計算ではできない “揺らぎ”と、制約の中で表現する”ライブ感”(手作り感)
ーー垣内さんが作られる「コマ撮り」、あるいは「ストップモーション・アニメーション」とはどのようなものでしょうか。
垣内さん:「コマ撮り」と呼ぶときには少し注意が必要です。かつて「セルアニメ(セルアニメーション)」と言われていた一般的な2次元アニメ作品も「コマ撮り」の一種ですが、最近は人形などの立体物を少しずつ動かしながら、ひとコマごとに撮影して1本の動画にする「ストップモーション・アニメーション」を指すことが多くなりました。私がやっているのも、こちらのほうです。
ーーCG全盛の時代にストップモーション・アニメーションで映像を作る意味にはどういったものがありますか。あるいは、ストップモーション・アニメーションだからこその魅力とは何でしょうか。
垣内さん:現在のCG技術はとても進化していて、クオリティーを別にすれば、できないことはないと思います。羨ましいです。まるで実写のような絵や、2Dのアニメーション風の作品を作ることもできます。
しかし映像を見る人の感性はそこだけを見ているわけではありません。1コマずつポーズを付けて撮影するストップモーション・アニメーションと、コンピューターを使って中割り(アニメーション制作で、原画と原画の間の絵を描き、キャラクターや背景が動いて見えるようにする作業のこと)を計算して作るCG。そのふたつを比べると、客観的にはストップモーション・アニメーションは効率が悪いかもしれません。でも、手を使って作り上げるアニメには、計算ではできない“揺らぎ”があると思います。それがストップモーション・アニメーションの魅力ではないでしょうか。また、作り手にとっても、人形やセットを手にとって触れるということは、人間のとても根源的な衝動を呼び覚ましてくれる気がします。
CGを使えば、本当になんでもできてしまいます。アイデアが全部実現してしまう分、予想外のものも生まれにくいのではないでしょうか。一方、デジタル撮影になった今でも、「ストップモーション・アニメーション」には制約が多いままです。シンプルな関節人形などを使うので、位置を変えたりポーズを変えたりするには、物理的にも時間的にも限りがあります。それらの制約の中で動きや間を考えて動かした、今の自分の技術が集約された「人形の動き」は、二度とない“ライブ感”(手作り感)を宿しはじめます。その“ライブ感”が、見る人を毎回新鮮な気持ちにさせ、ワクワクドキドキと心をくすぐるのではないでしょうか。
ーー垣内さんがストップモーション・アニメーションと出会ったのはいつですか。
垣内さん:高校卒業後、京都の芸術系の短大に進みました。私はデザイン専攻だったのですが、2年生の時にあらゆる創作表現手法を一通り学ぶなかでコマ撮りの手法を学び、「コマ撮りのミュージックビデオが面白い!」と思って自己流で作品を作りました。テレビなどでは目にしていたはずですが、「これがストップモーション・アニメーションか」と意識したのはそれが初めてでした。でも、職業として興味を持ったのは、その後に京都・四条河原町の高島屋の特設会場で見た、CM監督の李泰栄さんのイベントからです。その時代を代表するストップモーション・アニメーターの仕事がいくつか紹介されていました。展示で使われているストップモーション・アニメーションが本当に素敵で、すぐに虜になり何度も足を運びました。
ーー卒業後すぐに、アニメーション・実写映画を企画・制作する「白組」に入社されるわけですよね。
垣内さん:はい。イベントの影響を受け、粘土の人形を使ってまた作品を作ってみたんです。すると、就活担当の先生が映像専攻の先生に「ウチの科の子がコマ撮り作品を作っている。あの子に合う就職先を探しているので、そっちで面倒を見てもらえないか」と話してくださったんです。後から知ったのですが、私のまったく知らないところで話が進んでいて。今から思うと感謝しかありません。その映像専攻の先生にいきなり呼びだされ、「作品を見せてもらえますか?その作品を作るあなたなら、東京に向いている会社がありますよ」と言われて。それが白組でした。
まず、会社説明会に参加しました。「テクニカルディレクター」という人が出てきて、「私たちの仕事というのは徹夜して、それでもまだ終わらなくて、心身ともにヘトヘトになり、よくまあ、こんな会社に興味を持ちましたね‥‥」と職種のマイナス面ばかりを言われたのでびっくり。でも、ポツリとひとこと、「そうやってやり抜いた後に、”時々面白いこと”がある」。
そんなことを言う人に、ものすごく興味がわきました。「会社に入るのは初めてだから、実際に働いてみないと会社のことはわからない。でも、『あの人は理解不能だけど本当のことを言っている?』『そんな人がいるこの会社って?』」と考え出したら業界自体に強い興味が湧いたんです。「絶対この会社に入って、”時々面白いこと”を垣間見たい!」と思ってしまい(笑)、熱を入れて入社試験を受けました。そのテクニカルディレクターが、今、白組の社長になっている小川洋一さんです。
ーー入社後はどんな仕事をされていましたか。
垣内さん:島村達雄さん(白組の現会長)に何でも覚えた方が良いと言われ、最初は本社で2D作業をメインにアシスタントをしていました。当時そこには、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の監督になる山崎貴さんや、『STAND BY ME ドラえもん』の監督になる八木竜一さんも先輩にいました。
しばらく経ったころ、山崎さんが調布スタジオでミニュチュアをメインにした特殊撮影をすることになり、調布スタジオ3階のミニュチュア制作チームに入り仕事をしました。調布スタジオの1階の撮影スタジオでは、連日、日本を代表するストップモーション・アニメーターの峰岸裕和さん(dwarf)がストップモーションアニメーションを撮影されていました。同時期に関節人形を組立てたり、セットを作ったりさせてもらって今の土台となる技術を習得。少しづつですが、簡単なアニメーション制作に携わらせてもらうようになりました。
