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伊藤 貴広
SUPERFLAT Inc. 代表取締役。http://www.superflat.jp/
2011年武蔵野美術大学卒業。同年、株式会社ディー・エヌ・エーに入社。
誰でも無料でイラストやマンガの描き方が学べる無料動画サービス「Palmie(パルミー)」を開発。https://www.palmie.jp/
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■漫画家を目指していた10年間、越えられない地方とお金の壁
- SUPERFLATが取り組んでいるクリエイター支援事業とは、一体どのような取り組みなのでしょうか。
伊藤さん:
イラストや漫画の描き方が無料動画で学べるサービス「Palmie (パルミー)」を運営しています。サービス上には90種類以上の講座が揃っていて、背景・人物・素材など様々なイラストの描き方が丁寧に説明されています。ネット環境があれば誰にでも見ていただくことができるため、地方で絵を学ぶ環境がないクリエイターや、専門学校や大学に通うお金に困っているクリエイターに利用してもらえたらと思っています。「Palmie」は、2014年12月にiPhoneアプリをリリースして、現在はアプリ・Youtube・Webサイトから動画を配信しています。広告は全く出していないのですが、リリースから1年で配信している動画の再生回数は150万回を超え、多くのユーザーにご利用いただいています。
「Palmie」は僕の原体験から始まっているサービスでもあるので、思い入れが強いんですよね。
- 原体験からはじまったサービスということは、伊藤さんもクリエイターとして働くことを目指していた時期があったのでしょうか。
伊藤さん:
僕は小学生4年生から大学生1年生までの10年間、漫画家を目指していたんですよ。僕は福岡県で生まれ高校生まで育ったのですが、小学校4年生の時に友達から借りた「ONE PIECE(ワンピース)」という漫画を読んだことがきっかけで、漫画家になりたいと思うようになりました。小学生ではありましたが、“週7ページは漫画を描く”と自分でルールを決めて、がむしゃらに漫画を描き、出来上がればコピーしてクラスの友人に配ったり、学級文庫に置いたりしていました。小学生の頃の職業は漫画家といっていいほど、熱中して漫画を描き続けていましたね。
- そんなに長い間、漫画家になることを目指していたのですね!その後どのような進路に進まれたのでしょうか。
伊藤さん:
僕は漫画だけを描きたいと思っていたのですが、両親が厳しかったこともあり勉強は手を抜くことができず、中学・高校と美術とは縁がない体育会系の進学高に通っていました。ですが、漫画家になる夢は諦められなくて、大学はどうしても東京の美大に進学したいと思っていたので、高校3年生になったタイミングで画塾に通い始めたんです。初めて画塾にいったときはびっくりしましたよ。画塾にはお年寄りか子どもしかいなくて、その中で一人デッサンを描くことになったので。田舎だとお絵描き仲間にも出会えず、学びたいことが学べる環境もなかったので、とても苦労しました。東京の美大に進学することを希望したのも、出版社が東京に集まっているからなんですよね。高校生の時から出版社に描いた原稿を送ったりしていたのですが、直接編集者さんの感想やアドバイスが聞けないので、なかなか次に繋がらないんです。
こういった田舎で活動していた僕自身の原体験があったので、今地方でクリエイターになりたいと思っている人たちに「Palmie」を通して情報を届けたいと思っているんです。
- 田舎暮らしで漫画家を目指していた伊藤さんだからこそ気づけた課題だったのですね。伊藤さんはその後、どのタイミングで漫画家を諦めることになってしまったのでしょうか。
伊藤さん:
僕は無事、東京都国分寺にある武蔵野美術大学 芸術文化学科に入学することができました。東京の美大に行きたいと思っていたのですが、漫画専門の学科は東京の美大には存在しなかったので、だったら技術が高くなくても入れるところに行こうと、後向きな理由で大学を決めていました。当時、漫画が描ければ大学はどこでもいいと思っていたんです。
憧れの東京に引っ越してきてから最初のうちは頑張って漫画を描いていました。もともと「ONE PIECE(ワンピース)」に憧れて漫画家を目指していたので、「ONE PIECE(ワンピース)」を出版している集英社の少年ジャンプ編集部にアタックしていたのですが、全然ひっかからなかったんですよね。少年ジャンプの難しさを知り、どんどん自信がなくなって、気づいた時には漫画を描かなくなっていました。
僕が漫画家を諦めたのは、自身との戦いに負けてしまったからなんです。
■DeNAで唯一の美大生。起業に憧れながらも、既存ウェブサービスの運用に励む日々。
- 伊藤さんは大学に入学した後、どのように過ごされていたのですか。
