空間デザインのプロ×美大生起業家が考える 人を魅了する空間の作り方

イベントや展示会などの空間デザインを行う株式会社博展。「エクスペリエンスマーケティング」を事業の軸に、リアルな体験の価値提供を通して企業のマーケティング活動を支援する同社の南正一郎さんは、これまで数多くのクライアントのプロジェクトでクリエイティブディレクションを手がけてきた実績を持つ。今回は、現役美大生にして株式会社ANCRのCEOを務める福島颯人さんをゲストに迎え、空間デザインという仕事の魅力や可能性についてお話を伺った。対談は7月末に六本木の東京ミッドタウンで行われた「水と生きる SUNTORY 光と霧のデジタルアート庭園」「光と陰が舞う涼空間 - 舞すだれ-」のインスタレーション会場にて。

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空間デザインは、人間について深く考えること

―今回、お二人に対談いただくにあたり福島さんには六本木の東京ミッドタウンで開催されている「水と生きる SUNTORY 光と霧のデジタルアート庭園」や体験共創型インスタレーション「光と陰が舞う涼空間 - 舞すだれ-」を鑑賞してもらいました。どちらも博展が手掛けたものですが、いかがでしたか?

福島さん:弊社ANCRと博展さんはいわゆる「空間デザイン」という同じ分野で仕事をしていますが、空間内にデジタル表現を用いた演出というのは弊社ではまだ実現できていません。これから挑戦したいと思っている分野なので、素晴らしい展示を実現されていることに刺激を受けました。

南さん:ありがとうございます。

写真:「水と生きる SUNTORY 光と霧のデジタルアート庭園」 主催:東京ミッドタウン



写真:「光と陰が舞う涼空間 - 舞すだれ-」


福島さん:同時に展示されている「Think Experience ~ブランド価値を最大化する、体験のチカラとミライ~」にて、南さんにこれまでの博展さんのプロジェクトの数々を解説いただきながら拝見したのですが、大きな規模、多数のプロジェクトを行っているのには驚かされました。話を聞く限り、かなり納期の厳しいものもあったのですが、それを全く感じさせないクオリティで。単純に凄いと思いましたね。

写真:「Think Experience ~ブランド価値を最大化する、体験のチカラとミライ~」
博展設立50周年の節目に行われた展示。空間デザインやエクスペリエンスマーケティングの実例がモデルとともに並びました。



南さん:嬉しいですね。僕も福島さんの仕事について伺っていたのですが、アプローチの違いはあるものの、空間デザインの根底にある考え方は近いなと感じました。美大生では珍しいと思うんだけど、そもそも学生のうちから起業しようと思ったのはなぜなんですか?

福島さん:高校3年生になって進路を考えた時、得意分野であるものづくりの道に進もうと思ったんです。ただ美大に進むからには、将来はサラリーマンではない道に進もうと思っていて。となると、フリーランスか起業。卒業までに事業を軌道に乗せるためにスケジュールを逆算し、2年生の時に会社を起こす計画をたてました。仕事のやり方を学ぶために入学直後にインターンを始めましたね。



  • 左:株式会社博展 クリエイティブディレクター南正一郎氏 右:株式会社ANCR 代表取締役 福島颯人氏

南さん:計画的というか、かなり戦略的ですよね。デザインの領域は幅広いですが、空間デザインを学ぼうと思ったのは何故ですか?

福島さん:武蔵美のオープンキャンパスで片山正通さんの講義に参加して感銘を受けたことが、空間デザインの道へ進む決め手となりました。。講義では「空間デザインとは常に人の周囲にある空気をデザインすること」であり、コミュニティを含め様々な要素に影響を与えるものなんだと感じたんです。平面上で完結するグラフィックデザインでは物足りないし、プロダクトデザインにも通じるだろうし、空間って全てを包括する分野だと気付かされたんですね。

南さん:普通「空間デザイン」というと、物理的なスペースのデザインを想像しますよね。福島さんは最初から「空間」という言葉に対する解釈が広いと思います。

福島さん:興味を持ったきっかけが片山さんの講義だったので、その影響は大きいかもしれません。空間を体験設計としてとらえていて、ビジュアルよりも、そこを訪れた人にどんな気分になってもらうかをデザインするのが大事だと言っていたのが印象的で。

南さん:気分のデザイン、おもしろいですね。私は大学の時は都市計画を専攻し、広場の研究をしていたんですが、その場所に人が集まる理由を解明することは難しいんですよね。というのも、そこを訪れた人にアンケート調査をしても「なんとなく」という回答が多数になるんですよ。なにかしら空間が人に影響を与えていて、その結果、人が集まっている。でもその理由ははっきりとはわからない。