ーーしばらくして、退社してフリーランスになられるわけですよね。
垣内さん:会社にはちょうど9年間いました。最後の3年ほどは、「これでいいのかなぁ」といったことも考えるようになりました。というのも、仕事がある程度そつなく一通りできるようになったと思った時、ストップモーション・アニメーション技術だけを伸ばしたいと考えるようになったんです。会社とも十分に話し合ってわかってもらい、円満退社でした。フリーランスになった後も長い間、白組からお仕事をいただいていました。
ーーストップモーションアニメーターに向いているのはどんな人ですか。
垣内さん:本当に興味があるのならば、センスのあるなしにかかわらず、目指したり、作品を作り出したらいいのではないでしょうか。というのは、たとえば「服装のセンスがある」といった人は、いつもファッション雑誌を見て、お休みには一日中お店を回るといったことをやって、その結果としてセンスのよさが身についてくるように思います。「センスは元々人に備わっているものではなく、努力してあとから身に付けるもの」と私は思っています。
そして、ストップモーション・アニメーションのためのセンスを磨くには、とにもかくにも映像作品を見ることです。私自身も、「仕事仲間の作品は全部見る」「夜は録りためておいた映画を必ず1本見てから寝る」といった生活を20代の間はずっと続けました。ただ、もし向き・不向きかあるとしたら、体力のあるなしかもですね。ストップモーション・アニメーションの作業は、1日何百回も立ったり座ったり移動したりの繰り返しです。仕事仲間を見ると、男女を問わずスポーツが得意な人が多いです。たまに、運動は不得意といった人がいたとしても、話し方からしてエネルギーに満ちあふれていて、丈夫そうです。
ーーもし、「ちょっとストップモーション・アニメーションをやってみたい」「どんなものか知りたい」「素人なりに楽しみたい」といった場合はどうすればいいでしょうか。
垣内さん:道具は家にある文房具か大工道具で大丈夫。撮影するのはスマホのカメラで十分です。そのスマホを固定する卓上三脚があれば便利ですが、そのへんの柱やテーブルの脚に粘着テープで貼り付けてもいいです。撮影する対象は何でもOK、家族にお願いして「お母さん、私の服を毎日記録するアニメを撮るから、毎朝、玄関の同じ位置で出掛ける前に写真を撮って」と気軽に始めるのも面白いし、ペットボトルやコップに顔を描いてコマで動かすだけでも、アイディア次第で面白いものになります。発表する場は、YouTubeなどのSNSがあるので、アップして友達や家族の反応をすぐに得て楽しむこともできます。実際に、フィギュアを少しずつ動かし、見せ方を工夫して作った投稿作品で、ものすごい視聴数になっているのもあります。
「モノを小刻みに動かしてアニメーションを作る」ことを日常の遊びの中に取り入れていると、ある時観たコマ撮り映画の裏側が少し想像できるようになったり、1シーンを真似したくなったりして、「観るのも撮るのも面白い!」と思うようになります。そうしていると自然にストップモーション・アニメーションのセンスが磨かれていくので、映像作品全般もより深く面白く感じるようになります。ぜひ皆さんも身近なモノと身近なカメラで、ストップモーション・アニメーションを始めてみてください!。
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今回インタビューをさせていただいた垣内由加利さんは、大日本印刷が運営するクリエイター育成プロジェクト「FUN’S PROJECT COLLEGE」で講師としても活動中だ。
FUN’S PROJECT COLLEGE は、クリエイターになりたい人の学びをサポートするオンライン学習サービス。本気でスキルアップしたい人向けに垣内さんのようなプロのクリエイター監修のコンテンツを提供している。
また、FUN’S PROJECTでは、各方面でご活躍されている垣内さんのワークショップを市ヶ谷のDNPプラザで開催するそう。ストップモーションによるアニメ制作に興味がある方は、ぜひ参加してみてはどうだろう。
▼イベント概要
「リラックマとカオルさん」制作アニメーター!
垣内由加利と体験する コマ撮りアニメワークショップ
ミニフィギュアを使ったアニメーション制作や、自分自身が登場人物となって垣内さんに撮影してもらうピクシレーション(人間コマ撮り)が実施される。ストップモーションの世界やその制作過程を知り、体験することで、アニメーション制作の楽しさに触れてみよう。
開催日時:2019年8月3日(土)14:30~16:00(受付開始:14:00~)
ゲスト:ストップモーションアニメーター 垣内由加利
会場:DNPプラザ 2F イベントゾーン(東京都新宿区市谷田町1-14-1 DNP市谷田町ビル)
必要なもの:
・申し込み後に送信される「イベント申し込み完了メール」
・FUN’S PROJECT 会員認証画面(印刷かスマートフォン等の画面のいずれか)
申し込み:https://college.funs-project.com/events/4
▼プロフィール
垣内由加利さん
ストップモーションアニメーター、倉敷芸術科学大学・非常勤講師。兵庫県丹波篠山市出身。1988年、映像制作会社・白組に入社。1997年に独立する。現在までにかかわった作品はCM・短編・長編映画など300本以上にのぼる。また近年は、ストップモーション・アニメーションのノウハウをベースにして、フィギュア・ぬいぐるみ・衣服から人間の体まで使った「だれにでも始められるコマ撮り」の普及にも力を入れている。2019年6月29日、京都市下京区の「Apple京都」で開催された「ビデオラボ:垣内由加利と一緒にコマ撮りの世界で遊ぼう」でも講師を務めた。ここでは、垣内さんの指導の下、iPad・iPadアプリ・ミニサイズの人形などを使うことで、参加者各人がミニ作品をその場で完成させている。
(文・写真=柳本学)
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