「エストニアの小さな島から世界へアートを発信したい」アーティスト夫婦がつくったレジデンシー

バルト三国の中で最も北に位置するエストニア。(因みにバルト三国、全部言えますか?)現在、そのエストニアのムフ島のアーティスト・イン・レジデンシスにて、滞在、そして制作しています。見渡す限りの大自然に囲まれながらの生活。自然からのインスピレーションはもちろん、制作の合間に泳ぎにいったり、夕日を拝みながらサウナに入って体を休めたり、都会では味わえない生活スタイルを満喫しています。今回は、この島の紹介と、ゴミ屋敷だった空き家がレジデンシーに生まれ変わった経緯、そしてここを管理している素敵なアーティスト夫婦のお話をお届けします。

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エストニアのムフ島での生活

7月の下旬から、エストニアのムフ島に来ております。ムフ島は、エストニアの首都タリンから約150 kmのバルト海に浮かぶ小さな島で、人口は1900人ほど。夏は観光客とサマーハウスの住人たちで賑わいます。
昔からの自然と生活スタイルがそのまま残されている島で、ここにいるとまるで時間をさかのぼったよう。独自のテキスタイル工芸の伝統があることでも有名で、色鮮やかな刺繍とニッティングのパターンが、民族衣装や普段着に施されています。
また、キリスト教が流入する以前に人々が信仰していた自然崇拝のペイガニズムのパワースポットが、多数存在することでも知られていて、現在でもお参りをしに多くの人々が訪れるのだそう。地元の馬牧場のオーナーの方が、このペイガニズムに詳しく、乗馬でもこれらのパワースポットをまわることができます。


  • 19世紀に建てられた茅葺き屋根の家

  • 水の通っていない原始的なつくり

そして、この島の北部に位置する村の一画にある、19世紀に建てられた茅葺き屋根の家々が、私の寝床、そして作業場です。ここで一ヶ月、夏のレジデンシープログラムのアーティストとして制作しています。
まず来て驚いたのが、キッチンとトイレに水がないこと。電気、シャワー、サウナは完備されていますが、なかなか原始的な生活様式です。当たり前に水がないというのは何かと不便ですが、料理する際は、汲んだ水をうまく利用すれば全く問題なし。そしてトイレはぼっとん...... いえいえ、谷崎潤一郎が描いた薄暗い厠の風情というものを体感しております(笑)。いやはや人間はシンプルな設備でも問題なく生活していけるのだと、日々実感しているところであります。

更にここから少し歩くと、目の前に広がるのは美しく壮大な海!ただし、観光地の海辺と違い、とても静かで穏やか。人の気もまるでありません。先日、晴れた日に海に泳ぎにいったところ、陸と海のどちらを見渡しても、私と海鳥しかいない(!)という状況に、大きな空を仰ぎながらまさに至福の一時を過ごしました。


ゴミ屋敷だった家をアーティスト・イン・レジデンスに!

私が滞在しているMuhu A.I.Residencyは、エストニアアート協会によって昨年から運営されているレジデンシーです。この場所がレジデンシーになる前は、誰も手をつけられないほどのゴミ屋敷だったそう。現在ここを管理しているアーティスト夫婦ティウ (以下 T) とカール (以下 K) に、このレジデンシーができあがった経緯について詳しく聞いてみました。

T「二年前にエストニアアート協会の会長に、『ムフ島に空き家があるんだけど、レジデンシーを作ってみないか』って提案されたの。私もカールも首都のタリンにしか住んだことがなくて、自然の中に身を置くことに興味があったの。それでやる気満々で臨んで空き家を見にいったら、まさにカオスの状態で。15年間もほったかされていたみたい。まずは家の中のガラクタを外に出すのに丸4日かかったわ。」


  • ゴミ屋敷だった時の様子 I

  • ゴミ屋敷だった時の様子 II

  • 改修プラン


  • ティウ「エストニア人は内にこもりがち。そういった意味では私はあんまりエストニア人っぽくないかも。」

必死のゴミ掃除の後、開発プランを作成することから始まり、助成金の申請、改修の許可の申請、そして実際の改修作業と、長いプロセスを経て、一年前に完成したこのレジデンシー。不断の努力の末に、二人がこのレジデンシーの設立を通して得たものは大きかったようです。

