【脳科学と美術】産学官連携による情報交換会に行ってきた1

桑沢の高橋さんから「手羽さんの写真は平面的でペッタリしてて全然うまくない」と言われた手羽です。

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昨日までの話。
【学食はライス食べ放題】東京工芸大学に行ってきた


東京工芸さんへ行った本当の目的はこちらです。

産学官連携による情報交換会
自ら考えてものを創り出すチカラ=日本の未来を創り出すチカラ
●日時:2016年1月23日(土)※入場無料
●会場:東京工芸大学 中野キャンパス芸術情報館メインホール
●主催:日本広告制作協会(OAC)

2014年8月に第1回が行われ、
手羽ちゃんのドキドキ潜入レポート
今回が第2回。前回は「産学で情報を共有しよう」だったけど、今回は「産官学で共有しよう」になってるのがポイント。

180名の定員を超える申し込みがあったそうで、会場も満席。
美術系大学の教職員・学生さん(ムサビは長澤学長も来てました)や小中高校の先生方も出席してたけど、それらより広告業界はもちろんのこと、自動車会社・ゲーム会社などからの企業参加者が多かった。「美術教育を盛り上げよう!」という趣旨の会はどうしても美術教育関係者だけになっちゃって、仲間内で「うん。美術って大事だよね!」と慰め合って終わり・・・というケースになりがち。
もちろんそれにも意味があるけど、この会としては美術教育関係者以外の方に「美術教育の現状」「なぜ美術教育が必要なのか?」「社会と美術のつながり」を知ってほしいわけで。

旅するムサビ」「黒板ジャック」の仕掛け人であるムサビ・三澤先生と「中学校美術ネット」などで有名な北翔大学の 山崎正明先生。マニアにはたまらん2ショットなのでこっそり隠し撮り(笑)

司会は昨年同様、ムサビキャリアチームの課長である上野さん。

高橋さんから「あの上野さんって人は何者なの?」と聞かれたりしましたが、ムサビはOACの理事をやってて教育支援部会の担当理事でもありまして。

 
OACの専務理事から挨拶があり、第1部へ突入。
最初の講演は株式会社凸版印刷代表取締役会長の足立直樹さん。

足立さんは2014年まで中央大学の理事長もされてたんですね。

凸版印刷は、イタリアの版画家であり画家のエドアルド・キヨッソーネ(有名なのはイメージで描いた西郷隆盛の肖像画)から金属彫刻技術を学んだ木村延吉と降矢銀次郎が1900年に作った会社。当時最先端の印刷技術「エルヘート凸版法」から「凸版印刷」の名前が生まれています。
今まで意識したことなかったけど、確かに昔の印刷って「版画」であり、「彫刻」なんですよね。

凸版印刷会社の設立趣旨書には「印刷術ハ美術ナリ」と書かれてて、今でも「製品ではなく『作品』をお届けしている」意識が受け継がれているそう。
2000年に100周年記念事業として印刷美術館を開設し(今はJAGDA後援「世界のブックデザイン2014-15」をやってますね)、活版印刷を体験できる「印刷の家」を作ったり、子ども達の思考力を高めるために読書感想画コンクールに協賛したり、2010年から社員向けの親子アートサロンを開催したり、様々なクリエイティブ教育活動支援をされてます。
あんぱんまんシリーズや「ウォーリーをさがせ」のフレーベル館も凸版印刷グループなんですね。知らなかった・・。



続いて、株式会社日立製作所役員待遇フェローの小泉英明さん。
個人的には一番興味をひかれるお話でした。

「日立製作所」だから「メーカー側から見たデザインの必要性」みたいな話をイメージしてたんだけど、小泉さんはバリバリの脳科学者で、「アインシュタインの逆オメガ 脳の進化から教育を考える」「脳の科学史 フロイトから脳地図、MRIへ」「恋う・癒す・究める 脳科学と芸術」という本を出してる方。
今回は「脳科学から見た人間と創造性」についての話。

人間とチンパンジーの違いは、「階層的な文法による言語能力」「複雑な道具を制作・使用」「積極的な教育活動」「慈愛・憎悪など高次の感情」の他に、仮説として「人間は未来を考える力がある」という点。
また、「努力をなぜするのか?」だと生命活動に必要な食べ物の他に、人間はお金や名誉など生きてく上で本来は必要のない精神的な褒美もパワーにできる。人間は自分の評価が高ければ嬉しいし、他人の評価が低くても嬉しく感じることが脳科学的に判明しているそうです。

