命がけで絵をやっている。だから絵で生きていけないなら死ぬしかない。アーティスト baanai

世の中を生き抜く術・勝ち残る術」をテーマに、建築界の異端児の異名をとる建築家松葉邦彦が今話したい人物と対談、インタビューを行い、これからの世の中を生きて行く学生や若手に伝えたいメッセージを発信します。第21回はアーティストのbaanaiさんにお話を伺いました。

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baanai
アーティスト。神奈川県藤沢市鵠沼(くげぬま)生まれ鵠沼育ち。 海とサーフィンが創作のエネルギー、インスピレーションの源。2015年 コム・デ・ギャルソン の川久保玲氏に作品ファイルを送った 事をきっかけに、洋服をはじめ、DM、ショッピングバッグなど、 3度に渡りアートワークが起用された。 また、グローバルなアート活動「Artist Network Program」を ブランドの根幹とする「 RVCA 」などに作品を提供している。

「あなたが絵で生きていけるとは思わない」と言われた。けど今絵を描くことを仕事にしている。

松葉:「Outsider Architect」の第21回はアーティストのbaanaiさんにお話を伺っていきたいと思います。まずはじめにお聞きしたいのですが、いつから絵を描かれていたのでしょうか?

baanai:もともと絵を描くことは好きでアーティストに憧れがありました。ただ、高校時代に美大に行くための予備校のような場所に通ったのですが、そこでのデッサンの成績が100人中ビリから2番目だったんです。本当のビリは漫画家志望で漫画みたいなデッサン描いてそれを指摘されていたので実際にはビリだったと思っています。結局美大にも入れませんでした。その後何年かブランクがあった後に趣味みたいな感じで、またちょこちょこ絵を描き始めました。

松葉:本格的にアーティストを目指して描き始めたのはいつからですか?

baanai:人生の中でいろんなことがあって2014年の冬、どうせなら自分のやりたいことをやろうと絵を描き出したのが本格的なスタートです。

松葉:本格的にアーティストになろうと決めてから、たった4年でここまで来たということには非常に驚きを感じます。もちろん外からは見えない葛藤や努力があったはずですが、いわゆる貸しギャラリーではないギャラリーで個展を開き、絵がきちんと売れるレベルになっているアーティストは僕の知る限りでは中ではやはり一握りの存在だと思います。また、アーティストを目指して絵を描き続けている人は知り合いに何人もいますが、アーティストとて評価されている人はほとんどいません。お話を聞いているとbaanaiさんはかなり最短距離に近い状況で進んできている気がします。4年間で現在の位置まで来ていることについてどう思いますか?


  • baanai

baanai:ここまで来れたのはとても有り難い事だと思っていますが、自分も命を賭けて一日も休まず頑張って描いているので、まだまだ評価されていないな、くらいの気持ちもあります。

松葉:なるほど、その考え方は素晴らしい。ちなみに僕は実際に作品を拝見して、良いなと思ってbaanaiさんの絵を買わせていただいていただいた一人です。また、2018年の9月に外苑前で開催した自身のアートコレクションを展示する「MATSUBA COLLECTION 」にも出展させていただきましたし、将来自分のコレクションを展示する美術館を建てたいと思っていて、もちろんその構想の中にbaanaiさんの絵も入っています。という訳でアートのことは決して詳しいとは言えないですが、baanaiさんのことを非常に高い評価をさせていただいている一人です。この人はこれからもっと凄くなっていくなと。ただ、そういうバックグラウンドがあるので普通のインタビュアーとは違って、ややbaanaiさんに対してはやや前のめりになっているということに今気づきました笑。普通はもっとフラットな立場でインタビューしますからね。

baanai:ありがとうございます。

松葉:ちなみに僕が買わせていただいた「ARIGATOUGOZAIMASU」シリーズの絵は、どのように描き進めるのですか?一枚ずつ一気に書き上げるのか、何枚かを並行して描かれるのか。また、完成までにどのくらいの期間を要するのか。

baanai:何枚かを並行して描いています。期間はまちまちです。密度にもよりますが、よく作品を途中で少し寝かしておくことがあります。例えばベースまでは描いて見えるところに置いておいて、そのベースの上に何を描きたいかとかイメージを膨らませる時間を取ることは良くあります。もちろんイメージが頭の中で固まっているものは一気に描き上げますが。

松葉:なるほど。作品を寝かせてインスピレーションが湧くのを待ち、新たな表現を模索しているということですね。アートの中には様々な表現手段がある中で、何故絵を選択されたのでしょうか?

baanai:小さな頃から本当に描くことが好きで絵描きになりたいと言ってきましたが、周りの大人たちにやめなさいとか、高校の先生には露骨に「あなたが絵で生きていけるとは思わない」と言われ続けてきました。それでも絵を描き続けてきて、今は絵を描くことを仕事にしている。ちょっと格好つけて言うと、そういった人たちに対して、彼らを傷つけない知的な復讐をしているような状況でもあるんです。


