ったチャレンジ精神を合わせれば、今までに無い新しい立ち位置が見つけられるのではないかと思いました。当時私は情報産業グループという部署にいたのですが、これからは小売をやりたいと思い社内を見回して、小売業を行っていた関連会社の日本ケンタッキー・フライド・チキンに出向させてもらいました。そして、ある時女性が一人でスープを飲んでホッとしているシーンが思い浮かび、そのイメージをもとに「スープのある一日」という物語仕立ての企画書を作成しました。その企画書の内容を一言で言うなら「共感」です。「Soup Stock Tokyo」はスープを売っているがスープ屋ではない、スープはその共感のための軸である、スープに共感して集まってきたお客様に自分たちはスープを提供して、「これは良いよね」とか「こっちはダメじゃん」とかいった共感の関係性ができれば、スープが別の食べ物になったり、別のサービスになっていったりするということを書きました。

松葉:なるほど、その企画書をもとに「Soup Stock Tokyo」を立ち上げたのですね?

遠山:そうですね。1999年にお台場ヴィーナスフォートに「Soup Stock Tokyo」1号店をオープンしました。そして、三菱商事初の社内ベンチャーとして株式会社スマイルズを設立しました。それから8年後の2008年にMBOによりスマイルズの株式100%を取得し、同時に三菱商事を退社しました。


  • Soup Stock Tokyo

松葉:「Soup Stock Tokyo」とはどのようなスープ屋さんなのでしょうか?

遠山:「Soup Stock Tokyo」は「食べるスープの専門店」で素材が持つ自然な味わいを大切に、化学調味料などに頼らず素材の特長を活かしておいしいスープを提供することを心がけています。全国から集めた選りすぐりの食材を使用し、スープの種類は季節や週ごとに変わります。一杯のスープで、誰かの一日や一生を変えることができるかもしれない、スープという「料理」のもつ力を届けたいと思っています。

松葉:僕はオマール海老のビスクが好きなのですが、初めて飲んだ時はフレンチのレストランで出されたスープのように美味しくて衝撃的でした。ちなみに現在何店舗くらい展開されているのでしょうか?

遠山:現在約70店舗を運営しています。別にそれに縛られているわけではないのですが、最初に作成した企画書には「50店舗で打ち止め」と書いていました。

松葉:なるほど、表参道駅とか明大前駅など行く先々で目にするのでもっと店舗数が多いのだと思っていました。ですので、いつか八王子にも出店されないかと思っていたのですがその店舗数ですと八王子には残念ならが出店されないのも納得してしまいます(笑)。昨年の11月には「Soup Stock Tokyo」を分社化されていますね。分社化の意図はどのようなものなのでしょうか?

遠山:16年続けることによって培ってきた仲間やブランドといったものをまだまだ全然活かしきれていないので、今後は「Soup Stock Tokyo」は一つの事業会社として、今以上に勢いをつけていけたらと思っています。

松葉:スープにさらに特化し進化させていくための分社化ということなのですね。


  • Soup Stock Tokyo

 
スマイルズがやるとこうなります!

松葉:スマイルズの事業についてお伺いできたらと思います。先ほどまでお話を伺ってきた「Soup Stock Tokyo」以外にも「PASS THE BATON」など複数の事業を展開されています。それぞれの事業についてご説明いただけませんか?

遠山:「PASS THE BATON」は現代のセレクトリサイクルショップです。元々の持ち主の顔写真とプロフィール、品物にまつわるストーリーを添えたリサイクルアイテムや、企業やブランドとのコラボレートリメイク商品、世界中から買付けてきたアンティーク品など、個人のセンスで見いだされた品物や独自のセンスやアイディアによって新たに生まれ変わった品物などを扱っています。

松葉:実は私の妻が「PASS THE BATON」の大ファンでして、数日前にも表参道店に伺ってきました。独特の雰囲気を持った空間ですね。あと印象的だったのは、派手なHERMESのジャケットがかかっていたのですが、お買い得な価格でびっくりしました。とはいってもその派手なジャケットを着こなす自信はありませんが(笑)。それにしても、何故リサイクルショップを始めようとおもわれたのでしょうか?というより、そもそもリサイクルショップと言ってしまっても良いのでしょうか?

