建築設計が出来るだけでは建築設計では食べてはいけない。新しい時代の建築家像とは?

世の中を生き抜く術・勝ち残る術」をテーマに、建築界の異端児の異名をとる建築家松葉邦彦が今話したい人物と対談、インタビューを行い、これからの世の中を生きて行く学生や若手に伝えたいメッセージを発信します。第12回はHAGISO代表の宮崎晃吉さんと有限会社日光デザイン代表取締役の木村顕さんにお話を伺いました。

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宮崎 晃吉
建築家。東京谷中の「最小文化複合施設」HAGISO、宿泊施設hanare代表。2008年東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。2008年~2011年株式会社磯崎新アトリエ勤務。設計事務所HAGI STUDIOを立ち上げ建築設計や自主経営の施設を手がける。東京藝術大学建築科非常勤講師。http://hagiso.jp

木村 顕
有限会社日光デザイン代表取締役。1977年生まれ。東京藝術大学大学院博士過程中退後、有限会社日光デザインを設立。2006年に書院造に泊まって日本を知る宿「日光イン」、2013年に東京青山に世界の朝ごはんを提供する飲食店「WORLD BRAKFAST ALLDAY」をオープン。2014年スペースシャワーブックスから『WORLD BREAKFAST ALLDAYの世界の朝ごはん』を上梓。一級建築士。http://www.nikko-design.jp

松葉:「Outsider Architect」の12回目は、HAGISO 代表の宮崎晃吉さんと有限会社日光デザイン代表取締役の木村顕さんに主に以下の3つのトピックスについて建築プロデューサーの古賀大起さんと共にお話を伺っていこうと思っています。

1:建築家がカフェやホテルを経営する
2:日常の風景を未来へ受け継ぐ
3:新しい時代の建築家とは?

宮崎さんは台東区の谷中でHAGISOという施設を設計し運営されています。取り壊しに瀕していた木賃アパートを見事に再生し「最小文化複合施設」に。また、近年ではHAGISOの近くに位置する別の建物を改修し、お風呂は銭湯を使い、夕食は近所の飲食店、そして朝ごはんはHAGISOといった形で、街の資源を最大限に活用し街全体を旅館として見立てたhanareという旅館の経営に着手しております。

一方、木村さんは栃木県の日光市で日光インという宿泊施設を経営。日光を車で廻っている際に見つけた書院造の空き家を改修して周囲の風景を取り込んだおもてなしの空間を持った宿泊施設として再生し運用されています。また訪れる外国人旅行客との対話の中で見出されたコミュニケーションツールとしての朝ごはんを着想に世界の朝ごはんをテーマにした飲食店WORLD BREAKFAST ALLDAYを青山にて経営されております。お二人は共に東京藝大で建築を学んだというバックグラウンドがあります。今回は建築設計のみならず、自身で事業を手掛ける新しい時代の建築家像について迫りました。

1:建築家がカフェやホテルを経営する

松葉:お二方の事は様々なメディアで既に多くの方が知られているとは思いますが、まずはお二方の事業についてお聞かせ頂けますか。

宮崎:HAGISOは学生時代に住んでいた築60年の萩荘という木賃アパートを改修して、「最小文化複合施設」と呼んで運営しています。きっかけは東日本大震災でして、危ない建物だから解体しようと考えていたオーナーさんにその前に建物のお別れとしてお葬式をやらせて欲しいとお願いしてハギエンナーレというアートイベントを行ったことです。3週間の展示期間で1500人もの方にご来場いただいたのですが、それを見たオーナーさんが建物を壊してしまう事を勿体ないなと思われるようになりました。ですので、オーナーさんに新築案と駐車場利用案とリノベーション利用案の事業計画の中で最も投資効果が高いものがリノベーション案という提案を行いました。

また、テナント付けに関しても、カフェなどの運営を他人に任せても面白くないので、自分でやってみようと思いHAGISOをスタートさせました。現在はカフェ、ギャラリー、レンタルスペースに加えて自身の建築設計事務所などが入居し、町の中の「最小文化複合施設」として機能しています。また、2015年秋にHAGISOの徒歩圏に宿泊施設のhanareもオープンさせました。単に一つの建物に完結したホテルではなく、まち全体を一つの大きなホテルに見立てることで 地域と一体になったホテルでして、フロントがHAGISO内にあります。また、藝大に近いということもあって藝大の作家も扱うショップを併設しています。

松葉:藝大で学んだのでこの谷中辺りには皆よく訪れていたと思います。ところで木村さんはHAIGSOに来られたことはありますか?