伊藤さん:
学外のイベントサークルに入って、他大学の人たちと一緒に、学生向けのファッションショーやパフォーマンスショーなどの企画運営を行っていました。高校生の時は、美大に入ればきっと毎日が楽しいんだろうな……と思っていたのですが、結局自ら求めて動かないと学校は何もしてくれないんですよね。僕の場合はその状況にふてくされて、学外に刺激を求めて飛び出していました。
就職活動もやる気がおきず、なんとなく大学院にでも入ろうかと思っていたのですが、親に「そんなお金はないよ」と話をされて、だからといって就職とも向き合えなくて、海外旅行をしたりと自分の方向性を見失い、フラフラとさまよっていました。
- 方向性を見失っていた時期があったのですね。何があって、DeNAに入社されることになったのでしょうか。
伊藤さん:
就活が始まったタイミングで、仲の良かった先輩に「お前に合いそうな会社があるから、試しに受けてみたら?」とすすめられたのがDeNAでした。先輩から見て、頑固で負けず嫌いな僕の性格が、DeNAにあっていると思ったようで……。元々、ウェブサービスにはすごく興味があって、いろいろとリサーチしていたのですが、当時の僕はDeNAの社名や、「モバゲー」も知らなかったんですよね(笑)。とりあえず話だけでも聞いてみようと企業説明会に参加してみたら、当時社長だった南場さん(現在、取締役会長)が会社の説明をしていて、企業のビジョンなど話を聞いて、興味が湧いたのでエントリーすることにしたんです。
不思議と順調に面接が進みましたが、僕の中にはまだモヤモヤする気持ちがありました。学生時代、僕のまわりはウェブサービスをつくって起業している友人が多かったので、僕の中にも起業したいという思いが生まれていたんです。なので、DeNAの面接の際に「僕、起業しようと思っているんです。なので3年後には辞めると思いますけど、それでもいいですか。」と、正直に話したら「いいじゃん、入りなよ」といってくれたんですよね。その返事には驚きましたよ。とても器の大きな会社だと思い、内定をいただいたので入社することにしたんです。
- 入社してみたらどのような環境でしたか。また、どのようなお仕事を任されていたのでしょうか。
伊藤さん:
美大生でDeNAに新卒入社したのが僕だけでだったので正直不安はありました。実験的に採用されたんじゃないかと思っていましたね(笑)。当時はデザイン組織もなく、デザイナーが「編集さん」と呼ばれていたのは衝撃的でした。
入社して最初の2年間は「アバター」という、デジタルの着せ替え人形をつくるサービスの運用に携わっていました。2年働いていたといっても企画、営業、分析、採用など様々な職種を経験したので、仕事に飽きることなく、常に学べることが沢山あって楽しく働けました。
1年目が終わるタイミングで、「アバター」のサービスリーダーだった上司が異動することになったので、急遽僕がリーダーになって、30人のチームのマネジメントをするようになったんです。「アバター」は年間数十億売り上げる人気サービスだったのですが、そんなの人気サービスを新人に任せる会社はなかなか無いと思います。新人・ベテラン関係なく、仕事のチャンスを提供してくれるDeNAは素晴らしい会社だと思いました。そういった仕事を通して、自分がもし起業したらどのようにチームをまとめるか、経営者目線で考えて行動するようになりました。
- 「起業したい」と思っていたそうですが、大企業で働いているのであれば「新規事業」などには興味は持たなかったのでしょうか。
伊藤さん:
新規事業に興味はあったのですが、入社当初は自身のスキルが足りていないことはわかっていたので、既存のノウハウが蓄積されたサービス運用を通して、ビジネスモデルの組み立て方や、サービスの運用方法など学ばせてもらおうと思っていたんです。
入社3年目になったタイミングで、サービスの運用もがっつり経験できたので、自身の実力を試してみたいと思い、新規事業に挑戦させてくださいと上司にお願いしてみたんです。すると、タイミングよく新しくできた部署に異動させてもらうことになって、プランナー、エンジニア、デザイナーの3人チームで、新規サービスのアプリを3つほど企画・開発することになりました。
そうやって社内で新しいサービスに携わっていくうちに、自身で起業して作りたいサービスのイメージが思い浮かぶようになってきたんです。新規サービスの開発を1年続けて、その後起業することとなりました。
■大企業がクリエイターの働き方を見直すことで、業界の環境も変化する。
- 本当に宣言していた通り、3年後に起業したのですね。
伊藤さん:
そうですね。入社して3年3ヶ月たったタイミングで一度退職することになったのですが、実はすぐにDeNAからは離れなかったんです。