遠山:「Soup Stock Tokyo」もファストフードと言っていますし、あえてそういう風に呼んでいます。ただ、ファストフードやリサイクルショップですが、「スマイルズが手がけるとこうなります」という事はきちんと示せていると思っています。「PASS THE BATON」がスタートしたのが2008年のリーマンショック後で、当時は新しいものを作って在庫を持ってというような気分になれなかったんです。


  • PASS THE BATON

松葉:以前丸の内で働いていたことがあるのでなんとなくわかるのですが、いわゆるただのリサイクルショップが入り込む雰囲気の街ではないですよね。街がきちんと整っていてダサイものを許容する街でない。ただ「PASS THE BATON」の雰囲気であれば仲通りの路面にお店があったとしても不思議ではないですよね。ネクタイの「giraffe」はどんなブランドなのでしょうか?

遠山:「giraffe」はネクタイ専門ブランドで、カラフルな色・柄使いで、素材もシルエットも様々なネクタイを展開しています。誰かに首を縛られるのではなく、自らの首をぎゅっと締め上げ、キリンのように高い視点で遠くを見つめよう、というコンセプトです。一番の特徴は、34℃、36℃、38℃、40℃と4段階の体温別に分けられたラインナップでネクタイを展開するということだと思います。元々「Soup Stock Tokyo」を始める前からネクタイ屋をやりたいと思っていました。というのも、日本のサラリーマンが楽しめるネクタイがあったらと常々思っていました。

松葉:4段階の体温別というというラインナップの展開が面白いですね。


  • 遠山正道

遠山:まず36℃は「技術。家族。知性」とあって平熱のゾーンです。おじさんの締めていそうなネクタイを綺麗にしたネクタイと言うのがわかりやすいと思います。38℃は「反骨の気概。ユニークネス。恋愛!」で一番「giraffe」らしいネクタイです。34℃は「目を閉じる。目を開く。静寂」でモードでクールな世界、40℃は「道化?覚醒?あとはご自由に」でイっちゃってる世界です(笑)。

松葉:確かに日本のサラリーマンの多くは皆同じようなモノトーンのスーツに地味なネクタイを締めていて、僕のように毎日自分の好きな洋服を選んで着ることができる立場からすると、面白みに欠けるように見えてしまいます。ただ、やはりサラリーマンだから完全に自由という訳にはいかないでしょうから、ネクタイで個性を出すというのは制約の中で与えられた自由というか自己主張の場なのかなと思います。僕自身も、もし毎日スーツを着る立場だったら「giraffe」のネクタイを何本も買っていたかなと想像してしまいました。


  • giraffe


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松葉:次は「100本のスプーン」についてもお聞かせいただけますか。

遠山:「100本のスプーン」はファミリーレストランです。「Soup Stock Tokyo」は都心の駅などアクセスは良いのですが狭い場所での展開が多いので、家族でも安心して、美味しい食事をゆったりと召し上がって頂ける空間を提供したいという想いからスタートしました。大人も子どももわくわくするような家族の食卓シーンを彩るメニューをご用意しています。自分の家族を連れて行きたくなるファミリーレストランを目指して、メニューやサービス、空間づくりにこだわりをもって店づくりを行っています。

松葉:「コドモがオトナに憧れて、オトナがコドモゴコロを思い出す。」というコピーがとても素敵ですね。HPの写真を拝見しましたがとても美味しそうですし、またロゴの方も良い味のある文字で良いですね。

遠山:「100本のスプーン」のロゴは、ポートランドに行った際に世界的に活躍するクリエイターのジョン・C・ジェイさんに描いていただきました。お会いした際にその場で画用紙に描いてもらったのですが、外国人の方なのでよくわかってないまま描かれたのだと思います。ですが、それが逆に良い味になっていますよね。ちなみに、二子玉川にはアーティストでスーパーリアリズムの巨匠チャック・クローズの作品が大々的に飾ってあります。誰にも気づかれませんが(笑)。


  • 100本のスプーン

松葉:巨匠の作品が普通にあると逆に気づかないのでしょうかね。現在は二子玉川とあざみ野の2店舗ですが、今後順次店舗を増やしていかれる予定なのでしょうか?

遠山:あまり積極的に増やそうとは思っていません。いい環境のところがあれば出店していこうと思っています。

松葉:なるほど、ちなみに今「Soup Stock Tokyo」を含めて4つの事業についてお話しいただきましたが、これらの事業に共通している点は何なのでしょうか?どのようなスタンス、視点で事業に取り組まれていらっしゃいますか?

