先輩たちから刺激を受けてコンペに応募するようになった
大学は多摩美術大学の情報デザイン学科メディア芸術コースでした。メディア芸術全般について学べる学科です。が、僕は入学時はパソコンのスイッチも入れたことがないほどデジタルに疎かった。一方でグラフィティ(街なかの壁などに描かれた落書き)に興味があって3年生までストリートアートのほうが関心があったし、部活や芸祭など、学業ではなく大学の行事に精を出していて、4年の卒業制作になってようやく本腰を入れてデジタルメディアを用いた作品をつくりはじめました。
卒業制作でつくったのは、書を書くことで演奏する「音響書道」というサウンドパフォーマンス作品。その作品を学生CGコンテストに応募したら佳作に選ばれました。僕が所属していた研究室は、コンペに応募しようという空気が割とあって、実績もありました。例えば先輩の平川紀道さんは学部4年生のときに文化庁メディア芸術祭で優秀賞を受賞してます。それから、毛利悠子さんと三原聡一郎さんも共作で海外のコンテストで賞をとっていたりして。そういった先輩方はもちろん作品もイケてて、ある種の憧れから「自分もああなりたい」と自然にコンペに応募するようになりました。
卒業制作でようやくデジタルメディアがそこそこ扱えるようになり、このまま卒業してしまうのは惜しい、もうちょっとつくり続けたいと思い大学院に進学しました。大学院から、グラフィティをはじめとしたストリートアート全般を研究してきた知見を活かしたメディアアート作品の制作を本格的に開始。そして2009年、修了制作のプロジェクトが文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出され、学生CGコンテストでは最優秀賞を受賞しました。それ以降もメディア芸術祭は新作を制作するたびに応募していて、2011年には菅野創との共作《SENSELESS DRAWING BOT》が新人賞を受賞、今回の第20回では同じく菅野とつくった作品《形骸化する言語》で再び審査委員会推薦作品に選ばれてます。
《SENSELESS DRAWING BOT》共同制作者:菅野創 2011年
二重振子の動きを利用し、スプレーでダイナミックに抽象的なラインを描画するドローイングマシン。「グラフィティ」から人間を排除し、この行為の本質を探るとともに新しい解釈へとつなげることを試みるもの。
《形骸化する言語》共同制作者:菅野創 2016年
人工知能が、人が書いた文字の“意味”ではなく“形”を学習し、「文字のように見える線」を生成。そのデータ(=線)がペンで描画されていく作品。機能や意味を失い、形だけをもった文字のようなドローイングが、人間と機械の個性や表現について問いかける。
世に出ていくためのきっかけをつかむ
実は2014、2015年もメディア芸術祭には応募していて、かなり自信はあったのですが推薦作品にも選ばれなかったんですよ。審査委員は3年ごとに入れ替わるのですが、審査委員がひとり、ふたり入れ替わると受賞作品の傾向もガラッと変わるので、審査委員によってかなり左右されるんじゃないでしょうか。
それでも応募資料はやっぱり大事で、審査委員が誰であろうが最低限やれること、受賞するための応募資料づくりのコツみたいなものはあると思ってます。特に重要なのは作品を説明するためのドキュメント映像や記録写真。当然、インスタレーションやパフォーマンス作品の場合は審査時に作品現物を見てもらうことはできないので、作品を紹介するビデオが重要になってきます。僕は、個人的に良いと思う編集の仕方や、分かりやすい映像の撮り方、ちょうどいい尺など、自分が好きな作家を中心に作品のビデオを見漁って研究しました。
といった具合に、メディア芸術祭やコンペの応募に関しては詳しいです(笑)
今の学生ってそもそもコンペとかに興味はあるんですかね?たぶんあんまりないと思うんですが、それって賞をとった後どんなことが起こるか知らないからっていうのもあると思うんですよね。たとえばメディア芸術祭で賞をとると、作家としての経歴が浅かろうが、芸術祭が毎年実施している国内での地方展や海外展への出展オファーがくることがあって、場合によっては海外の大きな美術館で作品発表の機会が得られる。
そうやって少しでも多く発表の場を持つチャンスが増える。そのためにはまず足がかりとなる賞をとる。若手作家は受賞することでアーティストとしてかなり生きやすくなると思うんです。
もうひとつ言っておきたいのは、たとえコンペに落ちたとしても応募資料を作ることがものすごく自分のためになるということ。作品のコンセプトを文章にまとめ、記録映像をつくり、自分の作品を振り返って客観的に見つめ直すのはかなり重要で、よいフィードバックを得ることができます。自分の作品をきちんと言語化する作業は後回しにしてしまいがちですが、無理矢理にでもコンペへの応募を自分に課すことでそれをやらざるを得なくなる。作家は批評家ではないので完璧に言語化出来なくてもよくて、あくまで自分の作品を客観視するために、自分が持っている言葉をフルに使って言語化してみる。それを繰り返すことで少しずつ作品を説明するスキルを養うことができるので、とにかくコンペに作品を応募してみることはとても意義のあることです。