木村:今日HAIGSOに来るまでは初めての訪問だと思っていたのですが、以前藝大の友人が日光に木を切りに来て、その搬入の手伝いで以前の萩荘に来たことがあったのを思い出しました。


  • HAGISO


  • HAGISO

書院造りへの思い入れが旅館業へのモチベーションに

古賀:日光とHAIGSOには不思議な接点があるのですね。宮崎さんのHAIGSOから始まり、最近のプロジェクトである町を一つのホテルに見立てたhanareへの展開の仕方も非常に興味深いですよね。宮崎さんのモチベーションは谷中への思い入れだと感じます。一方で旅館業から始められた木村さんの場合はどのようなきっかけから事業を始めるに至ったのでしょうか?

木村:私の場合は藝大で今も日本に残る住宅様式「書院造り」の研究をしていたことがきっかけとなっています。在学中は藝大という信用もあって二条城などの国宝の建物の実測もさせて頂いたことがあり、その際に体験した制約無くゆっくりと滞在することのの魅力を伝えたいと考えていた。そんな時に日光でたまたま古い三棟の書院造りの空家を見つけました。そして所有者から許可を貰い3年の歳月をかけて改修しました。

元々はギャラリー等での使用を考えていましたが、書院造りはお客を迎えるのが一番の目的の建物ですので、日光インという宿泊施設として運営することにしました。先ほどお話した国宝の実測の際にも自分のペースで書院造りを感じる経験をしましたので、そのような使われ方が合っているだろうと考えました。

日光インの根幹には書院造りがあって、書院造りは日本の暮らしの原型であるのでそれを伝えて行こうとの想いがあり、日本人だけでなく外国人旅行客の方にも日本の暮らしを体験頂ける場所になっています。

松葉:写真を見ると3棟以上あるようですが、同じく物件を改修されたのでしょうか?

木村:事業を拡大する際に、色々な物件を日光で調査したが見つからなかったので、ここで私が作らなければ誰が作るだろうか?_という思いも後押しとなって、既存の3棟の横に新たな3棟を新築しました。現在6棟を運営しているため写真のような景観が生まれています。

宮崎:事業を始めるモチベーションが書院造りから始まっている一貫性が興味深いですね。


  • 日光イン


  • 日光イン

古賀:特定の地域への愛着というよりも、書院造りで体感した空間体験への愛着という感じもしますね。その後の世界の朝ごはんにフォーカスしたWORLD BREAKFAST ALLDAYを展開されていますが、どのような経緯で始まったのでしょうか?

木村:日光には外国のお客さんが多いのでコミュニケーションを取りたいと思い、たまたま食についての質問をしたら多くの反応が出たので、食を通してコミュニケーションという考えを持つようになりました。そして、ホテルの朝ごはんを出したいとの思いも合わさって世界の朝ごはんというアイデアに辿り着きました。書院造りも朝ごはんも長い時間をかけてその土地で生まれ最適化されて文化になっているところに興味があります。日光のある栃木県は福島の隣の県ということもあり東日本大震災の直後は誰も来なくなったので、よくも悪くも時間が出来ました。そして、世界の朝ごはんをやるなら東京が適していると思い、青山でWORLD BREAKFAST ALLDAYを開店させました。

松葉:朝ごはんにも書院造りでの文化的な体験が根幹にあるのですね。ちなみに日光インではどのような朝ごはんを出されているのですか?

木村:日光インでは部屋は全てキッチン付きですので自分で作って食べることが出来ます。フロントには日本の朝ごはんセットの用意もあります。

宮崎:いきなり青山に飲食店を経営というのも凄いですね。

木村:実は色んな繋がりがあって、青山に店を出す前に小岩で一度立ち飲みバーを経営しました。谷中でもそうですが、ヨーロッパを旅行した際に感じたのは広場や教会やカフェなど多くの人が集まっていて人と人のつながりがあると感じたことでした。日本でも昔は井戸端会議などあったが、車社会の影響や人間関係の煩わしさなどもあり今となっては廃れています。しかし人のつながりが地域の雰囲気を作ると思うので、小岩にはパリで感じたような活気があると感じ、人々が集まる立ち飲みバーを経営しました。


  • 左:宮崎晃吉 右:木村顕

松葉:小岩でパリを感じるというのは意外ですね。

中川:どうしても事業展開を考えると周囲に依存しないコンテンツを先に作り、その上で地域にローカライズする様な方法を取るケースが多い様に感じます。極端な話、外部空間は無くても良いような。そういうものは街との関係がなくて面白くないなと思ってしまうのですが、お二方は周囲の環境を取り込んでユニークなものを提案されている点が、やはり建築をバックグラウンドとしているなと感じとれるように思えます。当初から周囲に波及する事柄を考えているのでしょうか?