これが動物だったら、その動きを観察していけば、生物学的な理由付けができるんです。でも人間の気持ちを解明することって、非常に難しいんです。難しいからこそ、空間や体験の設計って面白いんですよね。そこがわかれば、世の中の人に対してもっと豊かな体験や新しい気持ちを提供していけるんじゃないかと思います。

福島さん:心理学的にも、視覚情報より体験の方が人に与える影響は強いですし、空間を体験するのは人間なので、結局は人間のことを突き詰めていくことになるんじゃないかなと思います。逆に空間に紐付く全ての事柄を深く掘っていかないと、本当にいい体験は作れないですよね。


デジタルに浸かった現代人をリアルな空間に引っ張り出したい


南さん:専門的な視点ではなく、一人の人間の感覚から空間を設計するという福島さんの考えはすごく理想的な捉え方ですね。企業が企画したイベントに参加してもらうというのは、多くの人にとっては非日常的な行動なので非常にハードルが高いんですよね。体験の設計を考える時、能動的に参加してもらうために参加のハードルを下げることで入り口を作り出しています。

―具体的にはどのように行うんですか?

南さん:その方法はケースバイケースなのですが、例えばターゲットの日常に入り込んでいくための流れをつくる、あるいは事前にWEBで情報を流すなどして行きたいと思わせる気分を醸成する、あるいはすでに存在するコミュ二ティに入り込んでいく、という風に考えていきますね。

福島さん:イベントに参加してもらうための入り口を設計するのはめちゃくちゃ大事ですよね。空間のことばかり考えていればいいわけじゃないというのはすごく実感があります。

南さん:以前あるブランドのランニングイベントを企画したことがあるんです。開催時期は春だったのですが、参加者を集めるためにはその前に「参加したい」「走ってみたい」と思ってもらわなければいけません。そのためにお正月に告知のメッセージを流しました。年明けはすでに多くの人の中に「心機一転したい気分」があるんですよね。なので、同じメッセージであってもユーザーのアクションに繋がりやすい。こういう生活者の視点というのは意外と見落とされてしまいがちですが、コンテンツをユーザーの日常に組み込んでいかないと、まず見向きもされませんから。

福島さん:行動を喚起するためには複合的に考えていく必要がありますよね。いかにオフラインの体験に興味を持ってもらえるかが課題だとは僕も感じています。空間がもたらすリッチな体験はその場所に足を運ばないとわからないですから。最近、そもそもなぜ人はこんなにもデジタルデバイスに時間を使っているのか行動調査をしているんです。

南さん:おお、調査内容がすごく気になります(笑)。どんな風に調査しているんですか?

福島さん:なぜ目の前の空間に目を向けずに小さい画面に向かって、言葉を打ち込んだり、動画を見たりしているのかを脳科学的な視点からリサーチをしています。現代の人間はコミュニケーションをとる時間に圧倒的に支配されていて、目の前にある空間に目を向けていかないんです。

南さん:人間って、意識の上では実際に過ごしているリアルな空間だけじゃなく、デジタル上の空間を器用に行き来しますよね。だからネットもリアルも区別なく、ユーザーの時間の奪い合いが起きています。そんな時代だからこそ、場所が与える影響力は相対的に大きくなっているし、継続的な関係性を持つコミュニティに価値が出てくるんだと思います。


空間デザインを面白くするのは「素人目線」と「不確実さ」


―お二人は空間デザインを通じて、これからどんな仕事をしていきたいと思いますか?

南さん:デジタルの情報が主流になっていく反面、この仕事をしていて「体験」「空間」の重要性が高まっているのは感じるし、体験を軸に広げていく意義も大きいと思ってます。

福島さん:僕は空間デザインに興味を持つプレイヤーが増えるようコミュニティを生み出していきたいです。 RELABEL(https://re-lab-el.jp/)という空きスペースと新しいことを始めようとしているが、空間などの制約からそれを諦めかねない状況にあるチャレンジャーをつないでスペースを運営していくサービスを始めたんです。クリエイターや、何かを始めたい人が集まって、育つような環境を作り、広げていかなければいけないなと。どんなスペースの課題にも対応できるよう様々なバックグラウンドを持つメンバーを集めてサービス開発を行っています。