T「私は常に自分の限界を広げていきたいと思っているの。だから、このプロジェクトにも挑戦したいと思った。ムフ島にいると自然の影響を直接受けるから、正直大変だけど、この挑戦のおかげで自分の『自由』が広がった感じ。」

K「ゼロからレジデンシーを作るのは大きなチャレンジだったね。でもやってみて良かったよ。都市での生活は色々な意味で制約がありすぎるから。その制約から解放されて、自分もここで『自由』を感じているよ。」

都会では手に入らない「自由」を見つけた、ティウとカール。ムフ島での生活は、二人の子育てにも影響しているようです。


  • 子猫と戯れるレーリーに、「将来はアーティストになりたい?」と聞くと、「私は、もうすでにアーティストだよ!」と返答。失礼いたしました。

ティウとカールの10歳の娘、レーリーは、ここでの生活に彩りを与えてくれる私の”ベスト・フレンド”。ビックリするほど英語が堪能。そしてアーティストの両親に育てられているだけあって、何をするにもクリエイティブ!私もここで一緒に絵を描いたり踊ったり、子供心に戻って遊んでいます。
夏の間、自然に囲まれながら、数々のアーティストたちと過ごす生活が、レーリーにどう影響を与えているのかと尋ねてみると、

T「今のところ、ムフ島には夏の間しか滞在していないけれど、レーリーはここでの生活を気に入っているみたい。この島に来る前は、あまり喋らなくて、学校でも変わり者扱いされていたから少し心配だったんだけど、彼女、夏の間にものすごく成長したわ。特に自信をもって人とコミュニケーションできるようになったわね。」

将来的には完全に家族でムフ島に拠点を移して、レジデンシーの運営とともにアーティストとしての制作もしていくことを考えているのだそう。

K「今すぐに、都会から田舎への生活にはシフトできないけれど、少しずつこの島での時間を増やしていきたいと思っているよ。ステップ・バイ・ステップ、だね。」


  • 学生時代から二十年も一緒にいる二人。お互い支え合いながら、アーティスト活動を行っている素敵な夫婦。

現在、二人が作り上げたこの場所をベースに、レジデンシーの他、展覧会、フェスティバル、ワークショップなど、様々なアクティビティが催されています。国内外から多くの人々がこの場所を訪れ、田舎という環境ながらも、国際的なネットワークが広がっている、というなかなか不思議な状況です。(因みに先週末はアラブ首長国連邦からゲストが来ました!)

K「プロジェクトを通して、この辺境の地が世界の大都市とつながっていって、大規模な国際交流をつくることができたらと考えているんだ。」

エストニアの小さな島から世界へとアートを発信していきたいという強い意気込みが、彼らとの会話から深く伝わってきました。

ここでの生活も残り一週間余りですが、自然からの恩恵を十分に受けながら、そしてこの二人からポジティブなエネルギーをもらいながら、真摯に制作に励んでいきたいと思います。

➜MUHU A.I.RESIDENCY http://www.ai-res.org/
➜ティウ/TIIU REBANE http://tiiurebane.wixsite.com/rebane
➜カール/KARL-KRISTIAN NAGEL http://erztria.blogspot.com.ee/

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OTONA WRITER

HIROKO TSUCHIMOTO / Hiroko Tsuchimoto

1984年北海道生まれ。ストックホルム在住。武蔵野美術大学卒業後、2008年にスウェーデンに移住。コンストファック(国立美術工芸デザイン大学)、スウェーデン王立美術大学で勉強した後、主にパフォーマンスを媒体に活動している。過去3年間に、13カ国52ヶ所での展覧会、イベントに参加。昨今では、パフォーマンスイベントのキュレーション、ストックホルムの芸術協会フィルキンゲンで役員も務めている。