木村:日光インでは周囲に関しては風景としての佇まいだけで、何もないのが良いと考えており周囲の既存環境への展開は考えていませんが、既存の環境に加えて新築を3棟作って集落の様な様相を形成しています。これがこの環境に対してちょうど良いくらいのバランスかと思います。朝ごはんに関してはいわゆるコンテンツ型でもあり、他の地域でも展開出来るとも思うのですが、場所柄やはり青山では合う感じがする一方で谷中では難しいように思えます。


  • WORLD BREAKFAST ALLDAY


  • WORLD BREAKFAST ALLDAY

宮崎:青山のある種の多国籍性を感じる場所を選ぶコンテンツに加え、日光インでは古来より描かれている日本の風景に応える形など、あくまで場所性に捉われないことと地域性を反映することの絶妙なバランスで事業されている印象を受けます。

松葉:青山の飲食店なのにイングリッシュブレックファストが定番であるのが、青山のローカリティを反映しているようで面白いですね。

木村:イギリスの方からも美味しいと言って下さっております。

古賀:ジャパニーズのクオリティですから(笑)。

2:日常の風景を未来へ受け継ぐ

松葉 :お二方の宿泊施設は外国の方が日本の文化を体験することを意図されているように見受けられますが、何か外側から日本を見るようなきっかけがあったのでしょうか?

宮崎:hanareのアイデアはローマを旅行した際に思いつきました。ローマで予約していたホテルに行くと、まずは普通のアパートで狭い階段を通った一室がレセプションになっており、受付を済ませた後、また別棟のマンションの一室に案内され、部屋に入るときちんとしたホテルの内装というホテルへ滞在しました。普通とは変わった形で都市の生活の日常を体験出来る仕組みがとても面白く、そのような使われ方で町を体験してもらうような方法を考えました

古賀:コンテンツの輸入の仕方を間違えると、「なんとか風」という様に形容されてしまいますが、コンテンツのバックグラウンドの仕組みや考え方を日本の方法で導入することでアウトプットは別のローカリティを実現できる様に感じます。オシャレというだけで、形だけの「なんとか風」が蔓延してしまうと街としてよくわからない状態になりますからね。地方都市なんかでもローカルを味わいに行ったつもりが「なんとか風」がつくられてしまっていて残念な気分になることが往々にしてあります。街としてのポテンシャルの活かせておらず勿体なく感じてしまいます


  • 左:松葉邦彦 右:古賀大起

木村:私の場合は大学3年生の時にヨーロッパの建築を見に行った際に、スター建築家の建築よりも古くから残る街の普通の建物に興味がそそられた所もありまして、日本人として日本の伝統を学びたいとの思いから、大学院では日本の建築史を学ぶことにしました。そして日光イン等では日本の原風景など普通なものに着目しています。

異文化の「普通」がいちばんおもしろい

宮崎:普通なものに着目するというのも良いと考えています。例えばこのHAGISOは元々木賃アパートであって、あえて保存するに値するものでないかもしれないのですが、それなりの普通さがあって、街並を形成していたものだと思います。hanareでの宿泊では、多額の費用を払って出来る特別な体験だけではなく、例えば銭湯に行く等、普段の東京を感じる機会を提供したいと思いました。ある部分で普通な事柄が地域のローカリティを形成しているように感じており、外国での暮らしの日常等、普通の事柄に対する認識のズレが結果として特殊な体験を際立たせていると思います。


  • hanare


  • hanare

木村:神戸の地震の際に、建物それ自体に価値がないと文化財にならないという傾向があったため壊れた洋館はそのまま撤去されたと聞いています。しかし、失った後の風景が物足りなかったせいか、日常を構成する特異ではない建物にも価値が認められ、残されるような考えに文化庁も変わってきているのが面白い流れだと思います。例えばサザエさんにでてくるような魚屋さんなどは皆が共通で持っている「普通の魚屋」のイメージであり、それを体験することで日本らしさが感じられるということもとても面白いと思う。パリに行った際にパリ市民が日常に遭遇するマーケットに行くような時に感じる普段の魅力と同じようなものかと。

松葉:僕がよく行く新宿駅近辺も歌舞伎町といった歓楽街のそのすぐ側には百貨店やブランドショップがある一方で駅の反対側には都庁をはじめとした超高層ビル群があったりと、混沌と入り乱れている都市なのですよね。それに慣れてしまっているから当たり前に見えているのですが、初めて訪れた外国人はすごく新鮮に見えると言っていました。ローカリティを普通の事柄、日常と読み替えると、もう少し地域のみんなが街のローカリティを守ろうと活動出来るのかなと思います。昔は当たり前のことに注視出来なかったが、今は気づけるのは歳を取ったということなのかもしれませんが(笑)。

宮崎:どうしても建築の歴史というのは過去や他者を否定して自分を肯定せざるをえない状況があったのだと思います。普遍的なものを肯定して進む ─即ち普通であることをデザインの対象にしていくという方法もあるのだと思いますね。

3:新しい時代の建築家とは?

