不条理物語。中学時代の恐怖の合唱コンクール

最近、テレビであるドキュメンタリーを見た。 中学生が合唱コンクールに命をかける、青春物語である。 スポーツの世界には「強豪校」というものがあるが、 なんでも合唱という競技にも強い弱いがあることを初めて認識した。 歌ったり、泣いたり、怒ったり、揉めたり、喜怒哀楽がコレほどか! と垂れ流される60分に夢中になってしまった。 中学時代の狂信的な熱意によって起こる暴走は、冷めつつあるアラサーに響く。 「あぁ、面白かった」とテレビの前を立った瞬間に、記憶の扉が開いた。パッカーン!

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僕の通っていた中野H中学は荒れていた。
くさったミカンだらけのスクールは、全ての規則がなぁなぁになる。
バカな生徒に付き合い続けると教師も磨耗し、疲れ果て、注意するのも億劫になるからだ。
僕が入学する前のH中学は、学校の意欲低下がピークを迎えていたそうで、
一時は合唱コンクールもなくなる予定だった。
そんな最中に赴任してきたのが音楽教師のM。芸大卒業のエリートだ。
彼の音楽を愛する力が、中学生に歌を歌うことの喜びを教えた。
故に、合唱コンクールは存続の運びとなったらしい。
誰から聞いたか覚えていない、たぶんホントの話。


中学3年生の合唱コンクールへ、舞台は移る。
中学時代は、男子と女子の精神年齢が最も離れている年頃。
合唱コンクール、もちろん男子はやる気がない。女子はやる気満々だ。
上記のドキュメンタリーのごとく、喜怒哀楽が錯綜する。
あるあるネタだと思うが「男子、ちゃんと歌ってよ」と女子が泣く。
そういった懇願も叶ってか、放課後に空き教室で練習を行うことになった。

ピアノはないので、アカペラの合唱だ。

30分ほど練習していると、教室のドアが開いた。
入ってきたのは、元不良のKである。
彼は、2年生までは暴走していたが、3年生になって落ち着いたタイプ。
だから”元”がつく。
昔悪かった人間が良いことをすると妙に評価される。
悪いことをした分の貯金が「あの子、更生したわね」と高評価へロンダリング。
だから、ヤクザから神父、不良から教師とかなった人は評価される。
一番偉いのは、普通のまま普通でいる人なのに。


Kもそのタイプで、悪役から善役へ華麗な変化を遂げた。
特に女子からの評価を高めたいのか、頼まれごとは何でもしていた。
今回の依頼は、合唱コンクールで真面目に練習しない男子のお目付け役。
そのためにやってきたのだ。


Kはまず、後ろのロッカー上で涅槃のポーズととりながら我々の練習を監視した。
(涅槃を分からない人に説明するとストリートファイター2のサガットのステージの
後ろにいる像がとっているポーズである。
これでもイメージできない人に説明すると、要するに肘をついて寝ている格好である。)

一通り見ると、そのポーズのまま歌唱指導を始めた。
「おい、お前ら、声出てねーぞ」と注意をする。
男子のみを歌わせ、音域もチェック。
それこそ、音楽教師のように「もっと、抑揚つけて」と説いた。
熱が入ると、Kはついにロッカーを降り、直接的な指導を行った。
それぞれをソロで1パート歌わせ、声の大きさを確かめた。
言わずもがなKは合唱に対して特別な造詣はない。
ただ、指導者を装うことをしていただけである。
Kから毎月500円の金を徴収されていたFなんて、全パートをソロで歌わされたりもした。
正にK。独裁者の如く。
40分ほど経つと、いきなり「飽きた」と言い放ち、Kは教室から立ち去った。


この話、あまりにもな話なのでフィクションだと思うだろう。
否。この男は実在する。



ちなみに、中野ゼロホールで行われた合唱コンクール本番。
大抵、3年生はお情けで1、2、3位と上位を占めるものだが、
我々のクラスだけカスリもしなかった。
僕等いけてない男子グループの
ただでさえゼロに近かったモチベーションは、
さらにマイナスに落ち込んだのだ。


大人になると様々な理不尽に襲われる。
しかし、僕にとっての人生最大の理不尽は、
Kによる合唱コンクールの指導だったりする。




(当コラムは一部の嘘もないノンフィクションです。信じてください)

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OTONA WRITER

ヨシムラヒロム / Hiromu Yoshimura

中野区観光大使やっています。最近、29歳になりました!趣味は読書です。