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蓮沼執太 (はすぬま・しゅうた)
1983年東京都生まれ。音楽作品のリリース、蓮沼執太フィルを組織して国内外でのコンサート公演、映画、舞台芸術、音楽プロデュースなど領域横断的表現を多数制作する。また近年では、作曲という手法を様々なメディアに応用し、映像、サウンド、立体、インスタレーションを発表し、個展形式での展覧会やプロジェクトを活発に行っている。近作に、『時が奏でる│Time plays - and so do we.』(CD、レコード│2014)がある。
http://www.shutahasunuma.com
服部 浩之(はっとり・ひろゆき)
1978年愛知県生まれ。早稲田大学大学院修了(建築学)。2009年より青森公立大学国際芸術センター青森[ACAC]学芸員。MACという略称で、アートの創造性に着目しオルタナティブな生活術を模索する活動を国内外で展開。近年の企画に、7ヶ国13名のキュレーターとの協働により東南アジア4都市と日本で実施した『MEDIA/ART KITCHEN』(Galeri Nasional Indonesia, MAP KL, Ayala museum, BACC, YCAM, ACACほか|国際交流基金、2013-14年)や十和田奥入瀬芸術祭『SURVIVE ~この惑星の、時間旅行へ』(十和田市現代美術館、奥入瀬地域、2013年)など。現在はあいちトリエンナーレ2016キュレーターとしても活動中。
http://midoriartcenter.com/
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—ACACについてお教えください。
服部:ACACは「国際芸術センター青森」の略で、2001年に設立されました。建築・設計は安藤忠雄。アーティスト・イン・レジデンスといって、生きているアーティストがここに滞在して作品を作り発表する施設です。プログラムは毎年、春夏秋冬で分かれています。例えば、春は将来の活躍が期待される日本人の若手や中堅のアーティストを。夏は、ACACの学芸員がテーマを設定し独自に実施したリサーチに基づいて選出した国内外4〜5人のアーティストを招へいして滞在制作をしてもらいます。他には公募プログラムなどもあります。
—本展は春のプログラムになりますね。
服部:通常は毎回アーティスト一人を紹介しているんですが、今回は連続して二人の個展を行いました。最初が鈴木ヒラクさんで、続いて蓮沼さん。テーマは「言語と空間」。アーティストが持っている独自の言語と、この場所、この空間に対する彼らならではのアプローチに着目しています。というのも、この建物自体が非常に独特な建築なんです。いわゆるホワイトキューブのギャラリーは外光が入ってこないし、スクエアでまっすぐなものですが、ここの空間はバウムクーヘンのような形。建物の平面が円形で、それを切って扇型にしたような天井高も6メートルあるコンクリートの空間なんです。不思議な空間なので、音響的に特徴がある。それ自体を作品化できないかということで蓮沼さんをお招きしました。これが展示に至るまでの経緯です。
—これまでにサウンドにアプローチする展示は行っているのでしょうか?
服部:音にまつわる作品を作っているアーティストでは、小杉武久さんや藤本由紀夫さん、金沢健一さんなどから、梅田哲也さんや八木良太さんのような若手まで多くの方に展示していただきました。ただ、今回はオブジェクトとしての作品というよりも、建物の環境自体にアクションを起こすようなことがしたい、という意向がありました。建物の響きを作品にするというか。そこで蓮沼さんの作品とすごく相性が良いんじゃないかと思い本展を企画したんです。
—具体的に蓮沼さんのどんな作品を見てオファーされたんでしょうか。
服部:「蓮沼執太フィル」のような活動も含めて、単体の作品そのものだけではなく、もっと大きな構造というか、それを取り巻く環境や仕組みみたいなものまでを作曲しようという態度が面白いなと思っていました。「蓮沼執太フィル」においては、ライブ会場ではない文化施設などでの公演で、何もないところから舞台を作るという、場自体を作る試みをしている。また「作曲」という概念の定義の仕方が面白いです。そのあたりの意識については、本展のタイトル「作曲的|compositions: space, time and architecture」が「空間」「時間」「建築」を内包していることが良く現していると思います。
蓮沼:建築は空間でもあるので。展覧会であっても、コンサートであっても、この音をどうやってオーディエンスに聴かせるために音楽をするのか、どうやって響かせるのか、というのは毎回考えているんです。音楽をする場所というのは、その都度、温度も、湿度も違うし、体調も違う。変わっていく環境のなかにいる人の空間性を読み取って演奏すること、それをミュージシャンは日々やっているのではないでしょうか。
服部:ミュージシャンは敏感ですよね。
蓮沼:そもそも一人の人間が、作曲をしてパフォーマンスもするという人が増えたのはここ50年くらいの話なんですよ。もともと演奏家はもっとジャンルが分かれていたので。最近はそれが融合しているというだけで。そのなかでやっている人は敏感ですよね。
空間で作曲するということ
服部:蓮沼さんは本展において一貫して「音楽家として作曲します」と言ってましたね。
—それは美術ではないということですか?
