僕の通っていた中野H中学は荒れていた。
くさったミカンだらけのスクールは、全ての規則がなぁなぁになる。
バカな生徒に付き合い続けると教師も磨耗し、疲れ果て、注意するのも億劫になるからだ。
僕が入学する前のH中学は、学校の意欲低下がピークを迎えていたそうで、
一時は合唱コンクールもなくなる予定だった。
そんな最中に赴任してきたのが音楽教師のM。芸大卒業のエリートだ。
彼の音楽を愛する力が、中学生に歌を歌うことの喜びを教えた。
故に、合唱コンクールは存続の運びとなったらしい。
誰から聞いたか覚えていない、たぶんホントの話。
中学3年生の合唱コンクールへ、舞台は移る。
中学時代は、男子と女子の精神年齢が最も離れている年頃。
合唱コンクール、もちろん男子はやる気がない。女子はやる気満々だ。
上記のドキュメンタリーのごとく、喜怒哀楽が錯綜する。
あるあるネタだと思うが「男子、ちゃんと歌ってよ」と女子が泣く。
そういった懇願も叶ってか、放課後に空き教室で練習を行うことになった。
ピアノはないので、アカペラの合唱だ。
30分ほど練習していると、教室のドアが開いた。
入ってきたのは、元不良のKである。
彼は、2年生までは暴走していたが、3年生になって落ち着いたタイプ。
だから”元”がつく。
昔悪かった人間が良いことをすると妙に評価される。
悪いことをした分の貯金が「あの子、更生したわね」と高評価へロンダリング。
だから、ヤクザから神父、不良から教師とかなった人は評価される。
一番偉いのは、普通のまま普通でいる人なのに。
Kもそのタイプで、悪役から善役へ華麗な変化を遂げた。
特に女子からの評価を高めたいのか、頼まれごとは何でもしていた。
今回の依頼は、合唱コンクールで真面目に練習しない男子のお目付け役。
そのためにやってきたのだ。
Kはまず、後ろのロッカー上で涅槃のポーズととりながら我々の練習を監視した。
(涅槃を分からない人に説明するとストリートファイター2のサガットのステージの
後ろにいる像がとっているポーズである。
これでもイメージできない人に説明すると、要するに肘をついて寝ている格好である。)
一通り見ると、そのポーズのまま歌唱指導を始めた。
「おい、お前ら、声出てねーぞ」と注意をする。
男子のみを歌わせ、音域もチェック。
それこそ、音楽教師のように「もっと、抑揚つけて」と説いた。
熱が入ると、Kはついにロッカーを降り、直接的な指導を行った。
それぞれをソロで1パート歌わせ、声の大きさを確かめた。
言わずもがなKは合唱に対して特別な造詣はない。
ただ、指導者を装うことをしていただけである。
Kから毎月500円の金を徴収されていたFなんて、全パートをソロで歌わされたりもした。
正にK。独裁者の如く。
40分ほど経つと、いきなり「飽きた」と言い放ち、Kは教室から立ち去った。
この話、あまりにもな話なのでフィクションだと思うだろう。
否。この男は実在する。
ちなみに、中野ゼロホールで行われた合唱コンクール本番。
大抵、3年生はお情けで1、2、3位と上位を占めるものだが、
我々のクラスだけカスリもしなかった。
僕等いけてない男子グループの
ただでさえゼロに近かったモチベーションは、
さらにマイナスに落ち込んだのだ。
大人になると様々な理不尽に襲われる。
しかし、僕にとっての人生最大の理不尽は、
Kによる合唱コンクールの指導だったりする。
(当コラムは一部の嘘もないノンフィクションです。信じてください)