遠山:一見すると今お話しした4つの事業はそれぞれ全然違う業態に見えるのだと思います。ただ、私はよく会社やブランドを人物に置き換えて話すのですが、もしスマイルズさんという人がいたら、その人はスープも好きだしネクタイも気になる、世の中のファミレスはちょっと違うよな~と思ったり、映画が好きだったりという感じで人それぞれ趣味や好きなものなどが色々とあって、これしかやりませんということはないですよね。そういうイメージでスマイルズを捉えていただけるとわかりやすいかなと思います。そして、世の中のダメなもの・何でこうなっちゃうのかなというものでスマイルズがやったらより良くなることに取り組んでいると言えると思います。

松葉:確かに「ファストフード」や「リサイクルショップ」などといったキーワードは、現代においては決して良いイメージを持たれないと思いますが、実際に「Soup Stock Tokyo」や「PASS THE BATON」を拝見すると、世の中に溢れている他のものとは全然違うなということがよくわかります。それと、自社の事業のほかに出資やインキュベートされている事業がありありますが、どのような観点から行われているのでしょうか?

遠山:今まで自前主義で直営店のみでフランチャイズ展開もほとんど行なってこなかったのですが、外のお客さんのお手伝いも面白いかなと思うようになってきて、スマイルズが共感する個人や企業に対しては社内社外を問わず支援を行なっています。 短期的収益性や市場成長率よりも、その個人や企業の魅力や能力、そして「熱い想い」に価値を見出しており、また長期的な視点で「共に学んでいく先に未来がある」という風に考えています。今までに10程度の事業に出資やインキュベートを行なっています。例えば、「PASS THE BATON」のスタッフがスマイルズの社内ベンチャー制度を利用して新宿で小さなバーを運営しています。

松葉:小さなバーにも出資するというのが少し意外なのですが?

遠山:「人生、自分しかできないことにチャレンジしていくべきだ」と思っているのですが、大きなサイズですと色々と大変ですよね。ですが自分一人が食べていけるサイズでしたら負担も少なくできますし、むしろ小さいサイズの方がその人の役割も大きくなります。そして、そっちの方が魅力的に見えたりします。冒頭にも少しお話ししましたが、今年開催される瀬戸内国際芸術祭2016に、豊島にある空家を活用し宿泊ができる施設に再構築する「檸檬ホテル」という作品で出展しているのですが、スマイルズの社員がiターンしそのホテルの運営にあたります。個人の能力が際立ってくるような仕事をし、そこにその人の生き方・人生が重なるような形が良いですよね。そしてそれを我々がサポートできる仕組みをつくっていきたいと思っています。新宿のバーにしても「檸檬ホテル」にしても、スマイルズの社員のままそれぞれの会社の社長として出向しています。それは三菱商事の時も同じで、自分の給与をきちんと確保しながら自身のやりたい事業に取り組んでいます。ですので、昔脱サラしてペンション経営を始め大変な思いをした、というようなことにはなりません。

松葉:確かに個人が起業して事業を軌道に乗せるにはリスクが伴いますから、自らの人生の一部を犠牲にしないといけない事も出てきますよね。そういう意味で自分も20代でさっさと独立しておいて良かったかなと思っています。30代で同じ境遇だったら耐えられなかったかもしれないですので。ですが、当時から起業をサポートしてくれる仕組みがあったら、尚良かったかなと思います(笑)。

 
事業家としての「真面目さ」と、アーティストとしての「遊び心」

松葉:遠山さんのスマイルズ以外の活動や思考のプロセスについてお話を伺っていけたらと思います。まずは「代官山ロータリークラブ」についてお聞かせいただけますでしょうか。初代会長を務められたとのことですが、そもそも何故遠山さんがロータリークラブに関わられているのでしょうか?そもそもロータリークラブというのは一般的にどのような団体なのか世間ではあまり認知されていないと思われますが、どのような団体なのでしょうか?

遠山:「代官山ロータリークラブ」はヒルサイドテラスのオーナーから100年以上の歴史があり権威もあるロータリークラブを代官山で始めて欲しいと言って頂いたのが事の始まりです。元々そんな柄ではなかったのですが、代官山らしい新しいものならば面白いかなと思い、2014年の創立以降、毎月1、2回、スピーカーを招いて「卓話」を実施しています。ロータリークラブとは、事業と専門職務および地域社会のリーダー約120万人が集まる国際的組織で、会員はロータリアンと呼ばれ、人道的奉仕を行いながら、すべての職務における高い倫理基準を奨励し、世界の親善と平和の確立に寄与しています。現在、200を超える国や地域に、33,000以上のロータリークラブが存在しています。ただ、歴史や伝統もあるのですが、実際には形骸化してしまっているケースも少なくはありません。ですので、ファストフードやリサイクルショップ、ファミリーレストランの時と同様に、ロータリークラブもスマイルズがやるとこうなったという感じで、慣習にとらわれない自分たちなりのロータリークラブを目指しました。