蓮沼:例えば本展の作品のひとつが、美術の文脈のコンテクストに引っかかってどこかの美術館に収蔵されることがあるかもしれない。でも個人的に、作品と作家は分けられた存在だと思っています。その線引がいまは生きているからよくわからなくなっているけど、僕が死んだあとに作品が展示される時に、その作品が美術でも音楽でも関係がないということです。どう使われるかは関係ない。コンポーザーとアーティストという区分けではなく、音楽をする人が作ったという作品だということで、それは一貫しています。
—そうすると作品制作のモチベーションはどこにあるんでしょうか?
蓮沼:僕は歴史を勉強するのが好きだし、基本的に、いまを生きているからには新しいことをしなければならないと思っています。それには過去からの何かしらの引用もあるだろうし、歴史と結びついていることなんだけども、正しいプロセスを作り、新しい文脈を作りたいという感じだと思います。
服部:蓮沼さんは、作曲という行為を介してひとつの作品の中に様々なリファレンスを内包させますよね。それらの総体が「ひとつの曲」として空間を形成するということが、建築として考えてもすごく面白いと思います。そもそもACACの建築は、とても重厚でモダンで隙が少ない「キメキメ」の建築です。それを換骨奪胎するというか、建築家がおそらく予期していなかったであろう偶然の産物として生み出された歪みや余白の部分を、アーティストが面白がって脱構築していくのは、建築の解釈としてとても興味深いものです。設計者の安藤さんは、この建築の視覚的な部分はとても強く意識していたと思うけど、おそらく音の響きについてはそこまで意識しないで作ったと思うんです。だけど結果的にはものすごく面白い音響空間が実現されています。その音響特性を極限まで拡張し、ポジティブにこの建築空間をハッキングしていくような展覧会を実現したかったんです。展覧会という表現方法をとりつつも、一環して音楽家として空間を作曲する蓮沼さんとなら、それを共有して新たな空間体験を創出できるのではないかと思ったんですね。
蓮沼:それは伝わってきました。今回もそうですけど、僕はいつも変わったところで展示をするんです。僕の専門メディウムは絵画でもないし、彫刻を見せるわけでもない。メディアが発達してインスタレーションという形態がポピュラーになっている時代に、いわゆる「展覧会」を初めてやったのは、平田晃久さんが設計した三角形のスペースでした(東京都現代美術館「BLOOMBERG PAVILION PROJECT」)。そこは太陽光も入る面白いスペースで。その後も「アサヒ・アートスクエア」や「神戸アートビレッジセンター」など、普通の展覧会であればネガティブとされる環境を、どうポジティブなスペースとして使っていくかという鍛錬のようなことをしてきました(笑)。
—ミュージシャンとしての活動もそういう面がありますね。
蓮沼:それは音楽、ライブパフォーマンスにも通じることだと思っています。既存のライブハウスではなく、普通ならライブをしないところで演奏をする事が多いです。だから作品制作においては、ある種の制度批判をしつつ、場所をゼロから変えて作ってる感じがあります。それは実はCDなどの記録メディアを作るときとも同じで、いつも根底にあることなんです。そのアプローチが正面から行く場合は、正面から行くこと自体が既存の制度を批判している行動であったりとか、制度そのもの対象を解体しているというアプローチを担っていると思います。でもACACは、僕的にはネガティブな要素はひとつもありませんでした。むしろ変わってるんだけど、正直普通に面白い空間でした。単純に、「空間のエコー」の話だと音楽は作りやすいですから。僕にとっては結構有利だったというか。
服部:ACACの空間は、動線はわりと明快ですよね。歩きながら経験するシークエンスの展開が面白い。それは音楽のタイムラインの考え方と相性が良いなと思います。基本的に音楽というのは、作曲家によって構成されたあらかじめ決められた時間に沿って聴くってことなんだけど、蓮沼さんの展示ではむしろ観客が音楽の構成を積極的に「作る」感じになっているのが面白い。蓮沼さんは庭園をつくるように音楽の要素を空間に構成し、それを観客は自分のペースで移動しながら経験します。移動の速度や方向を少し変えるだけで、常に新たな音楽を経験することができる。という、ある意味観客に委ねる部分も大きい観客を信頼する作品でもあると思います。
音楽と建築
服部:本展が面白いのは、僕は美術というよりも建築の問題として取り組み、蓮沼さんは音楽の問題として取り組んでいるところで、そのアウトプットが展覧会であるというやり方だと思います。そもそも建築も音楽も、当たり前ですけど構築的なもので、まさに「コンポジション」ですよね。
蓮沼:僕が波形をいじりながらとか、シンセをパッチングして音楽を作ったり、数学的に打ち込みをするときには「これは建築的だな」って感じたり、思ったりもするし、実際にそういう作り方をしたこともあります。電子音楽の分野でも、数学的な演算のものならクセナキスのような的なアプローチもあるわけだし、音楽と建築の接点を見い出せといったらいくらでもありますよね。