現在開発している「Palmie」の企画書をつくり、投資家をまわって資金調達などの準備をしていました。ある程度独立する準備が整ったので、退職の日程も決めて、DeNAでお世話になった方々に挨拶して回っていたんです。その時に、全くデザイナーがいなかったDeNAでデザイン組織を立ち上げた“デザイン戦略室”の室長である坪田さんに、ランチを通して退職の挨拶をしました。すると、最終出社日の1週間前に再度呼び出されて「Palmieを開発しながら、DeNAでクリエイター支援の仕事をしないか」という話をもらったんです。話を聞くと、その時点で考えられていたプロジェクトは、「DeNAで働くクリエイターのポートフォリオサイトをつくる」というものでした。クリエイターは自身の活動を発信して、周知させることで活躍していく環境を整えることができると思うのですが、企業の仕事ですと、自分が担当した仕事の名前を出せないことが多いと思うんです。DeNAでは、クリエイターの活躍を後押しができるように「匿名のクリエイターをなくして、クリエイターの『個』をもっと世に出していこう」という取り組みが行われていたので、その第一歩として「DeNAで働くクリエイターのポートフォリオサイト」をつくろうとしていたんです。大企業が先人となり、クリエイターのための環境作りを行うことで、日本のクリエイター環境が大きく変わるきっかけになるのではないかと思い、自分も力になれればと賛同しました。
- 「Palmie」を開発しながらも、DeNAでクリエイター支援活動を行っていたのですね。どのようなプロジェクトを行ったのでしょうか。
伊藤さん:
SUPERFLATという会社を立ち上げて「Palmie」の開発を進めながら、プロジェクトベースでDeNAのクリエイター支援業務にも携わっていました。最初のアイデアとしてあった「DeNAで働くクリエイターのポートフォリオサイト」のディレクションに携わったり、DeNAのクリエイターを多くの人々に知ってもらうために、メディアとクリエイターを繋いで活躍を発信したり、DeNAやパートナー企業さんたちと一緒に、企業で働くクリエイターの展覧会「REFLECTION」を開催したりしました。
また、DeNAのクリエイター発信だけでなく、日本のクリエイターの力になる取り組みを行うために、美大生のためのクリエイティブ情報を発信しているフリーマガジン「PARTNER」を発行している、株式会社モーフィングさんとも連携して、美大生のためのクリエイティブ情報を発信するウェブメディア「PARTNER」を立ち上げ、クリエイターが活躍しやすい環境をつくるため情報発信を行ってきました。
- DeNAでこんなに沢山のクリエイター支援活動を行っていたのですね。
伊藤さん:
1年間通して、クリエイターの活躍を発信することができて、とても良い経験ができました。ちょうど僕が任されていたプロジェクトのキリが良かったことと、「Palmie」をリリースして1周年が経ち、会社をスケールさせるビジネスモデルが見つかったこともあって、DeNAの仕事から完全に手を引いてSUPERFLATの事業に力を入れることにしました。
- 今後SUPERFLATはどのようにビジネスを展開し、「Palmie」を成長させていくのでしょうか。
伊藤さん:
今までは初心者向けの講義動画のみを無料でユーザーに提供していたのですが、今後は専門学校や著名なクリエイターの方々と連携してプロ向けの講義動画販売を行っていく予定です。生放送で講義を受けれたり、ユーザーが制作した課題を添削できるような機能を追加していく予定です。
また、イラストだけでなく漫画・アニメ・CGといった専門の講義も行い、利用ユーザーを増やしていきたいと思っています。
- 「Palmie」を展開することで、伊藤さんが築きたいクリエイター環境の未来を教えてください。
伊藤さん:
僕と似たような環境でクリエイターを目指している人は沢山いるはずなので、「Palmie」を通して、地方で絵を学びたくても学べない学生や、お金がなくて学校に通えない人たちに、専門学校並みの授業を提供して、その授業を受けた人の中から、第二、第三の手塚治虫さんとなるようなクリエイターを育てていきたいです。「Palmie」が展開していくことで、絵を仕事にできる人が世の中にもっと増えていくのではないかと思っています。
あと、もしこの事業がある程度うまくいったら、僕も「Palmie」で漫画を学び直して、もう一度漫画家を目指したいですね。まだ、デビューもジャンプの連載も諦めてないですからね。
人々に知られ、活躍しているクリエイターは本当にごく一部。生まれた環境に縛られ、学ぶことができずにいるクリエイターは数え切れないほど存在するという。そんなクリエイターたちが、今後活躍する機会につなぐ教育プラットフォームとなるのが「Palmie」だ。
現在も順調に登録ユーザー数を伸ばしている「Palmie」。利用するユーザーが5年後、10年後に業界でトップクリエイターとして活躍している姿をぜひ目にしたい。
フリーランスで“『ツクル』を仕事にしたい未来の子供たちのために。”をコンセプトとして、クリエイター支援事業を行っています。おばあちゃんになるまでに美術館をつくるのが夢です 。