  • ANCRが新しく立ち上げ、企画・運営するRELABELは空きスペースと、クリエイターをマッチングするサービス。

南さん:福島さんのような若い世代の話を聞いていると、他分野のメンバーと接点を持つかを悩んでいること自体が時代遅れになっていくのかも、と思いますね。空間デザインは専門分野としての体系がありつつも、一般の方の視点から生まれた気がするんですよね。だから専門じゃない人の意見を取り入れていくというのは理想的な姿勢のように感じます。


福島さん:空間デザインははそもそも関わるメンバーが多いですし、繋がれる可能性は無限にありますよね。

南さん:その通りだと思います。僕らはもっとユーザーの日常生活の中に体験型のイベントが入り込りこんでいけるようにしたくて。今年の春、「未来の学校祭」というイベントに出展した『センサーエラー』という作品は、デジタルとフィジカルの境界線が曖昧になる中で、人は何の情報を頼りにするのかということを実験したプロジェクトです。視覚情報はデジタル、聴覚・触覚情報はフィジカルで情報提供した時にどんな行動を起こすのかということを実験しました。企業のなかでもそういう動きは出てきているし、パートナーと協業して自主プロジェクトを始めたり、クリエイティブのプロセスも変わっている感覚もあります。


  • 『センサーエラー』の展示風景。曖昧になるデジタルとリアルの境界線を追求した博展の実験的なプロジェクト。




南さん:きちっと設計図通りのやり方や、従来の考え方では想像を超えることは難しくって。あえて余白を残しておく方が良いものになることがあるんですよね。それこそ「水と生きる SUNTORY 光と霧のデジタルアート庭園」のように自然現象とか、制御できないものをデザインマテリアルとして取り入れていくという方法に、博展は意識的に取り組んでいます。これはすごく勇気がいるし、遊び(不確実性)を入れるからこそロジカルな設計が必要なんですが。

福島さん:ANCRでは必ず空間デザインを専門にしていない人をプロジェクトに入れるようにしています。自分たちの想像がつかない目線や感情が入ることで、空間がおもしろいものになるんじゃないかと思って。するとプロジェクトの管理がめちゃくちゃ大変になるんですが、それは必要な投資だと思っていて。

南さん:チームビルディングはクリエイティブディレクターとしての醍醐味ですよね。着地までは時間がかかるけど、今まで見たこともない場所に行けたりする。でも、実際にチームに専門外の人が入るとなるとプロジェクトを進めていく難易度は上がりますよね。

福島さん:大変ではありますが、アウトプットには確実にプラスになっていると感じます。同業の人が多いと仕事のやり方でぶつかることもありますが、お互いの視点を尊重しながら共創していけるので。

南さん:今っぽいですね。プロセスの部分で「遊び」を入れ込むというのは良いヒントをもらいました。

福島さん:ANCRとしてはそこで生まれる化学反応を大事にしていきたいんです。ANCRは「Arising New Chemical Reaction 」の頭文字から取っていて。化学反応をいかに面白がれるかが会社のテーマなので、外の視点というのは欠くことのできない要素なんです。

―お二人の間でも、今後化学反応が生まれるような気がします。

南さん:ぜひ何かご一緒しまししょう。

福島さん:ぜひ。楽しみにしています。

プロフィール
南 正一郎
株式会社 博展(https://www.hakuten.co.jp/
コミュニケーションデザイン本部 局長
クリエイティブディレクター

1981年大阪府生まれ。2005年大阪工業大学 工学研究科 建築学専攻 修了。
2005年株式会社博展に空間デザイナーとして入社。2015年より現職。
企業のマーケティング活動やブランディングなど目的にあわせ、
リアルにおける体験価値の提供を軸に、イベントやエキシビジョン、インスタレーションなど
空間をメディアとした体験デザインのクリエイティブディレクションを行う。
東北芸術工科大学 非常勤講師(2012-2015),DSA空間デザインアワード一次審査員。
主な受賞歴に、iF DESIGN AWARD,DESIGN FOR ASIA,GOOD DESIGN AWARDなど

福島 颯人
株式会社ANCR(https://ancr.tokyo/)代表取締役CEO兼アートディレクター。
合同会社PARC(https://parc.design/)Founder兼COO。
1997年生まれ。2019年現在、武蔵野美術大学空間演出デザイン学科4年に在学中。
MONTBLANCやCartierなどのブランドを抱えるリシュモンジャパンからは指名で依頼され、これまでに多くのプロジェクトを担当。
Red Bullのイベントの空間演出をはじめ、2018年夏のHIP-HOPフェス「煩悩 Born Now」の空間演出や原宿HASSYADAI CAFEの空間設計など空間の領域を幅広く手がける。

(写真:伊藤圭 編集/文:高橋直貴) 

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