—建築がテーマの音楽の展示ということに戸惑いはありませんでしたか。
蓮沼:基本的に、僕が音楽を作るときは快楽的な趣向ではなく、批評批判精神が根底にあります。それが作品となるときには、ポップスとか現代音楽などとかの領域的な質感の違いはあれど、態度のあらわれとして出ているということなので、戸惑いはありませんでした。
服部:ロジック(論理)はもちろん重要ですが、アーティストが論理を超えた先にあらわす肌理(きめ)みたいな部分が作品を飛躍させるうえで重要だと思います。メインギャラリーでは11点の作品がインストールされているのですが、最後に加えられた11番目の《環境的#4》は、空間に気配を与えるために音を加えたようなものです。あの作品は、ことばで伝えることが困難で、実際に体験しないとその効果は絶対に分からない。だけれど、あの空間にいると、その11番目が必要不可欠であることは身体的に理解できます。これは合理的な論理だけでは説明できないんだけど、そういうものを恐れることなく「えいっ」と加えられること、もしくは抜き去ることができる判断力は重要です。それは作品の強度を引き上げる「肌理」の部分だと僕は思っています。作品を飛躍させるスパイスというか。論理を超えた力によって、作品が一段階飛躍すると思います。
蓮沼:それは以前佐々木(敦)さんが言っていた、ミュージシャンが「メロディを作れるか作れないか」ということにも近いかもしれないですね。音楽的な考え方思想の話でいうと、かつてジョン・ケージが言っていたような時間の感覚「時間・無時間」というのは、もはや当たり前の思想になっていると感じます。もしくは楽譜から想起させるような音楽的表現。例えば、数学的に書かれていたり、シンメトリーで描かれているような美しいスコアの現代音楽だったり。更には建築的な領域だとパターン・ランゲージだったり。そういうものの仕組みや生成プロセスの面白さはあるけど、実際に立ち上がる作品はそのコンセプトの面白さを両立している、というのは極めてむつかしいと思っています。どのジャンルでもある問題ですよね。そういう時代に、「時間」というものに正面から向き合うには、今回のような展覧会のような仕組みがないと実現できないと思いました。本当にノンリニアな空間を作るには、演奏したり、曲をレコーディングするということは実現できない。本当に、クリティックにやるためには、こういった展覧会のような形式じゃないと立ち上げられないと思ったんです。現時点では、全体的にコンポジションを作って音楽を作っていますが、もっと力強いコンポジションものにしていきたいと思っています。
—それでは最後に、本展のオススメポイントを教えて下さい。
服部:《フィードバック》がこの音楽空間の要で、全体の核になっています。オブジェクトとしても魅力な形態であることはもちろんですが、メガフォンに見立てられるような3つの真鍮製の筒の内部にマイクが内臓されていて、ハウリングしながら周囲の音を取り込み、吐き出していく。会場で響き渡るすべての音を取り入れてフィードバックするんです。非常に環境的な作品で、この空間の作曲の方向性を決定付けているように思います。ひとつの作品が、他の作品によって価値を増幅され、逆にそれ自身が他の作品の価値を増幅するという相関関係がとても面白いですね。子供がこの《フィードバック》で自由に遊んでもいいし、色んな関わり方を許容できる力のある作品です。ACACの不思議な響きの環境に設置されたことで、あの作品のクオリティや存在感は素晴らしいものになっています。
蓮沼:僕は『Walking Score』です。ACACは森に囲まれていて、野外彫刻も多くあります。その森を一周するように森にペンキを垂らしながら歩き記譜をする映像とドローイングと彫刻の作品です。出力されるサウンドはフィールド・レコーディングであり、ドローイングや彫刻はスコアになっています。作品化のアウトプットの幅が拡がったと思いました。
—この展示は体験してみないとわからないですね。
服部:そうですね。ACACは700㎡程度展示空間があるのですが、この規模感もいいんです。個展をするには小さくはない空間で、中堅くらいまでの作家が思う存分新たな挑戦をすることで、飛躍をする可能性が有りうるスペースなんです。小さすぎず、大きすぎず、挑戦するにはいい規模と環境です。構造は変わっていますが、ある種のニュートラルさもあります。未知の挑戦をするには、絶妙な規模感です。そんな場での蓮沼さんが新たに作曲した空間を是非体験していただきたいです。
言語と空間vol.2 蓮沼執太
「作曲的|compositions:
space, time and architecture」
会期:2015年5月30日(土)~6月28日(日)
会場:青森公立大学国際芸術センター青森
住所:青森市合子沢字山崎 152-6
TEL:017-764-5200
休館日:無休
開館時間:10:00~18:00
URL:http://www.acac-aomori.jp/air/2015-2/
執筆:齋藤あきこ
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