松葉:僕は八王子駅周辺の中心市街地を拠点にしているAKITENというアートNPOの活動に関わっているのですが、拠点が駅前の中心市街地といっても範囲が広大すぎて活動のアウトプットがスケールに対応出来ていない印象がありました。一方で先日訪れた南大沢駅から徒歩10分位歩いたところにある小さな商店街のまちづくりの活動を見て、この場所なら仮に自分1人で始めたとしても数年でなんとか出来るのではないかという可能性を感じました。要は適切なスケールで活動することが必要だということだと思います。宮崎さんの谷中での活動では範囲についてどのように考えていますか?

宮崎:hanareのように街のリソースを使うという時には適切なスケールとしてはまずは徒歩圏からという範囲を念頭においています。

古賀:宮崎さんは街への愛着が強く感じられます。木村さんは街というよりは窓からの風景を含めたそこでの体験への愛着が感じられます。どちらも町或は環境の景観及び体験を未来に繋げることも事業を行うモチベーションになっているように感じました。しかしながら、我々の敷地外の資本の動きには中々抵抗出来ず、どんなに活動しても環境が変化して行くことを逃れることが出来ないように思えます。強いて言えば、その変化のスピードを緩めることが僅かながら出来る程度かと。谷中についてはどのように考えますか?

宮崎:どんどん建物が壊れていくという印象です。建物が壊れるスピードの方が早くて、事業を興していくスピードも間に合わない状況です。変化が急速に進む街に対して、街自体の理念やビジョンを市民が共有できないと環境が守れません。市民の活動によるボトムアップと区の条例などによるトップダウンで連携をとっていかないと、このままだと何の変哲もない街に成ってしまう危惧を感じています。


  • 左:宮崎晃吉 右:木村顕

評価される街ほど開発の対象になってしまう

松葉:八王子には高尾山があるのですが、ミシュラングリーンガイドで三ツ星を獲得して以降、観光客が急増しました。ですがその集客をあてにして街を最適化すると大切なものを失い、いつか観光客が減った時にその変化に対応出来ないと思います。とはいえ、どのように計画をしてよいのか誰も回答を持っていないという現状もあります。

木村:藝大時代のことを思い出すと、谷中にある日突然300住戸の集合住宅が出来、急に住んでいる人が変わりました。そうすると新たに来た人にマッチするものが出来上がり、過去のものは失われていく。観光客の話も同様で、今は谷中もうまくいっているという印象がありますが、それらを高め維持する方向性を事前に探る必要があると思います。

宮崎:谷中のように評価される土地ほど開発の対象となってしまう。開発されると結果として全体の価値を失うのは分かっている筈なのに、その流れに抗うのはとても難しい問題に感じてしまいます。

古賀:再開発の問題はそこに住んでいる人だけの問題のように見えてしまうから外の人からは中々発言出来ない事象となってしまい、大きな視点での議論が難しくなってしまうということだと思います。いかに地域外の人とコミュニケーションを広げられるか? という点から考え、「東京都の中の谷中」という位置づけが重要であるという認識で捉えられることが必要だと感じます。

松葉:建築家として日常の風景の変容についてどのように回答するかは非常に難しい問題ですが、お二人の活動は建築物の設計だけでなく、その運用にまで関わることで、かつて日常としてあった風景を現代的な方法で取り戻している、あるいは発展させているような印象を受けました。また、かつての右肩上がりの成長をしていた時代に比べると建築設計の需要は多くはなく、建築設計だけが出来ても建築設計事務所を成立させることが困難な時代になってきています。そのような現代社会を取り巻く状況に応答する形で生まれて来た新たな建築家像をお二人は表象しているようにも感じました。

協力:藤沼拓巳

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OTONA WRITER

松葉邦彦 / KUNIHIKO MATSUBA

株式会社TYRANT代表取締役/一級建築士 1979年東京都生まれ。東京藝術大学大学院修了後、事務所勤務を経ることなく独立。 人生で初めて設計した建物が公共の文化施設(旧廣盛酒造所再生計画)という異例な経歴を持つ。工学院大学建築学部建築デザイン学科非常勤講師。