3月7日(土)、ムサビ鷹の台キャンパスへ。
視覚伝達デザイン学科・齋藤啓子先生の退任・最終講義「私たちの場所を私たちでつくるということ」に参加してきました。
視覚伝達デザイン学科(視デ)は「グラフィックデザイン(平面デザイン)を学ぶ学科」と思われがちですが、実は英語名称は「Visual Communication Design」。
「視ること・感じること」を伝え合うコミュニケーションがまずあって、そのアウトプットとしてグラフィックデザインやアニメ、写真などがある・・「人と人をつなぐデザインを学び、役割としてのメディアが様々にあるからそれも学ぶ」という考え方なんですね。
なので美術予備校の先生から「グラフィックやりたいならタマグラかムサビの視デだろ」と言われて視デに入学したものの、最初は全然グラフィックデザインのグの字もやらなくて
芝生で体使ったり、
目隠して学内徘徊したりして、「あれ?聞いたのと違うなあ・・」と感じた視デ生は多いはず(笑)
このワークショップをスタートさせたのが、及部克人 名誉教授。
日本の造形教育において、今や当たり前に使ってる「ワークショップ」という言葉と実践を広く定着させた人・・といっても多分過言ではないはず。
最近はワークショップを「体験会」的に使うこともありますが、及部先生はワークショップを「参加者主体の活動」「体験・制作を通じた学び」「相互コミュニケーション」「結果よりプロセス重視」「共に作りながら学ぶ」と定義されています。これってまさに視デですよね(笑)
それを学生時代から受け継いでいるのが今回の主役・齋藤啓子先生(通称ぴのさん)で、なんと齋藤先生は視覚伝達デザイン学科の第1期生なんです。
全国の「冒険遊び場」のさきがけとなった世田谷区経堂「こども天国」の運営に学生時代かかわったことがきっかけとなり、地域を結ぶ造形・表現活動のワークショップ企画運営などコミュニティデザイナーとして活躍されています。小平市とムサビの活動には必ずといっていいほど齋藤先生が関係しており、「異才たちのアート展」「けやき青年教室」「小平市公共施設マネジメント」「みんなでつくる音楽祭」「まちで楽しむ」など書き出すときりがありません。
令和3年度には『障害者の生涯学習支援活動』に係る文部科学大臣表彰も受賞されてます。
これまで自治体、行政、企業、小中学校、障害者福祉施設と一緒にいろいろ活動されてきたから、会場の第2講義室は
卒業生以外にこれまでお世話になった地域の方たちも来てて、超満席。
というか溢れてた。
パーティーもこんな状態。
著名アーティスト・デザイナー先生の最終講義でも外部の方が沢山やってくると思いますが、大学の教育研究活動を通じて出会った人がこれだけ集まるのは齋藤先生しかありえないですね。
あ、先日Mr.Children「産声」のアートディレクションをされた視デ卒・森本千絵さんもいらっしゃってました。
森本さんのアプローチってかなり特殊だけど、やってることは冒頭に書いた「視デ」そのもののように感じてます。
さて、ここから齋藤先生と手羽の話を。
「職員になってお世話になった先生」だと沢山いるんですが、「今の自分の仕事になんらかの影響を与えた先生を2人挙げろ」と言われると、迷いなくデザイン・ラウンジを一緒にやった井口先生、そして社会連携活動を長年取り組んだ齋藤先生の名前を出します。
2009年から齋藤先生の「インターンシップ演習」で非常勤講師をやらせてもらってました(CI学科でもやらせてくれないかしら)
手羽が社会連携担当課長をやってる時に齋藤先生は社会連携推進委員会の委員長をされてたんで、当時は一緒に行動することが多く。
んで、齋藤先生を「すごい人だなあ・・」と思った、いまだに忘れることができない出来事がありまして。
ムサビ北門の前、平沢材木店のすぐ横に
重症心身障害児(者)施設「緑成会整育園」が2010年10月にオープンしました。