  • 松葉邦彦

松葉:人を傷つけない知的復讐っていいですね。僕は大学は工学部だったのですが、建築学科ということもあり1年生の頃にデッサンの授業がありました。その授業にほぼ全部出席して課題も出したのに単位を落とされたことがあり、さすがにそれは無いだろうと思って先生に聞きに行ったら、「君は絵が下手だから」と一蹴されて。さすがにその時は落ち込みましたが、何年かの後に大学院でその先生の出身校の東京藝大に進学した時に心の中で「ざまあみろ」と呟きました。baanaiさんに比べたらかなりスケールが小さいですし、そもそも言った当人は覚えているわけもないですが、おっしゃられていることの意味はすごくわかります。

baanai:そうですよね。デッサンで評価されなかった当時は結構辛かったし悩みもしましたが、今考えると、その時自分より評価の高かった人がみんなアーティストになっているわけではないので。もちろんデッサンは出来た方が良いですが、デッサンができなくても自分の好きな表現スタイルを見つけて努力を続けることでアーティストとしての活動は出来るのだと思います。

松葉:その場で評価されないことは絶望的だけど、少し枠組みを広げてみるとそんなの小さなことだったと思うことが多々あります。だから出来るだけ視野や世界は出来るだけ大きく持った方が良い、結果なんか後からついてくるはずなので。今は大学で教える立場になったのですが、評価されずくすぶってる学生に「他の学校の先生や学生とも交流を持った方が良いよ、評価なんて環境が変われば180°違うことだってある」と常に言っています。ただ、一番重要なことは環境が変わったことではなく、自らの意志で変えようと思ったことだと思います。所属する組織やコミュニティ、業界といった狭い枠組みでどう評価されるかということよりも、強い想いがあるかが大切だと思います。そして、強い想いを持って努力を続けている人こそが世に羽ばたいているような気がします。

次はない、だからコム・デ・ギャルソンに勝負を挑んだ。

松葉:baanaiさんと言えばコム・デ・ギャルソンとのコラボレーションが印象的ですが、ご自身でポートフォリオを送られて川久保玲さんに認められそのチャンスを得たとお聞きしています。何故、川久保玲さんにポートフォリオを送ろうと思われたのですか?

baanai:2014年の冬に本格的に絵を描き始めて、本当に命がけでチャレンジするなら、どうせなら自分が世界で一番すごいと思う人に最初にチャレンジしようと思ったんです。次はないという前提で始めているので。その時自分の頭の中に浮かんだのがコム・デ・ギャルソンの川久保玲さんでした。

松葉:川久保玲さんに送ったポートフォリオはどのようなものだったのですか?

baanai:普通にファイルしてA4サイズの紙に2つずつ作品を並べたものを送りました。「学歴、経歴、受賞歴、何もありません。作品だけで判断して下さい」と手紙を添えて。

松葉:当時から作品は僕が購入させていただいた「ARIGATOUGOZAIMASU」のように文字を表現したものもあったのですか?

baanai:そうですね。当時は本当に文字だけで表現したものでした。最近は色や背景などを変えて奥行きを表現したものもやっていますが。

松葉:キャンバスに背景を塗ってその上に文字を描くというような表現ですか?


  • baanai

baanai:キャンバスもあれば紙も使いましたし、箱に文字を描いて表現した作品もあります。その当時送った箱の作品がそこの棚に置いてあります。とりあえず何としてもピックしてもらわないとその先、生きていけないという状況だったので、様々なものに「COMME des GARÇONS」の文字を描きました。自分は突き抜けて絵が上手いわけではないとわかっていたので、技術じゃない部分でアピールしようと。世界で一番「COMME des GARÇONS」を描こうと決めて、3ヶ月間「COMME des GARÇONS」の文字をひたすら描き続けました。

松葉:確かにコム・デ・ギャルソンの社員の方もそんなに「COMME des GARÇONS」と書いたことないでしょうね。技術や気持ちも大切ですが、川久保玲さんの目に留まるための戦略も考えられていたということですね。以前この連載でインタビューさせていただいた絵本作家の西野亮廣さんも、自分は絶対的に絵が上手いわけでもなく、美大を出たわけでもない、それでも勝てる戦略を考えたとおっしゃっていました。そして誰も出来ないくらいに丁寧に時間をかけて緻密な線で作品を描くことで、プロの絵本作家の方々との差を生み出したそうです。ものすごく戦略家だし一方で純粋でもある。baanaiさんも、自らが表現したい作品を作る情熱と、冷静にそれを人に見てもらうための戦略を立てることのバランスが取れている方なのだと感じました。実際にコム・デ・ギャルソンと仕事をされてみていかがでしたか?