脳は、生命維持を扱う脳幹から外側に、「生きる力を駆動する」部分を扱う古い皮質、そして「よりよく生きる」ことを考える新しい皮質という構造になっており、進化の過程を表してる。
そして生きる力を駆動するのは「やる気」「思い」「意欲」の感性であり、よりよく生きるためにあるのが知性。
でも知性だけではダメで、それは意識化された氷山の一角に過ぎず、実体験に基づく感性や創造性、つまり水面下・意識下の部分を育む教育がなければいけない。まさにその役割が芸術教育のはず。
「閃き」って突然どっかからやってくるんじゃなく、水面下の実体験や感性が連鎖して、ニョロと水面上に顔を出すものですよね。
ただ今はどうなのか。知識やスキルだけを教えるのではなく、意欲・パッションが絡んで初めて創造性が生まれるはずなのにそうはなっていない。
というお話でした。

ずいぶんはしょってるので、このまとめはあまりうまくないけど、小泉先生のお話はもう1時間くらい聞きたかったです。



3人目は武蔵野美術大学教授の三澤一実先生。

「美術教育は大事だけど美術だけでは育たない。学校教育はバランスが重要だ。でも現在は創造性を生み出す教育になっているだろうか?」というところから、初等中等教育の厳しい現状を。

芸術教育とは「相手の違い」を気が付かせ、「なんだ。友達と違ってもいいんだ」を学ぶ教育とも言えます。でも現在の社会は「相手と同じであること」が求められる。「創造性が生まれる社会」「寛容な社会」ははたしてどちらだろうか?考えるまでもないっす。
美術教育は精神社会と現実社会との折り合いをつける教育」という言葉が印象的でした。

ネットじゃ「なんで●●するのかわからない。死ねばいいのに」とか「ムサビはなんで●●なんかやるんだ。クソ大学」と書かれたりします。昔より増えてるかもしれません。これは「理解の拒絶」であり、それをやってる・やらない理由が必ずあるわけで、「なんでやってないんだろ?」と相手の立場になって考えることがデザイナーやクリエイターの役割だし、その教育なんじゃないかと思ってます。「自分が理解できないことへの理解」とでもいうか、そういう人が増えてるのはクリエイティブな教育が不足してるからじゃないかと。あ、「なんでも理解しろ」という意味ではありませんので念のため。

ところで。
美大職員は美大OBOGばかりだと思われがちですが、どの美大も9割はいわゆる一般大学卒。美大職員になろうと思ったくらいなので完全な美術否定派ではないだろうけど、「中学の美術は2で、美術の時間が大嫌いだった」という人が結構手羽の周りにいます。
その人たちに「なんで美術が嫌いだったの?」と聞くと、「自由に描けっていうから自由に描いたら怒られた。その中途半端なところが嫌い」と返ってくることが多いんです。
つまり、「美術」は嫌いじゃないけど「美術の授業」が嫌いってことで、他科目や社会に原因があるんじゃなく、美術の授業から「美術はなんか苦手かも」を発生させてるのかもしれません。

「●●式」と言われる美術教育界では賛否両論ある指導方法があるんですが、私は「美術の授業が苦手」と感じる前の導入として「型」を使った美術は必要だと思ってて。どうしても美術教育は「美術が得意な人、好きな人が前提で考える教育」になっちゃうんで、絵を描くのが苦手な子もある程度の完成レベルのものができ、ゴールらしきものも見え、特に今の子だと攻略をクリアするゲーム感覚のノリで「絵を描く楽しさ」を感じられる方法は全否定できないのかな、と。
親も子供も最初はそれで喜んだところで、「実はもっと深いんです・・・」と美術の本質の面白さにつなげられれば。

まだまだ長くなりそうなので、続くっ!!

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OTONA WRITER

手羽イチロウ / teba ichiro

【美大愛好家】 福岡県出身。武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒。 2003年より学生ブログサイト「ムサビコム」、2009年より「美大日記」を運営。2007年「ムサビ日記 -リアルな美大の日常を」を出版。三谷幸喜と浦沢直樹と西原理恵子とみうらじゅんと羽海野チカと銀魂と合体ロボットとパシリムとムサビと美大が好きで、シャンプーはマシェリを20年愛用。理想の美大「手羽美術大学★」設立を目指し日夜奮闘中