まず、こちらをご覧ください。
■そろそろタカホのことを語ろうか1 ―ホール編― | 武蔵野美術大学100周年ウェブマガジン
手羽が100周年webマガジンに書いた記事でして、今日はこの記事を補足したり、記事ではボツにした写真や最新の写真を使って書いていきます。ほとんど「リライト」ですが。
なお、「タカホ」(鷹の台ホール)には鷹の台ホール建物自体を表す場合と2階第1食堂のみを表すケースがあるけど、以降は「建物=タカホ」「第1食堂=ホール」として紹介していきます。
ムサビには2つ学食があり、鷹の台ホールA棟2階にあるのが第1食堂「ホール」です。
鷹の台ホールは1967年竣工で、こちらが竣工当時の写真↓
現在の図書館側から見た鷹の台ホール。
周りはだだっ広い芝生になってて、ここで当時の学生さんは語り合ってたんでしょうね(手羽が学生の頃は梅林と焼却場になってた)
そして竣工当時は屋根の色がクリーム色だったのも確認できます。
手羽が好きな写真はこちら。
巨大な水たまりに反射する鷹の台ホール。逆さタカホ。
鷹の台ホールについてはもうすぐ公開される100周年webマガジン1月号で細かく調べて書いてるんでお楽しみに。
ここから今日の本題に入っていきます。
1.ムサビとシダックスの関係
ホールは「シダックスコントラクトフードサービス株式会社」(以下シダックス)さんに運営業務をお願いしています。
そう、あのカラオケのシダックスです。
シダックスさんはもともと志太勤(しだ つとむ)さんが食堂運営から始め、のちに弁当製造、学校給食、カラオケ事業などを展開・発展していった会社なんですね。
詳しくは
■シダックスヒストリー | シダックス
をご覧ください。
なのでムサビ関係者は「第1食堂」と呼ばず、「シダックスさん」と呼ぶことの方が多いです。
ちなみには100周年マガジンではあえて触れなかったですが、今はオイシックス・ラ・大地株式会社の子会社になってます。
■オイシックス、子会社のシダックスを再編 給食事業を完全子会社化 - 日本経済新聞
で、1970年に好きな料理を好きな量だけ選択して組み合わせて会計する「日本型カフェテリア方式」を日本で初めてムサビ第1食堂で実験導入されたんです。
ほら、カウンターに並んでる料理をアラカルトに選んでレジでお金を払う、今や全国の学食や社員食堂でも見かけるアレです。アレの始まりがなんとムサビなんですよっ!!
しかし、なぜ日本型カフェテリア方式の日本初のお店がムサビだったのか。
その疑問をあちこち調べてたら、シダックス社史編纂委員会『志魂の道 シダックス55年史』(2015年、河出書房新社)にこう書かれてるのを発見。
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カフェテリア方式の提案を他の受託先には断られていた。だが、武蔵野美術大学は、勤の申し出をすんなり受け入れてくれた。
「武蔵野美術大学さんは美大の中でも自由な雰囲気なところ。だから、カフェテリア方式の導入の挑戦を理解してくださり、実験をやらせてくれたのだと思う。」
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厨房機材の交換費用は大学側が負担しなくちゃいけないから、普通に考えたら「そっちの新しい事業の実験費用をなんで大学が持たなくちゃいけないんだ」ですよね。
当時の田中誠治理事長の判断・・経営判断というより志太勤さんの「志」と社会的価値に共感された判断なわけで、「安くあげるだけが経営じゃない」ことがヒシヒシ伝わってきます。
2.ホールといえば
学生によって「第1食堂派」と「第2食堂派」に分かれます。
昔はうっすら「ファインアート系は第1食堂、デザイン系は第2食堂」って空気があったかな(笑)
手羽は1,2年の頃は「第1食堂派」でしたが、3年生から夜遅くまで工房で作業するようになり、夕食を第1食堂で取るようになったから、お昼は第2食堂で食べるようになりました。
手羽が学生時代よく食べてたのはカレー。安かったのもあるけど、これにサラダ(確か140円ぐらいだった)をつけることが多かったです。あ、当時は「カレー&ハヤシ」なんてものはありませんでした。
小皿料理もよく選んでて、一番食べたのは冷ややっこ。
この肉じゃがもよく食べてた。
逆にほとんど食べたことがないのが、うどんやそば。どうしても福岡出身の手羽は黒い汁に抵抗があって。でも最近ようやく食べれるようになりましたよ。味覚が東京人に近づいたのかも。
ちなみに記事を読んだ卒業生からは「ダンパ」の反応が高く、「ダンパは本当に連日やってた」「吉祥寺校にいた3,4年生も参加してた」「底が抜けるんじゃないかってくらいの人と熱気だった」など熱いコメントをいただいてます。
3.第1食堂シダックスさん最後の日
12月頭に学生・教職員へ通知されたのですが、昨日2026年1月19日(月)がシダックスさんとの業務委託終了日、つまりムサビでの営業最後の日となりました。
契約書を見ると、鷹の台ホールができる前の1965年8月にシダックス(当時:フジフード)さんと構内食堂業務委託契約を結んでいるので、ちょうど60年間ということになります。
ただ、ベルハウスの最終日と違って、「本日で閉店です」などの張り紙もなく、いつもと全く変わらない形で営業されてました。
卒業制作の片付けで来てる学生さんへの気遣いかもしれませんね。
唯一違ったのが定番のうどん・そばをやってなかったことくらいかしら。
第1食堂で働く方へのインタビューで、「他大学の学食でも働いたことがあるけど、他大学と違ってムサビの学生さんは食器を返す時に『ごちそうさま!』と言ってくれるのが嬉しい」とおっしゃってたのを思い出しました。
私からも最後に。
シダックスさん、今までごちそうさまでした!
以上、4月からは違う業者さんの運営になるので第1食堂がなくなるわけじゃないよ、の手羽がお送りいたしました。
【美大愛好家】 福岡県出身。武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒。 2003年より学生ブログサイト「ムサビコム」、2009年より「美大日記」を運営。2007年「ムサビ日記 -リアルな美大の日常を」を出版。三谷幸喜と浦沢直樹とみうらじゅんと羽海野チカとハイキュー!と合体変形ロボットとパシリムとムサビと美大が好きで、シャンプーはマシェリを20年愛用。理想の美大「手羽美術大学★」設立を目指し奮闘中。