baanai:自分のような者が語るのはおこがましいですが、全ての表現者への誠実さと敬意は素晴らしいものを感じました。実績もない自分のような人間に対しても真摯に対応をしてくれました。今は様々なブランドや企業とお仕事をさせていただいて、皆さんとても良くしてくださいますが、その中でもコム・デ・ギャルソンはズバ抜けています。

命がけで絵をやっている。だから絵で生きていけないなら死ぬしかない。

松葉:baanaiさんとのメールのやり取りの中で「命がけで絵をやっているので、」という文面がありとても気になっていました。命がけで絵を描くとはbaanaiさんにとってどういうことでしょうか?

baanai:1つは「絵で生きていけないなら死ぬしかない」。失敗して他のことをして生きていくという選択肢はないと思っているということです。そしてもう1つは「1日も休まずに絵を描き続ける」と決めて活動していることです。2015年は未熟で2日ほど高熱で休んでしまいましたが、それ以外は一度も休んでいないです。例えば、病院の先生に、「そのペースでやっていたら死んでしまうから、もっとペースを落としたり、休んだりしなさい」と言われた時でも、今のペースで休まずに絵を描き続けられるか、そしてその選択肢を選べるかどうかという考え方です。いつも絵は左手で描くのですが、ここ1週間くらい親指が痛くなってきて、毎日痛み止めを飲みながら描いています。根本的な治療でもないし、薬の効果も弱まるので、飲み続けるのは良くないとは思いますが、今の自分にとっては絵を描き続けることの方が重要なんです。もし左手がだめになったら右手を使ってでも描き続けます。これは絵を買ってくださった松葉さんに言うべきではないですが、美大に行けなかったというコンプレックスもあって、自分は絵が下手だと思っているんです。もちろん自分の作品はこれがかっこいいと思っていますが、上手いか下手かというとまた違ってきます。デッサン的な上手さはないとわかっているから、自分は下手だと思っているからこそ、最大限の努力の一番わかりやすい形が1日も休まないということだと思ったんです。


  • アトリエ風景


  • アトリエ風景

松葉:左手は心配ですが、今のbaanaiさんにとっては描き続けることの方が重要だということですね。命がけの4年間だったからこそ、baanaiさんの今の立ち位置も納得できます。1日も休まず絵を描き続けるというのはストイックなことで、ある種修行僧のようなイメージを彷彿とさせます。修行を続けることで、何か違う世界が見えてくることもありそうですね。もちろん変な意味の違う世界ではなく、悟りのようなものなのかなと。

baanai:ここ1~2年は「ARIGATOUGOZAIMASU」をずっと描き続けています。実験のような感じです。自分なりにこの世に生き続ける価値はあるのかとか。自分なりに「ARIGATOUGOZAIMASU」だけ描き続けて、良い感じに行けば、それだけで生きている価値はあるのかなと。


  • 左:「ARIGATOUGOZAIMASU」(MATSUBA COLLECTION展示風景/撮影:矢原亮)


  • アトリエ風景

松葉:今のところ良い感じで来ているように見えますが。ただ仮にこれから先に「ARIGATOUGOZAIMASU」が良い感じではなくなる時が来るとしたらその時どうされますか?それでも描き続けるのか、他の表現を模索するのかとか?

baanai:自分ではあと4年が勝負だと思っていて、その先の人生は今は考えていないんです。もちろん4年後に死ぬとかそういう意味ではないですが、いつ死ぬか分からないのが人生なのに悠長に自分が平均年齢まで生きると思って生きていたくないんです。たとえ明日死んでも残る後悔が少ないようにと思い日々を生きています。だから自分の中ではそこまでは今のペースで死ぬ気で絵を描き続けようと決めています。4年後にその先をこうしたいというのが見えたらまたその時の生き方を考えます。ですので、それまでは「ARIGATOUGOZAIMASU」一本勝負でうまくいかなくてもやり続けます。もちろんキャラクターを描いたりコラボで他の文字を描いたりはあると思うけど、基本的には「ARIGATOUGOZAIMASU」を表現し続けていけるところまでいきたいと考えています。

松葉:目標とその実現までの期限を決めることで1日1日を大切に使えると思いますが、その最たる例がbaanaiさんの現在の活動のような気がします。僕も負けずに自分のやり方で世界に挑戦していきたいと思います。そして、将来僕のコレクションを展示する美術館を建てる際には、ぜひ壁一面の「ARIGATOUGOZAIMASU」をお願いできたらと思います。ちなみにお金を工面して本当に建てますので、是非よろしくお願いいたします。

文章・撮影:藤沼拓巳

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OTONA WRITER

松葉邦彦 / KUNIHIKO MATSUBA

株式会社TYRANT代表取締役/一級建築士 1979年東京都生まれ。東京藝術大学大学院修了後、事務所勤務を経ることなく独立。 人生で初めて設計した建物が公共の文化施設(旧廣盛酒造所再生計画)という異例な経歴を持つ。工学院大学建築学部建築デザイン学科非常勤講師。