重症心身障害児(者)施設とは、「重度の知的障害及び重度の肢体不自由が重複している障害者(児童)の長期入所施設」。その時担当者の方から聞いた言葉をそのまま使うなら「ほぼ寝たきり状態の知的障害者が100人亡くなるまで入居する施設」です。
2010年夏に緑成会整育園さんから「10月にオープンするのでムサビに何か協力してもらえないか」と相談があり、齋藤先生と社会連携チームスタッフと下見に行かせてもらったんです。
そして担当者の方から「住民説明会を開いたら、『住宅側の門から出てくるな』「カーテンは常に閉めておけ』などいろいろご意見を頂戴しました」という正直なお話も伺いました。
そんなことよりも、ムサビとしてどんな活動ができるんだろ。
1人では動けない、ペンも握れない知的障害者の方相手だと図工教室もワークショップもできない。
「美大生が壁に絵を描いたり、飾ったりするぐらいしかやれることはないだろうなあ・・・」と思ってたんです。
すると、横にいた齋藤先生が普段言いなれてる感じでサラっとこうおっしゃったんですよ。
「地域の方にこの施設を理解してもらうためのワークショップがまず必要ですね」
これがほんとショックで。
普段、学生さんや高校生、場合によっては企業や市長にも「絵を描くだけが美大じゃない!」と偉そうに語ってる手羽だけど、結局「美術ができることは絵を描くこと」という発想しか出てこなかったことに恥ずかしくなりました。
これこそ「デザイン」だし、美術大学の教育の本質だと改めて気が付かされ、自分をアップデイトできた出来事だったのです。未だに連携共創企画を考える時はこの時齋藤先生がサラっと「地域の方に理解してもらうためのワークショップが必要」とおっしゃったシーンを思い出します。
2006年頃、ムサビは助成金をもらって新潟県岩室でかなり大掛かりなプロジェクトをやってた時期があり、齋藤先生はアレンジした岩室甚句を灯篭に描くワークショップをムサビ生と一緒に担当されました。
それ自体はそれで終わったのだけど、それに参加した岩室中学校の生徒さん達が「私達で続けていきたい!」と自主的に動き、そして2009年には作った灯篭を川へ流す動きを起こしてるんです。
いろんな大人が中学生に協力して、
今や「矢川灯籠流し」として、岩室を代表する初夏の風物詩となりました。
ワークショップに参加してた学生さんが現地へ見に行き、齋藤先生に「先生!すごくきれいです!!」と興奮しながら電話してきたそうで、そのシーンをイメージするだけで、おっちゃんは泣きそうになるんですよね。
「地域デザインとは今を盛り上げるだけじゃなく、次に楽しめる人を作り持続させること」と考えると、岩室でのこの流れは成功事例かもしれません。
というわけで、齋藤先生がこれまでどんな活動をしてきたのか知りたい方は
4月2日に武蔵野美術大学出版局から「つながる環境デザイン: 大学から地域へ、地域から大学へ」が発刊されます。
昔から視デは「環境デザイン」という言葉を使っていて、「景観」よりももっとソフト寄り、どっちかというと「場づくり」「ソーシャルデザイン」という意味の方が近いし、まさに「私たちの場所を私たちでつくる」かな。
齋藤先生の及部ゼミ時代から最近の活動まで詳しく書いてあるので、ぜひお買い求めください!!
【美大愛好家】 福岡県出身。武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒。 2003年より学生ブログサイト「ムサビコム」、2009年より「美大日記」を運営。2007年「ムサビ日記 -リアルな美大の日常を」を出版。三谷幸喜と浦沢直樹とみうらじゅんと羽海野チカとハイキュー!と合体変形ロボットとパシリムとムサビと美大が好きで、シャンプーはマシェリを20年愛用。理想の美大「手羽美術大学★」設立を目指し奮闘中。