松葉:なるほど、先日伺った際にも他のロータリークラブに対するイメージとかけ離れ過ぎていて、遠山さんをはじめメンバーの方々が勝手に「ロータリークラブ」と名乗っている団体もしくはイベントなのかと思っていたのですが、きちんとしたロータリークラブの一員だったのですね(笑)。あくまでも僕のイメージなのですが、地元の経済界の重鎮たちが集まり、会合後に夜の街でお酒を飲んでいるというのが主な活動の集団だと思っていましたので。代官山ロータリークラブは誰にでも開かれていてかつ洗練されている活動ですので、まさかあの噂に聞くロータリークラブだとは思いもしませんでした。

遠山:確かにそんな感じで他のロータリークラブからするとやんちゃな息子という感じでしょうね。ロータリーのバッチも持っていませんし、名刺もつくっていませんから。ですが最低限やらなければいけない義務、例えば会費を払うということはきちんと行っていますので、れっきとしたロータリークラブです。

松葉:それはいろいろな意味で話題性がありますね(笑)。代官山ロータリークラブのことでも感じたのですが、遠山さんの手にかかると世間一般では野暮ったかったり、現代においてはあまりポジティブなイメージを持たれていなかったりするコトやモノが見事に洗練され、かつ遊び心や真心を感じさせるコトやモノに生まれ変わっているという風に感じられます。そこでお伺いしたいのですが、遠山さんの思考のプロセスや着眼点はどのようなものなのでしょうか?


  • 遠山正道

遠山:真面目な事を言うと「やりたいということ」「必然性」「意義」「無かったという価値」という4つの視点を大切にしています。「やりたいということ」は先ほどから話しているように、ファストフードやリサイクルショップもスマイルズがやったらこうなったみたいな事ですね。ちなみに、話題になったので他の人が二番煎じでやりましたみたいな事になると急に冷めてしまいます。

松葉:二番煎じはお好きではないですか?

遠山:基本的に我々のビジネスも常にうまくいっている訳ではありませんで、高評価で売り上げが上がるけど最後に利益が出なかったりする時もあります。ですので、今までにも会社が無くなってしまいそうになったタイミングが何度もありました。そういう時は「どうしてやっているのだっけ?」というところに必ず立ち返るようにしています。単にカッコイイからとか儲かりそうだからということではなくて、例えば「中学生の頃からずっとやりたくて今洋服屋さんをやっています」など、そういった根っこの部分の想いがいざという時に効いてくるのですよね。もちろんうまくいけば問題はないのですが、うまくいかなかった時に立ち戻れるところを持っていないとすぐに駄目になってしまうと思います。

松葉:スマイルズを追随してくるような企業はありますか?

遠山:どうでしょうか?例えば外食産業の場合結構楽しければ良いとかそういう風潮があったりするのですが、スマイルズは元々三菱商事が母体だったということが影響しているのか真面目なところがあるのですよね。ですので、そういう意味ではスマイルズと同じような会社というはあまり思いつきません。最近はトランジットジェネラルオフィスの中村貞裕さんと対談をする機会が多いのですが、彼の会社はもっと色気みたいなものがありますからね。

松葉:実は先ほどの質問の際にはトランジットジェネラルオフィスの事が頭の片隅にあったのですが、中村さんはご本人がミーハーであることを最大の武器にされていますから真面目さのスマイルズとは少し異なるかもしれませんね。ちなみに僕は拠点にしている八王子でクリエイティブな視点から街の活性化に取り組めたらと思っており、そういう意味では飲食やイベントプロデュースに始まり不動産まで多岐に渡る事業を展開するトランジットジェネラルオフィスが以前からとても気になっていました。ですので、徐々にですが建築設計以外の事業にも取り組んでいきたいと思っているのですが、ただトランジットジェネラルオフィスのような事業を仮に八王子という街で展開できたとしても多分街にはフィットしない気がしていました。最先端すぎるというか尖りすぎているというのかわからないですが。

遠山:設計だけでなく自分がクライアント側として事業をやってみる事はとても良い事だと思います。ですが個人的には建築家の人にはやはり真面目でいて欲しいなと思います。同じ飲食をやるのであっても真面目さとかクレーバーさみたいなものがあった方がいいかなと。

松葉:中村さんは僕にとっては憧れの方の1人なのですが、一方で置かれている状況が違うので、もし自分が同じ事をやろうとしても多分しっくりこないだろうなと思っていました。ですが、今日遠山さんから真面目さという言葉をお聞きしてそのモヤモヤ感が少し解消された気がします。実際にやっていないのでまだわかりませんが。