メディア芸術祭は出品料もかからず、オンラインで簡単に応募できるオープンコールの良心的なコンテスト。学生の時の卒制で賞をとってデビューする作家も多いので、現役の学生の方も臆さずもっともっと応募していったほうがいいと思います。
美大生のような感覚で楽しみ続けたい
文化庁メディア芸術祭で受賞歴や審査委員会推薦作品としての選出歴がある人だけに応募資格があたえられる「メディア芸術クリエイター育成支援事業」という支援制度があり、今年応募したところ企画が選出されました。新作の企画書や費用の見積もり、制作スケジュールを具体的に申請して、採択されれば制作費の助成が受けられ、制作期間中はアドバイザーから助言を受けて企画をブラッシュアップしながら制作を進めることができるという夢のようなプログラムです(笑)
僕は大学院を卒業して以降、表現する主体として極力自律的に動くドローイング装置をつくり続けてきたわけなんですが、マルセル・デュシャンも「見るものが芸術をつくる」と言ったように、鑑賞する主体も作品や制作者と同等に重要だなと思うようになったんです。そこで、表現者だけではなく鑑賞者も人間以外の主体にすることで、人間を介在させず芸術を成立させることは果たして可能なのか?という問いが生まれ、今回作品プランを具体化して、ようやく制作段階に至ったという感じです。
このまま人工知能が成熟していって、世の中のあらゆるものがネットワークに接続されるようになると、これまで無機物だったものでさえ人間のように振る舞うようになる可能性がある。そうなるとそれまで「物」だったものが「者」になり、人間と同じ階層、あるいは人間の知性を超えてくるならばヒエラルキー的には我々の上に立ってしまうことだってあると思うんです。そんな未来を予見するような作品になればいいなと考えてます。
僕が作品をつくり続ける一番の理由は、やっぱりつくるのが楽しいから。自分が頭の中で想像したものが現実に立ち現れてくる瞬間の興奮を味わうためというか。あとは純粋に知的好奇心や探究心から動かされてるのだと思います。
大学院を卒業した年がこれまでの人生の中で一番というくらい、主に金銭的に、そして精神的に辛い1年で、その時はウェブのコーディングの仕事などで、なんとか食いつなぎました。そんななかでもNTTインターコミュニケーション・センター [ICC]で展示ができたりしていて、単純に「もし就職したら、展示のオファーも断らなきゃいけなくなるのか、それはもったいない」という思いから固定の職には就かず、いろんな人に迷惑をかけ、助けられながら、なんとかここまでやってこれました。
ここまでやってきた経験から、ちゃんと真面目に、切実に、そして何事も楽しんでやれば結果は必ず出ると信じてます。あと、学生がモラトリアム引きずってるみたいでちょっと恥ずかしいですが、いつまでも美大生のような感覚で、これからもつくることを楽しんでいきたいです。
やんツー/1984年、神奈川県生まれ。2009年多摩美術大学大学院デザイン専攻情報デザイン研究領域修了。デジタルメディアを基盤に、グラフィティなど公共の場における表現にヒントを得た作品を多く制作。2009年、《Urbanized Typeface》が文化庁メディア芸術祭アート部門の審査委員会推薦作品に選出。2011年から菅野創と共に自律生成型のドローイングマシンの制作を開始し、同年の文化庁メディア芸術祭にて《SENSELESS DRAWING BOT》が新人賞を受賞、2016年には《形骸化する言語》が審査委員会推薦作品に選出された。
▼第20回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展
会期:2017年9月16日(土)〜9月28日(木)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、東京オペラシティ アートギャラリー 他
開館時間:11:00〜18:00
※16日(土)、17日(日)、22日(金)、23日(土)は20:00まで
※入場は閉館の30分前まで
入場料:無料
▼第21回文化庁メディア芸術祭 作品募集概要
募集期間
2017年8月1日(火)~10月5日(木)日本時間18:00必着
募集部門
アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門
※プロ、アマチュア、自主制作作品、商業作品問わず、応募可。
応募条件
2016年9月10日(土)~2017年10月5日(木)までの間に、
完成または、すでに完成してこの期間内に公開された作品。
※更新、リニューアルされた作品で上記期間中に完成、または発表された作品も可。
※応募作品数に制限はないが、同一の作品を複数の部門に重複して応募することは不可。
各賞
メディア芸術祭賞(文部科学大臣賞)
大賞:賞状、トロフィー、副賞60万円
優秀賞:賞状、トロフィー、副賞30万円
新人賞:賞状、トロフィー、副賞20万円
功労賞:賞状、トロフィー
※他、審査委員会推薦作品を選定。
文化庁メディア芸術祭:http://festival.j-mediaarts.jp/
撮影:YUKO CHIBA/聞き手・執筆:平林理奈
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