遠山:六本木に「hiromiyoshii」というギャラリーがあるのですが、そのギャラリーの企画で一番来場者が多いのが建築展のようです。というのも建築展をやると建築系の学生が大勢来るそうです。アート系ですと先輩とか気にしないで全然人が集まってこない(笑)。ですので、建築家が実証実験としてレストランをやってみたら結構人が集まってくるかもしれませんよね。

松葉:そういう意味では谷中で古い木賃アパートをカフェやギャラリーにリノベーションした「HAGISO」を運営する建築家の宮崎晃吉くんは既に実践しているのかなと思います。

遠山:最近オープンした「hanare」(宿泊施設)もカッコよさそうですよね。

松葉:実際にアパートを借りて「HAGISO」の運営を始めたのはすごいなと思っていて、会うといつも「良いな~、すごいな~」と言っています。

遠山:先日、堀江貴文さんが「今の時代アイディアに価値はない」と言っていました。すなわち行動にしか意味が無いということですよね。

松葉:おっしゃる通りで行動あるのみですね。ちなみに遠山さんは今度どのような事業に取り組まれていきたいとお考えでしょうか?

遠山:先ほどもお話ししましたが、「瀬戸内国際芸術祭2016」への出展のように企業としてアートに取り組んでいけたらと思っています。もちろん、今の時点でアート活動を事業として結びつけることは難しいのですが、5年位経って振り返った時に「アートを始めたあの時がターニングポイントだったよね」と言えるようになっていたら良いなと思っています。少なくともサラリーマン時代に個展をやったことは私のターニングポイントになっていますし。今までの事業の延長ではないですので、そこから変わっていったと言われるようになって行きたいと思っております。昨年の「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ2015」には自動車部品メーカーのデンソーさんのロボットアームを使って「新潟県産ハートを射抜くお米のスープ300円」という作品で出展したのですが、デンソーさんがそこまでやるのかという位の多大なご協力をいただきました。そして昨日は「瀬戸内国際芸術祭2016」の出展に際して別の企業の方とお会いしていたのですが「デンソーさんがそこまでやったのであれば我々にできない理由はないですね」とおっしゃってくださいました。困難であればあるほど周りも一緒に頑張ってくれますし、また試しに1つやってみると次に繋がっていくのだなということを最近感じています。ですので、いずれは事業とアートを結びつける新しい価値を創造できたら良いですよね。そのためにはまずはきちんと継続していく必要があるのですが。


  • 新潟県産ハートを射抜くお米のスープ300円

松葉:なるほど、新しい事に挑戦していくためにはまずは企業が継続していないとできませんからね。今の継続のお話もそうなのですが、遠山さんのお話を色々と伺っていると事業家としての「真面目さ」を感じますし、一方で「Soup Stock Tokyo」や「PASS THE BATON」など「スマイルズがやるとこうなります」という事業からはアーティストとしての「遊び心」も感じます。そしてそのバランス感覚がとても優れている方なのだという事がよくわかりました。建築家も社会的責任に対する「真面目さ」と表現者としての「遊び心」のバランス感覚が求められますので、僕自身もどちらかに偏ることなく上手にバランスを取っていきたいと思います。


檸檬ホテル

鑑賞料:芸術祭 会期中 300円(瀬戸内国際芸術祭2016 作品鑑賞パスポートで1回無料)※会期後は、HPをご参照ください。

休館日:芸術祭会期中 火曜日、会期後は、HPをご参照ください※月曜または火曜日が祝日の場合は水曜休館

鑑賞時間:10:30-16:30(最終入館受付 16:00)

会場:豊島 唐櫃岡地区 作品番号 30 番(住所 〒761-4662 香川県小豆郡土庄町豊島唐櫃984)

ティザーサイト: http://lemonhotel.jp/

開業日:2016年7月18日(月)※瀬戸内国際芸術祭2016 夏会期開始日
※夏会期終了後も、アート作品および宿泊施設として通年営業いたします。



協力:長谷川扶美

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OTONA WRITER

松葉邦彦 / KUNIHIKO MATSUBA

株式会社 TYRANT 代表取締役 / 一級建築士 ( 登録番号 第 327569 号 ) 1979年東京都生まれ。東京藝術大学大学院修了後、事務所勤務を経ることなく独立。人生で初めて設計した建物が公共の文化施設(旧廣盛酒造再生計画/群馬県中之条町)という異例な経歴を持つ。また、同プロジェクトで芦原義信賞優秀賞やJCD DESIGN AWARD新人賞などを受賞。